キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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12:生存せし殺戮者の黒影

           ◇◇◇

 

 

「シノンッ!!」

 

 

 俺は今、空都ラインの薄暗い路地裏の中に入り込み、その中にある一点だけを目指して走っていた。後ろにはリーファ、リラン、ユイ、イリス、ストレア、ユピテル、クィネラもいて、同じように走っている。

 

 何故このような事になったのか。その事の発端は数分前に登る。俺はイリスの使っている部屋でユイ達からあの世界の重大な話を聞いていたのだが、それが終わった頃に、突然大慌てでリーファが部屋に駆け込んできた。あまりにいきなりな事だったから、何事かと皆で驚いて、話を聞いてみたところで、俺は思わず凍り付いた。

 

 空都ラインの路地裏でシノンが何者かに襲われて、動けなくなっている。その報告を慌てたリーファから聞いた俺は、居ても経ってもいられなくなり、皆がいる部屋を、大勢のプレイヤー達の集まる宿屋を飛び出して街中に出て、シノンの居場所を確認。

 

 そこが路地裏の一角である事を把握すると、そのまま一気に走って路地裏に飛び込んで、走り続けた。薄暗く、湿っぽい空気の漂う路地裏、曲がり角をいくつも曲がり、いくつもの建物の間を、早く着け、早く着けと心の中で叫びながら駆けて行くと、やがて目的地である少し開けた場所に辿り着いた。

 

 

「し、シノン……」

 

 

 そこにあったのは、アスナに支えられながら仰向けになって倒れているシノン。辺りが暗いせいで、黒みがかっているものの、しっかりとその姿が把握できて、俺はすぐさまシノンの元へ駆け付けてしゃがみ込んだ。そこでアスナが俺に気付き、俺に声をかけてくる。

 

 

「キリト君……!」

 

「アスナ、リーファから話は聞いた。一体何があったんだ」

 

 

 アスナからの返答が来ようとしたその時、シノンの口元から声が漏れて、俺はそっちに顔を向けた。直後、シノンの瞼が開かれて、その瞳の中に俺の姿が映し出された。

 

 

「シノン……!」

 

「き……キリト……?」

 

 

 余程ひどい目に遭ったのだろうか、シノンの顔は激しい苦しみを体験した後のような表情を浮かべていたが、俺の目と合わさった途端、それは徐々に驚いているような、呆然としているようなそれに変わっていった。

 

 

「キリト……キリトッ!!」

 

「わっと……」

 

 

 直後シノンは起き上がって、俺に飛び込んできた。突然来るものだから、一瞬驚いてしまったものの、俺はしっかりとシノンの身体を受け止めて支えた。それから間もなくして、シノンは俺の胸の中で泣き始めた。

 

 

「キリト、キリトぉ……!!」

 

「あぁ、来たよシノン。ひどい目に遭ったって聞いた」

 

 

 シノンの小刻みに震える身体を抱き締めて、俺はその背中と後頭部を手を当ててゆっくりと撫でる。今すぐに、シノンから事情を聴きたいところだったけれど、今のシノンがとても事情を話せるような状態じゃない事を俺はすぐに悟り、アスナの方に顔を向けた。

 

 

「アスナ、何があったんだ」

 

「わたしにもよくわからないの。シノのん、いきなりいなくなって、探したらここで倒れてて……」

 

「だけど、誰かに襲われたっていうのは、確実なんだよな」

 

「そうだと思う。ここでプレイヤーに危害を加えられるのなんて、同じプレイヤーだけだもの」

 

「そうだよな……」

 

 

 震えるシノンの身体を抱き締め、その頭を撫でてやっていたその時、後ろから多数の声が聞こえてきて、俺は振り返った。そこには、俺にこの事を伝えてくれたリーファ、そして先程まで俺と話をしていたリラン、ユイ、ユピテル、ストレア、クィネラ、イリスの六人の姿があり、そのうちのシノンと関係が深いイリスが、俺の元へと駆け寄ってきて、しゃがみ込んだ。

 

 

「キリト君、やっと追いついたけれど、これは一体」

 

「イリスさん……シノンが誰かに襲われたみたいなんです」

 

「なんだって」

 

 

 イリスは驚いた後に、俺に抱かれているシノンに目を向けた。徐々に、その表情が険しいものに変わっていく。恐らく、俺よりもシノンと付き合っている時間が長いから、シノンの変化や状態が見るだけでわかるのだろう。そして、今のシノンがどのような状態であるかも、すぐに把握できたのだ。

