キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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02:環状氷山の主 ―三神獣との戦い―

 

 スヴァルトアールヴヘイムの三番目に位置する浮島、環状氷山フロスヒルデを攻略し尽くした俺達は、ついにフロスヒルデの主とも言える三神獣との戦いのクエストを解放する事に成功した。

 

 ここまで来る間、以前より攻略のライバルであった大ギルド、シャムロックとの競争になる事も多かったが、やはり向こうは数が物言ったのか、俺達よりもかなり早くフロスヒルデのエリアボスを討ち倒して、スヴァルトエリアの最後の浮島へと進んでいってしまった。

 

 つまり今俺達がやろうとしているエリアボス戦は二回目。かつては一番乗りをしていた俺達も二番乗りになってしまったわけなのだが、そうなった事を誰ひとり悔しがることはなくて、シャムロックに先を越された状況に置かれても、いつも通りクエストを進める事が出来て、こうしてボス戦を目の前にする事が出来たのだった。

 

 

 そして俺達は今、ダンジョンの奥深くでエリアボスと戦闘クエストを進行させ、これまでの流れ通りに転送され、転送先のフロスヒルデの空でホバリングしている。これまでのフロスヒルデでのクエスト攻略の最中、猛吹雪が吹き荒れる時もあれば、穏やかな雪が静かに降る時もある事を知る事になり、実際猛吹雪の中でモンスターと戦ったりする事もあったのだが、その時のきつさや戦いにくさは尋常ではなかった。そのため、ボス戦でこの気象にはならない事を、俺はずっと祈っていた。

 

 そんな俺達が今いるフロスヒルデの空は、穏やかに雪が降っていて、風が当たっている事自体があまり感じられないくらいの風速で織り成される気象だ。勿論寒さはあるけれども、それは事前に防寒アイテムを使用しているために、気にならないくらいになっている。最高の気象設定の中で、俺達はボス戦を迎える事が出来るようだ。

 

 こうなった事に安堵したのもつかの間、俺のポケットの中にいたユイとクィネラが顔を出して、ユイの方が先に声を出した。

 

 

「気象は良好ですが、戦闘中に変わる可能性もあります。悪天候になったら注意してください」

 

「キリトにいさま、皆様、頑張って! すごく強いボスが来るよ!」

 

「わかってる。けど、ここで負けるような俺達じゃないから、安心しろクィネラ」

 

 

 どの程度の敵が出てくるのはわからないけれども、どんな敵が出てきたところで、SAOで視線をいくつも乗り越えてきた俺達に倒せないわけがない。これまでの戦いを経てそれを熟知していた皆とほとんど同じタイミングで武器を抜いたその時に、地鳴りのような音が耳元に届いて来るようになった。

 

 SAOに居た時は勿論の事、このスヴァルトエリアに来る前のALO本土でも聞いた事のある、非常に身体の大きな存在が地面から出てこようとしているような音。それに共鳴しているかのように大気が震えているのもわかり、皆は身構える。

 

 間違いなく、ボスが現れる前兆の演出だ――その直後、俺達から見て目の前の地面が突然割れ、轟音と共に雪煙に包み込まれた。それから数秒後、割れた地の底から何かが飛び出してきて、まるで急成長した大木のようにそのまま空高く伸びていったが、その際に爆風にも似た暴風が吹いてきて、俺達は一気に後方へと吹き飛ばされてしまった。

 

 浮遊する城の中に居た時には、地に足を付けた戦いしか出来なかったが、そこから脱して、背中に翅を手に入れた今の俺達は、風に煽られながら空中で受け身を取り、二秒程度でバランスを取り直し、再度前方に向き直る。その瞬間を以って、俺達は地の底から出てきた存在の全容を知る事になった。

 

 

