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《ムネーモシュネー》の本拠地に潜入し制圧した翌日、血盟騎士団の重鎮である俺とアスナはこのゲームの開発者であるイリスの元へ赴き、あの場所であった事、そしてわかった事を全て話す事にした。
あの場所に内包されていた情報は非常に暗号や特殊な数字を多数利用したものであったため、一見してもわからないものだったが、その場にユイが居てくれたおかげで、解読する事が出来、このアインクラッドで起きていた異変の数々、そして《ムネーモシュネー》の目的を知る事が出来た。
その中でも重要な事を、俺はイリスの部屋で、目の前のソファに座っている話す。
「……人の記憶と感情に関する研究《プロジェクト・ムネーモシュネー》か。随分と物騒な事をしていたもんだね」
「はい。これって、明らかにSAOの世界観を無視したものですよね」
この世界は純粋なファンタジー世界の世界観のもとに構成されてるため、そんなSFめいた名称や実験とかは出てこないはずだ。なのにあそこには世界観を完全に無視したデータや武器などが置かれており、実際にそれを使って《ムネーモシュネー》は戦っていた。
「あぁそうだとも。この世界はよくある剣と魔法の世界観で構成された世界だからね。拳銃も出て来なければ、機械だって出てこない――が、ちょっと一概には言えないかもだね」
「え、この世界って機械文明みたいなのがあるんですか」
アスナの問いかけを受けたイリスは頷く。
「そうだよ。多分上層部まで行くとわかるだろうけれど、このアインクラッドは複数の国が集められて構築されているという設定だ。機械科学などを発達させた古代文明の遺産とかを内包していてもおかしくはない。多分《ムネーモシュネー》の連中は、それらのデータを流用して、あの場所を組み上げていたってところだろう」
イリスは少し目を鋭くして、俺の方に向く。
「そして連中は多数のプレイヤーを拉致し、感情に関する人体実験を行い続けていた。そして奴らはその研究プロジェクトの名前を取り、《ムネーモシュネー》と名乗っていたと言うところだね。実験に関するデータみたいなものは発見できなかったかい。例えば、どんな実験をしていたとか」
俺達は部屋の奥にあったコンソールから、実に様々なデータを漁り出したのだが、その全てが厳重なプロテクトに守られていた上に、ユイでも解けないようなパスワードが敷かれていたため、実験がどういったものだったのかまでは理解できなかった。それでも余程公にしたくない実験をしていたという事実を掴めたのは確かだった。
「そこまではわかりませんでした。でも、厳重なパスワードや暗号文を多用してた事から、余程知られちゃまずい事をしてたのは確かなようです」
イリスは軽く下を向き、顎に手を添える。
「サーシャとミナが連れ去られた場所というのもそこで間違いなさそうだな。そして駆け付けた時には多くのプレイヤーが実験させられており、全員が《疑似体験の寄生虫》に寄生されていた――《疑似体験の寄生虫》はあそこから広まっていったのは確かだと言う事か」
リランが言っていた通り、あそここそが《疑似体験の寄生虫》の巣であり、卵が大量に置かれている場所であった。しかし沢山の卵があったとしても、プレイヤーの頭に繋がれている以上、無理に何かをすればプレイヤーの脳に異常を引き起こしてしまいかねないと言うリランの言葉から、俺は《疑似体験の寄生虫》の卵を破壊する事が出来なかった。
だが、そこでユイが上手い具合にコンソールを操作してみせ、《疑似体験の寄生虫》をこのアインクラッドの中にいる全てのプレイヤーの中から消滅させ、記録などをすべて削除。この世界から完全に《疑似体験の寄生虫》を駆虫したのだった。
そして、起きたプレイヤー達に話を伺ってみたところ、疑似体験をさせられていた間の記憶も、ここに運び込まれた経緯などは忘れているものの、特に問題が無かった。
