そして明かされる、ある事柄。
愛莉の頼みごとを達成した和人は、隣にいる恭二と共に驚いてしまった。愛莉が取って来てほしいと頼んでいたペンギンのぬいぐるみは確かに和人と恭二の利用したゲームセンターの中に存在していたのだが、問題は別なところにあった。
UFOキャッチャーの中に景品として存在しているペンギンのぬいぐるみは、デザインこそは南極に生息するコウテイペンギンの雛鳥をモチーフとし、デフォルメをかけた可愛らしいものだった。
だが、それは抱き締める事は勿論の事、枕に出来そうなくらいに大きかったのだ。
この巨大ペンギンぬいぐるみのデザイン元であるコウテイペンギンは可愛らしいイメージのあるペンギンだが、ペンギンの中で最も巨大な体躯へと成長を遂げる種類。だからこそペンギンの中の巨大な皇帝として、コウテイペンギンと呼ばれているのだが、このぬいぐるみはそんなコウテイペンギンの生態なども反映したモノであったらしい。
和人は目の前の巨大ペンギンぬいぐるみは愛莉の目当てのモノではないのではないかと思い、別なUFOキャッチャーを探してみたが、あるのはフィギュアとかその他のぬいぐるみとかアミューズメント景品限定商品を内包したモノばかりで、肝心なペンギンのぬいぐるみを景品にしているものはなかった。
結果として和人は渋々最初のUFOキャッチャーの元へ戻り、百円玉を二枚入れて起動。小学校低学年の時から鍛えた手慣れた動作で、巨大なペンギンぬいぐるみをアームで掴みとり、獲得する事に成功し、受け取り口に落ちてきた巨大ペンギンぬいぐるみを抱えた。その時には恭二が和人のUFOキャッチャーの腕前について何か言うかと思ったが、恭二は獲得されたペンギンのぬいぐるみに茫然としてしまっていて、何も言う事はなかった。
和人はそのまま店員に声をかけて大きなぬいぐるみ用の大袋をもらい、その中にペンギンのぬいぐるみを突っ込んだが、その時に丁度和人のスマートフォンへ詩乃から連絡が来た。内容は「用事が済んだからレストラン街へ行く」という詩乃と愛莉の買い物が終わったという報告のようなもの。
それを見た和人と恭二は騒がしいゲームセンターを後にして、この建物の四階にあるレストラン街に向けて歩き出した。
その時には当然のように和人の手に持たれている巨大なぬいぐるみが買い物客の視線を集め、通りかかる小さな子供達が「あれほしい」とか「あれ可愛い」とか、羨ましがっているような声を上げてきたものだから、和人と恭二の歩調はどんどん速くなり、僅か二分程度で目的地のレストラン街に到着したのだった。
「やっと目的地に着いたか……長かった」
「和人のそれ、お客さんのほとんどが見てたね……」
「こんなデカブツがあれば、そりゃ誰でも見るっての。けど、愛莉先生の頼んだのがこんなにデカいぬいぐるみだったなんて、全然予想してなかったぜ」
「本当に大きいよね、それ……けれど和人、よくこんな大きなのを一発で取れたね」
UFOキャッチャーの景品は大きいものほど取りにくく、小さいものの方が取りやすいという傾向がある事を、長年プレイし続けている和人は知っている。なので、この巨大なペンギンのぬいぐるみを取るのは苦戦しそうだとプレイする前は思っていたのだが、そんな予想に反して、和人は一回でこのぬいぐるみを入手する事に成功したのだ。
「長年やれば出来るようになるもんだぜ。それでもこんなにデカいのを一発で取れるとは思ってなかったけどな。お前も十年くらいやり続ければ、そのうちこういうのを一回で――」
「おーい、君達――!」
周囲の買い物客、もしくは買い物を終えて昼食を取ろうと考えている大衆の声に混ざって、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。その声の正体を瞬時に理解した和人と恭二は咄嗟に振り返る。
無数の人々の中に、仲良く並んでいる女性と少女が二人。それが先程自分達に連絡を送ってきた愛莉と詩乃であるという事を和人も恭二も一瞬で理解出来たが、詩乃の服装に注目したその時に、そのまま言葉を失う事になった。
