キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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10:闇妖精族の首領

           □□□

 

 

 キリト達が突然店を出たイリスに合流したのは、店を出てすぐだった。イリスは人ごみの中に紛れようともせず、寧ろ指名したメンバーを待つように遅く歩いており、キリト達が合流するのは容易い事だった。

 

 しかもログインした当初は世界中から集まった無数のプレイヤー達でごった返していた広場だったが、皆解放された新クエストや新たなるフィールドに飛び出して行ったのか、すっかり空いてしまっていた。

 

 そんな広場を見たイリスが「プレイヤー達ってのは行動が早いもんだ。私達も早くクエストに出かけたいね」と言ったが、その言葉の内容にキリトはかなり深く頷けた。

 

 正直なところ領主達に挨拶をしたりするよりも、さっさと皆と一緒にクエストに出かけて、様々なモンスター達と交戦したり、ダンジョンに突入して仕掛けなどを解きたくて仕方がない。新大陸に入り込んでからゲーマーとしての本能のようなものが疼き続けているそんなキリトの足は、いつもよりも早いものだった。

 

 そのような早めの足取りで歩き続ける事三分ほど、キリト達はある地点に通りかかったところで立ち止まった。その目の前には、獅子を模した立派な銅像オブジェが向き合って設置されている、巨大な扉を構えている建物が姿を現していた。いや、正確には建物というよりもいくつもの丘が積み重ねられた遺跡に近い。

 

 

「ここが集会所か。随分とでかい建物なんだな」

 

「そりゃそうだよ、なんたって領主の皆が使うようなところだからね、立派なところじゃなきゃ駄目さ」

 

 

 キリトの呟きにカイムが答えるが、その詳しさにキリトは何となく納得していた。

 カイムは自分がSAOで戦っている間、風妖精族シルフの領主館にて領主の側近を任命されており、領主の指示を受けて手伝いをする事も多かった。領主が必要とするもの、領主が使うべきところがどういうところであるべきかなどに詳しいのは、このためなのだ。

 

 

「まぁ確かに、領主たるものがちっこい家とかで会合なんかしてたら変だもんな。こんな立派な建物が作られているのも当然って事か」

 

「そういう事だね。今は全ての領主が集まっているみたいだし、会合時間ももうすぐ終わりだから……問題の人物にも会えるね、これは」

 

 

 ここまでキリト達を連れてきたイリスが呟いたその時に、シノンはある事に気付いて軽く驚いた。この場には二人のインプがおり、そのうちの一人がイリスであって、もう一人が自分達よりも長い間ALOをプレイしているユウキなのだが、その顔に強い警戒の表情が浮かんでいるのだ。

 

 まるでSAOに居た頃、強力なボスに挑む前にだけ見せるような、滅多に浮かべる事のなかった顔。街中なのに厳戒態勢に入っているそんなユウキに、シノンは声をかける。

 

 

「ちょっと、どうしたのユウキ。そんなに怖い顔して……」

 

「シノン、アスナ、キリト……インプのボクだから言うね。インプ領主は本気でヤバい奴だってわかる人だから、気を付けて」

 

「ユウキをそこまで警戒させるって、どれだけの存在なの、それ」

 

「気を付けて、アスナ。あれが出てきて、見えなくなったら……詳しい話、するから」

 

 

 まるで天敵の襲来を待ち構えているかのように身体を強張らせて、厳戒態勢に入っているユウキに、途中から話に加わったアスナも戸惑ってしまう。ユウキは絶剣と呼ばれるくらいの実力者であるため、基本的に恐れる相手はいないのだが、そんなユウキでさえ話を聞いただけで厳戒態勢に入るインプ領主。

 

 闇妖精族の領主というのがもはやただ者ではないのがわかるけれど、どのような人物なのかを想像する事が、アスナは出来なかった。

 

 しかしその直後に、巨大な石造りの扉が鈍い音と振動を起こしながら動き出した。やがてそれが開き切った頃、扉の向こうのエントランスホールから数人のプレイヤーの人影が見えてきて、こちらに向かってくるのが同時に確認できた。その人影がはっきりしたその時に、リーファとカイムが反応を示す。

 

 

「あっ、サクヤ!」

 

「サクヤ(ねえ)!」

 

 

 リーファが手を振ると、少しだけ駆け足気味に、はっきりとした人影が二人向かって来た。人影の正体は、背中の中央付近に届きそうなくらいの長さの深緑色で、緑色の着物のような服を纏っている、大きめの胸が特徴的な大人びた風妖精族の女性と、獣のそれを思わせる耳と尻尾を生やして、褐色の肌とショートボブの金髪が特徴的な、少し背の低い猫妖精族の女性だった。

