キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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ストーリー更新、再開します。


―フェアリィ・ダンス 06―
01:女神のために戦う者達


         □□□

 

 

「どうしたのだレイン。ずっと浮かない顔をしておるぞ」

 

 

 岩塊平野の一角にある迷宮型ダンジョンを潜り進む中で、リランがレインに声をかけた。

 

 

 セブンが去っていた十数分後に、いつもの仲間達は集まり、作戦会議は開始された。キリトをリーダーとした名もなき攻略集団の攻略状況は、キリトとシノン、リランが抜けていた間にも進行していて、シャムロックとの差を縮める事に成功していた。

 

 ここに進化をする事に成功し、尚且つどんなモンスターや《使い魔》にも負けないくらいの強さを手に入れられたリランが加わるのだから、もっと攻略を早く出来るに違いない。そう読みつつ、攻略すべきところが複数個所存在している事を把握したキリトは、チームを数人ごとに分けて、《裏世界・岩塊原野ニーベルハイム》を攻略していく作戦を決行。自分のチームを自分、リラン、レイン、イリスとして、スヴァルト・アールヴヘイムのラストエリアである《岩塊原野ニーベルハイム》へと赴いていった。

 

 そして今、キリト、リラン、レイン、イリスの四人で構成された攻略チームは、他のチームと同様に《岩塊原野ニーベルハイム》の中に存在するダンジョンの中へ潜り、中に潜むモンスター達を倒しながら先に進み続けている。

 

 

「な、なんでもないよリランちゃん。わたしはいつもどおりだよ」

 

「全くいつもどおりではないから、こうやって言ってるのだ。何か思い悩んでいる事があるならば相談に乗るぞ。話してみるといい」

 

「う、うぅ……」

 

 

 リラン、レインが困ってるからやめろ――いつもならばそう言うキリトも、今はそう言う気にはなれなかった。リランの言っているように、レインはセブンとの一件があってから、ずっと浮かない顔をしている。

 

 そんなレインに話しかけた、キリトの相棒であるリランは、精神や心が不安定になっていたり、思い悩んでいたりする人の治療をする力と機能を持ち合わせているAIだから、精神や心の異常などに敏感に気付く。そのリランがこうしてレインに反応を示しているという事は、レインの心に何かしらの異変が起きているという事に他ならないのだ。

 

 気になったキリトはレインの傍に寄りつつ話しかける。

 

 

「レイン、どうしたんだよ。何か思い悩んでる事でもあるのか」

 

「……そういうわけじゃないんだけれども……っていうか、そういう事になるのかな」

 

「そういう事ならば、私達に……いや、私に話してみるといいよ」

 

 

 「えっ?」と言いつつイリスに向き直るレイン。ALOを一緒にプレイしているだけでは気付きにくいのだろうけれども、イリスはつい最近まで精神科医をやっていて、腕の立つドクターとして全国的に名を馳せていた。悩みを抱えている人のそれを解消させたり、話させたりする事で精神を治療する専門家のようなものだから、その人の近くにいるレインはタイミングがいいとキリトは思った。

 

 

「レインは知らないかもだけど、イリスさんはリアルじゃ精神科医をやってたんだ。だから、悩んでいる事があるなら話してみるといいぜ」

 

「……そうなんですか」

 

「あぁそうだとも。少なくとも人の悩みを聞いたり、その解決策を出すのは得意だと自負しているよ。けれど、別に無理に話す必要はないよ」

 

 

 傍に寄ってきたイリスに言われ、レインは俯く。確かにここは診療所でもなければ病院の中でもないうえに、いつどこからモンスターが飛び出してくるのかわからないようなダンジョン。そんなに落ち着いて物事を話せるような場所ではない。

 

 その事に気付き、レインへのすまなさを抱いたそこで、レインはその口を割った。

 

 

「……その、さっきはセブンちゃんに悪い事をしちゃったかなって、思ってたんです」

 

「悪い事?」

 

「はい。わたしさっき、倒れそうになったセブンちゃんに本人に何も言わないまま触っちゃったじゃないですか。セブンちゃんはそんなに気軽に触れていいような人でもないのに、わたしはあんな事をしてしまって……セブンちゃんに嫌われたんじゃないかって思ったんです」

