キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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後半グロ(?)シーン有り。苦手な方はご注意を。


06:副団長との衝突

 俺達攻略組は53層を突破すべく、まずフィールドから攻略を行う事になったのだが、ボスの情報を手に入れるには特定のクエストを達成する、フィールドボスを撃破すると言った行動が必要であったため、俺とシノンとリランの3人はフィールドボスの撃破に回され、53層のフィールドに存在する村の片隅の建物の中で作戦会議に参加していた。

 

 少し暗い洞穴のような建物の中、周りを見てみれば大勢のプレイヤーが集まっており、聖竜連合のリーダーであるディアベルとそのメンバー達、風林火山のクラインとその仲間達、そこら辺の小規模ギルドの皆とそれを支援するつもりであろうエギル、そして血盟騎士団員数名とその副団長であるアスナの姿が確認できた。中でもアスナはまるで作戦を仕切っているかのように、部屋の中央に位置する大きなテーブルの上でこの層の地図を広げていた。

 

 これから何が始まるんだ、自分達は何をすればいいんだ、そういった言葉がプレイヤー達の口から飛び交う中、アスナは周囲を見回しつつ、まるで裁判所の裁判長が「静粛に!」と言うのを真似するかのようにテーブルを叩いた。

 

 

「作戦会議を開始します。私達攻略組はフィールドボスの討伐を任されてここへやってきたわけですが……フィールドボスはある特殊な作戦の元撃破したいと考えています」

 

 

 一同のざわつきが止み、一斉にアスナに注目する。

 

 

「……フィールドボスをこの村の中へ誘い込み、NPC(村人)を襲っている間に撃破します」

 

 

 アスナの作戦の内容に一同は驚きの声を上げ、リランの《声》が頭に響く。

 

 

《まさか……この村をモンスターの手で壊滅に追い込むつもりなのか!?》

 

 

 リランの言葉を代弁すべく、挙手する。NPCといえど、この世界の住人だ。消滅すれば……死ぬ。

 

 

「待ってくれ! NPCはどうなるんだよ! この村には沢山のNPCがいるんだぞ!」

 

「モンスターの狙いはNPCに向いて、私達への注意が疎かになるでしょう。その隙を突いて倒します」

 

 

 つくづく思ってはいたけれど、やはりこの人はNPCがちゃんと生きている事を認識していない。リランの時もそうだったから行ってやったけど、全くと言っていいほど学んでくれてない。

 

 

「だから待ってくれ! 襲われたNPCはどうなるんだって言ってるんだよ」

 

「NPCは殺されてもリポップします。問題ありません」

 

「問題だらけだよ。NPCの連中はあれでも――」

 

「――生きてる、とでも?」

 

 

 アスナの言葉にさえぎられたが、俺は思い切り頷いた。

 

 

「あぁそうさ。NPCはあれでも生きてるんだ。もしNPCを殺させる作戦に出るなら、俺はその作戦から降りるよ」

 

 

 アスナは表情を変えないまま、口を動かす。NPCを死なせる作戦は、別にどうとも思っていないらしい。

 

 

「本作戦の指揮は私が取っています。私の言う事には従ってもらいます、竜使いキリトさん」

 

 

 アスナは続けて、俺に身体を向ける。

 

 

「貴方の持つ竜の力はとても強大よ。もしこの村を守りたいとか思ってるんなら、その竜の力を使ってフィールドボスを撃破して頂戴。願わくば、そのまま53層のボスも撃破してもらいたいところよ。貴方なら容易いでしょう」

 

 

 心の中に怒りの感情が込み上げてくる。やはりこの人は、リランをボス狩りの道具に使うつもりでいるんだ。勿論、リランの気持ちも心も無視している。

 

 ここの中の怒りを少しだけ言葉にして吐き出そうとしたその時、隣に入るシノンが腕組みをしつつ、口を開いた。

 

 

「リランはボス狩りのための道具じゃないわ。リランをそこら辺のNPCと一緒にしないで」

 

 

 アスナの目がシノンに向けられる。

 

 

「貴方は?」

 

キリト(コレ)の付き添いよ。ついでに言えばその《使い魔》の気持ちがわかる人」

 

 

 アスナの目線がシノンの上の方へ向く。恐らくレベルと体力ゲージを見ているのだろう。

 

 

「Shinon……レベル58。そんな低レベルでこの層の攻略に来たの」

 

 

 アスナとシノンに間に手を入れて、半身でシノンを隠す。

 

 

