キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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02:白き狼の竜

          ◇◇◇

 

 

 この世界は現実ではない、仮想現実世界であり、ゲームの中の世界だ。

 

 

 この世界を構築するゲームのタイトルは、《ソードアートオンライン》。

 

 《ナーヴギア》という専用ハードウェアを装着して、全100層、層が用意されている《超大規模浮遊鋼鉄城アインクラッド》に脳の五感の全てをダイブさせてプレイするという、これまでになかったフルダイブ型MMORPG。

 

 このフルダイブというのは、即ちゲーム機を起動してコントローラーを握り、ボタンやスティックで操作をするのではなく、実際にゲームの中に脳の五感を飛ばして、プレイする形式の事だ。プレイヤーは飛び込んだ先で、見聞きする事は勿論、歩いたり走ったりジャンプしたり、味を感じたり出来る。

 

 実際にゲームの世界の中に飛び込む事が出来る――今まで存在しえなかったこの謳い文句は、日本全国のゲーマー達を歓喜させて《ナーヴギア》の購入に走らせるには十分で、《ナーヴギア》は全国の家電量販店やゲーム販売店で1万本売り出されたが、ゲームの中へ飛び込みたいという欲求を持ったプレイヤー達の手によって瞬く間に完売してしまった。その速度は、過去に販売されたゲームソフト、ハードを上回り、平成の歴史に残るような完売速度だと言われた。

 

 そして、それを手にしたゲーマー達は歓喜しながら、このゲームの中へ飛び込んだ。もう一つの現実世界、アインクラッドの中へと。勿論俺もその一人だった。

 

 

 

 こんなとんでもない世界を作り上げたのは、もとはたった一人の男だった。

 

 

 その男の名は茅場(かやば)晶彦(あきひこ)。元々中小ゲーム開発会社でしかなかったアーガスを最大手と言われるまでに成長させた張本人である、若手天才ゲームデザイナー兼量子物理学者。そしてこのゲーム、《ソードアート・オンライン》の開発ディレクターであり、《ナーヴギア》の基礎設計者でもある、よくいうトンデモ科学者。

 

 俺は一人のゲーマーとして彼にとても憧れていた。彼が出ている雑誌は必ず買っていたし、インタビューの内容を暗記できるくらいにまで読み直したりもした。

 

 

 だけどその茅場は、裏でとんでもない事をやっていた人物だった事が後々発覚した。しかもこのゲームの中でだ。

 

 ゲームを楽しんで、ログアウトしようとしたその時に、ログアウトボタンが無い事に俺達は気付いて、酷く混乱した。そしてどうなっているんだ、どうすればログアウトできるんだという声は随所から上がり、ゲーム全体に広がろうとしたその時に、俺達はある広場にかき集められ、そこで茅場が今どんな人物になっているのか、そして茅場が何を始めていたのかを、本人から直接思い知る事になった。

 

 

 ログアウトできなくて困っている俺達に、茅場は言った。

 ログアウトできないのが、このソードアートオンラインの本来の仕様である、ログアウトしたければこの城の最上階である100層に辿り着き、そこにいる最終ボスを撃破し、このゲームを、クリアするしかない。

 

 もしその途中で体力をゼロにされた場合、ナーヴギアから高出力の電磁波が発せられ、脳を焼切り生命活動を停止させられる。ただ一回も死ぬ事なく、体力をゼロにされる事なく、第1層から第100層まで上がり続けろ、と。

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺達は絶望と恐怖に、瞬く間に侵食された。ゲームマスターからの、憧れの人である茅場晶彦からの死刑宣告にも似た宣言。本来楽しむためだけのゲームが、いつの間にか自分達の命を握り締めていて、いつでも握り潰せる状態になっていたという宣告。

 