 

 

「……随分と怯えてるな。余程ひどい目に遭ったみたいだけど……一体誰がやったっていうんだ」

 

 

 そこでイリスはシノンに近付き、そっとその身体に手を当てる。あまりにシノンが震えているのが感じ取れたのだろうか、一瞬驚いたような顔をして、すぐさま悲しそうな表情を顔に浮かべた。

 

 

「シノン、大丈夫か。どこか、悪い?」

 

「……!」

 

 

 そこで、シノンは俺の胸から顔を離して、すぐ近くにいるイリスへと向き直った。そこでイリスとシノンを交互に眺めると、シノンの顔が徐々に泣き顔に近付いていくのがわかった。

 

 

「先生……先生ッ!!」

 

 

 次の瞬間、シノンはぼろぼろと泣き出して、俺の胸からイリスの胸の中へ飛び移った。イリスは驚きもせずにシノンの身体をしっかりと抱きしめて、俺と同じように――寧ろ俺よりも慣れた手つきで――シノンの身体と頭をそっと撫で始めた。

 

 

「よしよし……もう大丈夫よ……もう、大丈夫よ……」

 

 

 何か言うかと思ったが、シノンはただイリスの胸にすがり付いて泣くだけだった。そこでユイが俺達の元へとやって来て、アスナに声をかけた。

 

 

「アスナさん、ママはどうしたんですか」

 

「シノのん、誰かに襲われたみたいなのよ。でも、それ以外の事は全然わかってなくて、誰がシノのんを襲って……シノのんがどんな目に遭わされたのか……」

 

 

 やはりアスナからの話だけでは、シノンがどのような目に遭わされたのか、全く把握する事が出来ない。ここはシノンから事情を聴くしか、詳細な情報を知る術はないようだ。しかし、向き直ったところでシノンはイリスに泣き付いたままで、到底俺達の問いかけに答えられるような状態にはない。しばらくシノンをあのままにしておいて、落ち着くのを待つ必要がありそうだ。

 

 だが、そこでリランが俺の元へやってきて、隣にしゃがみ込んだ。そして小声で俺の耳元に囁きかける。

 

 

「キリト、シノンだが……我が落ち着かせよう。今のシノンは大きな恐怖に襲われているのだ」

 

「それも考えたけれど、お前今回やったとして何回目だ。お前、ちょっとシノンに能力を使いすぎなんじゃないのか」

 

「別に使い過ぎて問題が出るような能力ではない。これでもMHHPの能力にはデメリットは存在しておらぬからな。だから、今回もシノンに使おう――」

 

 

 リランが言いかけたその時に、それまでほとんど言葉を発する事が無かったシノンが、イリスの胸元で声を出した。俺はシノンと一緒に向き直り、聞き耳を立てる。

 

 

「先生……ぅは、死んだんですよね……?」

 

「えっ」

 

 

 上手く聞き取れなかったであろうイリスが首を少し傾げると、シノンはその顔を上げて、訴えるように言った。

 

 

PoH(プゥ)は、死んだんですよね……アインクラッドで、死んだんですよね」

 

「PoHだと……!?」

 

 

 リランと一緒になって驚く。PoHと言えば、殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》を作り上げた張本人であり、アインクラッドの全プレイヤーの中で一番多くのプレイヤーを殺したレッドプレイヤーであり、アインクラッドの住人達全員を恐怖のどん底へ突き落した恐るべき悪鬼とも言えるプレイヤーだった奴だ。

 

 SAOがクリアされてかなりの期間が経過したけれど、俺は今でもあいつの姿や特徴をすぐさま思い出す事が出来る。……それくらいにまで、あいつが俺達に与えた印象というものは大きかったのだ。

 

 しかし、PoHはそんなあまりに特異過ぎる特徴を持っていたためか、《壊り逃げ男》に《疑似体験の寄生虫》を植え付けられて狂い、最終的には怒り狂ったリラン――正確にはリランが取り込んでいた最終防衛機構である《ホロウ・アバター》によって抹殺され、アインクラッドで果てる事になったのだった。

 

