キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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戦闘回。


07:襲撃する有翼の影 ―不明者との戦い―

 行く先を決めた俺達は遺跡を出て、再び草原の中を飛行していた。正直、転移結晶を使えば街に一瞬で戻る事が出来るけれど、転移結晶自体はかなり貴重なアイテムであるため、そんなに使おうという気は起きない。だからこそ、俺達は徒歩と飛行での帰還を選んだのだった。

 

 湿っぽい遺跡の中に結構な時間いたためか、大きな解放感と爽快感を感じる風。それを浴びながら俺達は高度を制限された空を飛んでいたが、その時に俺と同じ黒い翅を背中に広げたフィリアが、隣に並んで声をかけてきた。

 

 

「あ、そうだキリト。知ってる?」

 

「知らない。なんだ」

 

「辻デュエリストの話だよ」

 

「辻デュエリスト……?」

 

 

 フィリアによると、フィールドにいるプレイヤー達の元に突然現れては、同じように突然デュエルを仕掛けてくるプレイヤーが、最近出没しているらしい。それだけならばただの迷惑極まりないプレイヤーだけど、そのプレイヤー自身もかなりの腕前の持ち主で、今まで誰もそのプレイヤーに勝つ事が出来ていないというのだ。

 

 突然デュエルを吹っ掛けてきて、更にプレイヤーを圧倒する力を持っているデュエリスト。その様はまさに昔話とか、時代劇とかに出てくる辻斬りを思い出させる。いや、だからこそ辻デュエリストなんて言われているのだろう。

 

 

「辻デュエリストか……そんな奴がいるのか」

 

「うん。最近情報通の間じゃ、その辻デュエリストの動きを予測するとか、どういったプレイヤーが狙われる傾向にあるのかとか、色んな情報交換がされてるよ。だけど、その辻デュエリストは結局、様々なプレイヤーに無差別にデュエルを仕掛けてみたいなんだ」

 

「次から次へと勝負を仕掛ける、か。一体何が目的なんだ」

 

 

 全く目的もやり方も、姿さえも想像できない辻デュエリスト。ユージーンやスメラギといった強豪に追いつこうと必死になっている存在か、もしくはただ強さだけをがむしゃらに求めているプレイヤーか。一体どのような存在なのか想像しようとしたその時に、フィリアの隣に赤い翅を背中に広げた金色の髪の毛と白金色の狼耳と尻尾が特徴的な少女、俺の相棒であるリランが並んだ。

 

 

「フィリア、そのプレイヤーはもしや、仮面を付けたシルフ族のものではないか」

 

「あれっ、リランどうしてわかったの。もしかしてリラン、辻デュエリストにデュエルを吹っ掛けられた事があるの」

 

 

 その時に、俺もふっと思い出す。このスヴァルトアールヴヘイムがALOに実装される前日に、リランは仮面を付けて顔を隠したいようなシルフのプレイヤーに出会ったと言っていた。そしてフィリアの話によれば、辻デュエリストもまた仮面で顔を隠したシルフのプレイヤーだ。――その仮面のシルフが辻デュエリストであるという考えに辿り着くのは、簡単だった。

 

 

「って事は、ここが実装される前にリランが出会ったっていう仮面のシルフが、辻デュエリストって事か」

 

「そうじゃないかな……だけど、なんのためにリランのところに現れたんだろう」

 

「我にもわからぬ。だが、あいつは絶対にほうっておいてはならぬ相手だ。今後、現れるような事があったのであれば、その時は――」

 

 

 突然言い留まった俺の相棒。それどころか、動き自体が止まっていて、じっと白い雲が流れていく空の彼方に視線を向けているだけになっている。あまりに突然の動きに皆が一斉に動きを止めてリランに注目し、青い翅を開いてアスナが近付く。

 

 

「リラン、どうしたの」

 

 

 仲の良い友達であるアスナの言葉にも、リランは答えない。目を凝らしてみれば、リランの白金色の狼耳の毛が逆立ち、尻尾は強く上を向いている。同じ特徴を持つケットシー族であるシリカとシノンにも目を向けてみるけれど、やはりこのような事になっているのはケットシーのようだけどケットシーではないリラン一人だけだった。

 

 

「おいリラン、どうかしたのか」

 

「……この気配……来ている」

 

「来てる? 来てるって何が」

 