 そういえば、茅場はインタビューの時にこんな事を言っていた。「これはゲームではあるけれど、遊びではない」と。なるほど、それはこういう意味だったのかと、俺は酷い混乱の中で、妙な納得感を得ていた。そして、憧れの茅場が一万人のプレイヤーをデスゲームの中に閉じ込めて殺せるようにした、とんでもない殺人鬼に変貌した事をまざまざと感じた。

 

 

 だけど俺は、もう混乱していなかった。確かにこのゲームを始めた瞬間から、このゲームはもはやゲームじゃなくて、もう一つの現実なんじゃないかと思っていたからだ。そしてそれは、茅場晶彦本人によって肯定された。この世界はもう一つの現実、いや、現実そのものとなんら変わらないんだ。

 

 だけど俺達はいるべき世界はこの世界、茅場晶彦の作り出したアインクラッドではなく、現実世界だ。現実世界に帰るにはこのゲームをクリアするしかない。

 

 ――ゲーマーとしての意志に突き動かされたのか、現実に帰りたいという欲求に駆られたのかは今でもわからないけれど、とにかく俺はこのゲームをクリアしたい、クリアしてみせるという思いに駆られて、混乱しているプレイヤー達を跳ね除けて、フィールドに出たのだった。

 

 

 そんな日々を続けて一年後付近。2023年12月24日。

 

 

 雪が積もった森の中を、足跡を付けながら、俺はトボトボと歩いていた。

 

 これより数時間前くらいに、俺はこの35層の迷いの森の中に入り込んで、あるアイテムを落とすボスと戦い、勝利を収めた。ボスが持っているアイテムは、《還魂の聖晶石》。このゲームで死んだプレイヤーを生き返らせる力を持つという道具。

 

 俺はこのアイテムを求めてここに来る前に、大事な人を失った。俺の慢心と不注意が招いた事柄で、大切な人が五人も死んだ。いや、死んだんじゃない。俺が殺したんだ。

 その中に、このゲームを終わらせるまでずっと守ってやると誓った人も入っていた。

 

 その人は死ぬ間際に俺を見つめて、何か言葉を発した。死ぬ間際に言う言葉だ、きっと悪罵か呪詛か何かに違いない。しかし、どんな聞くに堪えない呪詛でも悪罵でもいいから、その言葉を、声を聞きたくて、プレイヤーを蘇らせる事が出来る道具を俺は必死に探して、それを手に入れる条件を満たすために、周りのプレイヤー達の悪罵を受けながらレベルを上げ続け、ついにこのイベントに辿り着いた。

 

 

 ――結果、何もかも無駄だった。傷だらけ……多くのダメージを受けながらボスを撃破し、手に入れたアイテムである《還魂の聖晶石》の説明欄には、そのプレイヤーが死んだ十秒間にのみ効果を発揮すると書いてあった。

 

 効果は十秒間……守りたかった人が死んだのはおよそ半年前。だから、もう使ったところで効果はない。冷酷な説明文を読み上げた後に、俺は思わずそのアイテムを叩き付け、剣で斬り捨て、破壊しようとしたけれど、そこまでには至らずに、結局回収した。

 

 もう何もかもが嫌になって、獣のような咆哮を上げて、転げまわった。その後に、何もかもが虚しく感じるようになって、やがて俺は街を目指して歩き出したのだった。ここにいたところで、虚しさに襲われるだけだったから。

 

 俺の守りたかった人は、死ぬ間際に何て思ってたんだろう。俺への無数の恨みかな。罵詈雑言かな。それとも千通りの呪詛か何かかな……。

 

 そんな事に頭をいっぱいにしながら、薄らとした意識の元、鬱蒼と静かな森の中を歩いていたその時、辺りの静寂を破って大きな音が響いてきた。身体が大きな獣が、腹の奥底から出すような声。これは、モンスターの咆哮か。

 

 

(モンスター……?)