詩乃は自分達と別れる前は、目に優しい緑色のワンピースの上に白いフード付きコートを着ていたが、今目の前にいる詩乃はというと、胸元の中心に黒い猫の肉球の模様の入った白いTシャツのような服を着て、その上から右胸元に《BlackCat》と白い刺繍の入った、チャックを開いた黒いパーカーを羽織り、黒いホットパンツと、太腿付近まで到達している白と黒のボーダー柄のソックスを履いているという、先程と全く違う服装になっていた。
「「……」」
もし詩乃の服装が変わっているだけだったならば、和人も恭二も絶句はせず、単純に着替えて来たなと思うだけで終わっただろう。そんな和人と恭二の絶句を招いたのは、詩乃の羽織るパーカーだ。
詩乃はパーカーのフードを被っているのだが、そのフードに普通のパーカーのフードでは絶対に見る事の出来ない、猫の耳のような一対の三角の装飾があるのだ。
そう、詩乃の着ているパーカーはかつてはネットでしか買う事の出来なかった、可愛い女の子だけが着る事を許されるという話が付き纏う猫耳パーカーだった。
ただでさえ可愛らしい顔付きと身体付きの詩乃が猫耳パーカーを着こなしてフードを被って猫耳を主張し、尚且つ少し恥ずかしそうな顔をしているものだから、破壊力と呼ばれるものが凄まじい事になり、普段から詩乃の事を見ている和人も恭二もその容姿を目に入れるなり、稲妻に打ちのめされてしまったかのごとく硬直してしまった。
清楚系の女の子が恥ずかしそうにしながらも、可愛い系の衣装に身を包んでいる光景。男性からすれば絶景以外の何ものでもない光景を目にした結果、まるで石像のように動かなくなった二人の注目を浴びつつ、詩乃は恥ずかしそうに頬を赤くしながら小さくその口を開いた。
「ど、どうかしら。愛莉先生に任せてみたら、こうなったんだけど……」
「いやぁ、猫耳パーカーなんていうレアアイテムを見つけたもんだからさ、ついつい詩乃に着せたくなってしまってね。詩乃は清楚系女子だけど元が最高に可愛いから、こういう服装もいけるだろう? それに詩乃はALOじゃケットシーだから、猫耳に違和感はないはずだ」
詩乃、愛莉の順に言っても、和人と恭二は反応しないでただ詩乃に釘付けになっている。神殿もしくは博物館の中に飾られている石像のような二人を見たその時に、愛莉は和人と恭二の状態に気が付き、咄嗟に二人の前に躍り出て、そのまま勢いよく手を叩いた。
レストラン街の奥の店の中まで届いていきそうなくらいに大きな乾いた音が鳴り響き、それを耳に入れたところで和人と恭二はようやく我に返る。そして次の瞬間に、いつの間にか目の前に現れている愛莉の姿に驚いたのだった。
「「あ、愛莉先生!?」」
ほぼ同時に声を出した二人を見ながら愛莉は悪戯っぽく笑い、もう一度詩乃の隣へ戻った。和人と恭二の視界にもう一度詩乃の姿が映ったタイミングで、愛莉は「くふふ」と笑いつつ言った。
「詩乃、私のコーデは大成功だったようだ。二人は君の姿にメロメロになってしまったようだぞ」
「えっ、そうなんですか。というか、そうなの、二人とも!?」
詩乃に問われたところで二人ははっきりと我に返り、何度も繰り返し頷いた。普段からして清楚な雰囲気を漂わせている詩乃の、これまで見る事など出来やしなかった猫耳パーカー姿。
猫耳姿ならばALOで散々見ているけれど、それよりも遥かに可愛さや愛らしさを感じさせるその姿を目にしたならば、どんな男子でもその破壊力にやられて硬直せざるを得ないだろう。
今の詩乃を見ていると、和人はそう思えて仕方がなかった。
「すげぇ、すげぇよ詩乃。可愛すぎる」
「うん。僕もそう思う。朝田さん、ものすごく可愛い」
和人と恭二に言われるなり、顔を赤くして下を向く詩乃。あんな格好をするのは初めてだから、やはり恥ずかしさを感じざるを得ないのだろう。それを察するなり、和人はもう一度その破壊力に硬直しそうになったが、即座に愛莉が詩乃の頭――正確には猫耳の間――に手を乗せて、ふふんと笑った。