 

 同じ獣の耳と尻尾を持つ薄水色の髪の毛の少女――俺の愛する人である――シノンが問うや否、リランはハッとして、腰に携えていた鞘から剣を抜き放った。突然の抜刀に皆が驚くが、リランは構わずに身構え、叫んだ。

 

 

「来るぞ!!」

 

 

 リランの声が風に流れた直後、その視線の先の空が突然光った。それから数秒もしないうちに、光が徐々に強く、大きくなってきている事に気付き、それが光の根源の接近によるものだとわかった。

 

 リランの言う通り、間違いなく何かが近付いてきている――それを察知した、SAOの時から突然の事に慣れていた俺達は一斉に武器を抜いたが、その時には光の根源はすぐそこまで迫って来ていた。

 

 そして次の瞬間、光の根源は俺の目の前まで来て、咄嗟に構えた交差する双剣に衝突。まるで高速移動する重い物体が衝突して来たかのような衝撃に襲われた俺は、金属同士が衝突し合ったような金属轟音と共に大きく後退する事になったが、すぐさま足に力を込めて踏みとどまった。

 

 あまりの衝撃で手が痺れ、目が上手く開けられなかったものの、なんとかして目を開けてみると、すぐそこに奇妙なプレイヤーの姿があった。しかし、強い衝撃を受けてしまったせいなのか、視界がぼやけてしまっていて、その姿を正確に捉える事が出来ない。

 

 

「なんだっ……!?」

 

 

 一言声を発すると、プレイヤーは俺から離れて、仲間達の心配する声が耳元に届いて来た。直後に、俺から少し離れていたシノンが、すぐ傍までやってきて声をかけてきた。その頃には、視界が回復してものがよく見えるようになっていた。

 

 

「キリト、大丈夫!?」

 

「あぁ、俺は平気だよ。だけど……」

 

 

 シノンと一緒に、俺は目の前のプレイヤーに向き直る。ついさっきまでは良く見えなかったけれど、今ならば、目の前のプレイヤーの正体が掴めた。

 

 金色と銀色、翡翠色が混ざり込んでいる、胸元に届くくらいの長さの髪の毛で、白と緑を基調とした振袖が特徴的な巫女服とも戦闘服とも言えないような衣装を纏い、鳥の足を模しているかのようなブーツを履いている、翡翠色の血管のような模様が入っている仮面を付けて顔を隠しているという、普通のプレイヤーではないような女性プレイヤー――それが、俺に突然衝突して来た者の正体だった。その手には、刃先が緑色に染まっている奇妙な短剣が握られている。

 

 

「な、なんだあいつは……」

 

 

 まるで見た事がない上に、顔を確認する事の出来ない女性プレイヤー。その特徴だけをとらえれば、リランとフィリアの言っていた辻デュエリストの謎プレイヤーの特徴のそれと合致しているが、仮面と容姿が同一なのかまではわからない。そこで、俺の隣付近にいたフィリアに向き直ろうとした瞬間、俺と仮面のプレイヤーの間にリランが躍り出た。

 

 

「キリト、こいつだ! あの時我に近付いてきたのは、こいつだ!」

 

「そ、そいつなのか!?」

 

「あぁ! 間違いないぞ! こいつが……あの時のだ!」

 

 

 続けて、俺の隣に話しかけようとしていたフィリアが並んできた。鋭いその視線は、リランの目の前にいる仮面のプレイヤーに向けられている。

 

 

「フィリア、あいつは……!」

 

「間違いないよキリト。あれが、辻デュエリストだよ! ついにわたし達のところにまで来た!」

 

 

 突然武器を構えたまま衝突して来たから、もしかしたらそうじゃないかとは思っていたけれど、やはりあのプレイヤーこそが巷で流行りの辻デュエリストなのだ。確かに、巫女服なのか戦闘服なのかよくわからない服を着て、仮面を付けているという容姿、突然襲い掛かってくるなんて言うのは、話題を誘って当然の特徴群と言える。

 

 そして俺は咄嗟に辻デュエリストに注目してプレイヤーネームを確認した。仮面のプレイヤーの顔の付近にネームよりも先に種族が表示され、リーファやカイムと同じシルフだという事がわかった直後に、ついにプレイヤーネームが姿を現す。

 

【Harpyia】

 