 そんなPoHの名前がシノンの口から出てきたものだから、俺とリランは驚く以外の行動を取る事が出来なかった。よく見て見れば、アインクラッドに居た時に俺達と一緒に《笑う棺桶》討伐戦に向かっていたアスナも、同じように驚きの表情を顔に浮かべている。

 

 

「PoHって……何を言ってるの、シノのん」

 

 

 親友のアスナからの問いかけにも答えず、シノンは助けを求めるようにイリスに訴えかけた。

 

 

「そうですよね、PoHは、死んだんですよね……!?」

 

「……まさかシノン、あなたはPoHに襲われたとでもいうの」

 

 

 驚愕したまま硬直しかかっているイリスが問いかけると、シノンはゆっくりと音無く頷いた。次の瞬間、ユイ、ストレアが驚きの声を上げたが、続けてシノンは口を動かした。

 

 

「……私を襲った奴は、日本語と英語を流暢に喋る奴でした。それで、ものすごく痛い攻撃を何回もぶつけてきて……それで最後に言ったんです。《地獄の王子(Prince of Hell)》である自分が、いつかキリトを殺すって……」

 

 

 地獄の王子。Prince of Hell。これらを単語に切り分けて頭文字を並べて出来上がった言葉が頭の中に響いた途端、俺の頭の中にある人物像が浮かび上がった。

 

 エキゾチックで不思議な美貌を持っているが黒緑色のポンチョを被って顔を隠し、日本語と英語を混ぜ合わせたDJのような喋り方をする、魔剣クラスの威力を持つ鉈のような剣を持った長身の男。

 

 その男の姿がはっきりとしたその時、イメージの中の男の口角が上がった。まるで、また来てやったと言って、俺との再会を喜んでいるかのように。

 

 

(まさか)

 

 

 同刻、俺は先程ユイから聞いた話を思い出す。そうだ、アインクラッドに居た時、リランやユピテルの利用した倉庫であり、テストエリアである《ホロウ・エリア》に誰かが侵入し、ホロウデータを持ち出して行って、アインクラッドに解き放ったのだ。

 

 俺はそれを、《笑う棺桶》討伐戦の混沌を前もって知っていた《笑う棺桶》の誰かが、その戦いから逃れるためにやった事なのではないかと仮定したけれど、シノンの証言とこの話を照らし合わせると、ある仮定が出来上がった。

 

 ――考えた俺ですら、絶対に実現してほしくないと願った仮定。それと同じような事が思いついたのだろう、リラン、ユイ、ストレア、イリスの四人が一斉に俺に向き直り、ほとんど同じタイミングで俺の名前を呼んできた。

 

 

「「キリト!」」

 

「パパ!」

 

「キリト君……」

 

 

 俺は思わず片手で頭を抱えた。シノンの証言が本当――いや、シノンは嘘を吐かない娘だから、言っている事は本当だ。そして今、最悪の仮定が現実になった。

 

 何らかの方法で《ホロウエリア》に侵入し、自らのホロウデータを回収して、分身としてあの戦いの場に向かわせ、わざと死なせて生命の碑を誤認させ、自分はあの戦いを高みの見物をした後に逃げ、カルマ回復クエストをこなしてグリーンに戻り、アインクラッドに潜伏し……やがてアインクラッドの解放と同時に現実世界に戻る事に成功したプレイヤー。

 

 そして、SAOクリア後もVRから離れる事が出来ず、このALOにもやってきているそいつは、間違いなく……

 

 

「PoHだ……あの戦いを生き残ったのは、PoHだったんだ……!!」

 

 

 その言葉を聞くなり、周りの全員が凍り付いた。もし他人がこの言葉を発していたのを聞いていたのだとすれば、俺も同じように凍り付いているだろう。

 

 間違いない。あの戦いを生き残っているのはPoHなのだ。PoHはあの戦いを一人だけ生き残り、アインクラッドを脱したのだ。そして、自分が生きている事をわざわざ伝えるためにALOにログインを果たし、シノンを襲ったのだ。

 

 その事実を信じられないのか、リランが戸惑ったように言って来た。

 

 

「ま、まさか、あの時のPoHこそがホロウデータだったというのか!?」

 

「間違いない。流暢な日本語と英語を喋れて、尚且つ俺達の事を、あの世界の事を知っている奴と言ったら、PoHしかいない。ホロウデータを使って、あいつは生き残ったんだ。そしてあいつは今、俺達と同じようにこのアルヴヘイム・オンラインの中にいる……!」

