キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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04:浮き上がった課題

 俺達はフロスヒルデのエリアボスの討伐に成功し、最後の宝珠アイテムを入手した。最後に手に入った宝珠は、フロスヒルデそのものを現しているかのような青色であり、それがアイテムストレージの中に納まるや否、これまで集めてきた三つの宝珠が突然俺の目の前に現れ、強い光を放ち、消えた。

 

 あまりに突然のイベントに全員で驚いていると、インフォメーションウインドウが俺の元に届いてきて、スヴァルトアールヴヘイムの最終エリアである《裏世界・岩塊原野ニーベルハイム》が解放された事が告げられてきた。

 

 それを見る事で、俺達は先程のイベントが裏世界開放イベントであった事を把握し、同時に転移先に《裏世界・岩塊原野ニーベルハイム》が出現している事にも気付いた。ようやく出現した最終エリアという言葉に、ゲーマーの本能が反応して興奮しそうになってしまったが、俺にはまだ確認せねばならない事がある事を思い出して、ひとまずニーベルハイムに向かうのは後にし、街に戻って作戦を立てる事を決定。転移門を潜ってフロスヒルデを出て、空都ラインに俺達は戻った。

 

 

「うっはぁ……街の空気がすごく暖かく感じられるわぁ」

 

 

 街に到着するなり発されたリズベットの言葉に、皆が頷いて、同じように深呼吸をする。 現実世界では北極や南極を思い起こさせるような極寒地帯の転移門を潜った俺達を出迎えてくれた空都ラインの空気は、いつも触れているし吸い込んでいるものだけれど、それまで極寒地帯に居たためか、春の陽気のようにとても暖かく感じられ、深呼吸をすると冷え切った身体がじんわりと温まるような気がしてならなかった。

 

 しかし、その中で俺は、俺達がシャムロックに後れを取っていた事、そしてリランに大きな異変が起きている事を思い出して、すぐさま皆の方に振り返る。

 

 

「さてと、これからどうしようか。ひとまずいつもの喫茶店へ戻るか」

 

 

 俺の声を聞きいれた皆ははっとしたような顔になって、深呼吸をするのをやめた。直後に、クラインが俺の隣までやって来て声をかけてくる。

 

 

「だな。そこが俺達の作戦会議所みたいなところだしな、とりあえずそこに行くとしようぜ。あぁエギル、喫茶店に着いたら何かしらの暖かい飲み物頼むわ」

 

「わかってるって。皆も身体が冷えてるだろうから、俺の店で温かい飲み物を出してやるよ」

 

 

 クラインの要求にエギルが頷きつつ、俺のように皆を見回す。俺達はついさっきまで極寒地帯で戦っていたためか、街の空気を吸う事さえ心地よさを感じるくらいで、とても次の攻略に向かえそうな状態ではないし、何よりこれからの攻略のための攻略会議だって必要だ。

 

 エギルの店ならば、いつも俺達が作戦会議の会場として使っているし、尚且つ温かい飲み物や食べ物だって注文する事が出来る。作戦会議と暖かい飲み物が必要な俺達にとっては絶好の場所だ。

 

 

「よし、とりあえずこれからエギルの店に向かおう。それで――」

 

「おい、キリト」

 

 

 皆に声をかけようとしたその時に、突然背後から声が聞こえてきたものだから、俺は思わずその場で軽く驚いた。俺よりも年上の男性がしていそうな、低めの声。どこかで聞いたような、尚且つこの声の人物話し合った事さえあるような気を感じながら振り返ったそこで、俺は改めて驚く事になった。

 

 ウンディーネ族専用装備特有の、白を基本色とし、ところどころ青色のラインが入っているノースリーブの戦闘服を纏い、水色の髪の毛の短髪で、青紫色の瞳をした長身の美青年。俺達とライバル関係である巨大ギルド、シャムロックの精鋭中の精鋭であり、《ビーストテイマー》である事がこの前判明した、スメラギがそこにいた。

 

 

「スメラギ……どうやら今回は俺達の負けだったみたいだな」

 