「《疑似体験の寄生虫》はユイの力で何とかなりましたし、《疑似体験の寄生虫》がどういったものなのかも理解してくれました」
「うーむ、流石私の娘だな。ユイは何だって」
ユイ曰く、《疑似体験の寄生虫》というのは《疑似信号》の事らしい。俺達はナーヴギアを被り、そこから脳に特殊な信号を受け取る事によってこの世界へダイブしているのだが、《疑似体験の寄生虫》はその《疑似信号》を別な信号に書き換え、ありもしない記憶や体験をさせるものなのだという。
それだけではなく、《疑似体験の寄生虫》はビーコンのような役割も果たしており、寄生されているプレイヤーの記憶の動きや感情の動き、喜怒哀楽などをデータ化して、この場所に送信するように出来ていたらしい。
「偽の《疑似信号》を送り、プレイヤーに更なる有り得ない体験などをさせるか……しかもご丁寧に感情をデータ化して記録か。随分と不気味な話だな。
という事は、君のリランが行っていた駆虫というのは、疑似信号を断ち切るものだと言う事か」
イリスの言う通り、リランの駆虫は原理は不明であるものの、《疑似体験の寄生虫》の《疑似信号》を断ち切り、正常な信号に戻すという行為というのがユイが調べた事により分かった。
しかもリランが駆虫する事により《疑似体験の寄生虫》は死滅するどころか、ビーコンの役割も消失するという。即ちリランに駆虫をしてもらったプレイヤーは、完全に元の状態に戻っている、という事だ。
「そういう事らしいです。あのコンソールを弄繰り回したおかげで、《疑似体験の寄生虫》もビーコンも全部消えましたけれど」
「正しい判断をしたなキリト君。そんな事をしている奴らの実験データなんてろくなもんじゃない。全部消してやる事が一番だ」
イリスはふふんと笑った後に、表情を元の少し険しいものに変えて俺に言った。
「それでキリト君。《ムネーモシュネー》の連中が連行されていくのは見たけれど、あの中にボスはいたのかい」
《ムネーモシュネー》の研究データを漁って行くうちに、《ムネーモシュネー》のボスと思わしき名前を発見した。というよりも、ほぼすべての実験データの実行者の名前にその名前があったので、こいつこそが《ムネーモシュネー》のボスに間違いないと俺とユイで判断したのだ。
その名は――《壊り逃げ男》。
イリスとの会話にちょくちょく登場し、俺達がSAOに閉じ込められてから活動し、SAO事件並みに現実世界の日本という国を混乱させているという、過去最大のクラッキング事件の容疑者。
その《壊り逃げ男》が何らかの方法でこの世界へログインを果たし、悪事を働いているのではないかと俺達は推測していたのだけれど、それがまさか現実になるとは思ってもみず、《ムネーモシュネー》の研究データにその名前を見つけた時は本当に驚く事になった。
そして俺は、俺達を襲ったあの白仮面の人間こそが《ムネーモシュネー》のボスであり《壊り逃げ男》であると思っていた。
「《ムネーモシュネー》のボスの名前は――《壊り逃げ男》です」
その言葉を受けて、イリスは「ほぅ」と言い、アスナは驚いたような顔をする。
「《壊り逃げ男》……ですって?」
「あぁ。間違いなく《壊り逃げ男》だ。実験データの筆記者の名前に必ずと言っていいほど《壊り逃げ男》という名前があったんだよ」
驚くアスナに軽い説明を加えた後、イリスは俺に向き直る。
「なんとなくそんな気はしていたけれど……やはりそいつだったのか。この世界に来てどんな悪さをしてるのかと思ってたけれど……悪い予感ばっかり当たるもんだね」
イリスは再度深々と考え込む姿勢を取る。
「そして、この世界に私達やプログラムに気付かれないように
イリスの言葉に思わずきょとんとする。イリス曰く、スーパーアカウントこそが管理者のアカウントであり、それがあればこの世界で好き勝手に出来るとの事だ。
「えっ? スーパーアカウントでも無理って、どういう事ですか。スーパーアカウントがあれば、管理者権限を行使できるんじゃなかったんですか」
イリスは俺とアスナに向き直り、軽く溜息を吐いた。