 

 

 先程、ひどい立ちくらみを起こしたセブンの元へレインは駆け付け、その身体を支えてやった。それによってセブンは床に倒れずに済んだわけなのだが、あの時のセブンはレインに感謝しているように見えたし、そういう言葉もしっかりと聞いた。セブンはレインの事を何も嫌がっていないみたいだったし、嫌っている様子も全くないように思える。気になったキリトはレインに答えた。

 

 

「そんな事はないんじゃないか。君が支えてやらなかったら、あの娘、床にぶっ倒れてたところだったんだぞ」

 

「それに、セブンはお前の事は何も気にしていないどころか、お前に感謝していたぞ」

 

 

 リランからの言葉を聞いても尚、レインの俯きは治らない。そればかりか、その顔はどんどん下に下がっていく。

 

 

「でもわたし、嫌われ者だから……セブンちゃんに嫌われたかも」

 

「嫌われ者だって? 確かに君は嘘吐きレインだなんて言われていたみたいだが……それはシャムロックのごく一部の連中が言っている事であって、全部が全部じゃないだろ」

 

 

 レインはキリトに首を横に振り、ようやくその顔を上げる。その顔に浮かび上がっていたのは――詩乃程ではないけれども――長い間孤独に晒されていたかのようなそれだった。

 

 

「わたし、現実でもそうなの。わたしの家は母子家庭で、お母さんもちゃんと働いてなくて、わたしがバイトでなんとかしてて……そのバイトで忙しくて、友達も全然いなくて、嫌われてるんだ」

 

 

 確かにバイトで忙しい学生というのは友達がいない傾向にあるけれども、だからと言って周囲の人間が嫌う事など無いはずだ。キリトはレインの言葉の一つ一つがあまりに悲観しすぎているように感じて仕方がなく、自然と元気付けるように言葉をかけた。

 

 

「……何のバイトをしているのかはわからないけれど、それだけはないと思うぜ。セブンだってちゃんとレインに感謝してたんだ。そんなに悲観する必要はないよ」

 

 

 レインはそっとイリスの方へと向き直る。イリスは腕組みをしつつ、うんうんと数回頷くのを繰り返して、レインに言葉をかけた。

 

 

「ふむ、概ねキリト君とリランと同意見だよ。君のプライベートの事は詳しく聞きはしないけれども、そんなに悲観する必要はないと思う。それに、君にはキリト君達という友達がしっかりと居るじゃないか。だから、自分は嫌われているなんて思わないでいいんだよ」

 

 

 多くの患者に手を差し伸べて悩みや不安を聞き入れ、その解決策を出して治療を行ってきた精神科医なだけあるのか、その言葉には説得力と暖かさがあった。それをちゃんと受け取る事が出来たようで、レインは曇り空のようだったその表情に明るさを取り戻していき、やがてその口を再度開く。

 

 

「……そう、ですね。ありがとう、三人とも。おかげで元気が出て来たよ」

 

 

 恐らくレインはかつて一人で行動し続けなければならない状況下におかれていた事があったのだろう。そのせいで、周りに嫌われているだとか、そういう悲観主義的な部分が出てきてしまっている。その辺りの部分は、どこかシノンに似ているような気がすると、キリトは思った。

 

 しかしその数秒後に前へ向き直ったレインが、突如として驚いたような顔となって声を出した。

 

 

「あれっ、行き止まりになってるよ」

 

「えっ」

 

 

 同じように前を向き直ってみれば、そこにあるのは他のそれと同じような模様が描かれている壁。別な部屋に繋がっていそうな道らしきものは確認する事が出来ない。レインの言う通り、行き止まりに当たってしまっている事に気付いたキリトは、少し驚く。

 

 

「本当だ……道を間違えて来たのか」

 

「そうらしいね。けど、この辺りはスヴァルトエリアのラストダンジョン付近だから、結構入り組んでるみたい」

 

 

 確かにこのダンジョンの存在する《岩塊原野ニーベルハイム》は事実上このスヴァルト・アールヴヘイムの最終エリアに該当する場所だ。そしてこのALOも含まれているRPGでは、ラストダンジョンや最終エリアはとても入り組んだ形で作られている事がほとんどだから、この《岩塊原野ニーベルハイム》のダンジョンも入り組んだ仕様となっているのだろう。

