キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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二本目。

キリトとゼクシード、デュエル開始。


15:Synchrogazer ―龍使いとの戦い―

「あぁ、あぁそうだな。誰もお前一人に戦ってもらおうだなんて思ってないよ。この戦いは、俺とお前と力を合わせて乗り越えるんだ。そのための指示なんて、いくらでも出してやる」

 

《……信じてるよ、キリト》

 

 

 初老女性の声色ではなく、人狼形態の時と同じ少女の声色による《使い魔》の《声》が頭の中に響いた直後に、俺と青銀髪男のデュエル開始の宣言を告げる効果音が鳴り響いた。

 

 

「いくぜぇ、カッコつけ男ッ!!!」

 

 

 そう言って先陣切って来たのはゼクシードだった。俺への罵倒のつもりなのであろうその言葉が発せられたのとほぼ同刻に、ゼクシードの跨る悪魔の竜は力強く地を蹴り、リランの元へ突進を繰り出してきた。

 

 どのようなステ振りをされているのかまではわからないけれど、AGIがそれなりに高められているのだろう、ピナが邪悪な進化を遂げたような姿の悪魔の竜は草原を駆ける狼のような姿勢で走り、かなりの速度で駆けてくる。しかし、妖精もモンスターも超越する速度で空を駆けるリランを見て、尚且つそれにしがみ付いている俺の目には、かなりゆっくりのように感じられた。

 

 恐らくリランもそれくらいの速度で捉えられているはずだろう――信じた俺は、咄嗟に指示を下す。

 

 

「リラン、右方向に回避! 方向転換して背後を向け!!」

 

 

 兜に覆われた耳に届くように言ってから一秒にも満たない時間で、リランはそれを実行できる姿勢を取った。それから間もなくしてゼクシードの乗る悪魔の竜デビルリドラがやってきたが、近付いてくる水色で構築されたその身体をリランは回転しながら右方向へ避け、背後に向き直る。

 

 デビルリドラは勢いを殺す事無く走り抜けていき、俺達からある程度離れたところで急ブレーキをかけるような動きを取り、俺達の方へその顔を向けてきたが――その瞬間に口元が闇色に閃いたのが見え、俺は咄嗟にキャノピーの中に入り込んでハンドルを掴んだ。

 

 

「ブースト! 上空へ飛び上がれッ!!」

 

 

 言い渡し切るよりも先に、リランは巨腕の武器の噴出口から発火熱エネルギーを爆発させるように噴射、速度計があったならばどのような動きをするかわからないくらいの速度で上空へ飛び上がった。一秒後ほどに、後部の地上から爆発音に似た音が届いて来る。

 

 デビルリドラと言う名前をしているうえに光っぽさが全く感じないその姿から、光属性以外の属性を扱う竜なのだろうとは思っていたが、今のではっきりとわかった。デビルリドラは闇属性――光属性を扱っているリランの弱点属性を扱う竜だ。そして今の爆発音は、そんなデビルリドラによる闇属性エネルギーのブレス攻撃であり、それが破裂した音だったのだ。

 

 

(そういう事だったのか)

 

 

 確かに自分よりはある程度劣る程度の強さではあるけれど、侮れない相手だとリランは言っていた。その話が本当なのであれば、俺の指示が間違ったりしてダメージを受け続ければ、リランはあの悪魔の竜にやられてしまうだろう。

 

 けれど、それは相手も同じだ。何故なら闇属性を扱うモンスターは、ついとなる光属性による攻撃を弱点としている場合がほとんどなのだから。そしてリランの使う属性は火属性と光属性であり、あの悪魔の竜の弱点を突いているはずだ。

 

 弱点属性を扱われていると同時に扱っているのが、俺のリランとゼクシードのデビルリドラの関係だ。俺は頭の中をフル回転させ、SAO、ALOの中で作り上げてきた《ビーストテイマー》としての感覚を全身に行きわたらせつつ、リランの項の鎧に作られた《ビーストテイマー》用のハンドルをしっかりと握る。