 

 リーファとカイムは知っているみたいだけれど、全く面識のないキリトとアスナ、シノンがきょとんとすると、風妖精族の女性が同じ風妖精族を視界に入れて、口を開く。

 

 

「おぉ、リーファにカイムではないか。流石、ログインが早いじゃないか」

 

「サクヤ姐こそ早いね。やっぱり領主だから?」

 

「当然だ。領主たるもの、これから同じ領の者達が一斉に向かうところを知っておかなければならない。それにしても、お前達の姿がちゃんとあって安心したよ。来た時にはものすごい数のプレイヤーで溢れていたから、てっきりお前達は強制退去をさせられたんじゃないかと」

 

「それはないよ。でも、それくらいの事が起こりそうなくらいの人だったよね」

 

 

 やってきた女性の一人とすごく楽しそうに話をするカイムとリーファ。この二人の様子から、キリトはこの女性こそがリーファと仲が良く、カイムが側近を務めているシルフ領の領主、サクヤである事を認知する。そして直後に、サクヤと思わしき女性が何かに気付いたような顔になってキリト達へと向き直り、深緑色の瞳がキリトの黒色の瞳と合う。

 

 

「っておや。そこの人達は……特にそこのスプリガンの人……」

 

「えっ、俺」

 

「リーファとカイムの近くに居たという事は、君が噂のリーファと兄君で、カイムの親友のキリト君だね。前から会いたいと思っていたところだ」

 

 

 緑色の和服を纏いし美女は小さく頭を下げ、それを見たキリトはきょとんとする。

 

 

「私はシルフ領主のサクヤだ。今後ともよろしく頼む」

 

「あ、あぁいえこちらこそ。というか、会う前から知ってたんですね」

 

「当然だ。リーファとカイムと顔を合わせた時には毎回のように君の名前が彼らの口から出てくるものだから、会う前から知識を得られていたよ」

 

「サクヤちゃん、この人が黒の速攻剣士様なの?」

 

 

 サクヤに続けて金髪の獣耳娘がその口を開けるや否、リーファとカイム、サクヤを除く全員で再びきょとんとする。シルフ領主をちゃん付けで呼ぶ娘に皆が向き直ると、サクヤが何となく苦笑いしながら答える。

 

 

「そうそう、この猫娘はアリシャ・ルー。ケットシー領の領主だ。騒がしいのが玉に瑕だが、私の茶飲み友達だから仲良くしてやってくれ」

 

「よろしくね~」

 

 

 そう言ってアリシャという名の猫娘が軽くて上げをすると、キリト、アスナ、ユウキ、シノン、ユウキの順番で領主二人組に自己紹介をする。もしかしたらイリスが辺りが領主達に警戒されるのではないかとキリトは若干思っていたけれど、いつも通りイリスがフランクに話すと、サクヤもアリシャも警戒した様子を一切見せなかったため、無事に討ち解ける事が出来た。

 

 しかしその直後に、イリスはきょろきょろと周囲を見回し始める。

 

 

「あれ……サクヤ達が出て来たという事は、例のあれも出てくるはずだが……」

 

「例のあれ? 何の事を指しているんだ」

 

「あぁ、私とユウキは見ての通りインプなのだが……領主の集まるところならば、インプ領の領主もいるはずだと思ったんだけど」

 

 

 インプ領の領主。同じ領主関係者であるというのに、その言葉を聞いただけで、サクヤとアリシャの顔が驚いたようなものとなり、やがて警戒を示す表情が浮かび上がった。まさかこの二人までもこのような反応をするとは思わず、キリトはきょとんとしてしまったが、間髪入れずにサクヤが小さく言う。

 

 

「……例のあれか。あぁ、あれも私達と会合していたよ。だけど、あれを見てみたいとは怖いもの知らずと言うか、なんというか」

 

「さ、サクヤさん達までそんな反応をするって、インプ領の領主って一体……」

 

 

 アスナが驚きの顔を浮かべながら言うと、アリシャが何かに気付いたように集会所へ振り返り、すぐさまサクヤに声掛けする。サクヤは集会所の方に顔を向けるなり、警戒を強めたような表情を一瞬浮かべて、口を少し開く。

 

 

「……噂をすれば何とやらだ。来るぞ」

 

 

 サクヤの言葉を受けて全員で集会所に向き直ると、サクヤ達の時と同様に集会所のエントランスホールから一つの人影が歩いて来るのがわかり、その人影の詳細が分かった瞬間に、一同はごくりと息を呑んだ。

