「世界は愛に満ちているべきだ。誰もが愛し愛される、そんな幸せな場所であるべきなのだ。……だが、愚かにもこの地上には愛を拒む者がいる。愛することも愛されることも出来ぬ、生きる価値のないゴミ虫どもッ!!」
憎しみのパラドクスの顔が怒りでさらに歪む。
「私の役目はそのような愛の害虫どもを憎み、殺し、世界を愛のみで満たすことだ!」
カッと見開かれた瞳が
パラドクスの拳が振り上げられる。その拳が龍峰を捉えようとしたその寸前で止まる。
「……?」
急に止まった拳に驚きを隠せない。もしや“もう一人のパラドクス”が止めてくれたのか……?
「シンニュウシャ!シンニュウシャ!……」
鳥のけたたましい警告が響き渡る。
誰だ……?ユナか、
しかし、近づいてくる
「誰だ!この双児宮に無断で立ち入る愚か者は!」
「ここが双児宮だと? フッ……こんなところが双児宮であるものか」
謎の侵入者は鼻で笑う。
よく見れば、その謎の乱入者は満身創痍、服も血に塗れその長い金髪も乱れに乱れている。が、その負傷のダメージを微塵も感じさせぬ力強い足取りで近づいてくる。
「仮にこの紛い物が双児宮だと言うお前の言葉を信じるならば、お前は双児宮を守護する
「その通りだ!そして貴様が何者かは知らぬが、この双児宮をそのような汚らわしい姿の者に踏み荒らさせる道理はないわ!」
「どうやらまた死に損なったようだ…………いや、
乱入者が
「貴様もあの愚かな女の
「フッ、俺は
「舐めた口をきくかッ!!」
パラドクスの拳が謎の男に襲いかかる。
「何ッ!
予想外の展開に驚くパラドクスの背後から男の声がかかる。
「遅い。その程度の拳で
振り返れば、いつの間にか男は龍峰を肩に担いでいた。
気が付かなかった。
「貴様……何者……ッ」
男はパラドクスの問いかけに答えず、龍峰を地面に下す。
「その
「あなたは父を知っているのですか!?」
「そうか紫龍の息子か。よく見れば少し面差しが似ている気もする」
「父を知っていて、
男は龍峰に背を向けて立つとパラドクスを見据える。
「我が名はカノン。
「ジ……
「
再び、パラドクスの攻撃がカノンを襲う。しかし今度は避けることをせず、パラドクスの拳を涼しい顔で受け止めて見せた。
「この程度の拳、
という言葉と共に、今度はカノンの攻撃が繰り出される。
目にも止まらぬ……いや、目にも
「は……速い!
カノンの繰り出す拳の凄まじき速さと威力に驚愕する。
「当然だ。お前たち
光速拳をその身に受け、大きく後退したパラドクスが体勢を立て直す。
「馬鹿な……
「ほう……。多少手加減したとはいえ、我が拳を食らって尚立ち上がるとは。女だてらに
お互いに相手の実力を侮っていた両者が、相手を相応の敵であると認識する。
「
「愛だと? フッ、笑わせるな。
「だったら貴様が真の
パラドクスの必殺技・クロスロードミラージュによってカノンは亜空間へと飛ばされた。
そこではいくつもの星が浮かび、その一つ一つが異なる輝きを放っている。
「見えるかしら?