 

 

「あいつの属性は闇属性だ。けれどお前の使っている属性が弱点である可能性もある。この勝負、勝てるぞ!」

 

《勝てるに決まっておるだろう。何せお前と一緒に戦っているのだからな!》

 

 

 初老女性のそれに戻った《声》の直後、悪魔の竜はその翼を羽ばたかせて空へ舞い上がり、再び俺達の元へと飛んできた。四枚の翼を駆使して宙を駆ける悪魔の竜の姿は実に雄大に感じられたが、翼を使って羽ばたいて飛んでいるためか、地上を走っていた時のそれよりもかなり遅く感じられる。だが周りの観客達の声から察するに、他の《ビーストテイマー》達の使う《使い魔》の飛行速度よりかはかなり早いのだろう。

 

 それほどまでに強い《使い魔》を使っているのに、不要と判断して捨てるかもしれないゼクシードは一体何なのだろうか――そんな気持ちに駆られていたその時に、悪魔の竜が黒紫色の闇で作り上げた黒紫の鉤爪を両手に纏って、リランに斬りかかってきているのが見えた。

 

 闇を扱う悪魔の竜だからこそできるであろう技の発動を目にした俺は、すぐさま指示を出す。

 

 

「リラン、ブーストして後方へ回避ッ! ……あっ!!」

 

 

 指示から間もなくして、リランの身体がぐわんと大きく揺れた。俺の指示は無事にリランに行き届き、リランはそれをちゃんと実行してくれたが、リランが回避しきるよりも前に悪魔の竜の鉤爪による斬撃がその顔を直撃したのだ。弱点属性である闇属性の攻撃を、よりにもよって顔に受けたリランのHPはかなり減少し、頭への衝撃によってバランスが崩れ、武器からの白化熱エネルギーの噴出が不規則になる。

 

 

「リラン、リランッ!!」

 

 

 恐らくリランの受けた技は、対象の頭部に命中させる事で、わずかな間だけスタン状態にする事が出来る特性を持っているモノだったのだ。それを見事に頭部に命中させられてしまった事により、リランは一時的に行動不能に陥っている。その隙をゼクシードと悪魔の竜が逃すわけがなく、闇の鉤爪による連続攻撃を容赦なく仕掛けてきた。

 

 項にしがみ付いているからわからないが、白金色の毛に包み込まれているリランの胸部、腹部を中心に悪魔の竜の鉤爪攻撃が叩き込まれているのが、リランの身体から伝わる衝撃とHPの減少でわかった。

 

 

「どうした、それだけかよカッコ付け! 所詮お前の《使い魔》は、ボクのには敵わないんだよッ!!」

 

 

 一方的な攻撃が出来る事に歓喜しているゼクシードの鼻につく声。容赦なく続けられてくる悪魔の竜の連撃。それらが織り成してくる衝撃はかなりのもので、まるで乱気流の中に入ってしまったかのように上下左右に身体が揺れ、リランのHPが減少していく。

 

 まさか、ゼクシードは俺達さえも上回る強さを手に入れる事が出来ていて、俺達に勝てるというのはホラではなかったというのだろうか。がたつきに身体を取られる中で、《使い魔》の名を呼ぼうとしたその時に、頭の中に《声》が届けられてきた。

 

 

《なるほど、そういう事だったのか》

 

「リラン!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 

 ゼクシードの歓喜に震える声が驚愕のそれに変わった次の瞬間、リランは武器の噴出口から勢いよく白化熱エネルギーを噴出させ、背泳ぎのような姿勢になりながら悪魔の竜から離れ、やがてくるりと宙返りして元に戻る。キャノピーから出てみれば、驚いて周囲を見回しているゼクシードと、跨られているデビルリドラが見えた。

 

 全く驚く要素のない中で驚いたゼクシードとリランの《声》から、リランがゼクシードにチャンネルを合わせて《声》を発したのがわかった。

 

 

「リラン、お前……」

 