 長い事ゲームをやってきたためなのか、何となく読めたような気が頭の中でして、俺は咄嗟に口を動かし、その読みを紡いだ。

 

 

「ハルピュイア……?」

 

「ハルピュイア、ですって」

 

 

 俺の言葉に反応したのが、博識なシノン。これまでゲームをやってきていないシノンでも、ハルピュイアという言葉が何なのか、わかったらしい。少し驚いているような、戸惑っているような表情を浮かべてハルピュイアを眺めるシノンに向き直り、俺は声をかける。

 

 

「シノン、ハルピュイアって」

 

「ハルピュイアはギリシャ神話に出てくる魔物の一種よ。ほら、女の顔と上半身を持ってて、腕が翼になってて、下半身が鷲みたいになってるアレよ。ハーピーって言われるのが一般的ね……だけど、モンスターとかに付けるべき名前を自分に付けてるなんて……」

 

 

 ハルピュイアという名前のモンスターはあまり見ない。その理由は、女性の上半身と鷲の下半身、両手が翼になっているモンスターにはハルピュイアという名前よりもハーピーという名前が使われがちだからだ。そしてそのハーピーという名前のモンスターはSAOの時にも、そしてこのALOにも存在していて、俺も既に何回か戦った事がある。

 

 だけど、あのプレイヤーはそんなハーピーと同類の名前を、プレイヤーネームに使っている。自らは凶暴なモンスターであるという意思表示だろうか。

 

 

「お前、なんだ。いきなり襲いかかって来て、一体何が目的なんだ」

 

 

 声をかけ、どのような声が返ってくるのかと思って待ち続けても、モンスターの名を冠する仮面の少女は何も答えない。普段なら容易に想像出来そうなものなのに、仮面の下でどのような表情が浮かんでいるのか、今は全く想像出来なかったが、もう一度声をかけようとしたその時に、すぐ目の前に一つのウインドウが浮かび上がった。

 

 《Harpyia》VS《Kirito》の文字。デュエルを承諾しますかという説明書き。早速、ハルピュイアは俺に辻デュエルを仕掛けて来たらしい。

 

 

「なるほど、いきなり俺と戦えってか。少しは何かを言ったらどうなんだ。無言じゃお前の目的はわからないぞ」

 

 

 ハルピュイアは一切答える様子を見せない。まるで喋るという事を知らないようにも思えるその様子に眉を寄せたその時に、リランが振り返ってきた。その顔には、とても険しい表情が浮かんでいた。

 

 

「受けるなキリト! こいつは、お前を殺す気だ!」

 

 

 相棒の口から放たれた言葉に、皆揃ってきょとんとする。確かにSAOに居た時にはデュエルでのダメージが甚大だった場合、そのままHPが零になってしまい、死につながってしまう事もあった。だけどそれは、SAOがナーヴギアという脳を焼くくらいの力を持つマシンを被ってプレイするもので、尚且つデスゲームだったからだ。

 

 このALOはそもそも脳を焼くくらいの力を持たないアミュスフィアでプレイし、尚且つデスゲームではないのだ。だから、デュエルで負けると死に繋がるわけじゃないし、すぐに蘇生だって出来る。

 

 

 なのに、リランは未だにSAOにいるような気分になる時があるらしくて、その時はデュエルで負けた時に死に繋がると勘違いしてしまう。リラン達AIだって、このゲームでHPがゼロにされても単に戦闘不能になってしまうだけだ。

 

 

「おいおいおいおい、そんなわけないだろ。このゲームはデスゲームじゃないんだ。だからデュエルで負けても大丈夫だっていつも言ってるだろ」

 

「違う! こいつは、このハルピュイアは、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》だ!!」

 

「ら……《笑う棺桶》!!?」

 

 

 相棒の口から飛び出した、《笑う棺桶》という名前。かつてSAOに存在した人殺し専門のギルドであり、殺人者と狂人の集い。それはSAOにいた時、様々な要因が重なった事と、リランの手によって完全に根絶やしにされた。だからALOに存在しているはずはない。

 

 俺と同じ事を思ったのだろう、アスナが戸惑ったような表情を浮かべ、リランに声をかける。

 

 

「リラン、何を言って……」

 

「あいつから、《笑う棺桶》と同じ気配を感じるのだ。奴は、《笑う棺桶》と同じなのだ!」

 

「《笑う棺桶》と同じ気配って……そんなものは感じないぞ」

 

 

 ハルピュイアの特徴と言えば、顔を隠して武器を持っているだけであり、気配は至って普通のプレイヤー達のそれと一切変わりが無い。というよりも、目が隠されているせいでわからないだけかもしれないけれど。しかし、リランは人の気配――特に邪悪な人間の気配などに過敏に反応する上に、嘘を吐かないから、真実を言っている可能性も捨てきれない。

 

 本当にハルピュイアは《笑う棺桶》、それの生き残りなのか――?