「黒猫っていうのもいいだろう。黒猫は不運や不幸を呼ぶなんて言われてるけれど、そんなものは全部迷信であり嘘情報だ。黒猫は大らかで甘えん坊で、人懐こい子が多い。そんな黒猫のパーカーは詩乃に似合っているだろう、和人君」
愛莉の言う通り、黒猫は不運や不幸を呼ぶなんて言われているけれど、そんなのは全て嘘であり、遥か昔に誕生した迷信にすぎないのだ。それに、愛莉の言った黒猫の性質と詩乃の性格はこれまで詩乃を見てきた自分からすれば、かなり合致しているようにも思える。
詩乃の本当の性格や性質を理解しているからこそ、愛莉は詩乃に黒猫の服を着せたのだろう。
「はい。すごく似合ってると思います。それにしても、黒猫のパーカーなんて――」
その時だった。頭の中に突然一筋の強烈な光が走り、和人は突然言動を止めた。光は和人の頭の中の全ての色を奪い去り、真っ新な白に変えた。
その白はやがて複数の色となっていき、やがてある光景を作り出した。
青を基調とした戦闘服に身を包んだ、右目付近に泣き黒子のある、黒紺色の短髪の女性。その周りに赤を基調とした軽鎧に身を包んだ茶色い髪の毛の男性に、同じく茶髪だが帽子を被って緑色の戦闘服を着た男性、金髪に帽子を被り、戦闘服の上からマントを羽織った男性に、黒緑色の髪に紫色の戦闘服を着た男性が居て、それら全てが大きな部屋の一角に集まっている光景。
――忘れもしない、忘れてはならない、和人にとっては詩乃やリランとの出会い、それらと過ごした日々と同じくらいに重大な、SAOであった光景だ。
それが突然頭の中にフラッシュバックしてきたものだから、和人は思わず言動の全てを止めてしまった。周囲の客達の声と気配が消え去り、すぐ近くにいる詩乃、恭二、愛莉の姿が確認できなくなり、頭の中の光景に意識が溶け込む。意識が現実世界を脱して、消え果てたはずのアインクラッドに引き戻されていく。
もしこれが発作だったならば、お守りを見る事で抑えようという意志が突き上げてくるが、明らかに発作の時の光景ではないため、そうは出来なかった。頭の中に広がっていく、急激に思い出されていく、あの時の光景を眺める事に意識が取られかけたその時に、和人は思わず驚いた。
――あの集団の中に、見知らぬ者がいる。猫耳の着いた黒い帽子を被り、ところどころ黒がアクセントとなっている、白を基調とした鎧と混ざり合った半袖の戦闘服に身を包んだ、短髪の少女と同じ黒紺色の髪の毛をセミロングにしている、その中の誰よりも背の低い少女。
全く見た事がないはずの少女の姿が、あの集団が仲良く話し合っている光景に中に溶け込んで、普通に会話を繰り広げている。
そしてその会話の切れ端のようなものが、和人の耳の中に木霊した。
《よかったぁ! あたし達って少数だから、仲間に入ってくれる人が欲しかったんだよねぇ!》
《俺達の《月夜の黒猫団》っていうのは、こいつが○×◎Σ△□。もう聞いてるかもしれないけど、□○×は俺達の中で一番年下なんだけど、俺達の中で≒¥□÷×奴でさ。×※の妹の、◎○△っていうんだ。×※とは大違いだろ?》
聞いた事のない少女の声と、聞いた事のある男性の声。その聞いた事のある声が少女の名前と思わしき事柄を口にしていたが、あちこちにノイズがかかっている。しかもそのノイズは少女の名前を発言したところにまでかかっており、把握出来なかった。
何度思い出そうとしてもノイズが邪魔してきて、やはり名前がわからない。そして頭の中の光景の見知らぬ少女はずっと周りの者達と楽しそうに話していて、その中にはもう一人の少女も混ざっていて、少女同士でとても楽しそうに話を盛り上げていっている。そのもう一人の少女――見知らぬ少女と同じ髪の毛の色をしているのは、自分が喪ってしまった大切な人であるサチだった。
そのサチという名前を出した瞬間に、先程から頭の中に木霊していた男性の声のノイズが幾分か減り、もっとはっきりとした言葉となった。
《俺達の《月夜の黒猫団》っていうギルド名は、こいつが付けたんだよ。もう聞いてるかもしれないけど、こいつは俺達の中で一番年下なんだけど、俺達の中で一番頼れる奴。
サチの妹の、◎○△っていうんだ。姉とは大違いだろ?》
(……!!?)