「シノンの実力はお墨付きだ。彼女ならこの層の敵やボスと互角に戦えるよ。だから足手まといにはならない」

 

「この層の攻略メンバーは、最低でもレベル60だって言っておいたはずだけど」

 

「2レベルほど低いけど、シノンの実力はレベル65以上だ」

 

 

 アスナがぎりっと歯を食い縛ったその時、聖竜連合のリーダーを務めるディアベルが割って入ってきて、アスナの方へ声をかける。

 

 

「二人とも、喧嘩はやめてほしい。俺達がやるべきなのは、攻略会議を進める事のはずだ」

 

 

 ディアベルの言葉に俺は口を閉じる。続けて、ディアベルはアスナに目を向ける。

 

 

「それとアスナさん、貴方には悪いけれど、俺はキリトやシノンさんの意見に賛成だ。俺達はキリトとその《使い魔》に命を救われた事がある。キリトの《使い魔》をぞんざいに扱ったりするのはやめてほしいんだ。……こいつはただのNPCじゃないんだよ」

 

 

 アスナはディアベルに顔を向ける。

 

 

「NPCなんてどれも同じよ。そしてそれが味方であるならば、本物の人間である私達のために尽くすべきだわ」

 

「確かにそう思うかもしれない。だけど一回冷静になってキリトの《使い魔》と接してみてくれよ」

 

 

 アスナは首を横に振った。

 

 

「そんな必要はありません。私達が急ぐべきは攻略を進める事だけ。NPCと交流を図る事ではないわ」

 

 

 断固として認めようとしないアスナ。よもやここまで頑固に認めてくれないとは。

 

 

「……駄目だわ、これ」

 

 

 いきなり、腕が引っ張られるような感覚が走る。目を向けてみれば、引っ張っているのはシノンだった。

 

 

「お、おいシノン、どうしたんだ」

 

「逃、げ、る。ここにいたところでリランを道具に使われるだけ。出て私達だけで攻略を進めるわよ」

 

 

 シノンはそのまま俺の事を引っ張り続けて、ついには外へ出てしまった。後ろに目を向ければ、徐々に小さくなっていく洞穴と、それにじっと顔を向けている白い狼竜の姿。

 

 

「お、おいリラン、どうしたんだよ」

 

 

 リランは俺を横目で見つめてきた。

 

 

《すまぬキリト、本日の攻略は我抜きでやってくれ。我はお前のところから少し離れる》

 

 

 思わず声をあげて驚く。使い魔がビーストテイマーから離れる事なんて出来るのか。そんな事はシリカがくれたメモには勿論書いてなかったし、そもそもいきなり俺のところを離れるなんて唐突過ぎる。

 

 

「ま、待てよリラン、お前、勝手に離れるなって!」

 

《夜までには戻る!》

 

 

 そういってリランは翼を広げ、大きな音と風と共に飛び立ち、53層に広がる空へと去っていった。シノンと二人でぽかんとして、思わず口を半開きにしてしまう。

 

 

「……リランって、結構自由(フリーダム)なのね」

 

「いやいや、そうじゃないから。明らかに命令違反したから」

 

 

 俺は咄嗟にマップウインドウを開き、リランの反応を探したが、どこにもリランの反応を示すアイコンは存在していなかった。上空まで行かれてしまったせいで、探知できなくなってしまったらしい。

 

 

「まずいな……リランの居場所が完全にわからなくなったぞ」

 

「それでも、リランはこの層からは出られないはずよね? リランはあんたの《使い魔》でしかないはずだから、あんた無しで転移門を使えるわけがない」

 

 

 それは間違いないだろう。リランは俺の《使い魔》であり、プレイヤーではないから転移門を使ってこの層の外へ出る事は出来ないし、空を駆けたところでアインクラッドの外に行く事も出来ないはずだ。

 

 だから、この層にいれば、そのうちリランが戻ってくるのは間違いないのだが、如何せんどこへ行ってしまったのか、また何の目的のために俺の元を離れてしまったのかわからない。

 

 とにかく今現在リランの事は当てにならないから、攻略は俺とシノンの二人きりでやる事になるだろう。本当は皆と組んでやるつもりだったけれど、あそこまで派手に出て来たんじゃ、戻り難い。

 

 

「仕方がない……リラン抜きで攻略をするとしよう。まさか《使い魔》がここまでフリーダムな存在だったとは思ってもみなかったけれど」

 

「それもそうね。でも、リランはどこに行ってしまったのかしら。ちょっと気になるわ」

 

 