 

 

「……おいお前、一体何なんだ。本当にお前は、元《笑う棺桶》だとでも言うのか。あの時を生き残った《笑う棺桶》だっていうのか」

 

 

 虚ろな血管の走る仮面の少女は何も言わずに、ただ俺がデュエルを受ける事を待ち続けているだけだった。辻デュエルと聞いていたから、ユウキとかその辺りみたいに温かみのある奴、もしくはユージーンみたいな豪傑なんじゃないかと思ったけれど、ハルピュイアはただ虚ろなだけで何も感じさせないうえに、何故デュエルを仕掛けてきたのかも話そうとしない。

 

 とてもじゃないが、デュエルを受ける気に何てならない。寧ろ他のプレイヤー達はよくこんな得体のしれない奴のデュエルを受ける気になったものだと思う。

 

 

「悪いな、ハルピュイアとかいう奴。お前とのいきなりデュエルは受ける気になれないよ。なんでデュエルを始めるのか、話してもらわないとな」

 

 

 そう言って、俺はデュエルウインドウのOKボタンではなくNOボタンをクリックした。これまで、基本的にデュエルを受け入れられてばかり来たであろうハルピュイアが、デュエルを断られた時の反応を若干楽しみにして顔を上げたその時に、俺は驚いた。

 

 ほとんど音を立てずにハルピュイアは俺とリランの間に入り込み、短剣を振り上げていたのだ。あまりの速度に戸惑いつつ、もう一度両手の剣で防御体勢を取ると、交差する剣にハルピュイアの短剣が勢いよくぶつかった。

 

 がきんっという鋭い金属音が鳴り響き、火花が散って俺の顔とハルピュイアの仮面が赤く照らされた時に、リランは背後を取られた事に気付いて振り返り、シノンは驚いて俺から離れる。

 

 

「キリトッ!!」

 

「こいつ!?」

 

 

 驚いたシノンとリランの声を聞きながら、俺は歯を食い縛って剣に力を込め続ける。デュエルを受け入れなかったのに、デュエルが始まった気でいるのか、ハルピュイアの短剣は容赦なく俺に近付いてくる。

 

 同刻、リーファの声が耳に届く。

 

 

「おにいちゃん、この人、PKを狙ってる!!」

 

「PK!? プレイヤーキルか!?」

 

 

 そういえば、皆とこうして仲良くプレイしているから忘れそうだけど、このアルヴヘイム・オンライン自体サラマンダー、シルフ、ウンディーネ、ノーム、インプ、スプリガン、ケットシー、レプラコーン、プーカの九種族の勢力争いをテーマにしており、他種族のプレイヤーのキルを積極的に狙ってもいいように出来ているんだった。

 

 このハルピュイアはデュエルを断られたから、それに(のっと)る事で、俺に襲い掛かって来たのだ。俺をPKするまで追いかけて、攻撃を続けるつもりでいるに違いない。

 

 

「こいつめ……! 皆、戦うぞ! こいつは敵だ!!」

 

 

 リランの号令のような叫びが周囲に響くと、ハルピュイアの横方向からユウキが剣で斬りかかった。その刃先が当たる寸前でハルピュイアはユウキに向き直って後方に退いて回避、その後にシルフのそれである若草色の翅を広げて一気に俺達から距離を取る。

 

 

「ボクも同じような事をしてた時があるんだけど……君はちょっと性質が悪いんじゃないかな、ハルピュイアさん」

 

 

 ユウキが少し険しい顔で剣を構えると、その付き人とも言えるカイムが刀を構えつつ、険しさと戸惑いの混ざった顔で口を動かす。

 

 

「ぼくと同じシルフか……同種族のデュエル以外での争いは、良くないんだけど、どうするべきか……」

 