 

 

 確かにここはモンスターのいるエリアだから、モンスターの咆哮が聞こえてきても不思議ではないが、こんな声を出すモンスターなんかいたっけか。

 

 ぼぉっとしながら辺りを見回していると、今度はただならない気配を感じた。俺は索敵スキルを常人よりも上げているから、モンスターのいる場所に行くと、モンスターが放つ独特の気配というものを感じ取る事が出来る。

 

 ……けれど、気配がかなり強い。こんな気配を放つのは、中ボスクラスのモンスターくらいだ。すぐ近くに、それくらいのモンスターがいるのかもしれない。けれど、何でこんな時にそんなものが?

 

 背中の剣の柄に手をかけて周囲を見回すと、声の主をすぐさま見つけた。

 

 

 俺から見て右方向の森の奥に、明らかに周りのそれとは違う雰囲気を放つモンスターが、俺に目を向けながら、じっとしていた。

 

 容姿の方へ視線を向けてみたところ、それは、全身を周りの雪のような真っ白な毛に包み込み、背中から大きな翼を生やし、狼のそれに酷似している凛とした輪郭を持ち、人間で言う額の辺りから大きな剣を模したような形をした角を生やしている、四足歩行のドラゴンだった。

 

 

「狼の、ドラゴン……?」

 

 

 これまで、このアインクラッドで一年ほど暮らし、実に様々なモンスターを見てきたし、ドラゴンも数種類見て戦って来たけれど、あんな姿のドラゴンを目の当たりにしたのは初めてだ。モンスターの情報も時折情報屋のところに並ぶけれど、あんなドラゴンがいるなんていう情報が並んだ事はない。いや、ひょっとしたら俺が見てない間に入っていたかもしれないけれど。

 

 

「なんだ、あいつは……」

 

 

 ドラゴンはゆっくりとその足を運ばせて、俺に歩み寄ってきた。どんどん見た事のないドラゴンの顔が近付いてきて、思わず背中が凍りそうになる。

 

 俺はもうドラゴンに慣れきって、ちょっとやそっとのドラゴンじゃ驚いたり、ビビったりしないけれど、このドラゴンは明らかに風格が違う。――いや、雰囲気から姿まで、何もかもが普通のドラゴンとは、一線を画している。だけど、見た感じモンスターである事に代わりはない。きっと、俺を襲うつもりでいるんだろう。

 

 思考を巡らせていると、白き竜は俺の目の前にまでやって来た。ぶるぶるという人のそれとは全く違う呼吸の音が耳に届いてきて、顔を上げれば狼の瞳とほとんど同じ形をした紅い目と俺の黒色の目が合う。

 

 

 そろそろ、次に噛み付きか鋭い爪による引っ掻き、または口からの炎が来る。このゲームに登場するドラゴンは火炎、爪と牙による攻撃をメインとしているから、間違いなくそんな攻撃を仕掛けて、俺を殺そうとして来るだろう。

 

 俺は守るべき人を守れず、蘇生できるアイテムを求めて、狂っていた道化のようなものだ。いっその事、こいつの炎で焼かれて、爪や牙に斬り裂かれて死んでもいいかもしれない。こいつだって、俺に攻撃できるチャンスを伺っているはずだ。

 

 今に攻撃してくるはず。戦闘体勢になって、攻撃を仕掛けてくる……はずなのに、俺の目の前にいる白き竜はいつまで立っても攻撃してくる気配を見せなかった。じっと俺の事を見つめて、動かず息をしているだけだ。

 

 

「……?」

 

 

 攻撃してこない。モンスターであるはずなのに、敵である俺を攻撃してこない。

 

 もしかしてこいつはモンスターじゃないのか。それとも、これは何かのイベントだろうか。イベント情報は腐れ縁の情報屋からいくつか集めているけれど、このゲームのイベントは数えきれないほど存在しているから、まだ見つかっていないのもあるだろう。

 

 これはその類か?

 未知の竜に遭遇する事で起きる、何かしらのイベントか?