頭の中に聞こえたはっきりとした声に、和人は声を出しそうになる。
今、聞き覚えのある声は、サチの妹と言った。
あのサチに妹がいると、間違いなく言った。
何か間違えたのではないかと思って、思い出し直しても、やはりサチの妹という言葉が出てきて止まない。
サチに妹とはどういう事だ。
サチに妹がいたなんて、知らないぞ。
この少女は誰だ。
君は誰なんだ。
サチの妹は誰なんだ。
サチの妹とは一体、誰、誰、誰、誰、誰……
「和人ッ!!!」
発作の時とはまた違う記憶と感情の濁流に飲み込まれそうになったその時に響いてきた声で、和人ははっとした。次の瞬間、頭の中に木霊していた声と光景は消え去り、無数ともいえる買い物客の喧騒が聞こえてくるようになり、レストランの中からの料理の匂いが鼻に届いて来るようになる。
幻影と化したアインクラッドが一気に遠のいて、完全に現実世界に意識が戻ったその時に、和人は自分が片手で頭を抱えていた事、お守りを注視していた事、千鳥足になって冷や汗を掻いていた事、そんな和人を恭二と愛莉が心配そうに眺めていた事、詩乃がとても心配そうな顔をしていた事などといった沢山の事柄に、気付いた。
その直後に、隣からおずおずとした声が届けられてきた。
「大丈夫、和人?」
手を頭から離して向き直れば、白いパーカーを着て、心配そうな表情をその顔に浮かべている少年。ずっと前から友人関係だったが、先程しっかりと友人関係となった少年の名を和人は小さく呼ぶ。
「恭二……」
「大丈夫、和人。顔色が真っ青だよ……」
「あ、あぁ……」
恭二にぎこちない返事をすると、和人はもう一度目の前に顔を向ける。この場に居る誰よりも心配そうな顔をして、こちらをじっと見ている少女。大切な人を喪ってから、もう繰り返すものかと思ってずっと守り、愛し続けているたった一人の少女、詩乃。
「詩乃……」
「和人、あなた、大丈夫? もしかして、またあれが……?」
真っ青な顔をしているのだから、そう思われて当然だろう。だが、《発作》が起きれば苦しさと吐き気が突き上げてきて、吐きそうになるか吐いてしまうかのどちらかだが、そのような苦しさも吐き気も何もない。ただ頭の中がからまった、だけだ。
「大丈夫だよ、あれが起きたわけじゃないんだ。ただちょっと、何か重大な事を思い出したような気がして……」
「重大な事……?」
「そうだ……けど、いいんだ。そんなに重大な事でもないかもしれないし、苦しいわけでもないんだ。だから……」
「和人君、本当に大丈夫かい」
心配してくれている詩乃のすぐ隣にいる、白いコートの女性に和人は顔を向ける。元精神科医であり、詩乃と恭二の専属医師だった女性こと愛莉は、心配と険しさが混ざり合ったような表情を浮かべて和人の事を眺めるように見ていた。その赤茶色の瞳と自らの黒色の瞳を合わせつつ、和人は頷く。
「大丈夫です。ちょっと一瞬だけ、頭の中が混乱しただけなんです。だから、本当に大丈夫、です」
「確かに、吐き気を感じている様子もなければ、顔色も少しだけ悪いくらいだね。軽度感たっぷりだ……」
「愛莉先生にそう見えてるなら、大丈夫って事です」
「……そうかい。ならいいんだが……何かあったら言っておくれよ。医師はやめても、医師免許は持ったままで、いつでも診れるんだからね、私」
「頼りにさせてもらいます」
そこで和人は恭二と詩乃にもう一度「大丈夫」と言って、ぎこちなさがあるものの笑みを見せた。その時には顔の蒼白さが消えていたのか、恭二と詩乃は少し疑問が残っているような感じがあるものの、和人の笑みを見るなり、心配するのをやめてくれて、和人のフラッシュバックが起こる前の状況に近しい状態となったのだった。