 世界樹の幹を思い出させるくらいの大きさと太さで、東洋の龍という言葉から想像される存在のような非常に長い身体を持っているが、頭部の輪郭と顔のあちこちから生えている十本の長くて太い角、背中から生える八枚のドラゴンの翼、全身を包み込む、鎧を思わせるような形状の漆黒の甲殻がそれを否定している、これまで相手にしてきたどのモンスターよりも巨大な龍。それが環状氷山の凍り付いた地面を突き破り、雪煙を引き裂いて空へ上がってきたのだ。

 

 そしてそれが暴風を起こしつつ、八枚の翼を用いてホバリングを開始したところで、その頭上に名前と《HPバー》が出現する。表示されている名前は《Nidhogg》――北欧神話に登場し、世界樹ユグドラシルの根に噛み付いているとされる巨大な蛇、ニーズヘッグのスペルだ。

 

 

「《Nidhogg》。やっぱりニーズヘッグか」

 

「概ね北欧神話に出てくるニーズヘッグらしい姿形をしているわね」

 

 

 隣に並んできたシノンに頷く。ファンタジー作品の参考資料の中でポピュラーとされている北欧神話の中に存在するニーズヘッグ。その名前もまた非常にポピュラーなもので、実に様々な作品群にその名が登場するのは勿論の事、俺がこれまでプレイしてきたRPGにもモンスターや武器の名前などに採用されている。しかし、ニーズヘッグは原典では蛇の姿をしているのに、最近のファンタジー作品ではドラゴンという単語から想像される姿形をしている事が多い。

 

 そんなニーズヘッグの名前をこのALOで聞いた時には、ドラゴンらしい姿をしたモンスターが出てくるのを想像したのだが、どうやらこのALOのニーズヘッグは、北欧神話のニーズヘッグの姿である蛇の要素を取り入れたドラゴンとして、デザインされているらしい。

そしてこの目の前にいるニーズヘッグ……巨蛇龍こそが最後の三神獣であり、次のエリアへの封印を守る番人だ。

 

 その姿をしっかりと目の中に入れながら、俺はそっと相棒の隣に飛び、声をかける。

 

 

「リラン、今回も頼むぞ。こいつを倒せばこの寒いエリアからはおさらばだぜ」

 

「……わかっておる。気を付けて臨むぞ」

 

 

 金色の長髪と白金色の狼耳、狼の尻尾が特徴的な少女の姿となっている俺の相棒は、俺達と巨蛇龍の間に向かうと、その身体を白き光に包み込ませた。そしてその光は一気に強くなり、フロスヒルデの空全体を照らすくらいになっていき、やがて爆発したかのように弾ける。

 

 光りが完全に消え去った時には、少女の姿は全身を白金色の毛と鎧のような甲殻に身を包み、頭部に金色の鬣を、額から聖剣のような角を、背中から天使のそれを思わせる純白の翼を四枚生やし、尻尾が大剣のようになっている、狼の輪郭が一番の特徴となっている大きな龍となっていた。

 

 SAOの時に出会い、その時から何体ものボスモンスターを打ち倒して全勝を飾っている、皆の頼もしき仲間であり、俺の《使い魔》であるリランの対ボス戦形態。その変身の様子を見ていた俺は翅を思い切り羽ばたかせると、《使い魔》である狼竜に一気に接近して、その項に飛び乗って毛を掴んだ。

 

 筋肉の力強い動きが身体の下から感じられ、獣と風のそれが混ざった臭いが鼻に届いてきて、モンスターだけが持ち合わせている体熱が、全身に広がってくるという独特な感覚。ドラゴンという強力な力を持つモンスターをテイムする事が出来た者だけが感じられ、成し遂げる事の出来る《人竜一体》を果たした俺は、皆と身体の下にいる相棒に指示した。

 

 

「皆、戦闘開始だ! このデカい蛇を倒して、俺達は次のエリアに向かうぞッ!!」

 

 