 

 

 そう思っていても、何も起こらない。

 じっと白き竜は俺を見つめたまま、動かない。

 

 襲ってこないという事は、何かのイベントで間違いないみたいだけれど、何がトリガーになっているのだろう。……もしかして、俺が何かしらのアクションを起こせば、イベントが起きるようになっているのかもしれない。

 

 

(なら……)

 

 

 俺は剣を引き抜いて、振り被った。試しに攻撃してみれば、きっと何かしらの反応を返してくれるだろう。もしかしたら激昂して襲い掛かってくるかもしれないけれど、その時は相手をしてやればいい。歯が立たないくらいに強いなら、そのままやられてもいいのだ。

 

 

「よっと」

 

 

 いろいろ考えながら剣の刀身を白き竜の頭にぶつけてみたところ、がんっという音が森閑とした周囲に鳴り響き、石のように硬いものにぶつけたような手応えが帰ってきた。頭も毛に覆われているけれど、相当な石頭だったようだ、こいつは。

 

 けれど、白き竜は何の反応も返さない。ダメージを受けている様子もないし、そもそもこの竜にカーソルを向けても何も映らない。だから間違いなくイベントの類だろうけれど、どうなってるというのだろう。それとも、一回じゃ足りないのか。

 

 再度剣をぶつける。剣が石頭にぶつかる時のがんという音が静寂に包まれている周囲に数回響き渡っていく。それでもなお、目の前にいる白き竜は動く気配を見せない。

 

 これじゃないならなんなんだ――と思ったその時に、白き竜の身体は急に右方向へ傾き、そのまま大きな音を立てて倒れ込んだ。震動が余程大きかったのか、周りの樹木に降り積もった雪が落ちて、白き竜の周囲に雪煙のエフェクトが舞い、一瞬姿が隠される。

 

 

「ちょ、なんだ!?」

 

 

 思わず驚いて倒れ込んだドラゴンに目を向けたところ、ドラゴンはまるで意識を失ったように目を瞑ったまま、動かなくなっていた。いや、動かないのは変わっていないけれども。

 

 

「あれ……」

 

 

 HPがゼロになると、水色のシルエットになって爆散するのがこの世界でのモンスターであって、それに例外は存在しない。……はずなのだけど、白き竜は倒れているにも関わらず、一向に爆散もしなければ水色のシルエットにもならない。まるで意識を失ったように、倒れ込んでいるだけ。

 

 こんなの、普通ではありえないから、イベントと考えて間違いないだろう。だけど、何なんだ、このイベントは。

 

 

「お、おい……」

 

 

 胸の中に奇妙な興味が湧いてきてつい、雪に倒れる竜に声をかけた。

 その時、竜はゆっくりとその瞼を開き、首を上げて、歯を食い縛るような表情をした。ようやく動き出した、攻撃が来るかと思って剣を構えていたその時。

 

 

《ぬうむ……痛い。痛いではないか》

 

 

 いきなり《声》が聞こえてきて、俺はびくりとしてしまった。初老の女性のような声色だったが、近くにそんなプレイヤーも、NPCもいない。そもそも今の声は、耳に届いてきたのではなく、頭の中に響いてきたような感じだった。そう、まるでテレパシーのようなものだ。

 

 何が発信源なのかと思った直後に、再び頭の中に《声》が響いた。

 

 

《全く、出会い頭に剣をぶつけるとは何事ぞ。敵と味方の区別をしてほしいぞ》

 

 

 再度、俺は周りに広がる森の中を見回した。やはりプレイヤーもNPCもいない。いるのは俺とこのドラゴンだけだ。そして《声》が聞こえてきた時からは、俺は一言も喋っていない。となると、この声の主は……。

 

 

《おい、こっちだ。我を無視するつもりか》

 

 