 

 

 そこで、それまで話を聞いているだけだったアスナとリーファが、俺とリランを交互に見ながら、声を発する。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってキリト君。PoHが生きてるってどういうことなの。PoHがあの戦いを生き残ったって、どういう事なの。貴方達は、何の話をしてるの」

 

「おにいちゃん、PoHって、どういう事なの。だってPoHは、おにいちゃん達があの世界にいた時……」

 

「……この事は、また皆がそろった時に話すよ。あまり話したくないけれど、現実になっちゃ、もう仕方がない」

 

 

 今起きている事、話されている事が理解できないのか、戦々恐々としているアスナを横目で見た後に、俺はイリスに抱き締められているシノンの元へ近付き、声をかけた。シノンの顔にもまた、俺の話が信じられないと言っているような表情が浮かんでいた。

 

 

「シノン」

 

「キリト……PoHが生き残ったって……?」

 

「あぁ……どうやらそうみたいなんだ。詳しい話はまたする。それよりもシノン、君を襲った奴はなんて言ってたんだ。出来れば教えてほしいんだ。辛いなら、別に無理に話さなくたっていい」

 

 

 シノンに辛い事を思い出させるようで胸が痛んだが、やはりシノンを襲ったのがPoHである以上、何を言っていたか聞き出す必要がある。意外と口の軽いあいつの事だ、何か重要な事をシノンに喋っているかもしれないのだ。――そう頭の中で考えたその時に、シノンの口は開かれた。

 

 

「あいつは……私の首を絞めながら、《ボス》に助けられたとか言ってたわ……」

 

「《ボス》? あいつは《笑う棺桶》のボスでありながら誰かに従ってたっていうのか」

 

「わからない……だけど、あいつは《ボス》って何度も言ってた。自分は《ボス》に助けられて、あの戦いを生き延びたなんて言って……」

 

 

 《ボス》。あいつ自身《笑う棺桶》のボスであるから、誰かに従うなんて事はしないと思っていた。だけど、あいつはある時に《ボス》と言える存在と出会い、従うようになったのだ。そして《ボス》と言える存在は、あいつに助言を下したり、手助けなどをしてやったりしていたのだろう。

 

 あのSAOの中でPoHほどの奴を手懐けそうな奴と言えば何か。その存在を、俺は比較的すぐに割り出す事に成功したが、その内容が自分でも信じられないような、驚くべき内容だった。

 

 

「まさか……あいつが《ボス》って呼んでる奴って……!」

 

「……《ハンニバル》、か」

 

 

 その言葉の発生源に、俺達は一斉に向き直った。そこにあったのは金色の髪の毛で頭から白金色の狼の耳、そして狼の尻尾を生やした人狼の少女。俺の相棒であるリランだった。その顔に浮かぶ表情は、ひどく険しいものになっている。

 

 

「リラン……お前」

 

「我もあまり考えたくないのだがな……あのPoHを手懐けられる者と言えば、我らが知る辺りではそいつしかおるまい」

 

 

 《ハンニバル》。一般的に言えば、カルタゴの英雄であり、ローマ最強の敵と恐れられた偉人の名前。しかし、俺達の中では全くその意味は異なっている。

 

 俺達の中で言う《ハンニバル》とは、《壊り逃げ男》を作り出し、あの《笑う棺桶》を壊滅させ、更には《壊り逃げ男》を使って日本社会を混乱させている恐るべき存在の事だ。俺達は、SAOで《壊り逃げ男》だった須郷からその名を聞いてから、俺達はずっとその存在を探し続けている。

 

 

「《ハンニバル》が、須郷だけじゃなく、PoHさえも従わせたっていうのかよ」

 

「我は、《ハンニバル》の他にPoHのボスとなる人物など思い付かぬ。お前だってそうだろう」

 

 

 確かに、《ハンニバル》がどれくらいの存在なのか、どのような人物なのか一切不明だけど、あの須郷を手懐けるくらいだから、PoHだって手懐けられるのかもしれない。いや、きっと《ハンニバル》が余りに格の違う存在だからこそ、PoHはきっと《ハンニバル》に従う事を選んだのだろう。

 

 

「そうだな……確かにPoHを従えそうな奴って言えば、《ハンニバル》しかいない。けれど……最悪だ。まさか《ハンニバル》がPoHさえも従えてしまうなんて」

 