 抜け出してかなりの時間が経過しているのに、一向に身体から抜けようとしてくれない、血盟騎士団のボスをやっていた時の号令。それはフロスヒルデの空を流れる風にも、巨蛇龍の翼が起こす暴風の音にも負けずに皆の耳元に届いてくれたようで、皆は一斉に散らばり、巨蛇竜を囲みつつも適切に離れている別な場所で武器を構えた。

 

 目の前にいるニーズヘッグの名を冠する巨蛇龍は、とてつもなく大きな身体を持っているために、大振りな動きをする、隙の大きな動きをすると思いそうになるけれども、どうもこのALOに出てくる巨大モンスター達は巨大な身体に似合わないような動きをする事が多い。なので、このALOでのボスモンスター戦は、第一印象で決めつけず、動きをじっくりと観察する事が基本中の基本なのだ。その事を俺を含めた皆はALO本土とこれまでのスヴァルトエリア攻略で学んでいる。

 

 

「しかしまぁ、デカいな。お前の何倍だよ、リラン」

 

《……おおよそ我の十倍近くはありそうだ》

 

「それくらいありそうだな……そしてお前のブレスは」

 

《効きそうにないな。あの甲殻には我の炎も弾かれるだけだろう》

 

 

 相棒より送られてきて、頭の中に響く初老の女性の声、その言葉の内容に俺は軽く驚く。いつもならばリランは常に自身に満ち溢れていて、敵がどれだけ強そうでも、例え自分の自慢の炎や爪と角が効きそうになくても、「我の炎で燃え尽きさせてやる」とか「我の爪と角に斬れぬものなどない」と強気に言って、それを実行に移して見せる。

 

 現に今まで、リランは強敵に出くわした時にはそう言っていたし、どんなに敵が強くても怖気づいたりするような事もなかった。だが、今のリランは明らかにいつもの自信家のリランではない。

 

 

「リラン、どうしたんだよ。いつもなら、あんなの我の敵じゃないとか言うくせに」

 

《……そうだな》

 

「お前がそう言うって事は、何かあるって事だな。終わったら聞いてやるから、まずは戦うぞ」

 

《……わかった》

 

 

 ひとまず答えてくれたリランは、俺を乗せたまま力強く羽ばたき、巨蛇龍の元へ向かった。巨大な蛇にも似た姿をしていながらも、蛇とはかけ離れた顔付きと輪郭をしている巨蛇龍は、このフロスヒルデの大地、分厚い雪と氷の中から姿を現してきた。そしてこのフロスヒルデ自体が極寒地帯という事もあり、この浮島の攻略を進めていると、寒冷地に適応したような姿形や特徴を持っているモンスターと数多く交戦する事が出来る。

 

 その辺りの事とこれまでの常識を踏まえれば、この巨蛇龍もまた、氷属性と水属性に強く、浴びれば身も凍ってしまうような氷属性を扱うが、火属性攻撃を弱点としているはずだ。つまり、これまで何匹ものモンスターを自慢の炎と灼熱光線で焼き切ってきたリランは最悪の天敵に値するはずだし、それに加えて火属性攻撃と火属性魔法を放つ事の出来る者達で攻めれば、この空飛ぶ巨大な蛇を倒す事が出来るはずだ。

 

 

「こいつは寒冷地のモンスターだ。火属性攻撃を弱点にしている可能性が高いから、ひとまずは火属性の攻撃を仕掛けてみるんだ! 魔法、ソードスキル、どれでもいいから放ってみるぞ!!」

 

 

 それを俺とほとんど同じタイミングで、もしくは俺よりも先に思い付いていたのか、俺と同じようにSAOの時に巨大なギルドのボスを務めていた青髪の騎士妖精ディアベルが、大きな声で号令を放つと、火属性攻撃を可能としているクラインが一気に巨蛇龍の元へ接近、その刀に炎を纏わせて突進し、巨蛇竜の甲殻を思い切り斬り付け、切り口で軽度の爆発を引き起こさせた。

 