「そうだ。今回は俺達が先にフロスヒルデを攻略させてもらった。そして今は、裏世界の攻略を進めている」

 

 

 俺達がシャムロックに後れを取っている事がわかったのは、エリアボスである巨蛇龍に寸前に、事前に情報を集めていたフィリアが教えてくれた時だ。俺達が巨蛇龍ニーズヘッグに挑もうとしている時に、既にシャムロックの者達は裏世界攻略の話をしていたそうで、尚且つこれから裏世界へ挑むための準備を進めているとも言ったらしい。

 

 そしてその話は今スメラギの言葉によって、本当であった事が判明した。

 

 

「そうだろうな。だけど、この遅れはすぐに取り戻させてもらうぜ。勝ち誇るのはまだ早いぞ」

 

「威勢がいいな。だがそのとおりだ。フロスヒルデの攻略など通過点に過ぎない。ここからがスヴァルトエリアの後半戦だ。今は追いぬけているが……お前達は最後の最後まで読めない相手だからな」

 

 

 如何にも俺達の事をライバルと認めているようなスメラギの言い方。そしてその中にある、俺達が最後の最後まで読めない相手という言葉で、俺はこの話の作り主が誰なのか、わかったような気がした。

 

 

「……そう言ってたのはセブンか。その様子だと、セブンも元気にやってるみたいだな」

 

 

 そこでスメラギの眉が少しだけ動き、そのまま徐々に吊っていく。如何にも、俺がセブンの名前を出したのが気に喰わないというような反応だった。

 

 

「どういう事だ。何故そこでセブンの名前を出す」

 

「最近見てないような気がしたんだ。あの娘はまだ子供だから、気張って無理でもしてるんじゃないかって心配になったんだよ」

 

「貴様が気にするような事ではない。セブンは貴様達などには到底辿り着けないような、崇高な思考の下で動いている。貴様らのような下賤な輩とは違う」

 

 

 確かにセブンは、このALOではアイドルをやっているけれども、現実世界では茅場晶彦や芹澤愛莉に匹敵するくらいの天才科学者。俺達とは生きている次元が違うと言っても過言ではないけれども、あの娘がまだ十二歳の子供である事に変わりが無いのは、この前で会って話をした時にわかったし、尚且つただの科学に秀でている子供である事も理解できた。

 

 セブンは様々なメディアやシャムロックの者達によって、まるで神様のように扱われているけれども、祭られるような神様でもないのだ。

 

 

「その言い方はどうなんだよ。あの娘はまだ十二歳の子供なのに、大人達にもみくちゃにされながら必死に努力して、周囲の期待に応えようとしてる。そんな桁外れの力を持った神様のように扱うのはどうかと思うぜ。あの娘は……祭り上げられるような神様でも何でもないよ」

 

「……貴様の事をセブンは認めていた。だが、今後のシャムロックの活動についてとやかく言われる筋合いはない」

 

 

 スメラギが鋭く言った直後、その肩にまた白い光の玉が出現し、小さな音と共に弾ける。光の玉の中から現れたのは、肩に載れるくらいの大きさの、白い毛並みと青い模様、九本の尻尾と糸目が特徴的な狐のモンスターだった。この前スメラギと出会った時に見たけれども、その時以降その姿を見た事のない、スメラギの《使い魔》。

 

 一体どのような力を持っているのか定かではない、スメラギの《使い魔》は俺達の方に顔を向けて、「こんこん」と小さな声で鳴く。その後に、スメラギは再度口を開いた。

 

 

「それにキリト、お前達がこうして俺達に追いつこうとしているならば、その時には俺とお前が戦う可能性も出てくるだろう」

 

「そうかもしれないな。だったらどうするんだよ」

 

「もし、その時俺に勝てたならば、俺もまたお前の事を認めよう。だが、俺達はそうなる前にこのスヴァルトエリアを攻略しきる」

 

「そうはさせないよ。すぐに追いついてやるから、覚悟しておけ」

 

 

 なるべく力強く言い放つと、スメラギはフンと鼻を鳴らした後に俺達に背を向け、そのまま広場の方面へと歩き、行き交うプレイヤー達の群れの中へと消えていった。俺達はシャムロックと戦っているに等しい状態だし、こうやってシャムロックと攻略競争をしていくならば、いずれスメラギとも戦うのではないかとは思っていた。