そのタイミングで、和人は自分の手元にあるものの存在を思い出して、愛莉にもう一度声をかける。
「あ、そうだ愛莉先生。約束の物を取って来ましたよ」
「お? おぉ! 取って来てくれたのかい」
「はい。俺にかかれば楽勝ですよ。これでも小学生の頃からやってるんで。というか、このくらいでかいのしか置いてなかったんですけれど、これでよかったんですか」
「あぁ。それくらいの大きさでよかったんだ。それで、かかった代金は?」
「二百円だけです。っていうか、いらないですよ」
そこで愛莉は首を横に振り、ポケットの中に手を突っ込みながら和人に歩み寄って、すぐ目の前まで来たところで手を引き抜き、掌を広げた。愛莉の女性ならではの白さのある掌の中央には、先程和人がUFOキャッチャーのために使った数と同じ、二枚の百円玉が乗せられていた。
「違う、交換だよ。君の持っているそのぬいぐるみと、この二百円の交換だ。本来は私が取って来なければならないものを、君に取らせたのだからね。私がUFOキャッチャーをプレイしたのと何も変わらないのさ。さぁ、それを頂戴」
別に代金などいらないのだけれど――そう思いつつも、和人は愛莉に言われるままぬいぐるみの入った袋を渡し、代わりに二百円を受け取った。そして愛莉はというと、ぬいぐるみを受け取るなり、中身を確認してにこりと笑い、そのまま詩乃に向き直った。
「ほら詩乃。和人君からのプレゼントだよ。部屋に飾るといい」
「「「ええぇっ!!?」」」
思わず全員で声を重ねて驚いたものだから、レストラン街の一角に木霊して、周りの客達の視線が一斉に集まる。愛莉は一番最初にペンギンのぬいぐるみが欲しいと言っており、和人にUFOキャッチャーで取って来いと頼んだ。だからこそ、愛莉がもらったぬいぐるみを詩乃に差し出した事に、詩乃も含めて驚くしかなかった。そして、突然ぬいぐるみを差し出された詩乃は、ぬいぐるみと愛莉を交互に見ながら、慌てる。
「ちょ、ちょっと待ってください。愛莉先生が欲しいんじゃなかったんですか!?」
「嘘吐いてごめんね。本当は詩乃にプレゼントしたかったんだ。けれども、私はUFOキャッチャーが得意じゃないから、このぬいぐるみを手に入れる事は難しくて」
「そうだったんすか!? それなら、なんで最初から言わないんです!?」
驚きのあまり声を荒げる和人に顔を向けるなり、愛莉は悪戯っぽく笑った。SAOの時から今まで数回見ている、愛莉が他人をからかっている時の顔だ。
「君達が驚く様を見たかったんだ。そして君達は私の思惑通り、びっくりしてくれたわけだ」
「な、なんだよそれぇッ」
思わずひっくり返りたくなった和人と、苦笑いする恭二。その様子を見る事によって、恭二がしっかりと愛莉の特徴を理解していて、愛莉が親しい人もからかう時がある事を把握した。そしてその直後に、愛莉はもう一度詩乃に向き直りつつも、和人に言う。
「それに、詩乃の部屋が殺風景なのは君もよくわかっているだろう。女の子の部屋にはもっと可愛い系のものとかがないと駄目さ。そうだろ、和人君」
確かに愛莉や明日奈、里香や琴音のアドバイスが出されてからというものの、詩乃の部屋にはぬいぐるみなどといった女の子の部屋にありそうなものが増えつつあるが、それでも数はかなり少ない方で、殺風景と言われればその通りと言えるような状況にある。そこにぬいぐるみを追加した方がいいという愛莉の言ってる事は、間違ってないわけでもない。