「実はだねキリト君。私は君達にまだ言ってない事があったんだ。それはマスターアカウントの存在だ」
「マスターアカウント?」
マスターアカウントというのは、一般アカウントどころかスーパーアカウントすら超える、最上位のアカウントをさす言葉らしい。マスターアカウントはイリス曰くアーガスの開発スタッフの中の重鎮、即ちチーフプログラマーやディレクターなどといった最高権利者達が使用するもので、それがあれば世界の書き換えさえも出来てしまえると言う。
ただし、万が一世界に何らかの障害が発生した場合はプログラムによって強制転移をさせられ、問題の処理に当たらなければならなくなる、面倒くさいアカウントでもあると言う。
「それって、もしかして茅場晶彦のアカウントなんじゃ……」
不安そうな顔をするアスナに、イリスは頷く。
「そうだとも。茅場さんが使っているのがマスターアカウントだ。マスターアカウントがあれば、世界にアップデートをかける事だって出来てしまう。《壊り逃げ男》はマスターアカウント所持者であり、それを使う事によってこの世界にアップデートをし、自らの研究を進めていた……」
イリスは顔を片手で覆った。
「まいったな……《壊り逃げ男》はただのクラッカーだと思ってたのに、まさかの研究者だったとは……まぁろくでもないマッドサイエンティストだけどね」
「イリス先生、マスターアカウントなんてそんな簡単に手に入るものじゃないんですよね。《壊り逃げ男》はどこでそんなものを手に入れたっていうんですか」
アスナの問いかけを受けたイリスは、顔を上げる。
「恐らくだけど、《壊り逃げ男》はレクトの連中だ。消滅したアーガスに代わってこの世界の維持を行っている大企業の。この世界の維持を行う以上は、マスターアカウントとか必要になる場合もあるだろうから、恐らくアーガスが解体される前にレクトにマスターアカウントも引き継がれたんだろう。その中のどれかを使って、《壊り逃げ男》はこの世界にログインしていて……キリト君の暴いた研究をやっていた。そんなところだろう」
確かにこの世界の維持をする以上、茅場晶彦や他のリーダー格の存在と言った最高位のアカウントが必要になる場合も出てくる。恐らくそれを受け取る事の出来たレクトの社員の誰かが《壊り逃げ男》であり、アインクラッドに様々な異変をもたらした元凶と言えるのだろう。
だが、そんな事が出来る人間なんてそうそういるものなのだろうか――そう考えたその時に、アスナが戸惑ったような顔をしている事に、俺は気付いた。
「あれ、アスナ、どうした」
話しかけられる事を想定していなかったのか、アスナは吃驚したように俺の方に向いた。
「あっ、ううん、なんでもないわ。ところで、その《壊り逃げ男》らしき人は見つけられたの、キリト君」
俺が答えるよりも先に、イリスが答える。
「私はキリト君が直々に牢獄にぶち込んだ白い仮面の人間だと思うね。ある集団のリーダー的存在が、他のメンバーとは若干違う格好をしているっていうのはよくある話だしね」
思っていた事を先に言われてしまった事に俺は驚く。
俺はあの時、俺達を散々苦しめたあの白い仮面をした人間こそが《ムネーモシュネー》のボスであり、《壊り逃げ男》であると断定していた。あいつは自らを世界を司る者だと言っていたし、それなりに強かったし、俺達が入って来るまでコンソールを弄繰り回していた。あんな事が出来るのは、《ムネーモシュネー》のボスが以外にありえないだろう。
「俺も同じです。きっとあいつこそが《ムネーモシュネー》のボスで、《壊り逃げ男》だと思います。現にあいつがいた部屋に沢山のプレイヤーがいて、コンソールがあったんですから」
「確かに運ばれるあれの姿を私も君達と一緒に見ているが、なんというか、ただならない雰囲気みたいなものがあったからね」
俺達はあそこから脱出し、《ムネーモシュネー》の連中を牢獄にぶち込むべく第1層に戻った際、イリスが俺達の下に駆けつけてきて、一緒に黒鉄宮に行っている。そこでイリスはあの白き仮面の人間を目の当たりにし、同時に白き仮面の人間が、詩乃に与えた危害などを知ったのだ。