 

 そして、裏世界という最後のエリアが解放されて、シャムロックに後れを取っているという事、スメラギがあぁ言っていたという事は、俺とシャムロックの対戦は確実のものとなったという事実なのだろう。スメラギは、俺と戦うつもりでいるのだ。

 

 その時がいつになるかはわからないが、きっと俺はスメラギと戦う。そしてその時には、必ず勝って、スメラギの意図を聞き出してやらねば――そんな事を考えながら、皆の方に振り返ったその時に、耳元に声が届けられてきた。

 

 

「あれっ、ちょっと、おねえさん!?」

 

 

 慌てているような少女の声。皆と一緒に何事かと思って向き直ってみれば、俺達から離れていっている、長い黒髪が特徴的な小さな少女の姿。ナビゲートピクシーの姿から元の姿に戻っている、ユイだった。

 

 

「お、おいユイ! どこいくんだよ」

 

 

 ユイは咄嗟に振り返ると、そのまま一目散に走って来て、俺の目の前で立ち止まった。なんでも、スメラギとの話が終わった直後に、リランが突然「宿屋でちょっと寝てくる」とユイに言い残して、宿屋へ向かってしまっていたというのだ。それでユイは、咄嗟に追いかけようとしていたらしい。

 

 

「リランが? 何で急に?」

 

「わかりません。それを含めて聞いてきますし、わたしはおねえさんの傍に居ますので、次の攻略会議は欠席します。クィネラおねえさん、後で報告お願いします」

 

「アタシも行くよユイ。ユイ一人じゃ行かせられないよ。キリト、悪いけどアタシも欠席するね」

 

 

 ユイはリランの傍にいつもいるけれど、そんなユイにもリランは口を開かない事がある。そこにストレアが加わっても無意味な事が多いが、それでもいないよりはマシだし、たとえ街中であってもユイを単独行動させるのは危険すぎる。俺はストレアに向き直り、頷いた。

 

 

「わかった。二人とも、リランを頼んだ。それにあいつ、何か俺に話したい事があったみたいなんだ。なるべくそれを聞き出してくれないか」

 

「わかりました。おねえさんに伺ってみます」

 

 

 ユイがそう言ったのと同時にストレアがその横に並び、すぐさま二人は宿屋の方へと走っていた。俺達プレイヤーは、他のプレイヤーの現在地を大まかにしか知る事が出来ないが、MHHPとMHCP同士である彼女達は、お互いの居場所を細かく探知する事が出来るようになっている。リランの後を追う事については問題ないだろう。そして、彼女達にならば、リランを任せる事が出来る。俺達は次の攻略への作戦会議をしなければ。

 

 

「皆、リランの事はユイ達に任せて、俺達は喫茶店へ行こう」

 

 

 皆浮かない顔をしていたものの、俺の指示に頷いてくれて、止めていた足を再開。俺もまたその中の一人となって、数分後にエギルの喫茶店へと入り込んだのだった。

 

 すっかり使い慣れてしまっているエギルの喫茶店に入るなり、店主であるエギルは皆に飲みたいホットドリンクの種類や品名を迅速に聞き出して厨房に向かい、ホットドリンクの調理を開始。いつの間にか客になっていた俺達は、いつもの作戦会議の時と同じように椅子に座ったり、壁に凭れ掛かったりして、作戦会議を開ける状態になる。

 

 この喫茶店の構造上、厨房にいるエギルにも声は伝わるようになっているため、俺は皆を見回しつつ声をかけ、その注目を集めたところで、いつものように次の攻略の会議を開始した。

 

 

「さてと皆……ひとまずボス攻略お疲れ様。すごく強い奴がボスだったけれど、俺達はここで止まっているわけにはいかない。そこで早速だけど、次の攻略会議を――」

 

「待って、キリト君」

 

 

 そこで挙手するように割り込んできたのがアスナ。何かをひどく心配しているような表情が浮かぶその顔を見る事で、俺はアスナの考えが読めた気がしたが、それを踏まえた言葉を発そうとした寸前でディアベルが声をかけてきた。