《キリト、真実がわかったぞ。あのゼクシードの真実がな》

 

「真実? 何がわかったんだよ」

 

《キリト。あいつはあのデビルリドラに跨って戦い続けているが、あいつがデビルリドラに指示を出すところをお前は見たか。少なくとも我は見ていない》

 

 

 リランの《声》に従って、俺はゼクシードとの戦い、デビルリドラの行動などを全て思い出す。そういえばデビルリドラは先程からリランに攻撃をしっかりと仕掛けてきているけれども、デビルリドラに跨るゼクシードは全くと言っていいほど指示を下したりしておらず、本当にその背に跨っているだけだ。

 

 リランの鎧にあるキャノピーは集音効果も持っているようで、リランが高速飛行をしている中でも周囲の音を聞き取る事が出来るようになっているのだが、もし指示を下しているならば、はっきりとその声が聞こえてくるはず。

 

 けれど、どんなに記憶の中を探してみても、ゼクシードがデビルリドラに指示を下していた時の声は思い出せない。

 

 

「そういえばあいつが指示を出してるとこ、見た事ないな」

 

《それが答えであり、あいつの真実だ》

 

 

 そこからのリランの話には、俺は驚く事しか出来なかった。

 

 リランによると、ゼクシードがデビルリドラに全く指示を出していない理由は、デビルリドラがゼクシードの命令などを完全に無視するようになっており、ゼクシードの指示を一切受け付けないに等しい状態であるからで、命令や指示をする事を諦めているからであるというのだ。

 

 《ビーストテイマー》であるゼクシードの指示や命令を受け付けないにもかかわらず、デビルリドラが俺達に猛攻を仕掛けてくる理由は、デビルリドラ自身が持つ攻撃本能によるものであるそうで、やはりそこにゼクシードの意図は存在していないという。

 

 リランはそれを、ゼクシードの声が全く聞こえてこない状況とデビルリドラの攻撃を受け続ける事で気付いたそうだ。

 

 

「あいつは、デビルリドラに戦わせているだけなのか!?」

 

《そうだ。あのデビルリドラが攻撃してくるのは、あくまで本能によるもの。そしてデビルリドラは他の《使い魔》を上回る強さを持っているから、ゼクシードは本能のままに攻撃を仕掛けるデビルリドラにしがみ付いているだけでいい。その背に跨ってさえいれば、後はデビルリドラが勝手に相手を倒してくれる……そういう絡繰(カラクリ)になっているようだ》

 

 

 何という事だろう。結構な回数、《MMOストリーム》の《今週の勝ち組さん》に出演しているゼクシードだから、《ビーストテイマー》としての腕前もかなりのものなのだろうと思っていたというのに、真相は強い《使い魔》を暴れ回らせて、自分はその背中に飛び乗って、《使い魔》が相手を勝手に滅ぼす様子を見ているだけの、高みの見物をしているだけだったとは。

 

 しかも本能のまま暴れ回って攻撃を仕掛けてくるデビルリドラでも、その首には《使い魔》というシステムの首輪がされており、そこから延びる手綱(リード)をゼクシードは握っている。

 

 最早あのデビルリドラはゼクシードの《使い魔》などではなく、ゼクシードの奴隷に等しい――その事がわかるなり、心の中から強い怒りが込み上げて来て、視界が若干赤くスパークし始める。

 

 

「野郎、《使い魔》を奴隷みたいに戦わせてたって事か。それで、《使い魔》が言う事を全然聞かないって事は、よっぽど《使い魔》を大事にするという事をしてこなかったみたいだな」

 

《最早あいつの《使い魔》はボスモンスターと変わりがない。お前ならば、この意味がわかるはずだ》

 

 

 リランの《声》に、俺はすぐに頷く事が出来た。《ビーストテイマー》の駆る《使い魔》となったモンスターは、自らのルーチンで動く他、《ビーストテイマー》の指示を受けて動く事も多いため、ボスモンスターのように行動を読んだりする事が上手く出来ず、攻撃を当てようとしても指示によって回避してしまう事があるため、対処が難しい。

 

 だが、その《使い魔》であるにもかかわらず本能のまま暴れ回っているだけのデビルリドラならば、ボスモンスターとなんら変わらないから、対処する事は簡単だ。

 

 そして、そのようなモノに負ける俺達ではない!