「そしてあいつは、私の専属患者にとんでもない事を仕出かしてくれたわけだ。まぁ、奴が本当に《壊り逃げ男》なのだとすれば、もう大丈夫だ。牢獄はマスターアカウント所持者であっても出る事は出来ない。これで現実世界も、この世界の混乱も収まる事だろう」
「牢獄って、マスターアカウントでもぶち破れないものなんですか」
「あぁ。牢獄は文字通り犯罪などを侵した奴らを捕まえておく場所だからね。犯罪者に一般もスーパーもマスターも関係ない。あそこに捕まったが最後、外から手引きしてもらうか、刑期が満了になるまで出られない。
だけどあいつの仲間は全員牢獄にぶち込まれて行動不能。今頃《壊り逃げ男》も、破壊活動が出来なくて涙目になってる頃だろう。そして捕まっていた人達が何をされていたのかまではわからないけれど、君達が何とかしたおかげで元の生活に戻る事が出来た。まぁ、大団円じゃないか」
《壊り逃げ男》は捕まり、《ムネーモシュネー》も壊滅し、本拠地もデータをすべて削除されて使い物にならない。《ムネーモシュネー》や《壊り逃げ男》の悪事はすべて不可能になったはずなのに、俺の中には不安が渦巻き続けていた。まるで、まだ終わっていない、まだ何か起ころうとしていると、察知しているかのようだ。
そんな考え事をしている横でアスナがイリスに声をかけ、その声を受けた俺はこの世界に意識を戻した。
「あの、イリス先生。シノのんの方は、どうなったんですか……?」
アスナの言葉にハッとして、俺はイリスに顔を向ける。イリスの顔が少し暗いものに変わっていた。
「……シノンの容体は、落ち着いているものの、状況は最悪だと言えるだろう」
あの後、俺はシノンを負ぶったまま黒鉄宮に行ってイリスと共に《壊り逃げ男》を牢獄へぶち込み、そのまま教会へまっしぐら、そこでシノンの身に起きた事を全て話した。
それを聞いたイリスはかなり驚き、シノンを教会の、イリスの自室のすぐ隣の部屋に
半ば強引ではあったものの、シノンの専属医をやってるだけあって、今起きてる事がどれほど深刻化をちゃんと説明してくれたし、俺達はシノンの傍に居たいと思っていたから別によかったのだけれど。
しかし入院したその時から今日に至るまで、シノンはずっと目を覚まさないでいる。イリスの部屋に来る前にも確認したが全く起きる気配を見せなかったし、今だってユイとリランに部屋に就かせているけれど、シノンが起きたという報告は来ていない。
「《壊り逃げ男》が拳銃をこの世界に
昨日はきっと、この世界で生きてきて一番悪い意味で印象に残った日だった。あの時の苦しむシノンの姿と声は未だに俺の中に残り続けており、少しだけ思い出そうとするだけでも全部出てくる。
「あの時、シノのんの左手と右脚が部位欠損の状態になってたけれど……まさか、《壊り逃げ男》が?」
「あぁ。あの時、《壊り逃げ男》は拳銃を取り出して、動けなくて怯えるシノンに何度も発砲して、左手と右脚を千切ったんだ」
「な、なんでそんな事を!?」
イリスはアスナに顔を向けた。ここまで来たからには、アスナにもシノンの過去を話さなければならないと思っているに違いない。
「こんな事になったのは、彼女の過去に原因があるんだ。その話を今からしようと思うのだが……アスナ、これを聞いてシノンに幻滅しないと誓えるか」
「えっ……」
イリスはぎりっとアスナに眼光を向けた。
「……これを聞いてシノンに幻滅しないと誓えるのかって聞いてるのよ。それくらいに、貴方の中のシノンががらりと変わるかもしれないのよ」
アスナは軽く下を向いた後に、やがてイリスに向き直った。
「誓います。わたしはシノのんにどんな過去があったとしても、シノのんの友達でいるって決めてるんです。だから、お願いします、イリス先生」
イリスはアスナの瞳をじっと見つめた後に、静かに鼻で溜息を吐き、頷いた。
「……いいだろう。実はだな……」
イリスは初めて、俺とリラン以外の相手に詩乃の過去を話し始めた。