 

 

「キリト、攻略の方もそうだけど……リランは、大丈夫なのか」

 

「……」

 

 

 見回してみれば、皆は現在宿屋に居ると思われるリランを心配しているかのような表情を、顔に浮かべている。先程の巨蛇龍との戦いの中で起きた、リランの敗北。SAOの時から、皆もまたリランと一緒に戦い、そしてリランの全勝ぶりを見てきているので、リランの敗北という出来事が起きた事に驚かずにはいられなかったのだろう。

 

 その最中、俺と同じ《ビーストテイマー》であり、リランとも良好的な中を築いているシリカが俺の元へやってきた。その顔に、心配の表情を浮かべたまま。

 

 

「キリトさん、リランさんが……負けちゃいましたね」

 

「……あぁ。いずれにしてもそうなるんじゃないかって思ってたんだけど……やっぱり現実になってしまったよ」

 

「リラン、かなり(ヘコ)んでるんじゃないの。リランは、自分の強さに自信があったみたいだし」

 

 

 同じくSAOの時からリランの強さを見てきているリズベットが、シリカの隣に並ぶ。リズベットもリランの無敗全勝ぶりを体験してきているから、今日の出来事が信じられなくて当然だ。現に俺も、リランがリメインライトになってしまった事が信じられなかった。

 

 けれど、リランが負けた理由については、もう既に分かっている。リランは最強のドラゴン族である狼竜になっていたために、どんなモンスターを相手にしても全勝する事が出来たのだが、巨蛇龍の力は最強のドラゴン族であるリランを上回っていたのだ。

 

 ついに最強のドラゴン族を超える力、リランを上回る力を持つモンスターが現れる難易度のところまで俺達は辿り着いていて、そのモンスターにリランはやられた。

 

 

「あのニーズヘッグがリランよりも強かったんだ。リランの強さに限界が来てるんだよ」

 

「そうだけど……なんだかあの時のリラン、様子がおかしくなかった?」

 

 

 アスナの問いかけに、俺は思わず顔を向ける。確かにあの時リランは、いつもの冷静さが無くて、何か焦っているような感じだったし、何かと「足手まとい」とかそういう事を口にしていた。明らかに、普段とは様子が異なっている事を理解していた俺は、アスナに答えながら、皆にその事を教えた。

 

 話が終わった頃に、リーファが戸惑ったような声を出す。

 

 

「足手まといって……リランは足手まといなんかじゃないよ!」

 

「そうだ。けどあいつは妙にその事を気にしていたように思えたんだ。でも、その理由がいまいちわからなくて……」

 

 

 何かあった事だけは確実なのだが、肝心なリランは宿屋で寝ているみたいだし、ユイとストレアが聞き込みに行っているけれども、いつ帰ってくるのかも不明瞭。いっそのこと、自分でリランの身に起きていた事について考えてみようかと思ったその時に、喫茶店の入口の戸が開く音と声が、店の中に飛び込んできた。

 

 

「邪魔するよ」

 

 

 大人びた女性の声色に誘われながら視線を向けてみるや否、全員で軽く驚く。

 

 店の入り口にいるのは、若草色を基調とした着物に似た衣装に身を包む、深緑色の長髪と大きい胸が特徴的な女性と、獣のそれを思わせる耳と尻尾を生やして、褐色の肌とショートボブの金髪が特徴的で、露出度がそれなりに高い衣装に身を包んだ少女の二人。

 

 リーファとカイムと仲が良い、シルフ族の領主であるサクヤと、ケットシー族の領主であるアリシャ・ルーという、喫茶店に来る事など無いと思われていた二人が、来店してきていた。

 

 

「サクヤさんにアリシャさん!?」

 

「あぁキリト君。それに皆もちゃんといるな」

 

「どうしてここに?」

 

 