 火属性魔法を得意とする種族のサラマンダーでありながら、魔法を使う事を得意としていないクラインが唯一使う事の出来る魔法的ソードスキルである、火属性刀ソードスキル《紅結》の炸裂。その直後に両手斧使いのノームである大男エギルと、同じくノームであり両手剣使いである少女ストレアが巨蛇龍に接近し、エギルは光を纏った両手斧を勢い良く振り回して二回巨蛇龍の鱗を切り付け、同じくストレアも光を纏った両手剣で力強い一回転斬りを放った。

 

 クラインのものに加えて、二連続攻撃両手斧ソードスキル《ヴァイオレンス・スパイク》と回転攻撃両手剣ソードスキル《アラウンド》が巨蛇龍の黒い身体に炸裂したが、その体《HPバー》にはほとんど変化がない。いや、変化自体はあるだろうし、減っているのだろうけれども、その量が少なすぎて微動だにしていないように見えるのだ。

 

 その三人に続く形で、リーファとリズベット、シリカとフィリアが続けざまにソードスキルを発動させて、巨蛇龍の翼や腹部、尻尾といった、それぞれ硬さが違うであろう別々の場所に炸裂させるものの、巨蛇龍の《HPバー》は全く減らない。攻撃を受けたはずである巨蛇龍の身体を包み込む黒き甲殻の表面にも傷一つ見受けられず、銀世界の独特の光を浴びて黒銀色に輝いているだけだ。

 

 

「なんて硬さだ。流石寒冷地に住んでるだけあるってか」

 

《だから言ったのだ。我の炎や牙は通るのかと》

 

「それでもお前はいつも強気に言うじゃねえかよ!」

 

《……》

 

 

 いつもの調子を見受ける事の出来ないリランの《声》を聞きながら巨蛇龍の周囲を周回していたその時に、それまで攻撃を受ける一方だった巨蛇龍は突然羽ばたくのをやめて地面へ降下。大きな鈍い音と震動を起こしながら着地し、周囲の雪が舞った事によって発生した分厚い雪煙をその身に纏うと、その(あぎと)を大きく開きながら上を向き、次の瞬間には思い切り息を吸い込み始めた。

 

 突如として巨蛇龍の口内へ向かう暴風の気流が発生し、大気そのものが大きく震えて、地面や浮島、山肌に降り積もっていた雪と氷が剥がれて飛んでいき、巨蛇龍の口内へと吸い込まれていく。

 

 あまりの膨大な量の氷雪が吸い込まれていき、巨蛇龍の口内が真っ白に染まるが、不思議な事に、この吸い込みの気流は俺達プレイヤーに影響するような事はなくて、ただ巨蛇龍に向かう暴風が吹き付けてくるだけになっている。そのため、この吸い込みの気流が起きている中でも皆は平然と飛ぶ事が出来ているが、次に襲ってくる攻撃に備えているかのような姿勢を作ってもいた。

 

 これだけ大きな行動に出ているのだ、何かしらの攻撃の準備であるはず――俺が頭の中で考えた予感は正しかったらしく、巨蛇龍の起こす風に紛れてクィネラの声が届けられてきた。

 

 

「氷ブレスが来るよ! それも思い切り大きいのが!!」

 

「そんな気はしてたッ!」

 

 

 リランの《声》のようになっているのか、クィネラのナビゲートは巨蛇龍との戦闘区域にいる皆に届いていったようで、全員で一斉に巨蛇龍の方へ向き直った。次の瞬間、巨蛇龍は吸い込むのをやめて口を閉じ、一旦下を向く。まるでリランが灼熱光線ブレスを照射する時のようなその仕草に俺達が身構えた直後に、巨蛇龍は再度顔を上げて口を開き、その巨躯の奥から水色に近しい青色の極太光線を迸らせた。

 