 

 やってきたのは、頭を除く全身を黒と紫を基調とした豪勢な鎧に包み込み、血のように紅いマントを羽織っているという皇帝のような恰好をした、金髪で長身の、青い目をした男だった。

 

 

「……!!」

 

 

 一見すれば、ただの豪勢な装備に身を固めた男性にしか見えない。だが、やってくる男の顔には感情を現した事のある形跡がほとんどなく、まるで無機物のような雰囲気を全身から放っている。まるで自分は人間ではないと主張しているかのような異様極まりない男は何一つ表情を変えずに歩き続け、やがてサクヤの目の前で立ち止まった。

 

 その時にキリト達は男の瞳を見たが、その青色の瞳も、ユピテルのような暖かい青色ではなく、深海や奈落の底を思わせるかのような冷たい色だった。そんな奈落の底のような深い青色の瞳と自らの深緑の瞳を合わせて、サクヤは呟くように言う。

 

 

「……やぁ、サトライザー」

 

「……サクヤか。戻らないのか」

 

「あぁ、もう少しここで用事があるのでな。お前こそ、狩りに出かけないのか」

 

「……時が来たら行かせてもらう、それだけだ」

 

 

 感情の起伏がきわめて少なく、もはや感情というものが存在していないのではないかと思えるようなサトライザーという金髪の男の目は音無く動き、同じ闇妖精族であるユウキに向けられ、次の瞬間にユウキの目が鋭くなる。

 

 

「……サトライザー……!」

 

「……絶剣か。やはり、ここに来るのは早いな」

 

「そっちこそ早いね。また狩りを楽しむんでしょ」

 

「そのつもりだが……お互いに楽しむとするか」

 

 

 ユウキが敵を警戒している犬のように喉を鳴らすと、サトライザーの目は周りにいる者達に向けられ、やがてある人物を映し出したところで止まった。視線の先に居たのは、影妖精族のキリトだった。

 

 

「……お前……」

 

「な、なんだよ」

 

「……強そうだな。恐らくこの中で最も強いプレイヤー、だろう」

 

 

 まるで深海峡谷の最奥部か何かのような青色をして、全ての光を吸い込んでしまいそうな、生命力を感じさせない無機質な瞳。これまで何人ものプレイヤーを見てきた自分でさえ見た事がないような異様極まりない男の有様に、キリトは服の内側で冷や汗を掻き、身体を小刻みに震わせる。

 

 それを何とか顔に出ないようにしながら、金髪の男の言葉に答えた。

 

 

「一応はそう言われてる。そう言うあんたこそ、随分と強そうなプレイヤーの雰囲気を放っているな」

 

「お前のように、よく言われる。……お前の周りにいるのは、お前の仲間か」

 

「そうだが……何か問題でも」

 

 

 無機質な瞳のまま、サトライザーは周囲をもう一度周囲を見回し始めて、ぐるりとそこに集まっている者達を確認してから、キリトの時のように目を止めた。――その先に居たのはヤマネコのそれを思わせる耳を頭から生やしている、アリシャと同じ猫妖精族であるシノンだった。

 

 

「……君は……」

 

「……ッ!!」

 

 

 目の前の金髪の黒鎧男と目を合わせた瞬間、シノンは自らの身体が凍り付いたのをまざまざと感じた。まるで宝石のような美しさを感じさせる青色なのに、奈落へ通ずる穴にも感じられるという、異様で冷たく、恐怖という感情を心の中に直接流し込んで来るかのようなその瞳。

 

 明らかに領主の貫録が齎しているものではないもの――それを覗き込んでいるだけで、全身の血液が凍り付いて抜け、代わりに猛毒液が流し込まれているかのような錯覚をシノンは覚え、頭の頂点から無数の冷や汗が流れて、呼吸が荒くなる。

 

 

「ッ、……ッ!!」

 

「……」

 

 

 サトライザーの瞳には既視感があった。自分はこのような光景を既に見ている。それも一回や二回ではなく、何回も。それを頭の中で模索しようとしても、サトライザーの瞳はそんな事さえ許さず、思考そのものを奪って来ようとする。その瞳から、目を離す事は、シノンは出来ない。

 

 

「……待ってくれるかな」

 

 

 その時、シノンの目の前からサトライザーの瞳が消えた。代わりに、すっかり見慣れた、腰の辺りまで黒い髪の毛が届いている女性の背中が映り込み、血管の中の毒液が抜けて、思考が戻ってくる。意識がはっきりした時に目の前を見直したところ、見慣れた後姿の正体はイリスだとわかった。