その間、アスナはイリスから目を離す事はなかったのだけれど、イリスの話が終わりごろに近付いた時から、徐々にその顔を悲しそうなものに変えていき、最終的には今にも泣き出しそうになってしまった。
「そんな……そんな事って……」
「わかったろう。シノンにとって拳銃ほど恐ろしい物はないんだ。最近は拳銃を見ても動じなくなってきたから、いよいよ完全な治療に向かいだしたと思ったのに、これだ。
大方、拳銃を持った《壊り逃げ男》が、鬼になって甦った強盗に見えたのだろう。キリト君の言うパニック症状は、恐らくそのために引き起こされたものだろうな。彼女の中で今何が起きているのか、専属医の私でも分からないよ」
話を聞いている間、俺はずっと、隣の部屋で寝ているシノンの事が気になって仕方がなかった。あれだけのパニック症状を起こした後のシノンの精神状態は、一体どうなってしまったのだろうか。少なくとも一昨日までのシノンのと同じものであるとは、考えにくかった。
その中、イリスが俺に声をかけてきた。
「しかしキリト君。君の話を聞く限りでは、パニックを起こした後のシノンは、リランに項を噛まれた後、落ち着きを取り戻して今の状態になったと言うが、本当なのかい」
「えっ、あぁ、はい。本当です。あの時、シノンの項にリランが噛み付いたのを、しっかりと見ました」
「リランがプレイヤーの項に噛み付くのは駆虫の時だけだと思っていたが……リランは、シノンが寄生虫に憑かれたように見えて、噛み付いたのか? いや、それにしても……」
イリスは軽く考え込んだような仕草をした後に、俺に顔を向け直す。
「キリト君、君は鎮静剤って知ってるかい」
「鎮静剤?」
興味本位で調べた事はある。確か、中枢神経などに作用して、興奮や不安を抑え込む薬であり、パニック状態にある患者などの精神状態を落ち着かせるための薬だ。
「知ってますが……それがどうかしたんですか」
「今の彼女の状態は、鎮静剤を投与された後の患者のそれによく似ているんだ。だけど、この世界には鎮静剤も抗不安薬といった薬物なんかない。君のところにリランは、鎮静剤の機能を持っているのかい?」
いや、そんなはずはないだろうし、リランの口からそんな言葉が出て来た事もない。
とりあえずその事に関しての答えを出そうとしたその時、イリスは苦笑いした。
「まぁ、もはやリランは何でもありだからね、何をしたって不思議じゃないのかもしれない。リランの事を気にするのは後にするとしようか」
その言葉に思わずずっこけそうになったものの、俺はどこか納得していた。確かにリランは進化するし心はあるし、喋るし強いし駆虫できるしというイレギュラーそのものと言っても過言ではない存在だから、今更何かしたとしても不思議ではないし、もう驚かないし、何よりもう気にしたところで仕方がない。
「そうですね。リランについて考えるのは、99層になったらにします。今はシノンの事だけを――」
その時、部屋の入口の方から大きな音が聞こえてきた。何事かと視線を向ければ、そこにあったのはシノンを看病していたユイとユピテルの姿。
「パパ! ママの意識が戻りました!」
「本当かユイ!?」
立ち上がった俺の言葉に、ユピテルが答える。
「うん! シノン姉ちゃんがやっと起きたんだ! かあさんもイリスさんも早く来て!」
二人を見ながら、イリスも立ち上がる。
「でかしたぞユイにユピ坊。キリト君にアスナ、出来る限り静かに行くぞ。今のシノンはとてもデリケートな状態だからな」
シノンの意識が戻った事に喜んだ直後に、俺はハッとする。そうだ、今のシノンは酷い目に遭ったばかりの状態、どんな精神状態にあるのかわかったものではない。
シノンを必要過多に刺激してしまわないようにする必要があるのだろう――俺はイリスに頷いた。
「わかりました。アスナ、なるべく静かにいこう」
「うん。シノのん、大丈夫ならいいんだけど……」
意識が戻ったシノン。今の彼女はどういった状態になっているのか、俺は不安に思いながらイリスたちの後を追い、部屋を出た。