 強烈な冷気を高圧縮したものであり、冷凍ビームと呼ぶにふさわしい光線ブレスを、巨蛇龍は自分の顔よりも大きく見えるくらいの太さにして照射し、一気に周囲を薙ぎ払い始めた。リランの吐き出す灼熱光線を遥かに上回る規模の冷凍氷雪光線は、大気を切り裂いて直進し、ほぼ照射と同時に遥か彼方にある氷山に先端部が着弾。轟音と震動を起こさせながら雄大な氷山を崩壊させてしまった。しかもその時には小さな浮島も巻き込んでいるのだが、浮島に至っては光線の中に入った時点で消滅していた。

 

 

 それだけでも凄まじいと言うのに、そのまま巨蛇龍が顔を動かすものだから、冷凍氷雪光線は遠くの山々を薙いでいき、薙がれた氷山は現実では絶対にありえないくらいの轟音を起こしながら次々と崩壊していく。これまで相手にしてきた三神獣が繰り出すどの攻撃よりも大規模で激甚な被害を容易に作る攻撃は地形すらも作り変え、フロスヒルデ全体が凄まじい轟音と震動に包み込まれる。

 

 発生源のすぐ近くにいる俺達も光線を避ける事自体は出来たものの、巨蛇龍が吐き出す空気と、光線のように見えるくらいにまで圧縮されて放たれている冷気と氷雪が作り出す轟音のせいで、耳元にほとんど音が届かなくなり、光線ブレスに当たらなくても、空の彼方まで吹き飛ばされそうだった。

 

 それは俺達の誰よりも高い飛行能力を持っているリランもそのようで、強風にあおられながら飛んでいる鳥のような、ふらつきのある飛行をしているのが伝わってきているが、それでも何とかバランスを崩さないように飛んでいるのもまたわかった。

 

 これまでのボスが繰り出していた攻撃は一体何だったのかと思えるような、地形を作り変えるくらいの威力を誇る光線を、巨蛇龍はその口内から十数秒ほど照射し続けたところでようやく止める。その時には、あまりの出力によって雲が吹き飛んでしまったのか、吹いていた風も、降っていた雪も完全に止まってしまっていて、周囲は静寂に包み込まれていた。

 

 巨蛇龍のブレスの威力に焦っているのだろう、フィリアが慌てた様子で俺の元へ飛んでくる。

 

 

「と、遠くの山が吹っ飛んだよ!?」

 

「それだけじゃない。そこら辺にあった浮島もいくつか消滅してる。マジですごいボスらしいな、こいつは」

 

 

 SAOの時と比べて、ALOのボスは非常に大規模な攻撃を行うのが多い傾向にあるけれども、この巨蛇龍はこれまでのどのボスよりも、大規模かつ強力な攻撃を仕掛けてくる特徴を持っているらしい。もしこれが拠点や街を守りつつ戦えなんていうクエストだったならば、もう既に失敗していた頃だろう。

 

 そして、地形を変形させてしまうくらいの威力を誇っているあのブレスに、リランが撃ち合ったとしても勝てる可能性はゼロに等しいに違いない。ブレスが来た時にはリランのブレスで撃ち合うという戦法を取ってきた俺達だが、今回はそれが上手くいきそうにないのが、すでに見えている。これまでとは違う戦術を取らなければ、あの巨蛇龍を倒す事は不可能だ。

 

 

「地形を変えるくらいの出力のボスなんて、どうやって倒せっていうんだ!?」

 

「さっきから全然攻撃が効いてないものね。本当にどうしたらいいのかわからないわ、これ」

 

 

 長さこそ違えど弓使いという事で後衛に回っているシュピーゲルの焦る声と、冷静に分析するシノンの声。あの巨蛇龍はあれだけの力を持っておきながら、鉄壁の防御力までも持ち合わせている。しかし、あのような巨蛇龍もALOのモンスターであり、倒せるように出来ているのだから、恐らく何かしらの弱点があるのだろうし、あの防御を崩す方法もあるのだろう。

 