いつの間にかパラドクスの髪が濃い黒髪から明るい水色に変わっており、表情も幾分柔和なものになっていた。
「私の能力は運命を司る力。無限の分岐と無限の運命を覗き見るのが私、
カノンの傍に一際大きな星が二つ現れる。それは起こり得る未来の姿。相反する二つの結末。
一つは荒廃した大地が映し出され、もう一つに映し出されるのは幸せに満ちた笑顔に包まれた世界。
その内の片方を指し示す。
「あなたにも見えるかしら? あの荒涼とした世界はあなた達がマルス様に反逆して、でも遂には敗れる極めて可能性の高い世界。
パラドクスが指を鳴らすともう一方の世界が映し出される。
「これが愚かな反逆者が居ない、マルス様の理想が完全に実現された世界。火星への移住がスムーズに進んで皆が幸福に暮らせる理想郷。何の不自由もなく、何の不満もない正にこの世の楽園……」
「この程度の
「イリュージョン? とんでもない、これは確実に訪れる未来よ。破滅か服従か。まぁ選択の余地など存在しないでしょうけど。ちなみに抵抗は無駄よ。運命の分岐に逆らえば、精神と肉体を真っ二つに分断されることになるわよ」
相反する二つの未来がカノンを挟んで正反対の位置までやってくる。
「さぁ、選びなさい。あなたが私に服従するというのなら、マルス様に進言して新世界での生活も立場も保証してあげましょう」
と選択を迫る。が、対するカノンは全く動じた様子もない涼しげな顔のままだ。
「フッ、愚かな。マルスとやらがどのような輩かは知らぬが、そのような戯言に心が僅かでも動くと思ったか?
「何っ!?」
「残念だがこのちゃちな
体が真っ二つに引き裂かれるどころか、逆にカノンが指を鳴らすと二つの未来は粉々に砕け散っていった。
「なかなかやるようね……でも、それではクロスロードミラージュを完全に破った事にはならないわ。なぜなら、この亜空間に出入りできるのはこの私一人。このままここに置き去りにすれば簡単にあなたを簡単に無力化できるのよ」
「…………」
「あら、恐怖で声も出ないのかしら? まぁ、私の愛しの
そう言い残してパラドクスは亜空間から姿を消した。後に残されたのはカノンと静寂の亜空間だけ。
カノンを亜空間に取り残して一人戻ったパラドクスは再び龍峰に迫る。
「さぁ、あなたにもう一度選択のチャンスを与えましょう。反逆して惨めに死ぬか、それとも……」
彼女の言葉を遮るようにまたしても双児宮内に龍峰の物でも、ましてやパラドクスの物でもない
「まさか、あの男が……馬鹿な、あの程度の男に亜空間を自力で脱出する力があるはずがない!」
そんなパラドクスの自信を打ち砕くように再びカノンが双児宮に現れた。
「お前、どうやってあの亜空間から抜け出したというのだ」
「あの程度の亜空間を抜ける事など造作もない。最も、このカノンを封じたければ神の力でも使わなければ無理だがな」
まるで服についた誇りでも払うかのような余裕の仕草を見せるカノン。その姿を見るうちに、パラドクスの脳裏によぎるものがあった。
「カノン……そうか、あなた
「ほう、俺を知っているというのか」
「ええ、カノン……先代の
己に関する記録の不確かさにカノンは思わず笑う。
「フッ……。確かにこのカノン、生まれながら悪の心しか持たず、兄のサガに悪を吹き込み
「ほら見た事か。そのような人間が一端の
「しかし、
カノンは拳に力を込めて言う。
「だからこそ、残りの命全てをかけて
「そんなことであなたの罪が帳消しになるとでも思って?」
「罪は罪だ、決して消えはせぬ。必ず裁きを受ける事になるだろう。だがそれも全ての悪を地上から消してからだ。その後喜んで裁きを受けよう!」
カノンが構える。それに呼応するようにパラドクスも構えに入る。
「先程のクロスロードミラージュとかいう技、なかなか楽しませてもらったぞ。今度は礼に伝説の魔拳をお見舞いしてやろう」
「伝説だと? 見え透いたハッタリだこと。今度は本気のクロスロードミラージュで完全にとどめを刺してあげるわ! もっとも、あなたの攻撃はすべて予測済み。どんな選択をしたところで私には通じないわ」
「良かろう。ならば見るがいい……伝説の魔拳を!!」
二人の
「何が伝説の魔拳なのやら。やっぱり私の技の方が威力が上だったようね」
「それはどうかな……?」
「何!?」
亜空間の中でパラドクスと同等以上に自由に動くカノンの姿に驚く。
「お前、どうやってこの空間で動けるというのだ」
「ここはあらゆる分岐の外側とか言っていたな。ならあれがお前の分岐点か」
カノンはパラドクスの言葉に耳を貸さず、勝手に亜空間に散らばる星々を眺めている。
「お前は全ての分岐点を覗き見ることが出来ると言ったな。ならばお前は自分にとって最良の選択をしてきたのか?