 そこで答えて来たのがカイム。何でも、俺達がスメラギと話している時に、カイムはこっそりサクヤに連絡をし、アリシャと一緒に喫茶店に来るように頼み、同時に俺が《使い魔》の事で困っているから、アリシャに相談に乗ってくれるようにも頼んだらしい。結果、付き人であり、弟のように思っているカイムの頼みごとをサクヤは承諾してくれて、こうしてアリシャと共に喫茶店へとやって来たのだそうだ。

 

 

「お前、いつの間に……」

 

「だって、アリシャさんと話すには(ねえ)に頼むのが一番早いからさ。姐こそ、来てくれてありがとう」

 

「いやいや、私もお前達と話したいところだったから、丁度良かったよ」

 

 

 サクヤとカイムのやりとりの後に、アリシャが俺の元へとやってくる。その顔は、まるで俺達の事を祝福しようとしているかのようなものだった。恐らくだが、俺達が裏世界へ進む事に成功したという話も聞いているのだろう。

 

 

「キリト君、聞かせてもらったヨ。フロスヒルデの攻略を成功させたんだって?」

 

「はい。エリアボスを倒したんですけれど……」

 

「けれど?」

 

「その中でちょっとしたことが起きまして」

 

 

 そこで俺はサクヤとアリシャという二人の領主に、先程までの出来事を基本的にすべて話した。フロスヒルデのボスの事、そのボス戦の中で起きた事、リランの敗北といった要素を含んだ話が終わった頃には、サクヤは少し驚いたような、アリシャは物事を深く理解したような表情になっていた。

 

 

「なるほどネ。リランちゃんがついにやられちゃったわけ」

 

「はい。ついにリランが負けてしまったんです」

 

 

 如何にも、見慣れているものを見ているような目つきをしているアリシャ。アリシャはケットシーという、ザ・シードが適用される前から《ビーストテイマー》になる事が出来ていた種族の領主であり、俺達の仲間の中で最も《使い魔》と《ビーストテイマー》の事情に詳しい。恐らくアリシャは、俺のように《使い魔》で困っているプレイヤーの相談に、これまで何度も乗って来ているのだろう。

 

 そんなケットシーの領の主を務めつつ、《使い魔》相談者とも言っていいアリシャは、何かを思い付いたような顔になり、俺に再度言葉を駆けてきた。

 

 

「キリト君、前から気になってたんだけど、リランちゃんのステ振りとか能力値とかって、どんなふうになってるのかナ。よければ見せてくれる?」

 

「あぁ、いいですよ」

 

 

 そう言って俺はウインドウを開き、リランのステータスウインドウにアクセス、他プレイヤー可視状態にしてアリシャを呼ぶ。

 

 このALOでは俺達プレイヤーと同じように、《使い魔》も熟練度を上げていく毎に能力値ポイントが獲得され、それをSTR、VIT、AGI、DEXの四つのステータスに割り振る事によって、《使い魔》自体の強さを向上させていく事が出来るようになっている。

 

 ステ振りと呼ばれるこれは、《使い魔》を育てていくうえで最も重要と言っていい要素であり、適切かつ独自性のあるステ振りをする事によって、《使い魔》の将来の強さ、個性、能力を左右させ、その《ビーストテイマー》だけの《使い魔》を作り出す事が出来るのだ。

 

 最早、《使い魔》はこのALOにいるプレイヤーの数だけ、個性が存在すると言っても過言ではない。そして、このステ振りの値によって進化するモンスターもいるため、ステ振りはただ《使い魔》を強化するためだけの要素ではないという事の証明にもなっている。

 

 勿論、俺もリランが熟練度を上げていくたびに獲得される能力値ポイントを割り振っているし、バランスよくステ振りを行っているという自信がある。そんなステ振りを繰り返した結果出来上がったステータス画面を、アリシャは覗き込むように見て、「ふむふむ」と小声を漏らした。

 

 

「なるほどネ。随分とバランスがいいステ振りの仕方をしてるのネ、キリト君は」

 

「そのつもりですけれど……もしかして何かに特化したようなのがよかったですか」

 

「そんな事ないヨ。どっちかといえば、リランちゃんへのステ振りの仕方は模範的ともいっていいヨ。リランちゃんは大切にされてるネェ」

 

 