 

 

「何もしてないのにガンを飛ばすのは良くないよ、サトライザーさん」

 

「……別にそのようなつもりはなかったのだが」

 

「いいえ、貴方のやってた事は人を怯えさせるのには十分すぎるよ。たとえ自覚がなくともね」

 

「……悪かったな」

 

 

 同じくらいの歳であろう女性のイリスに指摘されると、サトライザーはすんと鼻を鳴らして、歩みを進め始めた。誰にも呼び止められる事なく、サトライザーは新たに解放された街の中へと姿を消してしまい、その姿が見えなくなった時に、全員が深い溜息を吐き、アスナが口を開いた。

 

 

「な、なんなの、あの人。あまりに迫力がすごくて、わたし、一言も喋れなかったよ……」

 

「恐ろしい雰囲気を持った人だったね……あたしもあれは初めて見た……」

 

 

 アスナとリーファが戦々恐々としている中、警戒しきっている表情を浮かべてサトライザーの溶け込んでいった街の中を見ているユウキに、カイムが声をかける。

 

 

「ぼくもALO(ここ)に居て長いけど、あれは初めて見たな……ユウキ、あの人って?」

 

「あの人はサトライザー。インプ領の人なら大体知ってるし、バトルを中心にやっているプレイヤーの間じゃ知らない人はいないくらいの人だよ。普通にプレイしている人でも知っている人は知ってる感じ」

 

「サトライザー……もしかして、闇の皇帝サトライザー?」

 

 

 パートナープレイヤーとも言えるカイムからの言葉にユウキは頷くが、全く聞いた事のない言葉の登場にキリトは首を傾げる。

 

 

「や、闇の皇帝? どういう事だそれは。確かにあの男からはただならない気配を感じたけれど……」

 

「キリト達はまだALOに入ってそれほど時間が経ってないし、領主達を知る事もなかったからわからなかっただろうけれど、インプ領の領主は、別名闇の皇帝って呼ばれてるんだよ。ここからはユウキが詳しいと思うから、ユウキお願い」

 

 

 カイムが一旦説明をやめたところで、当のインプであるユウキが説明を継続する。

 

 このALOのインプ領の領主は、元々違うプレイヤーが務めており、そのプレイヤーはALOが始まった当初から領主を務めており、優秀なプレイヤーとして様々な者達から称賛を得ていた。

 

 しかしある時、魔法を使わず格闘術のみで戦うスタンスで凶悪なモンスターを次々打ち倒し、どんな強豪プレイヤーとのデュエルも容易く勝利するという、規格外とも言える強さを持った一人のインプが突如として現れ、インプ領の領主の座をよこせと要求してきたのだ。

 

 

 突然そんな話を吹っ掛けられた領主は当然驚いたが、自分とのデュエルを勝利したうえで、領主の仕事などをこなせるかどうかを見せてみろとプレイヤーに要求し返してみせた。

 

 領主の座を狙うプレイヤーというのは実際そんなに少ないわけでもなく、寧ろ多くのプレイヤー達が他の種族との勢力争いをする中で領主の座を狙う事もある。しかし大体は領主に勝てたとしても領主の仕事内容を体験してみて、全くそれらに適応できず、退いていく事が多い。そのプレイヤーもどうせそうなると思い、インプ領領主はそのプレイヤーとのデュエルに臨んだ。

 

 

 しかし、そのプレイヤーは戦闘慣れして、インプの中でも強豪に含まれている領主を三分足らずで撃破。それだけではなく、他のプレイヤー達が逃げ出してしまうような領主の仕事も瞬く間に完遂してしまった。

 

 結果、インプ領の領主の座はあっけなくそのプレイヤーへと継承される事になり、領主を三分で沈めたプレイヤーの、そのあまりの強さに領主を含んだ多くのプレイヤー達が恐れ戦き、いつしか新たなる領主となったプレイヤーは、闇の皇帝と呼ばれるようになった。

 

 

「それが、サトライザーか……」

 

「そうだ。奴は他の領主達が恐れるくらいの力を持っていて、自ら戦地に赴いてはインプの勢力争いに大いに貢献している。まるで全てを呑み込もうとする闇の帝国の主のようだから、闇の皇帝だなんて呼ばれているんだ」

 

 

 風妖精族の領主の言葉に、キリトは思わず息を呑む。あのサトライザーというプレイヤーと遭遇した時、ただ者ではないというのがわかる気配を感じてはいたけれど、まさかそれほどまでの実力者であるとは思ってもみなかった。