「攻撃しようカイム君! この人は、あたし達の敵だよ!」

 

 

 カイムと同族であるリーファが剣を構えつつ、魔法も唱えられる姿勢を作る。どのような目的があるのかはわからないけれど、俺達に襲い掛かってきた以上は、敵と認識するほかないし、攻撃を続けてくるようならば撃退するか撃破する他ない。不本意だけど、戦うしかないのだ。

 

 それは皆もわかっていたようで、クラインとエギルが飛行しつつ交互にハルピュイアに刀と両手斧で斬りかかっていく。ダンジョンの中とかは翅を展開できないようになっているから陸上戦オンリーになってしまうけれど、ここはただのフィールドだから翅を展開して空中戦を繰り広げられるから、空中慣れしている俺達は有利と言える。いや、正確には陸上戦も空中戦もこなせるのだけれど。

 

 

「なんなんだよ、お前ッ!」

 

「いきなり襲い掛かるんじゃねえ!!」

 

 

 防御姿勢を作るハルピュイアに、クラインとエギルの、太刀による鋭い一撃と両手斧の重い一撃が炸裂。金属同士が衝突し合って鋭い音が鳴り響き、強い衝撃を受けてハルピュイアは大きく後退する。注目すればHPがかなり減っているのが確認できたが、構わずハルピュイアは翅を大きく開いて空を駆け始める。

 

 

「相手は一人、こっちは大勢だ! 気を付けてかかれば何とかなるぞ――」

 

 

 SAOに居た時には聖竜連合を率いて様々な指示を下し、戦場の司令塔と評価されていたディアベルの高らかな指示が響き渡っていく。やっぱり戦っている時はSAOに居た時の感覚に戻ってしまうのだろう――SAOの時と変わらないと思って、向き直ったその時に、俺は驚愕する事になった。

 

 ついさっきまで飛行をしていたはずのハルピュイアが、いつの間にかディアベルの背後に姿を現して、ディアベルの喉元付近に短剣を近付けているのだ。普通、飛行をすれば風を切り裂く音が鳴るから、それで接近がわかろうものなのに、ハルピュイアは一切音を出さずにディアベルの背後に忍び寄って見せた。

 

 

「拙い、ディアベル、避けろッ!!」

 

 

 俺の声が響くよりも前に、ハルピュイアの緑色に光る短剣はディアベルの喉元へ到達、その刃はディアベルの喉元を掻き切った。プレイヤーの弱点とも言える部分を切り裂かれたディアベルは声にならない悲鳴を上げるや否、そのHPをあっという間にゼロにして空中に倒れ込み、そのまま青い炎と化してしまった。

 

 全く音を立てずに飛行して接近し、相手の喉を掻っ切る。その戦い方を見る事で、あのハルピュイアには強力な忍び足スキルが備わっている事を、俺は察する事が出来たが、それがわかった際に背中に悪寒を走ったのを感じ取った。

 

 俺は、俺達はそう言う戦い方をしていた奴を知っている。あの時のハルピュイアの戦い方なんて本当にそれを再現しているようなものだった。だけど、その存在は――!

 

 

「ディアベルさんッ!!」

 

「行っちゃ駄目、かあさん! あいつに狙われる!」

 

 

 仲間の戦闘不能に驚いて、飛んで行こうとしたアスナをポケットの中のユピテルが止め、その声で俺もハッと我に返る。ハルピュイアは一筋縄ではいかない戦い方を得意としており、油断をしていると瞬く間に弱点を突かれてやられる。なんとかそうならないように気を付けなければならない。もはやボス戦よりも繊細な戦い方を要求されるだろう。

 

 

「皆、気を付けろ! こいつは強い! 油断するとすぐにやられるぞ!」

 

 

 そう、皆に指示を流したその時に、俺の真横を巨大な何かが通過し、直後にハルピュイアの身体が大きく上空へ撥ね上げられたのがわかった。目を向けてみれば、ハルピュイアが寸前まで居たところには、白金色と紅色の毛と甲殻に身を包み、背中から四枚の翼を生やして、尻尾が大剣にようになっていて、額から聖剣のような角を生やす、金色の長い鬣と狼の輪郭が特徴的な竜が走っている。――《使い魔》形態になった相棒、リランだった。

 

 

「リラン!?」

 

 