 

 

「あぁわかるとも。あいつが持っていない大切なものを持っている俺達が、あいつに負けるわけがないな!」

 

《あの《ビーストテイマー》の恥さらしめ、とっちめてくれようぞ!》

 

 

 《ドラゴンテイマー》どころか《ビーストテイマー》の風上にも置けないような戦い方と《使い魔》の扱い方をしているようなゼクシードを、絶対に許しておく事など出来ない――心の中でしっかり思った俺がキャノピーの中に入ったその時、本能のまま暴れるデビルリドラは再びリランの元へやって来て、闇で構成された鉤爪による攻撃を仕掛けて来ていた。しかしその動きを予知できなかった俺ではなく、その時既に俺はリランに指示を下していた。

 

 

「リラン、ブーストして後方へ回避! その後すぐに接近して攻撃し返してやれ!!」

 

 

 一秒もしないうちに俺の指示を実行したリランは噴出口から勢いよくエネルギーを噴出し、迫り来たデビルリドラの鉤爪攻撃をするりと回避。その後体勢を変えて前のめりになり、もう一度勢いよくエネルギーを武器後部の噴出口から噴出し急加速。一気にデビルリドラとの距離を詰めて懐に飛び込み、その勢いを乗せたままデビルリドラの胸部目掛けてパンチを繰り出した。

 

 首から上を除く上半身の形が人間のそれになっている《戦神龍ガグンラーズ》の、人間が繰り出すそれと大差ないパンチはデビルリドラの胸部に突き刺さり、グォォという鈍い悲鳴を上げさせる。しかし、流石ゼクシードに選び抜かれたステータスをしているからか、デビルリドラはすぐさま体勢を立て直して鉤爪を振り下ろしてきた。

 

 が、リランはエネルギーの噴出の強さを変える事でそれを咄嗟に回避して、今度はデビルリドラの腹部と胸部に拳を叩き込み、更に連続で拳と爪による斬撃をデビルリドラのほぼ全身へ叩き込んでいく。その合間を縫ってデビルリドラの動きを観察し、俺はリランへの指示を続ける。

 

 

「右ッ、次は左ッ、背後にステップ、カウンター!」

 

 

 上半身が人間のそれであるがために、人狼形態の時とほとんど変わりなく戦えるのが影響しているようで、リランは俺からの指示を何一つ間違える事無く実行に移し、デビルリドラに攻撃を叩き込みつつ、飛んでくる反撃を全て回避していく。

 

 《使い魔》であるリランが、《ビーストテイマー》である俺の指示を何一つ疑わずに聞いてくれている――そんな当たり前の事が何よりも嬉しく感じられ、リランが俺の指示通りに攻撃を叩き込み、悪魔の竜のHPを削る度に胸が高鳴る。

 

 

「くそっ、くそ、何でだよッ! こいつってここまで使えない奴だったのか!? 避けろって言ってんだよ!!」

 

 

 その中で聞こえてきたのが、焦るゼクシードの声。デビルリドラに隠れているせいで見えないが、自慢の《使い魔》であるデビルリドラが追い詰められている事が信じられないという顔をしているのが容易に想像出来た。そしてそれまで一つも下す事のなかった指示を、ようやく下しているのも聞こえてくるが、デビルリドラがそれを実行に移す様子は見受けられず、本能のままに動こうとしているだけだった。

 

 まさにデビルリドラに全てを押し付け、何の指示も与えなければ、信頼関係を築こうともしてこなかったツケが回って来ている様。そんなデビルリドラを罵るゼクシードの声に、俺は答えた。

 

 