 

 

「でもわかったでしょ、あいつはすごく強いけれど、すごく危ない奴なんだ。お腹の奥で何を考えているのか、全くわかったもんじゃない。あいつは領主の中で最強だけど、同時に一番警戒しなきゃいけない相手だよ」

 

「そ、そんなに警戒しなきゃいけないような人なの? というか、なんでそんなに……」

 

 

 先程から厳戒態勢のままになっているユウキにアスナは戸惑ったが、ユウキから聞いた言葉を思い出す事によって、ユウキがサトライザーを警戒している理由がわかったような気がした。

 

 ユウキは絶剣と呼ばれるくらいの実力者であり、様々なプレイヤーがデュエルを挑んでは勝てずに敗走するようなプレイヤーだ。そんなプレイヤーに、あのサトライザーという者が挑んでいないわけがない。そしてサトライザーは三分で元領主を仕留め、他のプレイヤーなんか千切っては投げているくらいの強さを持っているプレイヤーだから……。

 

 

「なるほどね、絶剣のユウキをも打ち破っていると言う事か。そしてユウキは未だにサトライザーに勝てずにいる……」

 

 

 アスナが推測を進める中、そこでイリスが口を開くと、ユウキが悔しそうに頷いた。――やはりユウキはサトライザーに打ち破られた事があるという推測は、当たっていた。そこで、間髪入れずにアリシャが口を開いた。

 

 

「って、あれ。シノンちゃん、どうかしたの」

 

 

 不思議そうな顔をしているアリシャの視線の先にいる者を見て、キリトは思わず驚いた。先程まで元気そうにしていたシノンの顔は血の気が抜けてしまったかのように蒼白になっており、呼吸も声が混ざって荒くなっている。

 

 まるで銃を見た時に起こる発作の時のようなその顔――今にもこの世界から、仮初の肉体から魂が抜けそうになっているシノンへ、キリトが声をかけようとしたその時に、咄嗟にイリスがその身体を抱き締めて、シノンの顔を胸の中へと押し付けさせた。

 

 

「シノン、しっかりして。自動切断するような事じゃないわ。まずは落ち着いて、ゆっくりと呼吸をして、気持ちを落ち着かせて……」

 

「ハッ、はっ、ハっ、はッ、はッ……はぁっ、はぁ、はぁ……」

 

「そう、そうよ、上手。その調子……ゆっくり、呼吸して……そうよ……」

 

 

 イリスがまるで母親のように声をかけていくと、シノンの手がその身体を抱き締めて、呼吸が急なものからゆったりしたものに変わっていく。AI研究者であり、同時に精神科医だからこそ成せる業に、一同が唖然としていると、シノンの呼吸は更にゆったりしていき、やがて力尽きたようにイリスに体重を預ける状態になった。

 

 そこでイリスが周囲を軽く見まわすと、唖然としている者のうちの一人、サクヤが声をかける。

 

 

「だ、大丈夫か」

 

「あぁ。どうやらサトライザーさんがよっぽど怖かったみたいでね……あの人も女の子に向かってガン飛ばしするからいけないんだけど」

 

「確かにサトライザーに睨み付けられて、怖気づく者も少なくはない……それにしても貴方は随分と……」

 

「……現実じゃこういう仕事をしてた時もあるんでね。それより、ちょっとこの子を休ませなきゃいけなくなったようだ。どこかにいいところは……」

 

 

 そこでキリトは思い付いた。かつてSAOでこんな事があった時、リランが専門の治療方法を持っていて、それによってシノンの症状を軽減出来ていたし、時には治療出来た。一応SAOの時の特性を引き継いでリランはここに存在しているから、リランならば何とか出来るはず。いや、もしかしたらユピテルやクィネラも……。

 

 

「イリスさん、皆のいる喫茶店に戻りましょう。リランやユピテルなら何とかなるかもしれません」

 

「あぁ、そうだね。急で悪いけれど、喫茶店に戻ろう。領主のお二人さんはどうする」

 

「私達も同行しよう。流石に心配だ」

 

「ありがとうございます、サクヤさんにアリシャさん」

 

 

 キリトが礼を言い、イリスがシノンを離して、尚且つその手をキリトが繋いだところで、一同はゆっくりと喫茶店に向かって歩き出した。道中、領主が二人もいる集団の光景に周りのプレイヤー達は驚きながら見ていたが、そんな目を一同が気にする事はなかった。

 




原作との相違点


・サトライザーがALOにいて、インプ領の領主兼最強プレイヤーになっている。

・ユウキがサトライザーと戦っている。

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