 ドラゴンへと視線を戻す。先程まで倒れていたせいか、顔に雪をくっつけているのだが、よく見ると、そこら辺にいるドラゴンとは全く違う表情を、目の前にいるドラゴンはしていた。……これは、呆れ顔だ。

 

 

「お前……の……声なのか」

 

《我以外に何がいるというのだ。この場にいるのは我とお前だけ……そうなれば答えは簡単に割り出せよう。それとも、竜が人語を話すのは意外だったか?》

 

 

 俺は思わず片手で頭を抱えた。そうだ、この世界はゲームの中……だからドラゴンが喋っても変な事は一切ない。というか、ドラゴンそのものも高い知能を持つ存在として描かれる事が多いから、こいつもそういう設定の元作られたクチだろう。

 

 

「悪い。最近疲れてて、当たり前のことが当たり前じゃないように感じてたみたいだ」

 

《そうなのか。ところで、突然問をかけるようですまないが、冒険者よ》

 

「なんだよ」

 

《何か食べる物はないか。腹が減ってしまっていてな……》

 

 

 思わず「はぁ?」と言ってしまう。会って早々食い物を求めるなんて――。

 

 その時に、俺は気付いた。そういえば、まだVRMMOが開発されておらず、据え置きや携帯機がゲーム業界を仕切っていた頃。戦うはずのモンスターが餌を求めてきて、餌を与えるとそのモンスターが主人公の事を気に入って、仲間になってくれるっていう形式のRPGがあった。

 

 そしてこのゲーム……《ソードアート・オンライン》もデスゲームではあるものの、そういうゲームとかの形式を参考に作られているはずだ。

 

 その証と言うべきか、目の前の白き竜はモンスターであるにも拘らず、俺にこうやって餌を求めてきている。つまりこのイベントは、()()()だ。

 

 

(餌……か)

 

 

 とりあえず何かないかと思ってポケットに手を突っ込んだところ、硬い何かが手に当たった。掴んで取り出してみたところ、それは球体状の小さな結晶だった。

 

 その名は《還魂の聖晶石》。さっき手に入れて幻滅し、破壊したくなったアイテムであり、大切な人を蘇らせてくれなかった、今となってはゴミに等しい物。

 

 誰かに渡したら使ってもらえるかもしれないけれど、そもそもこのゲームでの死因は大概がモンスターとの戦闘。そして、モンスターとの戦闘で仲間がやられた時には大体混乱してしまって、行動を起こせない。やられた時に咄嗟にこのアイテムを使える者はほとんどいないはずだ。なので、誰かに渡したところで、何かが変わるとは思えない。

 

 食ってくれるかどうかはわからないけれど、食ってくれればこの忌まわしいアイテムは消えるし、こいつの腹を満たす事も出来る。食ってくれなければ、持ち前の食材を渡してやるだけだ。

 

 

「これでいいかな」

 

《うむ。なかなかいい物を持っているではないか。それを与えてくれるのだな》

 

 

 一応、《還魂の聖晶石》はレアアイテムだ。一瞬迷ったけれど、持っていても後々役に立つとは思えない。捨てたり破壊したりするよりかは、こいつの腹の中に入れた方がまだましだろう。アイテムだってそっちの方が本望のはず。……まぁ、使い道を思いっきり間違えているけれど。

 

 

「与えるよ。ほら、食べるといいさ」

 

 

 ぽいっと、俺は《還魂の聖晶石》をドラゴン目掛けて投げた。ぽーんと宙を舞ったレアアイテムを、ドラゴンは少し目を輝かせながら見つめた後に、その口を開いた。

 

 

《感謝する》

 

 

 ぱくり、とレアアイテム《還魂の聖晶石》はドラゴンの口の中に呑み込まれた。ドラゴンがさぞかし美味そうにモゴモゴと口を動かす度に、ゴリゴリというくぐもった音が聞こえてくる。間違いなく、今レアアイテムである《還魂の聖晶石》は、このドラゴンの栄養に変わっている。