「ぐっ……」
亜空間を漂うカノンから投げかけられる言葉と眼光の鋭さにパラドクスはたじろく。
「貴様にわかるものか! 特異な力を持ったために疎まれてきた私の痛みが、そしてどんな力を持とうとも決して選ばれることの無い人間の苦しみが!!」
見る間にパラドクスの髪の色が変わり、それまでの明るい色からドス黒い色へと変貌する。
「わかるさ。俺も優秀すぎる兄を持ったために、どんなに己の力を高めようとも日陰の道を歩む事を運命づけられたのだからな」
「なんだと……!」
「しかしお前の人生、見事なまでに事無かれ主義だな。自分が傷つくのを恐れ、自分の心を守る選択ばかりしている。そしてそれが最善の選択であったと自分に言い聞かせ慰めてばかりだな」
「う、うるさい! 黙れ黙れ黙れ!!」
「お前は全ての攻撃を予測済みと言ったな。ならばお前にこの技が避けられるかな?」
カノンがパチンと指を鳴らすと、パラドクスの周りに二つの大きな星が現れた。
「これは……まさか……ッ!!」
「お前に待っている未来は二つ。俺と戦い敗れ去るか、それとも降伏するか、二つに一つ。そうら、自分の技を食らうがいい」
「ふ……ふざけるな! どちらを選ぼうともお前に負ける選択しかないではないか!」
「当然だ、
「そんな……そんな未来など認められるものか!」
「お前が認める認めないは関係ない。……そうら、運命に逆らえばお前はこの場で真っ二つだぞ」
必死に抵抗するパラドクスの体を分断するように縦にまっすぐ光の亀裂が走る。
「馬鹿な……この私が……馬鹿なぁぁぁぁっっっ!!!」
壮絶な断末魔が亜空間に木霊する。体が分断どろか四散して粉々に砕け散った肉片が亜空間中にばらまかれた。
・
・
・
・
・
・
「……はッ!? い……今のは一体?」
体が千々に砕かれて死んだと思った瞬間、気が付けばそこは双児宮であった。パラドクスは慌てて自分の体を触る。四肢に異常はない。
手も足もきちんと繋がっている。それどころか髪の毛一本たりとも傷ついていない。
「い、一体何が起こったんだ? 二人が技を出したと思ったら、次の瞬間にはパラドクスが膝をついた……? 何が起こったのか全く見えなかった……」
「何……? 今のが全て幻覚だとでもいうのか……?」
「そうだ、これこそが伝説の魔拳・幻朧魔皇拳。もっとも今、貴様に食らわせたのは幻覚を見せる幻朧拳、しかも精神を傷つけぬように手加減をしてやったがな」
「手加減だと?