「確かに詩乃の部屋には、もっと賑やかしがいるかも……」
「そうだろう、そうだろう。だからこのぬいぐるみを詩乃に贈りたいんだけど……どうだい詩乃、いる? いらないなら私がもらうけれどさ」
急に話を振られて、詩乃はきょとんとした後に、愛莉の手元にあるぬいぐるみに注目した。まるで何かを考えているかのような数秒の沈黙の後に顔を上げて、詩乃ははっきりとした声で言う。
「もらっていいですか」
「いいよ。良いから言うんだけど?」
「それじゃあ、もらいます」
そう言って詩乃は、愛莉から差し出されていたぬいぐるみの入っていた袋を受け取った。最初から詩乃に渡す計画なんだと言ってくれたなら、もっと頑張れたのに――和人は目の前に広がる取引の光景を目にしながら、そう心の中で呟いたが、同時に気になって仕方がない事もあった。
愛莉は何故、詩乃に渡すぬいぐるみにペンギンを選んだのだろうか。ぬいぐるみならば何でもいいはずなのに、なんでわざわざペンギンなんてものを選んで詩乃に与えたのか……その理由について考えようとしたその時に、愛莉が両手を腰に添えつつ、言った。
「さてと、もうお昼時だ。それなりに並ぶ事になりそうではあるけれども、皆は何が食べたいかね。お金は全部私が出すから、何でも言いたまえ」
頭の中にあった考えを一旦隅に置き、懐からスマートフォンを出してモニタを確認してみれば、もう既に十二時三十分を過ぎてしまっていて、近くにある全てのレストラン、食堂の前に行列が出来ている事がわかった。色々とやっているうちに、昼食を求める客の集中する時刻に食事をする事になってしまったようだ。
「俺は別に何でも構いませんけれど……詩乃と恭二はどうするんだ」
「私も別に食べたいものがあるわけじゃ……」
「僕も同じだよ。正直、何でもいいかな」
三人の返答を聞いた愛莉は腕組みをしながら数回頷き、周囲をぐるりと見回した。
「なるほどね。それじゃあ、そこら辺を歩いてみて、比較的混んでないところに入る事にしようか」
愛莉の提案に全員で頷き、四人は昼食を求める買い物客が流れる川の中に入りつつも、一番混み具合の少ない店を探し回る事を決めて歩き出そうとしたが、その時に和人が詩乃の手元を見ることで、ある事に気付いた。
今、詩乃は服を買ってきたがために紙袋いくつかと、突然愛莉に渡されたぬいぐるみの入った袋を持っている。本人は忘れてしまっているのかもしれないが、荷物があった場合は自分が持つと、このデートを始めたその時に約束したから、持ってやるべきだ。思い立った和人は詩乃に近付き、声をかけた。
「詩乃、荷物を貸してくれ。俺が持つから」
「えっ? いいわよこのくらい。それにあなた、何だか調子が悪そうだし……」
「それはもう大丈夫って言っただろ? それに、最初に約束したじゃないか。荷物が出来た時には俺が持つって」
「そうだけど……本当に大丈夫なの」
「大丈夫さ。だから、荷物を預けてくれ」
和人に手を伸ばされた詩乃は、小さく「んー……」と言って、自らの手元を眺める。先程と同じように、思考のための沈黙を数秒した後に、顔を上げて、和人に言った。
「それじゃあ、頼むわ。でも、何かあったら言ってよ」
「あぁ、任せておいてくれ」
笑みながら、和人は差し出されてきた詩乃の荷物を受け取り、しっかりと持った。
ぬいぐるみが加わっているせいか、若干重く感じられたが、絶対に守り、愛していくと決めた人からの頼まれ事だと思う事で、その重さも軽く感じられるようになった。