 

 やがてドラゴンは噛み砕いた結晶を呑み込んだような仕草をして、溜息のような呼吸をした。直後に、また頭の中に声が聞こえてくる。

 

 

《美味かったぞ……我によくぞ、こんなにレア物を与えてくれた》

 

 

 ドラゴンの発した言葉に驚く。こいつ自分の食った物がレアものだったって事がわかるのか。

 

 そう思った瞬間、突如として、俺の目の前にいるドラゴンはぐっとその身を起こして立ち上がり、空高く咆哮した。かと思えば、急にその身を光らせ始めた。あまりに強い光に俺は目を閉じて、腕で目を覆う。

 

 光は五秒ほど続いた後に収まって、五秒間の間に起きた事を確認しようとドラゴンへ視線を戻し、驚いた。

 

 

「お、お前……!」

 

 

 ――白き竜の姿が、若干変わっていた。

 

 全身が毛に覆われていたというのに、足の爪付近、腹部、尻尾など、ところどころの毛が抜け落ちて、代わりに鱗と出来かけの甲殻に覆われ、頭部の耳の上部に小さな金色の角が生えている。そして、体格も若干ではあるものの、大きくがっちりしたものに変わっているような気がする。

 

 それでも身体の大半が毛に覆われているし、大まかな部分は変わっていないから、割り出せた答えはただ一つ。

 

 

「し、進化した……のか……?」

 

 

 姿を変えた白き竜は俺の事を再度見つめて、《声》を送ってきた。

 

 

《感謝するぞ冒険者よ。おかげで力が戻ってきたようだ。この恩……お前の友となる事で、返させてもらおうぞ》

 

「俺の、友だって?」

 

《そうだ。我はこれからお前に使役される存在である《使い魔》となろう。そしてお前は我の主となるのだ》

 

 

 その時に、俺はずっと頭の片隅に残しておいた情報を頭の中全体に広げた。ここアインクラッドに生息するモンスターの中に、プレイヤーを襲わない個体がいるらしく、更にそのモンスターに遭遇した際に餌を与えるなどの行為を施し、飼いならし(テイミング)する事によって、そのモンスターを旅の仲間に出来る事があるらしい。

 

 その飼いならしに成功した者の事をプレイヤー達の間で、《ビーストテイマー》と呼ばれる。……んだけど、まさかこれが《ビーストテイマー》のイベントなのか。

 

 

「お前が俺の《使い魔》になって、俺が《ビーストテイマー》になるって事か?」

 

《《使い魔》と《ビーストテイマー》……お前達の間ではそういう事になっているのだな。まぁ、ズバリ言えばそういう事だ》

 

 

 モンスターをテイムする事が出来た者はごく僅かと聞く。つまり俺は数少ない《ビーストテイマー》になろうとしているわけだけれど……そもそも、《ビーストテイマー》になったところで、《使い魔》が弱ければあまり意味がない。

 

 このドラゴン、見た目は強そうに見えるし、石頭だし、進化したけれど、本当に強いのだろうか。もし弱かったら、身体がデカいだけの役立たず……デクノボウだ。

 

 思わず悩んで、腕組みをすると、ドラゴンは物事に気付いたような表情をした。

 

 

《さてはお前……我が強いかどうか見定めておるな》

 

「当たり前だろ。弱い奴を連れて行ったら、すぐに死んでしまう。それじゃあせっかくテイムした意味もないじゃないか」

 

 

 その時、ドラゴンの後方から、もう一度咆哮のような音が聞こえてきた。何事かと目を向けてみれば、そこには手に棍棒を持った一匹の猿人、《ドランクエイプ》の姿があった。そういえば、この森も圏内ではないから、モンスターは普通にいる。

 

 

「敵か……」

 

 