 だが、弱点属性と思われる火属性攻撃を当ててもあまり効果が無かったうえに、甲殻以外のところを攻撃してもあまりダメージは通らなかった。弱点を調べる方法を全て試しているけれども、今のところ、明確な弱点らしいものは発見できていない。

 

 どうするべきかと皆で頭を抱えそうになる中、巨蛇龍は再度その八枚の翼を羽ばたかせて空へ浮かび上がり、滞空状態となる。どうやらあの巨蛇龍はブレスを撃つ時にだけ地面に降りて、それ以外の時には滞空をするようになっているらしい。だが、これだけではとても攻略のヒントを見つけられそうにない。

 

 

「ここまで攻略のヒントを掴めないようなモンスターは初めてだな……こいつは間違いなくお前よりも強いから注意しろよ、リラン」

 

《こいつが……我より強い?》

 

「そうだ。お前だって見ただろ、あいつのブレスを。あんなのを撃てるんだから、あいつはお前よりも明らかに強いぜ」

 

 

 あれだけの攻撃力と防御力、そして巨躯を誇っているのだ。あの巨蛇龍はこれまでALOの中で相手にしてきたどのモンスターよりも強い、現段階の最強のモンスターだろう。あんなモンスターの攻撃を浴びようものならばリランだって危ういだろうから、注意して戦わなければ――そうそう頭の中で考えたその時に、俺は急に身体を引っ張られるような感覚に襲われた。

 

 何事かと思って前に向き直ってみれば、そこでは風を切り裂くくらいの猛スピードで、巨蛇龍の身体が目の前に迫って来ている光景が繰り広げられている。俺はリランに指示を出しつつしがみ付いているだけだから、俺が跨っているリランが、巨蛇龍に一気に近付いているのだ。

 

 

「り、リラン!?」

 

《我より強いだと? 笑止ッ!!!》

 

 

 身体の下の狼竜は《声》を出すと同時に力強く吼えると、開かれた口から火炎弾を発射する。魔法によって放たれるモノとはまた違う性質を持つ燃え盛る炎の弾丸は、ギリギリ目で捉えられるくらいの速度で真っ直ぐ巨蛇龍の元へ向かっていき、その甲殻に衝突したところで炸裂。

 

 環状氷山の冷え切った空に爆音が木霊し、巨蛇龍の甲殻が爆発によって赤く染まった次の瞬間、リランは巨蛇龍の周囲を高速で飛び回りながら火炎弾ブレスを次々と発射して、巨蛇龍の身体を何度も何度も爆撃を仕掛ける。火炎弾が炸裂する度に爆音が空に鳴り響き渡り、周囲が赤オレンジ色にフラッシュし、顔に熱気が吹き付けてくる。

 

 並みの強さのモンスターならば木端微塵になり、ボスモンスターでも大幅にHPを削られるリランの火炎弾の連続爆撃を受ける巨蛇龍の《HPバー》に注目したその時に、俺は思わず瞠目する。リランの攻撃を、弱点であるはずの炎属性の攻撃を何度も何度も受けていているはずなのに、巨蛇龍の《HPバー》はほとんど変化を見せていない。

 

 俺達の切り札でもあるリランのブレス攻撃を、この巨蛇龍は物ともしていないのだ。HP自体は減っているのだが、目に見えて減っているわけではない。

 

 

「駄目だリラン、ブレス攻撃を中止しろ!」

 

《燃え尽きよッ!!!》

 

 

 指示を下した直後、リランは攻撃を止めるどころか激化させ、最も強力な攻撃である灼熱光線ブレスの照射を開始した。大気さえも焼く熱量を持つ灼熱の光線の発射によって、火炎弾の爆発を越える熱風が吹き付けてきて、吸い込まれてくる空気そのものがかなりの熱量を帯びているせいで、肺の中がかなり熱くなり、咳き込みそうになる。

 