パラドクスが構える。
「その思い上がりが命取りだ。所詮は相手に幻覚を見せるだけの拳、しかも手加減などせずに止めを刺せば良いものをみすみす勝機を逃すとはな!」
「思い上がり? フッ、お前程度など、いつでも倒せる」
「ほざけ! もう容赦はしない、貴様を私の最大最強の拳で完全に葬り去ってくれるわ!!」
決着をつけるべく必殺の構えに移るパラドクス。対するカノンはまるで柳に風と言った様子で静かに佇んでいた。
「次代の
「そ、それは一体……」
「人間の五感──視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚、そしてそれを超えた勘や直感と言った第六感、そして更にそれを超えた所にある超感覚、それこそが
「セ、
「そうだ。五感そして第六感を極限まで研ぎ澄まし、己の限界を超えて
ゆっくりと、龍峰に見せつけるようにカノンが構えをとる。
「そ、それを会得すれば、この先に待ち受ける
「勘違いするな。
「そ……それじゃ……」
「だが案ずるな。お前が真に
「ゴチャゴチャとうるさい奴め、説教ならあの世で存分にやるがいい! ファイナルデスティネーション!!」
パラドクスの左右に
その
「私が司るのは愛の終わりと運命の終わり、即ち憎しみと……死だ! 貴様の言う
止めとばかりにパラドクスが力を込める。しかしファイナルデスティネーションをその身に食らいながらもカノンは一歩も引きさがりなしない。
「俺はまだ死なぬ! そして
カノンの体から
そしてその
「よく見るがいい、新世代の
膨大な量の
「これは……空気が、いや、この双児宮が震えている! カノンの
「馬鹿な……! これほどの
ゆっくりと、とてもゆっくりとカノンが構えをとる。いや、実際にはもっと早いのかもしれない。
しかし、その
「見るがいい……星々の砕け散る様を!」
カノンの背後に立ち上る
「ギャラクシアンエクスプロージョン────ッ!!」
今や完全に双児宮を覆い尽くしたカノンの
星を砕くエネルギー、それどころか銀河が消し飛ぶほどのエネルギーの奔流がパラドクスに襲い掛かった。
パラドクスも必死に
銀河を砕くが如き攻撃、まさしく“ギャラクシアンエクスプロージョン”の名に恥じぬ威力の拳をその身に受けたパラドクスは抗う術なく天空高く吹き飛ばされ、そして地面に激突した。
「こ……これが
地に倒れたパラドクスの元にカノンが近づく。
「我が最大の拳を受けながらも、お前がまだ生きている理由がわかるか?」
「…………」
「その
「
「そうだ。
「ああ……、これが、この神々しい
つーっと、パラドクスの頬を一筋の涙が伝う。
「これが……この暖かさが真の愛……」
自然とパラドクスは笑い出す。それは嘲るでもなく邪悪を孕むでもない、とても穏やかな笑い。やがてパラドクスは上体を起こすと、今までとは打って変って憑き物が落ちたような穏やかな表情でカノンを見つめる。
「……参ったわ、降参よ。私の負け。どうやら私は
「パラドクス……」
「私はマルス様の……いえ、マルスの恐怖に負けたわ。私では絶対に勝てないと諦めてしまった。
「当然だ。そのマルスとやらが
踵を返し、次なる宮へと向かおうとするカノンをパラドクスは呼び止める。
「待って! 確かにあなたは強い、それも底知れぬ程に。でも今のままではきっとマルスには負けてしまうわ。だってあなたには決定的に足りていないものがあるのだから」
「それは何だ?」
「それはこの
パラドクスは傷ついた体を何とか立ち上がらせると、カノンに寄り添うようにもたれかかる。
「
その言葉とともに彼女の体から
そして一度、空中で二人の人間が背中合わせになったような双子座を模したオブジェの形態をとると、再び弾けるように各パーツに分かれてカノンの体に装着された。
パラドクスが身に着けていた時とはデザインの異なる姿でカノンの体を包み込んだ
「行くぞ
「はい!」
駆けていく二人の後姿を見つめながらパラドクスはつぶやく。
「私は今まで、辛い運命から逃げ続けていたわ。でも、それも間違いじゃないかった。だって、こうして
─完─
聖闘士星矢のキャラの中で一番好きなキャラと、そのキャラの星座を受け継いだ次世代の聖闘士の夢の対戦を主題に書きました。
欲を言えばパラドクスがもっと強キャラだったら良かったのですが、まぁ劇中であんまり強そうではなかったのでこのSS内でも結構弱く描写される事となりました。それを不快に思う方もいるでしょうが一ファンの駄文なので笑ってスルーしてください。
あと、ネタを勢いに任せて書いたので各所で設定の食い違いや記憶違い、不自然で強引な展開が頻発してると思いますがそれも笑ってスルーしてください。
それでは最後に、こんな私の拙い二次創作を読んでくれた総ての方に心からの感謝を込めて後書きの締めとさせていただきます。
どうも有難うございました。
それではまたいつの日か、違うSSで皆様の目に触れる機会が訪れることを願って。