 先程までドラゴンに叩き付けていた剣を構えて、戦闘体勢に入る。ここから索敵をかけたところ、《ドランクエイプ》のレベルは俺よりも低い。が、それでもあいつらはこの層で最も強いから、あれを倒すには十回近く攻撃を仕掛ける必要があるだろう。

 

 考えを回したところで、猿人はそれに答えるか如く俺達に向かって突っ込んできた。どすどすという大きな音を立てながら雪を踏み、一気に迫り来た猿人に向けて、ソードスキルで迎え撃とうとしたその時、ドラゴンがいきなり頭を上げた。

 

 

 直後にドラゴンの口の中は炎に包み込まれ、ドラゴンが頭を下げて口を開いた瞬間、大きな火球となって、爆音と共に猿人に放たれた。

 

 猿人は突然飛んできた火球を避ける事が出来ず、衝突。火球は炸裂して、爆炎を放出しながら爆発し猿人はその中へと呑み込まれた。

 

 轟音と共に衝撃波が発せられ、赤く照らされた雪が吹き飛び、その光景に唖然としてしまう。

 

 爆発。このアインクラッドのプレイヤーでは起こす事の出来ないものだ。いや、ソードスキルの中には爆発のようなエフェクトを伴うものもあるけれど、本当に爆発をするわけでも、モンスターを木端微塵にするようなものではない。

 

 思わず猿人のところに目を向ける。猿人は爆発に呑み込まれた際にポリゴン片になって爆散していたらしく、既にいなくなっていた。文字通り、爆発四散、木端微塵。

 

 

 このアインクラッドの中で、本当に爆発を起こす事が出来るのは、火を扱うドラゴンのブレスだけだ。ひょっとしたらもっと沢山あるのかもしれないけれど、今知る限りではそれだけ。それが今、俺の目の前で、しかも俺と話していた相手が、やった。そして、爆発によってモンスターを、この層で最強のモンスターを、一撃で木端微塵にして見せた。

 

 

《どうだ、これが我の力ぞ。これだけの力があれば、お前の旅も少しは良いものとなるはずだ》

 

 

 俺はゆっくりと、ドラゴンの方へ目を向ける。

 

 少しどころじゃない。とんでもない力だ。気配を感じた時から、とんでもない気配だとは思っていたけれど、まさかモンスターを一発で消し飛ばすような力を持っているなんて。

 

 これだけ大きな力があれば、アインクラッドの攻略は更にプレイヤー側が優位になり、クリアも……プレイヤーの解放も早く出来るかもしれない。

 

 それにこれだけ大きな力……ドラゴンという大きくて心強い味方がいる事を他の攻略組に見せてやれば、その士気をあげる事も出来るかもしれない!

 

 

「本当に、本当に俺の《使い魔》になってくれるのか、お前!?」

 

《そう言ったであろう。それとも、我を《使い魔》にするのは嫌か?》

 

 

 いや、攻略だけじゃない。そもそも、これだけ大きな力を持つ者が味方になれば、守りたい存在を、守り続けられるかもしれない。これだけの沢山のメリットがあるし、使わない手はないかもしれない。

 

 

「嫌なわけがない……使わせてくれ、お前の力を。あっ、だけど……」

 

《なんだ》

 

「俺の旅は強いモンスターとの戦闘の繰り返しになるぞ。そうなったらお前、俺について来れるのか」

 

 

 ドラゴンはぶすっと鼻を鳴らした。

 

 

《何を言うか。この我を誰だと思っておるのだ。我は……》

 

 

 そこで《声》が止まった。同時にドラゴンの動きもフリーズしたかのごとく動かなくなる。

 

 

「お、おい?」

 

 

 俺の声に反応したのか、ドラゴンは意識を取り戻したように俺と目を合わせて、《声》を送りつけてきた。

 

 

《思い出せぬ》

 

「へ?」

 

《我は……我の名前は何だったか、思い出せぬ》

 





 ――補足事項――

・◇◇◇→キリト視点

・□□□→その他視点


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