「《使い魔》が使い物にならない? 違うだろ。お前が《使い魔》を使いこなせてないだけだよ!」

 

「こ、このおおおおおおおおッ!!」

 

 

 ゼクシードが絶叫した次の瞬間、リランの光を纏う角による一突きがデビルリドラの胸に直撃し、その身体を大きく吹っ飛ばした。

 

 ゼクシードを乗せたままデビルリドラの身体が落下し始めたのと同刻、リランは噴出口から膨大な量のエネルギーを噴出させて、爆発的な速度で空を飛翔。夜空を切り裂き飛翔する中で全身に白熱化エネルギーを纏い、白き流星のようになったところで狙いをデビルリドラに定めて急降下。フレーム単位の時間でデビルリドラの身体に衝突し、そのまま巻き込みながら地上目掛けて落下し続けた。

 

 

「嘘、嘘だろ、このボクが、このボクの《使い魔》が――――」

 

 

 地上目掛けて急降下するリランが巻き起こす風と炎の音に混ざって、キーの変わらない非常にゆっくりとしたゼクシードの声が届けられる。やはり自分の《使い魔》が負け、デュエルに敗北しようとしているのが信じられずにいるのだろう。

 

 リランはそんなゼクシードをも巻き込みながらついに地上へ衝突。自身を中心に白化熱の大爆発を引き起こし、白化熱で構成され火塔を夜空へ立ち上らせた。そしてその白化熱の塔の中をリランは上昇して飛び出し、月の輝きさえ奪うような白化熱の巨塔からある程度離れた位置に着地した。

 

 

 当初はわからなかったけれど、後になって名前がわかった技。白化熱を纏って流星のように急降下し、大爆発と白化熱の巨塔を発生させて相手を消し炭に変える、《ビーストテイマー》を信頼する《使い魔》であるリランだけが使う事が許される超大技、《タワーリング・ヘヴン》。

 

 放つのはこれが二回目であり、一度目は本当に俺達だけがいるところで放たれているため、他のプレイヤー達がどのような反応をするのかは全くわかっていなかった。そこでリランのキャノピーから出て周囲を確認してみたところ、俺とゼクシードのデュエルを見ていた観客のプレイヤー達は、ほぼ全員が絶句してリランの技が作り上げた白化熱の巨塔を見ているだけであるというのがわかった。

 

 

 そんな見る者を絶句させる白き巨塔は、俺がもう一度振り返った時には止み、白一色に染め上げられていた夜空が再び元の色に戻る。超高難度クエストに出現する魔狼龍でさえ耐えきる事の出来なかった技の直撃を受けた悪魔の竜がどうなったのかを確認すべく、その巨塔の根本、リランが起こした大爆発の爆心地に注目したそこで、俺はリランと一緒に驚く事になった。

 

 リランの起こした大爆発の爆心地且つ白き巨塔の発生源であった場所には、()()()()()()()|。完全決着性デュエルでも、決着がついた時にはゼロになったHPは全快して、敗北者の姿が見えるばかりか、話が出来ると言うのに、ゼクシードとその《使い魔》である悪魔の竜の姿は周囲のどこを見ても発見できない。

 

 

「あれ……」

 

《いない……いないぞ、あいつ!?》

 

 

 普通のプレイヤーよりも強い感覚器官システムを搭載しているリランならば、ゼクシードと悪魔の竜を見つける事が出来るかと思ったが、そのリランでさえ周囲を見回して戸惑ってしまっている。ゼクシードと悪魔の竜は、リランでも見つける事が出来ない状態になってしまっているようだ。

 

 一体何が起きたのだろうか、あの一瞬でゼクシードと悪魔の竜の身に何が――そう思いながら周囲を確認したその時に、俺の目の前に一つのウインドウが出現した。

 

 《You WIN!!》、「貴方の勝ちです」という、デュエルに勝利した事を告げる文章が書かれており、それは周りのプレイヤー達にも見えていたようで、デュエルの決着が付けられた事に歓喜の声が一斉に上げられ、大きな月の浮かぶ夜空と月明りで輝く草原に大歓声が響き渡る。