 そこでアリシャは、ステータスウインドウから俺の方へと顔を向け直す。いつもの顔とあまり変わってないけれども、どちらかといえば、薄らと険しさのある表情だ。

 

 

「けれども、やっぱりリランちゃんの基礎能力そのものが、他の《使い魔》のモンスターのそれをかなり下回っちゃってるネ。同じ熟練度の他の《使い魔》の方が、能力値が高いよこれ」

 

「そうなんですか!? だけど、リランはドラゴン族の中でも最強種族だって……」

 

 

 アリシャとリラン本人から聞いた話では、リランの種族はドラゴン族の中でも最も強い《狼竜種》と呼ばれるもので、ファフニールという名前を持つドラゴン種の上位種の上位種に相当する強さを持つ種類であるらしい。

 

 そして現段階のリランの本来の名前は、《鳳狼龍フェンリア》といい、この鳳狼龍はALO本土のどのドラゴン族よりも強い、いわば裏ボスのような存在であるそうだ。そしてこの鳳狼龍は、どのプレイヤーでも《使い魔》にする事が可能ではあるものの、その難易度はエンシェントウェポンやレジェンダリーウェポンを手に入れるのと同じくらいに困難であるという。

 

 まさにレア中のレアアイテムと言ってもいいものなのだが、最近ではドラゴン族を進化させていけば、《狼竜種》に進化させる事が出来るという事がわかり、ドラゴン族を手にした《ビーストテイマー》達は《狼竜種》へと進化させるために躍起になっているという話を聞いた。が、まだ《狼竜種》を手に入れられているプレイヤーは、まだほんのごく一部のプレイヤーだけで、一般普及しているというわけでもない。

 

 そんな裏ボス級の力を持つリランが、他の《使い魔》に負けているなんて、どういう事なのだろうか。

 

 

「それはそうなんだけど……鳳狼龍が強かったのはスヴァルトエリアが解放される前の話。今はスヴァルトエリアにいるモンスターを《使い魔》にして進化させた方が、狼竜種を上回る強さになるなんて事は珍しくないヨ」

 

「そうだったのか……」

 

「だから、リランちゃんはもう進化しなきゃいけない段階に来てるってわけ。もし、リランちゃんを勝たせたいなら、リランちゃんを進化させなきゃ、ネ?」

 

 

 確かにSAOの時でも、リランはボスを倒して進化し、俺達をクリアまで導いてくれた。もしあの時リランが進化しなかったならば、俺達はとっくにSAOの中で死んでいただろうし、リラン自身も今頃この世に居なかっただろう。それだけ、リランの進化というのは重要な要素だったというのに、俺はそれを放置してきてしまっていた。

 

 その結果、あいつは弱い能力のまま強い奴と戦う事になってしまって、敗れる事になってしまった。リランの敗北を招いてしまったのは、リランに足手まといなんていう思いをさせてしまっていたのは、他でもない、リランの主人である俺だったのだ。

 

 

「だからあいつ、あんなに不安になって……自分を足手まといだって……」

 

「ん? 足手まとい? キリト君、今足手まといって言った?」

 

 

 顎に手を添えようとしたその時に、すぐそこに来ていたアリシャの顔に驚く。俺はリランが口々に言っていた言葉を言っただけだが、これが気になったようだ。

 

 

「あぁはい。リランがさっき、言ってたんです。それに、なんだか今日は様子がおかしかったような……」

 

「もしかして……あれかナ、サクヤちゃん」

 

「あぁ、そうである可能性は高そうだな」

 

 

 アリシャの声掛けに頷くサクヤ。二人の様子を見るからに、何かを知っているような感じがあるけれども、一体何に気付いたのかまでは察せない。二人のやりとりに戸惑いを隠せないのは皆も同じのようで、喫茶店の中全体が軽くがやがやとし始める。しかし、そんなざわつきなど一切気にせずに、アリシャは俺に再度問うてきた。

 

 

「キリト君、今週の水曜日に放送されたMMOストリームは見た?」

 

「MMOストリーム?」

 

 