 多分だけど、リランがこの層の上空へ消えたという事は、高度が下がってくれば再び捕捉できるようになるはずだ。その時を待って、気付かれないように接近すれば、リランが何のために俺から離脱したのかがわかるはず。

 

 ……俺よりも強力な索敵能力を持っているリランに接近したら気付かれそうだけど。

 

 

「気付かれそうだけど……ちょっと追いかけてみようか。あいつが高度を下げれば、捕捉できるようになるはずだから」

 

「盗み聞きするようだけど……リランの行動は気になるから、それをやってみましょう」

 

 

 シノンが賛同してくれた事に思わず驚く。シノンの事だから、リランの事は放っておきましょうって言うかと思ってたのに。

 

 

「随分と乗り気だな、シノン。これから攻略もしなきゃいけないっていうのに」

 

「攻略しながらリランを探ればいいわ。普段あんたに付いて離れないリランが、あんたから離れて行ったって事は、何かしらの事があったって意味。ひょっとしたらだけど、何か記憶に関する事を思い出したのかもしれないわ」

 

 

 そうだ、リランは記憶喪失だったんだ。そしてそのリランが突拍子もない行動に出たという事は、リランの中で何かが起きたという事。リランの一大事といったら、失った記憶を取り戻したという事に違いない。

 

 

「リランの記憶か……不謹慎だけど、次の層以上に気になってる事だ、それ」

 

「でしょう。だから攻略とレベリングをしつつ、マップウインドウに気を配り、リランがどこに現れるか確認していましょう。それでリランの反応を確認できたら……」

 

「隠蔽スキルを使いつつリランに接近、何があったかを確認する、だな」

 

 

 その時、俺は気付いた。そう言えば、シノンのスキル構成はどうなっているのだろう。隠蔽スキルの事を言っているけれど、俺よりも上げているようには見えないし。

 

 

「だけど、君のスキル構成はどうなんだ。俺はリランの目から逃れられるくらいに隠蔽スキルを上げているからいいけれど、君はそこまで隠蔽スキルを上げているわけじゃないだろ?」

 

 

 シノンは何も言わずにスキルウインドウを展開し、「ん、」と言って指差した。――ここを見なさいと言う意思表示だ。

 

 その意思に答えるようにシノンのスキルウインドウを覗き込むと、そこに隠蔽スキルに数字が割り振られているのが確認できた。しかし、その数値が俺よりも高かった事に、思わず驚いてしまった。

 

 

「いつの間に隠蔽スキルなんて上げてたんだ……」

 

「あんた達が見てない間に上げておいたのよ。気配を消せる力があるなら、時に便利じゃないかって思ってね。このゲームのモンスターに不意打ち(ハイドアタック)は有効でしょう」

 

 

 確かに気配を消しておけば、モンスターの不意を突いて倒す事は出来るな……というか、隠蔽スキルの一般的な使い方はモンスターから逃れたり、不意打ちしたりする事だ。

 

 

「なるほど、用意周到だな。確かにこれだけあればリランに見つかる事もないと思う。準備OKだ」

 

「なら早速攻略に出かけましょう。ここでじっと待っているわけにもいかないし。リランの気配を見つけたら、そこへ向かう」

 

 

 俺は頷き、リランのいないフィールドを久しいと思いながら、歩き始めた。

 しかし、リランは本当に何をしに行ったやら。

 

 

 

 

            □□□

 

 

 

 一方、こちらはアスナ。

 

 作戦会議を終えた後、アスナは苛立ったままフィールドへ赴いた。仲間達や他のギルドの者達を全て跳ね除け、完全にソロの状態でNPCが暮らしている村を抜けて、倒すべきフィールドボスを探したが、その道中も、アスナの心の中は曇ったままだった。

 

 何なんだ、あの集団は。

 どうしてNPCに心があるなんて言い出すんだ。

 

 NPCなんてただのプログラムの塊でしかないし、心なんかあるわけがない。なのにあの集団は、あの竜使いの竜には心があるからぞんざいに扱わないでくれなんて言い出し、ボスを狩るためだけの道具にするなと言い出す始末だ。

 

 あれだけ大きな力があれば、このゲームの終わりは早くなる。現実に早く帰れるようになる。あれはきっと、この世界に残された最後の希望、現実に早く帰るための道具なのだ。

 

 そのはずなのに、何故あの集団はそれを否定し、早く帰ろうとしないのだろうか。この世界なんて偽りでしかないはずなのに。

 

 