 

 時間こそかかるが、これこそがRPGの在り方というものだ。それを実感しつつ、キリトは三人へ振り向く。

 

 

「仕方が無い、ひとまず戻ってみよう。どこかに分岐点があるはずだから、そこで別の方向へ進んでみるんだ」

 

 

 皆が頷いたのを見てから、キリトは三人と共に来た道を戻る。最終エリア名だけあって道中の敵はかなりの強さのそれとなっているのだが、SAOというデスゲームをクリアしたキリトとリランにとってはどれも取るに足らない敵であり、難なく蹴散らす事が出来た上に種族熟練度のポイントも稼げた。

 

 もし種族熟練度やスキル稼ぎをするならば、この岩塊原野に籠るのが正解だろうし、それなりに効率よく稼ぐ事も出来るから、もう少ししたら稼ぎポイントとしてこのエリアは名を馳せる事となり、多くのプレイヤー達が行き交う事となるだろう。

 

 

 そんな事を考えながら来た道を戻っていると、道が二手に分かれている分岐点のよう場所に辿り着く事ができ、尚且つ自分達が片方の方にだけ進んでいた事を把握できた。ここまで来たならばもう片方の道こそが正解であり、これまでのエリアのダンジョンと同様、グランドクエストを進めるための仕掛けがあるはず。

 

 多くのRPGをプレイしてはクリアしてきたキリトは確信にも似た気持ちを抱き、三人と一緒になってもう一つの道を進んだが、しばらく進んだところで立ち止まる事となった。枝分かれした道の先でキリト達を待ち構えていたのは、閉ざされた大きな扉。

 

 その有り様はボス部屋の前にあるそれによく似ていたが、エリアボスのそれと比べて小さく見えるし、威圧感のようなものも感じない。きっと所謂中ボスのようなものの待ち構える部屋なのだろうと思いつつ、キリトは一同に声をかける。

 

 

「この先は、ボス部屋か」

 

「そうかもしれないね。他の部屋の扉とはまた違っている感じだ。気を付けた方がいい」

 

 

 やっている時間がどれほどなのかは知らないけれども、ゲームに対する知識は豊富だから、扉の前に立つだけで大体先の展開がわかるのだろう。イリスの言葉に頷くなり、キリトはリランに声をかける。

 

 

「リラン、俺が扉を開けたら狼竜になるんだ。それでボスとの戦闘が開始したら――」

 

「人竜一体だな。承知した」

 

「レインも、十分に気を付けるんだぞ。何が起きるか俺も読めないからな」

 

「わかってるよ。キリト君こそ気を付けて」

 

 

 チームを分断してでの行動だから、皆が居る時と比べて戦力は大幅に低下している。もしかしたらこの先のボスに勝てないかもしれないけれど、その時は皆ともう一度挑み直せばいいだけだ。SAOの時のようなプレッシャーを感じる事無く、キリトは目の前に鎮座する閉ざされた扉に向き直った。

 

 

「よし、それじゃあ開けるぜ――」

 

 

 そう言ってキリトが手を伸ばそうとしたその時だった。がっちりと閉ざされていた石扉は何の前触れもなく、振動を起こしながら左右へ動き始めたのだ。てっきり手動でしか開ける事が出来ないとばかり思っていたものだから、まるで人感センサーを搭載している自動ドアのような動きに全員で驚く。

 

 

「あれ、勝手に開いたよ」

 

「……!?」

 

 

 このALOでのダンジョンにある扉にはそれなりにパターンがあるのだが、こうやって自動で開くのはスイッチやギミックを動かす事が理由になっている事が多い。この扉が自動で開いたという事は、何かしらのギミックが働いたという事を意味するはずなのだが、キリト達はこの扉を開くギミックのようなものをここまで見つけてもいないし、動かしてもいない。

 

 どうして扉が勝手に――頭の中で考えを巡らせようとした直後、扉の先に広がる部屋の中を見る事で、キリトはそれをやめる。重い石扉の先には、中ボスと戦うエリア、所謂ボス部屋である事が一目でわかるくらいの大きさの部屋があったのだが、その大きさはリランが飛び回れるくらいという、キリトの想像を上回っているものだった。