 まるで火災現場の中にいるかのような状態になった俺は、リランの身体に伏せて息を吸い、ようやく呼吸が出来るようになったところで、通り過ぎていく巨蛇龍の身体に再度目を向けた。SAOの時から無数のモンスターを屠って来たリランの放つ灼熱光線は、ALOになってからもその威力が変わっておらず、並みのモンスターならばあっという間に消し炭になってしまうくらいだ。

 

 しかし、それの直撃を受けても尚、巨蛇龍のHPは全く変化を見せていないし、その黒い甲殻は焦げた跡さえ見受ける事が出来ない。巨蛇龍の甲殻は攻撃を弾くくらいの耐久性だけではなく、リランの灼熱光線にびくともしないくらいの耐熱性までも持っているらしい。

 

 このまま続けたとしても、効果的なダメージを巨蛇龍に与える事も出来なければ、その甲殻を打ち破る事も出来ないだろう。巨蛇龍を攻略するためには、別な方法を試す必要が既に出ている――なのに、俺が跨っているリランは巨蛇龍の周囲を高速で飛び回りながら、火炎弾の発射と灼熱光線の照射を繰り返してしまっている。普段ならば、相手に攻撃が効かないならば、すぐさま攻撃を止めて様子見に入るというのに、だ。

 

 しかも、リランの火炎弾や灼熱光線は自身のスタミナを消費しながら放つモノだから、無理に撃ち続ければスタミナが切れてしまって、回復するまで放つ事が出来なくなるどころか、息切れ状態となって閉まって、動く事さえも難しくなってしまう。

 

 こういう仕様がこのゲームにあるからこそ、俺は普段からリランに、ブレスの撃ち過ぎには注意しろと言っているし、リラン自身もそれをしっかり気にしたうえでブレス攻撃を使ってくれているのだが、今のリランはそれを考慮の中に入れていないような気がしてならない。

 

 

「リラン、やめろッ! このまま続けても攻撃は効かないんだよ!」

 

《やってみなければわからないだろうが!》

 

「やってるのにこの有様だろが! スタミナも考えないで撃ちまくっても意味がないものはないんだよ!」

 

 

 その時、先程から続いていた火炎弾の発射音が止まり、同時にリランの動きさえも一緒に止まってしまった。まるで急ブレーキをかけられたような、前方向へ無理矢理飛ばされそうになる感覚に襲われて前のめりになったが、すぐさま体勢を立て直して、原因のリランに目を向けたそこで、俺は思わず驚く。

 

 リランは、汗を流して口を開きながら呼吸を荒くしているという、俺がいつもなるなと言っているスタミナ切れ状態に陥っていた。しかも周りを見てみれば、俺達が今いるところは、すぐそこに巨蛇龍が居て、攻撃が飛んでくればそのまま被弾してしまうような位置。そんな場所に、ブレスを吐く事も攻撃を繰り出す事も出来なければ、緩慢にしか動く事の出来ない状態で俺達はいるのだ。

 

 

「リラン、早く動け! このままじゃ攻撃をもらうぞ!」

 

《わかっておる、わかって、おる》

 

 

 息切れと焦りを感じられる《使い魔》の《声》が頭の中に響く。恐らくリランも早く体勢を立て直そうと思っているのだろうが、あまりに無理してブレスを撃ちまくって、スタミナを酷使してしまったせいで、立て直す事さえもうまく出来ないのだ。いつもの冷静なリランならば絶対にする事のないようなミス。それによって行動不能に陥っているリランに、俺はただただ驚くしかなかった。

 

 しかし、その次の瞬間に後方から何かが衝突したような、腹の底にまで響いてくるような轟音が聞こえてきて、俺はびくりと身体を波打たせる。同刻、後方に大きな障害物でも出現したかのように周囲が暗く染まる。今度は何だ――そう思ったその時に、咄嗟に声が届けられてきた。

 

 

「キリト、リラン、後ろッ!!!」

 

 