「どうして……どうしてみんな揃って私の邪魔ばっかり……!」

 

 

 いつだって邪魔ばかりだ。大学に行くための受験を控えているというのに、デスゲームなどというものに閉じ込めた挙句、攻略のための道具を攻略に使うななどといいだす。これを邪魔や遅延と呼ばずに何と呼ぶと言うのだ。

 

 

「本当にもう、何なのよ、何なのよ……」

 

 

 いや、邪魔をしているのはこの世界だけではない。本当の邪魔をしているのは、本当の邪魔は……。

 

 考えていると余計に腹が立ってきて、モンスターなどで発散したいと思い始めたアスナは細剣を抜き、周囲を確認する。

 

 

「どこなのよ、どこなのよフィールドボスは! 早く出て来なさい!! 村を襲って、隙を晒して私に倒されなさい!!」

 

 

 思わず叫ぶと、その声は周囲の岩山に木霊した。特に返事のようなものは返って来なかった。まぁ人間(プレイヤー)以外で言葉を真に理解出来る者などどこにもいないから、当然と言えば当然だ。それでも、何の反響もないという事実はアスナの中に更なる怒りと焦りを作り上げる。

 

「何よ……何なのよ!! 出て来なさいよ!!」

 

 

 身体の中の怒りを搾り出すように叫んだその時に、近くの岩山が少し崩れ、大きな何かが地面を踏むような音が聞こえてきた。音に導かれるようにその方向へ目を向けてみれば、そこにいたのは直線的に伸びる長い角を頭から生やし、青紫色の鱗と甲殻に身を包んだ、プレイヤーの4倍くらいはある、翼を持たない巨大なドラゴンだった。翼を持たないから、トカゲやワニに見間違えるが、頭の形と角でドラゴンであると判別できる。

 

 思わずその姿に驚いた直後、ドラゴンの頭の上に《NM:Battle_Lizard》の名前と、3本の《HPバー》が出現した。NMと付くのはネームドモンスター、即ちフィールドボスである事を意味する。探していた相手が、自分から姿を現してくれた事にアスナは驚きつつも感謝した。

 

 

「ようやく現れてくれたわね……」

 

 

 青紫の竜はその大きな口から吐き出すように咆哮した。威嚇または牽制のつもりなのかもしれないが、この世界の全てが偽物のである事を知るアスナは、何も感じずに細剣を構える。

 

 

「黙りなさい」

 

 

 思い切り地面を蹴り上げて、青紫の竜と距離を詰め、その首筋目掛けて突きを放った。早く現実に帰りたいという一つの思いだけを抱いて細剣を振るい続けた結果、手に入れた閃光の如し剣捌きが、青紫の竜の首筋に容赦なく連続で当てられる。

 

 青紫の竜は痛みを感じているかのように悲鳴を上げて、大きく後退したが、アスナは剣の動きを止める事なく、寧ろその剣に青鈍色の光を宿らせて、叩き込む。閃光の如し速度で放たれる10連続突攻撃ソードスキル《オーバーラジェーション》が炸裂し、青紫の竜は悲鳴を上げる隙すらもなく、《HPバー》を大幅に減少させる。

 

 もしこの青紫の竜が本物の命だったならば、攻撃する事を躊躇ったかもしれない。だが、青紫の竜はAIを組み込まれた3DCGモデル――ただのデータの塊でしかなく、しかも倒したところで一時的にこの場から消えるだけで、またリポップする。そんなデータの塊を倒す事に躊躇いなど必要ない。どんなに非道な行動も、こいつらの前では許されるのだ。

 

 

「これで、消えなさい!」

 

 

 青紫の竜に攻撃させる隙すらも奪って攻撃を叩き込み続け、とどめの一撃としてソードスキルを放とうとしたその時、突然地面が揺れ始め、アスナはソードスキルの発動を中止してしまった。

 

 ここは浮遊城アインクラッド、地面から離れているはずだから、地震などありえない。ではこの揺れは一体何なのか――そう思っていると、揺れは強くなり、ついには立っていられなくなった。

 

 地震ならば地鳴りが聞こえてくるはず――耳を澄まそうところで、強い耳鳴りが音を遮り始めた。腹の奥底から吐き気が突き上げてきて、吐きはしないけれど吐きそうになる。その時ようやく、アスナは揺れの原因が地震ではなく、自分自身にある事に気付いた。

 

 

(あ……れ……)

 

 