 

 夜風さえも押し返すような大歓声、驚きの声を聞きながら、俺は無事に戦いを終えた相棒に声をかけた。

 

 

「リラン、勝ったな」

 

《……あぁ。勝てたな》

 

 

 全国の《ビーストテイマー》と《使い魔》のその命を侮辱した《ドラゴンテイマー》ゼクシードと俺とリランの戦い。その決着は結局、俺とリランの勝利で終わった。けれど、俺もリランも全くと言っていいほどその勝利を喜ぶ事も出来なければ、大きな何かが心の中に引っかかったままになったような感じになってしまい、強いもやもや感が心に立ち込める一方だった。

 

 その直後、少し離れたところから歓声に混ざって俺達を呼ぶ声が聞こえてきた。咄嗟に振り返ってみれば、そこにいたのは先程まで宿屋で《MMOストリーム》、《今週の勝ち組さん》での俺とゼクシードのやりとりを見ていた皆。その誰もが、ひどく喜んでいるような顔をしており、まるで大きなボスを倒した事を褒めてくれているようなだった。

 

 そんな皆が寄り添って来たタイミングで俺はリランの背を降り、リランにそのままの姿でいるように指示して皆に近付いたが、それとほとんど同刻で、皆の中の一人であるリーファが言葉をかけてきた。

 

 

「おにいちゃんにリラン、お疲れ様! ナイスファイトだったよ!」

 

「あぁ、なんとか勝つ事が出来たよ」

 

「まぁそんな感じよね。あんた達のコンビが《使い魔》を大事にしない《ビーストテイマー》に負けるなんてありえないもの。途中で何回かひやひやしたけどね」

 

 

 笑顔でそう言ったのがリズベット。確かに途中でリランがスタン状態にされた時には、俺も思わずひやっとしてしまったけれど、その中でリランはゼクシードの真実を見ぬき、俺の指示を聞きつつ猛攻を叩き込んで、悪魔の竜を撃破してくれた。

 

 しかし、そうして俺達は勝利する事が出来たのだけれども、本当に勝利を決め込む事が出来たのか、そもそもゼクシードと悪魔の竜はどこへ消えたのか全くわかっていないため、皆に祝われても全くと言っていいほど心が浮かばれない。

 

 その事が気になっていたのは当事者である俺とリランだけではなかったらしく、周りの声に耳を傾けてみれば、「ゼクシードの野郎どこへ行ったんだ」「ゼクシードが逃げた」などの声が上がっているのがわかった。

 

 それを聞き取れていた――と言うよりもこの状況からその事を理解できていた――のだろう、皆の中に混ざって俺の事を見ていたと思われるシルフ領領主サクヤが、俺の元へとやってきた。その隣には俺に《使い魔》の事をいろいろ教えてくれた張本人である、ケットシー領領主アリシャ・ルーの姿もあった。

 

 

「キリト君、見事な戦いぶりだったぞ。やはり君とリランが勝利すると思っていた」

 

「ありがとうございます。けれど……ゼクシードはどうなったんですか。デュエルで勝敗が決まると、その時点でHPが全快になって相手と話が出来るはずです」

 

 

 俺の問いかけにはサクヤではなく、アリシャが応じてきた。その顔は少し呆れたようなものという、アリシャにしては珍しい表情になっている。

 

 

「多分だけど、ゼクシードは回線落ち。リランちゃんの攻撃にやられる寸前で回線が落ちて強制ログアウトしちゃったのヨ。だからキリト君の勝利は相手の不正負けによるものって事ネ。ま、そうならなくても結局キリト君とリランちゃんの完全勝利だったけどネ」

 

 

 ちょっと昔の対戦系ゲームならば、相手と対戦している時に不利になった際に回線を引き抜くなどしてオフラインにする事で対戦そのものを無かった事にするようなやり方が存在していたけれども、アミュスフィアを利用したVRMMOが普及してからは、そのようなやり方は存在しなくなったに等しい。