 

 如何にも皆で来た方がよかったと感じるようなその部屋の出現に、キリトはリランに指示を下して先に部屋に入らせ、その姿を狼龍――《戦神龍ガグンラーズ》という――に変えさせ、武器を抜きつつ自らも続く。

 

 壁や床は先程まで通ってきたダンジョンの回廊のそれと何も変わらず、壁側には鎧を纏った男神を象ったかのような、石膏像らしき像が置かれている。が、その大きさと広さは、ドラゴン族の《使い魔》が飛び回っても十分なくらいのものだ。流石に音速に等しい速度で飛ぶリランが飛んだら、すぐさま反対側の壁にぶつかってしまうだろうが。

 

 

(……!)

 

 

 その中をある程度進むと、キリトは前方に大きな黒い影のようなシルエットを認め、立ち止まる。もしかして中ボスか、それ以上の実力を持ったボスか。いつ襲ってこられても大丈夫のように身構えつつ目を凝らして見ると、そのシルエットが複数である事、いずれもバラバラの形をしている事、そして大体が人の形をしている事がわかった。

 

 その事に同じように気付いたのだろう、レインが声をかけてきた。

 

 

「キリト君、あれって……」

 

「……プレイヤー、か……?」

 

 

 音を立てないようにして、出来る限り気付かれないように進みたかったが、狼竜という大きな音と存在感を常に放つリランが居たものだから、キリトのその願いはすぐに実現不可能のものとなった。

 

 リランの足音に気付いた人影達が振り返ってくると、その姿がはっきりと捉えられた。赤い鎧に全身を包んだ人、緑色の戦闘服に身を包んだ男性、茶色くてごつごつとした鎧を纏った男性、杖を持ち青いローブを着こんだ男性、黒紫の戦闘服を着た男性。サラマンダー、シルフ、ノーム、ウンディーネ、インプの五種族からなるプレイヤー達だ。

 

 その背後には赤い毛並みを持った熊のような獣、黄色い鱗に身を包む大きな蜥蜴のような竜、緑色の甲殻を持つ飛竜(ワイバーン)、蜘蛛をより異形にさせたような白い外殻を持つ甲虫の姿という、四匹のモンスターの姿もある。それらが全て《使い魔》であり、その主人は目の前にいるプレイヤー達であるという事に気付くのには、キリトは時間を要さなかった。

 

 

「あんた達は……」

 

「その黒い服と黒髪と二刀流……お前が、キリトだな」

 

 

 プレイヤー達から見てもっとも正面に立っているサラマンダーの男性に問われ、キリトは一瞬喉を鳴らす。西洋の歴史書、もしくはダークファンタジー作品などに出てきそうなフルフェイスのヘルムを被っているせいで顔付が一切わからない。だが、その問いを無視する気にはならず、キリトは答える。

 

 

「そうだが、それがどうかしたのか」

 

「シャムロックに楯突き、このスヴァルトエリアのクリアの一番乗りを目指している、キリトが率いるチームよ。残念だったな。お前達が倒すべきボスは、俺達シャムロックが撃破した」

 

 

 かなり後になって気付いた事なのだが、自分達がライバルとしていて、あのセブンが率いるシャムロックは、共通して頭部に藍色と金色を基調とした羽飾りのようなアクセサリーを付けている。そのため、シャムロックかどうかはプレイヤーの頭部に羽飾りにあるか否かを見ればわかるようになっているのだが、目の前のプレイヤーの全員の頭部にそれはあった。

 

 

「ボスを倒した? どういう事なんだい、それは」

 

 

 イリスの問いかけに赤鎧の男は応じる。赤鎧の男達はキリト達がこのダンジョンに入った時からずっと尾行しており、キリト達に見つからないように、尚且つグランドクエストの進行を受け持つギミックを探っていたというのだ。

 

 隠れているプレイヤーが居ればすぐに見つけ出すくらいに人の気配というものに敏感なリランがいるというのに、全く気付かなった事実にキリトは思わず声を上げて驚く。

 

 

「俺達を尾行してたのかよ」

 