 目線を前に向けているのに、上、右、左上、右下とバラバラな方向に動き、視界が若干暗くなる。力が入らず、手先から細剣が地面へと落ちる。倒すべき青紫の竜に目を向けても、その姿はまるで分身しているかのように数多く見え、しかも若干霞んでいる。

 

 

「何……これ……」

 

 

 揺れながら霞んでいる青紫の竜が、咆哮しているかのような姿勢を取ったところで、揺れが一気になくなり、耳鳴りが消えた。続いて意識がはっきりした次の瞬間、目の前に竜の開かれた口が見えて、アスナは思わず目を見開いた。

 

 眩暈を起こしている間に、青紫の竜は怒り狂って、攻撃を仕掛けてきていたのだ。頭の中で次の行動を考えようとした次の瞬間に、青紫の巨大蜥蜴の息が顔にかかると、アスナの身体は蛇に睨まれたかのように硬直した。

 

 武器を持って反撃する――どう考えても間に合わない。

 回避する――口の攻撃よけられても突進そのものは回避できない。

 

 これまで迫って来る事のなかった危機。いつも跳ね除けていたものがとうとう牙を剥いて襲ってきた瞬間、アスナは反射的に目を瞑った。そして、作り物の巨大トカゲの歯が頭の先に当たろうとしたその瞬間、猛烈な音と風が吹き付けてきて、アスナは一気に後方へ吹っ飛ばされた。

 

 

 地面を数回転がって止まったところで、朦朧とした意識の中、アスナは顔を上げる。そこで、アスナは青紫の竜の攻撃を受けそうになった時よりも酷く驚いた。ちょっと目を離した隙に、これまで見た事が無い光景が繰り広げられていた。

 

 自分を襲おうとした青紫の竜に、どこから現れたのかわからない、白い毛と甲殻に身を包んだ狼のような輪郭を持つドラゴン型のモンスターが襲い掛かっている。しかも青紫の竜の身体は炎上しており、苦悶の悲鳴を上げていた。その身体を抑え込むように白き竜は跨り、腕と脚でがっちりと掴み、人間で言う項の部分に噛み付いている。

 

 これまで、SAOでの戦いと言えば、人間とモンスターとの戦いが普通だった。今、目の前で行われている戦闘はモンスター同士によるものという、普通ではないものだ。昔あった怪獣映画さながらの戦いに、アスナは頭の中が痺れたようになった。

 

 

 アスナが目を丸くして見つめる中、追い詰められていた青紫の竜は身体の炎を揺らす事で消し去り、白き竜の足に噛み付きかかった。鋭い牙が食い込み、血が飛ぶように紅い光のエフェクトが白き竜の足に起こり、「ごぅっ」という鈍い声を上げたかと思えば、白き竜は仕返しと言わんばかりに青紫の竜の頭に噛み付いた。

 

 白き竜の牙は熱を帯びていたのか、噛み付いた部分にジュウウという肉が焼けるような嫌な音と、白い煙のような小さなエフェクトが発生。青紫の竜はもう一度咆哮して白き竜の足を離した。アスナは思わず「あっ」という声を上げる。

 

 すかさず、白き竜は青紫の竜の顎に両腕で掴みかかり、身体を起こして2足歩行の状態になり、翼を広げて地面に尻尾を付けてバランスを取ると、暴れる青紫の竜を抑えつけて、無理矢理上を向かせてその口をこじ開けさせた。

 

 かと思えば、白き竜は思い切り息を吸い込んで胸を膨らませ、一気に顔を青紫の竜の口の中へと向けた――瞬間、白き竜の口の奥から灼熱のビーム光線が迸り、青紫の竜の口の中、身体の中へと飛び込み、貫いた。青紫の竜が絶命した瞬間を目にしたアスナは口を両掌で塞いだ。

 

 そして白き竜の攻撃が終わると、青紫の竜は白目を剥いて力なくぶらさがり、やがて青白い欠片となって爆散、消滅した。直後に、白き竜は元の4足歩行の姿勢に戻った。

 あまりの光景に言葉が出ない。一体何が起きたのかすら、わからない。

 

 

「な……なに……?」

 

 

 小さく口を動かしたその時、白き竜はその顔をアスナに向けた。

 その時にようやく、アスナは白き竜が何者であるか、気付いた。

 

 白い毛と甲殻に身を包み、狼のような輪郭を持ち、剣のような角を額から生やした紅い目の竜。それはまさしく、あの《黒の剣士》の《使い魔》だった。

 




次回、アスナ回。
キリトと結ばれない世界線のアスナを変えるのは、何なのか。

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