 まさか《使い魔》形態、しかも対ボスモンスター専用と言って良いような狼竜形態になって戦い始めるなんて思っても寄らず、俺は驚いたまま動けなくなった。そしてリランはというと、ハルピュイアを突き飛ばしたかと思えば、すぐさま口の中に炎をたぎらせ、次の瞬間を容易に想像させてきて――すぐさまそれを現実の光景に変えた。

 

 

《爆ぜろッ!!!》

 

 

 SAOの時でも強いモンスターを相手にした時に使っていた、灼熱ビームブレス。それがリランの口内から迸り、照射開始とほぼ同刻にハルピュイアを呑み込んだ。その三秒後ほどに爆発が起こり、ハルピュイアはその中に消えた。

 

 突然襲い掛かってきたとはいえ、プレイヤー相手にやるにはあまりにオーバーキルすぎるのではないか――そう思ってリランに近付いて、ハルピュイアを巻き込んだ爆発が残した煙に注目したその時に、俺はもう一度驚く事になった。

 

 てっきり、あれだけの攻撃を受けたのだから、戦闘不能状態になって、緑色の炎に変わってしまったのではないかと思われていたハルピュイアが、炎の姿にならないで、翅を大きく広げた状態で煙の中から姿を現したのだ。

 

 

「ま、まさか……リランのブレスに耐えるなんて……!」

 

 

 俺と同じように驚いて、声を漏らすシノン。確かにリランのブレスに耐えきったプレイヤーは、多分ハルピュイアが初めてだ。この事から、ハルピュイアにはかなりの防御スキルまでもが備わっている事が確認できる。そしてその手には、ディアベルを一度戦闘不能に陥れた短剣が変らず握られていた。

 

 

「こいつ、一体……!?」

 

 

 顔を仮面で隠しているうえに、モンスターの名前を持ち、更にある存在と同じ戦い方を繰り広げる事が出来る、防御スキルさえも高いプレイヤー、ハルピュイア。

 

 リランのブレスを喰らってまで生きているそれは、まだ戦うのかと俺達に思わせたかと思いきや、突然回れ右をして後方を向き、そのまま猛スピードで飛行を開始。まるで夜空を駆ける流星のように、スヴァルトアールヴヘイムの空の彼方へと飛んで行ってしまった。

 

 

「ちょっ、逃げるの!?」

 

「っていうか、もう逃げられちゃいましたよ」

 

 

 ハルピュイアのまさかの行動に驚いて、リズベットとシリカが声を上げる。もっと戦うのかと思っていたのに、ハルピュイアが取った行動は逃走だった。

 

 突然飛んできて、突然デュエルを申請してきて、突然襲い掛かって来て、突然逃げた。突然が余りに多すぎるハルピュイアが飛んで行ったところを見ていると、アスナが声をかけてきた。――向き直ってみれば、いつの間にかディアベルが無事に復活を遂げている。アスナが駆け付けて蘇生魔法を使ったのだろう。

 

 

「キリト君……今のは一体……それに、あの戦い方って……」

 

 

 ハルピュイアがディアベルに仕掛けたやり方。俺はあれを、あんな事をするプレイヤーをSAOで見た事があるし、それと戦った事さえある。だけど、あれは既にSAOの中だけの存在となっており、ALOに来る事は有り得ないはずなのだ。何故、ハルピュイアはあんな事が出来るというのか――考えても答えは出てこなかった。

 

 

「わからない……ハルピュイアは、一体何なんだ」

 

 

 だが、わかった事と言えば、シャムロックとセブンという気を付けるべき者達のリストの中に、ハルピュイアという存在が加わった事だ。ハルピュイアはいつ現れるか想像できないため、厳重な注意が必要になるだろう。――そんな事を考えながら、俺はハルピュイアの消えて行った空をしばらく眺めていた。

 

 

 

          □□□

 

 

 

「へぇ―ッ。Bossも面白いものを出すもんだぜ。まさかアレを再現するとはなぁ。

 そして、黒の剣士さんの実力も世界が変わっても落ち込んでないってか。嬉しいねぇ」

 

「んで……今日のターゲットは……隣にいるケットシー……いや、《射手(Sniper)》か。Bossもえげつない事を考えるもんだぜ。さぁてと、狙ってみるかぁ……」

 




不明の存在ハルピュイア、現出。
そして裏で暗躍する奇妙な影。



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