 MMOストリームとは、ネットチャンネルで放送されてる、様々なMMOゲームの特集番組の事だ。曜日こそ不定期であるものの、月に十回ほど放送されていて、ネットの動画サイトの生放送番組チャンネル、テレビのネットチャンネルで見る事が出来、MMOゲームをプレイしている者ならば見ておいた方がいい番組と言われていて、俺もまた時折この番組を視聴している。

 

 だが、今週の水曜日の夜のMMOストリームの時間は、丁度ALOにダイブしてクエストを進めていたから、結局見ていない。

 

 

「今週のは見てないですね。それが何かあったんですか」

 

「今週のMMOストリームに、《今週の勝ち組さん》っていうコーナーがあったんだけど……そこである人が出演してたんだヨ」

 

 

 《今週の勝ち組さん》は、確かにMMOストリームの中に存在するコーナーで、毎週様々なVRMMOゲームからトッププレイヤーを招き、インタビューをするというものだ。それだけならば、テレビやネットでもやっている芸能人を呼んでインタビューをする番組となんら変わらないのだが、相手が芸能人ではなく、VRMMOのトッププレイヤーがアバターの姿で生出演ためなのか、《今週の勝ち組さん》はそこら辺のインタビュー番組よりも高い視聴率を叩き出す事で有名だ。

 

 

「《今週の勝ち組さん》で何があったんですか」

 

「それはネ……」

 

「キリトにいさま、あったよ」

 

 

 アリシャの声に割り込むように聞こえてきたクィネラの声。その場にいる全員で顔を向けてみれば、そこでクィネラはウインドウを開き、それを可視状態にしていたのがわかった。そのウインドウの中身はブラウザとなっており、大手動画サイトにアクセスされていて、今アリシャが言っていた《今週の勝ち組さん》が再生されていた。

 

 

「クィネラ、それが《今週の勝ち組さん》か?」

 

「そうみたいだから、見てみようよ」

 

「実物があるなら丁度いいネ。皆で見てみてヨ。それと、問題のシーンはすぐに来るから」

 

 

 アリシャに頷いたクィネラがウインドウを大きくし、それを壁に貼り付ける事でスクリーンのようにする。壁に現れたスクリーンと、そこで再生されている《今週の勝ち組さん》に、皆で一斉に注目したところで、アリシャはクィネラに指示を言い渡して、問題のシーンまで再生バーを動かさせ、再生ボタンをクリックさせた。

 




――用語解説など――

・クィネラが動かしたブラウザ
 MHHPとMHCPはVRMMOの中でもブラウザを起動させて、動画サイトなどに行く事も出来る。

・《使い魔》の進化条件
 種類にもよるが、《ビーストテイマー》の使役する《使い魔》は熟練度を上げる、ッステータスの数値を一定以上にする、進化媒体を与える事によって、別な姿を持つ強力な《使い魔》へ進化を遂げる場合がある。

・《使い魔》のステ振りのルール
 本作KIBTにのみ存在している要素。《使い魔》を使っていると熟練度が徐々に上がっていき、熟練度が上がる毎にスキルポイントと呼ばれる能力向上ポイントが発生し、ステータスに割り振る事が出来る。

 尚、STRは攻撃力と技の威力に、VITは最大HPと防御力に、DEXはSPとスタミナ回復時間に、AGIは素早さと回避力、スタミナ最大値に影響するようになっていて、中にはこの数値によって進化する《使い魔》も存在している。
 リランは全ての数値がバランスよく割り振られている。

・ドラゴンテイマー
 《ビーストテイマー》の中でもドラゴン族をテイム出来た者の通称。キリトのいるチームの中では、キリトとシリカが該当。

・狼竜種
 その名の通り狼の輪郭と外観、ドラゴンの外観を併せ持つドラゴンの種類。ドラゴン族の中でも最強種に当たり、《ドラゴンテイマー》の誰もが《使い魔》として欲しがる人気種。
 手に入れるのはエンシェントウェポンやレジェンダリーウェポンを手に入れるのと同じくらいに難しいが、最近では特定のドラゴン族を進化させる事で狼竜種に至る場合がある事が判明しており、ドラゴン族をテイムし、進化させていくのが入手への近道とされている。

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