「そしてPoHは今、《ハンニバル》の指示で動いているのだろうね。恐らくシノンを襲ったのも、《ハンニバル》がそう命令を下したからなんだろう」

 

 

 そこで俺はイリスに向き直る。気付けば全員が、イリスの方に顔を向けているような状況が周りで起きていた。

 

 

「拙いね。こうやって《ハンニバル》の指示を受けたと思われるPoHがシノンを襲ったと言う事は、《ハンニバル》に君達は知られているという事だ。大方君達……いや、私達は《ハンニバル》のターゲットにされているかもね」

 

 

 あくまで俺達の想像でしかないけれど、PoHは今《ハンニバル》の指示を受けて動いている。そのPoHが俺達の元へやってきて、その中の一人であるシノンを襲ったのだとすれば、間違いなく《ハンニバル》は俺達の存在を把握しているという事だ。まだ気付かれていないと思っていたのに、しっかりと《ハンニバル》に俺達の事が筒抜けになっていた事に、俺は背筋に悪寒が走ったのを感じた。

 

 

「くそ……結局俺達も《ハンニバル》に狙われてるって事か……」

 

「でもあいつ……自分がこのゲームに来るのはこれで最後だって、もう私達に手を出さないって……言ってた」

 

 

 そこで俺は、か細く発言したシノンに向き直った。

 

 

「PoHはもう来ないって言ってたのか」

 

「うん……もうこれで最後にするって、自分から言ってた。だけど、いつかここじゃない世界で、キリトのところに行って、キリトを殺すって……」

 

「あいつは……そんな事を……」

 

「……そもそも、あいつの攻撃、おかしかった」

 

 

 そこで俺達は再度シノンへ向き直った。思い出すのが辛いのだろう、苦い表情が顔に浮かんでいたが、シノンは構わず口を動かし続けた。

 

 

「あいつの攻撃、すごく痛かった。まるで現実世界で攻撃されたみたいだった。痛かったし、苦しくなったし……」

 

「それってどういう事だい。この世界には痛覚遮断機能(ペインアブソーバ)があるから、攻撃されてものすごく痛いなんて事はないはずなんだが」

 

 

 イリスが戸惑ったような顔をする横で、俺もその言葉を頭の中で探り当てる。このアルヴヘイム・オンラインには痛覚遮断機能という機能が備わっており、それによってダメージを受けたとしても不快感を感じる程度で済むようになっている。なので、この世界にいるプレイヤー達はあまりに痛みなどを気にせずに戦ったりできるのだ。

 

 そしてこれには、例外が存在しないはずだ。なのに、PoHは大きな痛みを与えて来たという。

 

 

「まさか、痛覚遮断機能の貫通? そんな事さえあいつは出来るのか……!?」

 

「痛覚遮断機能貫通か……如何にも殺戮者であるPoHらしいやり方だな。《ハンニバル》がPoHに与えたのか、それとも自力で取得したのか……この情報に関しても、更なる情報を集める必要がありそうだな」

 

 

 リランが気難しい顔をする中で、俺は軽く歯を食い縛った。

 

 俺達はついに《ハンニバル》に目を付けられ、更にPoHが生存していて、尚且つ《ハンニバル》に従っているという事がわかった。これはもう、あの世界を生き抜いて、《ハンニバル》の存在を知っている皆に伝えなければならない。早く、皆を集めなければ。

 

 

「ひとまず、皆を集めてこの事を話さなきゃいけないな。今から皆に連絡をして、一か所に集めよう」

 

「なら、さっきまで使かっていた部屋をもう一度使う事にしよう。あそこなら、誰にも聞かれずに話せるはずだ」

 

 

 俺はイリスに頷き、メッセージウインドウを呼び出して、皆に召集をかけた。その横で、アスナとユイがシノンへ歩み寄り、声をかける。

 

 

「ところでシノのん、大丈夫なの。PoHに酷い事されたんでしょう」

 

「えぇ……なんとか痛みが引いて来たわ。だからもう、大丈夫よ」

 

「本当ですか? 無理だったらログアウトした方がいいですよ」

 

「本当に大丈夫よ。本当に、大丈夫なんだから」

 

 

 心配そうな顔をするアスナとユイを見て、シノンはそっと微笑んだ。

 

 それを横目に見ながら、俺はただ、メッセージウインドウに文字を打ち込み続けていた。

 


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