「あぁそうだ。そしてお前達が迷ってくれたおかげで、俺達はお前達に気付かれずボスを倒した。これで俺達の仲間は、セブンはよりグランドクエストのクリアに近付く事が出来ただろう」

 

《汚い事をする奴らだな。如何にもハイエナではないか》

 

 

 明らかに怒りの籠った《声》を放つリランだが、赤鎧の男達は平然としている。まるで自分達のやった事は正しいと主張しているかのようだった。

 

 普通、MMORPGなどでは仲間と手を合わせたり、その時限りのパーティを組んだりして攻略を進めるのだが、その中には彼らのやっているような、他のプレイヤー達に気付かれないように尾行し、その手柄を横取りしたり、先に攻略したりするというやり方をする者もいる。

 

 そう言ったプレイヤーのやり方、手口、有様はまるで大型肉食動物に付いて回っては、その得物や食べ残しを横取りする、アフリカなどでよく見られるハイエナのようだから、そのやり方をハイエナプレイと言い、それを行うものはハイエナと呼ばれる。

 

 だが、そう言ったハイエナプレイは、このALOが世の中に知れ渡る以前のMMORPGでもよく見られ、場合によっては必要とされる事もあるやり方でもある。その事を理解していたためか、キリトはリランのように、目の前のハイエナ達を強く批判する気にはならなかった。

 

 

「確かにそう言うやり方はありと言えばありだ。だから俺はあんた達をそんなに批判しないつもりだが……そんなやり方をスメラギが認めたっていうのかよ。あいつはそんなやり方を嫌ってるように思えたぜ」

 

 

 シャムロックのギルド長はセブンであり、セブンこそがシャムロックの経営方針やこれからの事を計画しているけれども、攻略の進め方や戦闘のやり方などは最精鋭であるスメラギが司っている。スメラギはシャムロックの最精鋭であるという自覚と責任を持っているのか、正々堂々としたやり方――俗に王道という――を貫き通す姿勢をしており、それに周りの者達も従って動いていた。

 

 それもあって、シャムロックはハイエナのような汚いやり方をしないでいたというのに、目の前にいるシャムロック達は今、スメラギの嫌うようなやり方で攻略を進めている。

 

 

「これはスメラギさんの命令ではなく、俺達の独断だ。俺達はセブンの信奉者であり、七色博士の研究と考えに賛同する者達……セブンという名の花の(クラスタ)なのだ。

 そして彼女は今、スヴァルトエリアの攻略の一番をシャムロックにするべく必死になってくれている。俺達はそんなセブンの願いを叶えようとしているだけだ」

 

「だからって、こんなやり方は……」

 

 

 戸惑うレインの横でキリトは口の中で歯を食い縛る。

 

 セブンは確かにアイドルだし、十二歳で科学者をやれるくらいの頭脳を持つ天才児だ。その類稀な存在であるが故にメディアにもシャムロックの者達にも、女神と称される事もあるし、そう言われるのも納得だと思える。

 

 だが、セブンは本物の女神でもなければ偶像崇拝されるような救世主でもない、あくまで人気と知名度のあるアイドルで科学者に過ぎないはずだ。供物を捧げたり信仰心を見せつける必要だってないのに、彼らはもうそれらさえもやりかねないような域にまで行っている。

 

 セブンをスヴァルトエリアの覇者にするためならば、何をやったとしても許される。きっと彼らの中にある考えというのはそれなのだろう。

 

 一体セブンの持つ何が、人々をここまで駆り立てるというのか。キリトは全くそれがわからなかったが、やがてクラスタを名乗る赤鎧の男は言った。

 

 

「そしてキリト。俺達は、お前を最優先排除対象とみなした」

 

「なんだって」

 

「お前は俺達シャムロックでもないのに高速で攻略を進め、先日の《Mスト》に出演し、自らの《使い魔》が強い事を知らしめた。それに加え、同じように《Mスト》に出演したゼクシードを撃破した。

 ゼクシードも本来ならばシャムロックに加わり、俺達と共に攻略を進めているはずだったのだ。それを難なく撃破したお前が一番の脅威であると、俺達は判断した」

 

 