 

 だから俺に負けそうになったゼクシードが回線を自ら切って試合から抜け出したという可能性はないのだが、どうもタイミングが良すぎるような気がしてならなかった。もしかしたらゼクシードの回線が落ちたのは、ゼクシードの現実での体などに何かしらの問題が発生したからであり、その結果強制ログアウトになってしまったのではないだろうか――そう思っていると、アリシャはその表情に笑みを取り戻し、俺の肩をぽんぽんと叩いて来た。

 

 

「とにかく、これでキリト君とリランちゃんの強さは他のプレイヤーの皆に伝わったヨ。《使い魔》はしっかり愛情を込めて育て、信頼関係を築き上げる事で最強となっていくっていうのが拡散されると思うから、楽しみだネ」

 

「はい。これまでみたいに皆が《使い魔》を捨てるなんて事がなくなる事を、祈ってます」

 

 

 兎にも角にも、俺とリランが勝利した事により、俺が《Mスト》で語った事は真実であると皆に認識されたはず。きっとこれからは、厳選よりも時間をかけて《使い魔》を育てるという事に皆が躍起になってくれるだろうし、それが主流になっていくかもしれない。

 

 《使い魔》は使い捨てる者であるという考えが主流という暗黒時代が終わったような気を、俺はしっかりと戦ってくれた《使い魔》である狼竜リランを見つめつつ、感じていた。

 

 

 

 

 

          □□□

 

 

 ALO内部時間及び現実時間 午後十一時二十分 空都ラインの宿屋 キリトがいつも使っている部屋 

 

 

 ゼクシードとのデュエルを終えた後、キリトとリランは一旦分かれる事になった。デュエルの後、リランは強い眠気を覚えてしまったらしく、同時にユイとストレアとクィネラの三人の妹達もまた同じように眠気を覚え、四人揃って宿屋へ戻っていったのだ。

 

 リランは今日、超高難度クエストのボスモンスターである魔狼龍ヴァナルガンドを相手にし、そこで進化を遂げてこれを撃破。その夜に《今週の勝ち組さん》に出演したゼクシードの《使い魔》である悪魔の竜デビルリドラを相手にしてこれも撃破した。

 

 

 一日に強敵を二匹も相手にして、その上ようやく進化という喜ばしい出来事を迎える事が出来たのだから、疲れてしまっていたのだろう。いや、そもそも魔狼龍を相手にして進化をした時から疲れていたのだろうけれど、最後にデビルリドラとゼクシードなどというものまで相手にする事になったのだから、もう耐えきれないくらいの眠気に襲われているはず――その事を理解していたキリトは「お疲れ様」と言ってリランとその妹達を宿屋へ向かわせたのだった。

 

 それから間もなくして、シャムロックとの攻略合戦に勝利すべく裏世界に挑み続けていた他の仲間達も続いてログアウトしていき、リランの進化を祝ってくれたサクヤとアリシャもまたログアウト。

 

 その時にはキリトとシノンだけが残され、キリトもログアウトの流れに続こうとしたが、シノンが「あなたの部屋で用件がある」と言ってそれに待ったをかけ、キリトは留まった。

 

 あまりに突然の事だったけれども、シノンからの用事ならば応じないわけにもいかないし、どうせ明日も日曜日で休日なのだから、寝る時間が遅くなって問題は特にない。それに《Mスト》から帰ってきた時から、シノンがどこか浮かないような顔をしているのもキリトはずっと気になっていた。

 

 それらの事もあって、キリトはシノンの話を快く引き受けて、皆が向かって行き、その一室でこの妖精界から消えたであろう空都ラインの宿屋へ向かったのだった。

 

 

 そうしてやってきたのが、キリトが――正確にはシノンも一緒に使っている――いつもログインとログアウトする時に使う一室。他の部屋からそれなりの距離が空いており、草花を模した装飾がほんの少しだけ壁などに施されている、西洋のそれの内観の一室。非常に使い慣れたその一室に入り、ログアウトのためにドアの鍵をしっかり締め、キリトはここまで自分を連れてきた張本人であるシノンに向き直る。