 聞こえてきたのはシノンの声だったが、よく聞こうとすれば周りの者達の声も届けられている事がわかり、皆揃って「後ろを見ろ」とか「避けろ」とか言っている。その声に導かれるようにして背後に向き直ったその時に、俺は言葉を失った。

 

 浮島が、俺達の元へ飛んできている。フィールド探索の時には足場として利用される浮島が、猛スピードで俺達の元へと突進してきているのだ。だが、どうして浮島が迫っているのかまではわからない。

 

 この巨蛇龍の設定の中には念力魔法(サイコキネシス)が扱えるなんていうものもあって、それを巨蛇龍が使ったがために浮島が飛んできているのか。それともそこら辺の浮島をその巨体の一部で弾き飛ばしてきたのか――頭でそんな事を考えながら、リランに指示を下そうとしたその時には既に、すぐ目の前に浮島は迫っていた。

 

 

「ッ!!!」

 

 

 次の瞬間、俺達は飛ばされてきた巨大な岩塊とも言える浮島の突進を受けた。轟音に聴覚を奪い取られて、全身にとてつもない衝撃を受けた俺は、掴んでいた狼竜の毛を容易に離し、空中を回転しながら舞った。

 

 強い眩暈にも似た感覚に頭の中を揺さぶられ、耳鳴りで音が消え去り、目の前に広がる世界が高速回転を繰り返す。まるで従来のどれよりも絶叫できて酔える絶叫マシンに乗らされているかのような感覚が数秒続いた後に、俺はようやく地面に衝突し、そのまま雪原を数回転がった。

 

 その転がりの中で伝わってきた雪と氷の冷たさ、冷風によって意識がはっきりとし、世界の回転が終わって雪原にうつ伏せになった時には、しっかりとした感覚が戻ってきたが、全身に鈍い痛みにも似た感覚が走っているせいで、すぐに動き出す事が出来なかった。

 

 

「キリト君ッ!!」

 

「キリトッ!!」

 

 

 直後、聞き慣れた二種類の声が交互にして、二秒足らずで着地音と、複数の足音が届けられてきた。音に答える形で顔を上げたその時に、駆け寄って来てくれたのがシノンとアスナである事がわかり、二人がとても心配そうな顔をしている事と、パーティの中でヒーラーを担当しているアスナが回復魔法をかけてくれていた事がわかった。

 

 残量を残りわずかにしていた《HPバー》が右端付近まで増えたそのタイミングで、全身に走る痛みにも似た感覚が消え去り、俺はすぐに起き上がる。そしてすぐに、回復してくれたアスナに礼を言った。

 

 

「助かったぜ、アスナ」

 

「キリト君、大丈夫だった!? リランと一緒に攻撃を受けたみたいだけど」

 

 

 そこで俺ははっとする。

 

 そうだ、俺はここまで弾き飛ばされてきてしまったが、リランはどうしたのだろうか。

 

 あんな攻撃を受けたのだから、リランも相当なダメージを受けてしまったはず。早く回復してやらねば――そう頭の中で呟きながら周囲を見回したその時に、俺のいるところから近いところで、俺はあるモノを見つけて瞠目した。

 

 

 巨蛇龍が吸い込みをしたせいで雪が所々剥がれ、地肌が見えている平原の一角に浮かぶ、赤色とオレンジ色で構成された炎の玉。HPを全損させたプレイヤーがなってしまう、種族ごとに違う色となる性質を持つ《リメインライト》状態の姿。

 

 その炎の玉《リメインライト》の上部には、《Rerun》と出ていた。

 

 

「リランが……負けた……?」

 




 ―補足―

・KIBTでのALOにて、《使い魔》にはスタミナが設定されている。スタミナは強力な攻撃やブレス攻撃などで消費され、使い切ると回復するまで息切れ状態となってしまう。そうならないように立ち回せる必要があるのが、ALOでの《ビーストテイマー》である。

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