 嘘を吐いたりして他人を出しぬく事もあり、人々からの不評を買う事も多かったゼクシードだが、《Mスト》に出演できるくらいの実力を持つ《ビーストテイマー》であった事は確かだ。もし不評を買うようなやり方をしていなかったならば、今頃シャムロックの一員となって攻略を進めていた事だろうし、皆に認められても居ただろう。

 

 先日戦い、今朝《壊り逃げ男》のダミーとして逮捕されてしまったゼクシードの事を、キリトは一瞬残念に思い、すぐさま頭の中から消す。今は感傷に浸っている場合でもなければ、他の時間軸のゼクシードのようなものを想像していいような場合でもない。

 

 

「じゃあ、何なんだよ。あんた達の目の前に最優先排除対象の俺がいるわけなんだが」

 

「当然、お前の事をここで止める。ここだけではない、お前を倒した後でお前の仲間達も止める。勝利をセブンに(もたら)すのだ」

 

 

 そう言って各々の武器を構えるシャムロックの者達。ほぼ同じタイミングで後ろの《使い魔》達も一斉に咆哮し、戦闘態勢となる。明らかにこちらに敵意を剥き出しにしており、目の前のシャムロック達が攻撃を開始した瞬間に襲ってくるだろう。《ビーストテイマー》じゃなくてもそれがわかったのだろう、レインが焦った様子で声をかけてきた。

 

 

「き、キリト君!」

 

「あぁ、こいつらはやる気らしい」

 

 

 普段ならばここで退却する事を考えるけれども、シャムロックの者達は自分達を撃退するのではなく、本当に倒す事によって自らの攻略を進めつつ、自分達の攻略を遅延させる事を目的にしている。

 

 何より自分の事を最優先排除対象と言っているくらいだから、自分達が逃げたところで追いかけて倒そうとして来るはずだ。そして空都ラインで蘇生したとしても、フィールドに出た時点でまた襲ってくるのを繰り返してくる事だろう。

 

 だが、例えそうであったとしてもここまで進めたスヴァルトエリアの攻略を投げ出すつもりなんて毛頭ないし、諦めるつもりだってない。その障害としてシャムロックが襲ってくるならばその都度倒して、相手が自分達に戦いを挑む事が無意味である事を理解するまでやるまでだ。

 

 SAOで血盟騎士団の団長となって攻略組を率い、幾多のモンスターを倒し進めた時、《ムネーモシュネー》という《壊り逃げ男》率いる危険集団と戦った時の感覚を取り戻したかのような気となったキリトは、背中の鞘に納められている二本の剣を引き抜き、三人に声をかける。

 

 

「三人とも、やるぞ。俺達もここまで進んできたんだ、今更止まれないよ」

 

「キリト君に賛成だ。最優先排除対象として認識したモノがどれほどのものなのか、わからせてやろうじゃないか」

 

「……やっぱりキリト君はそうだよね。うん、戦おっか!」

 

 

 

 キリトに続いて長剣――分類は刀となっている――を引き抜いて構えるイリスと、二本の剣を腰元の鞘から抜いたレイン。そして最後に《使い魔》であるリランが身構えたそこで、キリトは障害となった目の前のシャムロック達へ言い放った。

 

 

「あんた達がそこまでやる気になってるんなら、俺達も容赦は出来ない。狩らせてもらうぞ」

 

「狩られる獲物は我らではない。お前達だッ!!」

 

 

 咆哮するかのように赤鎧の男が叫ぶと、残りの三人が一斉にジャンプしてモンスター達の背中や項などに飛び乗り、モンスター達は一斉にキリト達目掛けて咆哮をする。普通のプレイヤー達だったならばちょっと気を付けて戦うだけで済むけれども、相手はよりによって《ドラゴンテイマー》を含む《ビーストテイマー》達。

 

 《ビーストテイマー》によってしっかりと育てられた《使い魔》はボスモンスター並みの力を持ちつつ、それ以上に知性や運動性能、状況処理を可能とする相手という、敵に回すとこれ以上ないくらいに厄介なそれとなる。

 

 今、自分達の目の前にいるのはそんなボスモンスター以上の強さを持つボスモンスター達と言ってもいい。

 

 これは厄介な事になったものだ――予想外の出来事に少しだけ焦りを感じつつ、キリトは目の前の者達と同じようにジャンプし、信頼する《使い魔》の項に飛び乗った。

 


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