 

 

「それでシノン、俺に用ってなんだ」

 

 

 声をかけても、白水色の髪の毛の少女は答えず、じっと目の前の少年の事を見つめているだけだった。一体どうしたのだろうと思い、もう一度声をかけようとしたその瞬間に、少女は早歩きで前進し、少年の身体に軽くぶつかったところで止まった。

 

 驚いたキリトはそっと少女/シノンの頭に手を添えて、もう一度声をかける。

 

 

「シノン?」

 

「……んだから」

 

「え」

 

 

 キリトのか細い声に反応したように、シノンはキリトの胸の中で拳を握りしめ、もう一度小さな声を漏らす。

 

 

()()()があなたと私の家族だっていうのはわかってるし、私もそう思ってる。けど……熱中するなとは言わないし、リランだって大切な家族だから大事だって思ってるけど……あんまりあなたに一途に熱中されると……その……寂しくなる時だって、あるんだから」

 

「……!」

 

 

 そこでようやく、キリトはシノンの心の中にある思いを掴む事が出来たような気がした。

 

 最近自分は相棒であるリランにかかりきりになっており、今日までずっとリランの進化条件を求め、そればかり考えていた。その間はシノンと一緒の時間を過ごすような事もしてこなかったし、大切な人であるはずのシノンの事を考える事さえ、あまりなかった。

 

 いや、シノンと一緒に過ごす事もあったけれど、その時はリランの進化条件を模索する事と、リランの進化媒体が手に入るであろうクエストをこなしているだけだった。

 

 そしてその時には勿論、リランの事ばかりを最優先で考えて、シノンの事などほとんど考えていなかった。自分が一生かけて守ると決めた、世界でたった一人の愛する人であるというのに。

 

 ずっと自分と一緒に過ごしていて、これからもずっとそれを続けていくことを決めてくれているが故に、それが敏感に感じ取れていて、置いてけぼりにされているような気になっていたのだろう。今この時までずっと……。

 

 キリトは愛おしさが胸の中に込み上げてくるのを感じ取りながら、そっとシノンの細い身体を抱き締め、その後頭部に優しく手を添えた。

 

 

「ごめん、シノン。俺、ずっとリランの事ばっかだったな。けれど大丈夫だよ。リランも大事な家族だけど、君はそれ以上に大切な人だ。俺が守りたいのは、ずっと傍に居たいのはシノンだよ。これまでもそうだったし、これからもそうだ」

 

「……」

 

「だからその、ごめん。ずっと放っておくような事をしてしまって――」

 

 

 キリトが言いかけたその時に、シノンはその胸からすっと離れ、そのまま両手でキリトの頬を包み込んだ。いきなりな事を迎えたキリトの、きょとんとした顔を水色の瞳に映し出しながら、シノンは囁くように言う。

 

 

「なら……お詫びしてくれる? 出来るなら、してもらいたい」

 

「……まぁ、今日一日ずっと戦いっぱなしだったから、体力はあまり残ってないけれど……君がいいって言ってくれるなら、俺は出来るよ」

 

「……お願い」

 

「了解です、姫様」

 

 

 シノン/詩乃からのお願いを聞いたキリト/和人は、自らの唇でその柔らかな唇を塞いだ。そのまま部屋の明かりを消して、窓から差す月明りだけが部屋を満たすようにしてから、ゆっくりと二人一緒にベッドへ倒れた。

 




相手が大切な家族と分かっていても、やはり大好きな人を夢中にさせるのはちょっと許せないシノンさん。


そして次回、衝撃的な事実が判明すると同時に、原作から大幅に出番の増えたゼクシードにとんでもない出来事が?

いずれにしても乞うご期待。





―今回の補足―


・Synchrogazer → 水樹奈々さんの楽曲。

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