極東は今日も地獄です   作:てんぞー

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二十一喰目

「―――友情の応え方が違いませんか?」

 

 深く、暗い地の底。僅かな光だけが道しるべとなっている通路を二人で進む。通路は広く、横幅で二十メートルほどの広さがあり、その長さは目視出来ない程ある。その道を徒歩ではなく、専用車を運転して進む。フルアーマー姿で車を運転なんて難しくはないのかと問われるが、慣れてしまえば簡単なものだ。あまり速度を出さずに、助手席に乗せているラケルと共に静かな地下回廊をエンジンと声だけを響かせながら進んで行く。友情の応え方、とラケルは言った。

 

「確かに一般的な友情の応え方とは違うかもしれない。その事に関しては全面的に肯定する。普通なら大量の人間を殺す事を肯定するヨハネスの方法を認められないだろう。それを肯定できるのはアーク計画で生存の確定している者、あるいは”大義”が見えている人間だ。実際終末捕喰の片鱗に関しては俺とお前が一番良く理解している。アラガミという種を取り込み貪っているからこそ理解できるだろ? 人類じゃ終末捕喰はどうしようもない。死ぬしかない」

 

 それだけは確実だった。人類では終末捕喰には勝てない。生物としての次元が違うからだ。アリが火砕流に立ち向かうようなものだ。どうしようもない自然現象に何百と集まろうが、耐える事は出来ない。そのまま駆逐されるだけの運命にある。

 

「だからヨハネスのやっている事は客観視さえできれば正しい。ノアの箱舟、それと同じ事をやっているんだからな。外道で蔑まれ様とも、最終的に人類という種を存続させる事が出来たのであれば間違いなく英雄として名乗っていい功績になるだろうな。……話が逸れたな。つまり友情を選択するのとは全く別の話になるが、客観的に判断する上でヨハネスの味方をする、という選択肢は人類種として見るなら”正しい”選択になる訳だ。正しさ故に愚かである事も認めなくてはならないが、それでも正しい。人類は存続できる」

 

「―――ですけど、そんな事関係なく貴方は味方するのでしょう?」

 

「まあな」

 

 ぶっちゃけた話、大義だとかどうとか、そういうのは一切興味を持たない人種だ。自分にとって一番大事なのは自分だけの小さな世界であり、それが脅かされる可能性があれば大義の下で動くかもしれない。しかし、だからと言っていつもそうという訳じゃない。そもそも暁ホムラという男は愉快犯なのだ。面白ければそれを実行する、という精神の下に活動している。

 

「ヨハネスに恩義は感じているし、感謝している。けど、同時にチャンスにも感じるんだよな」

 

「チャンス、ですか」

 

「―――誰が極東ナンバーワンなのか決めよう、って感じにな」

 

 ラケルが此方へと視線を向けてくるが、それを無視しながら車を加速させる。地下回廊の終わりは見え、駐車スペースを目視できる。そこへと目がけ加速し、ブレーキを切りながら車をドリフトさせ、ジャストで車を駐車させる事に成功する。視線を横へと向ければ、顔にかかるヴェールが完全にめくれ上がったラケルの姿があり、多少スカっとする。運転席から飛び降り、反対側へと回ってから腕を差し出すラケルを持ち上げ、車の後部席にしまっておいた車椅子を取り出し、そこに座らせる。

 

 背後に周り、車椅子を押しながら近くのエレベーターへと移動を開始する。

 

「ま、そんな訳で多少なりとも個人としての趣味、或いは興味を優先しているのさ。……まぁ、それでも一番最初に人間扱いしてくれた事を忘れる俺でもないんだよな。こんな機会でもなきゃ本気で同僚を殺しに行けるチャンスもないからな。今回の事を考えると間違いなく皆ガチで殺しに来ると思うし。だったら世紀末というか末世というか、そういうのを利用して好き放題やった方が色々とオトクじゃないか?」

 

「つまり最強である事を証明したい、と」

 

「いや、違う」

 

 ラケルの言葉を否定すると、振り返りながらラケルが首を傾げてくる。少し可愛い、と思ってしまうのはきっと全て本能が悪いのだという事にしておく。ともあれ、自分が一番強いという事は常日頃から信じているのでそんな事はどうでもいい。ナンバーワン決定戦の目的は誰が一番強いのかを決めるのではなく、

 

「―――本気を出したい」

 

 それに尽きる。

 

「本気で戦いたい。それだけなんだよなぁ、俺の欲望って。アラガミは殴れば殴るほど強くなってくれる。けどそれでも俺を追い込めるほどに強くなってくれない。対アラガミを、そしてアラガミを知る為に俺は生み出された。強い力を持って、一方的に相手を蹂躙する様な力を、手に入れちまった」

 

 オラクル細胞の関係で老化が恐ろしく遅い。

 

 またアラガミとしての再生力のせいで中々死ねない。凶暴までの破壊への意思。蹂躙したい生物としての闘争本能。人間としての理性を持っているだけで、まるっきり中身は怪物だ。人の形をした化け物でしかない。だけど、それを否定する事はない。その全てを含めて暁ホムラ、という一人の修羅を作り上げているのだから。だから、自分の欲望に対しては極めて素直に生きている事にしている。

 

 戦いたい。勝ちたい。最強でいたい。

 

 そしてそれと矛盾する様に、

 

 負けたい。圧倒的に蹂躙されたい。自分でも届かない様な力と死力を尽くして勝負がしたい。

 

「勝者である事は楽なんだけど、退屈なんだよラケル。そしてそれを維持するだけは退屈で、そして腐って行くだけなんだ。男は誰しも最強を目指す生き物さ。それがアラガミよりも根強く刻まれている本能なのだから。だけどな、そこに到達してしまうと逆に本気を出して負けたいんだよ。達成困難であるからこそ求めてしまうんだよ」

 

 つまるところ、アラガミは退屈なのだ。あの量産型生物を殺すだけなら簡単すぎる。技術がなければ魂もない。感情の気迫が全く伝わってこない。生物としての本能のみで生きている人形なのだから当たり前なのかもしれない。それと比べ、ゴッドイーターはアラガミの技術を取り込んだ、進化し続ける意思だ。尊く、美しく、そして力強いあの意思は戦う度に強くなってゆく。

 

「アラガミでは満足できない―――ならそれよりも強い相手と戦うしかない。そういう事ですか」

 

「シンプルだろ? そして腐ってる。でもこれでいい。どうせ俺も本当は生きてちゃあいけない生き物なんだ。今回の件、終末捕喰が成功しようが失敗しようが、俺は満足できるほどに戦って死狂う事が出来、その結果として死ぬんだろうな。勝利すれば終末捕喰に食われて。そして失敗すれば一切躊躇する事のない同僚に斬られて」

 

「まるで結末が見えているような発現ですね」

 

「お前も人事じゃないんだけどな。終末捕喰に失敗し、俺が死ぬのが確定したら死んだまま動いてでもお前を殺してから逝くぞ」

 

 エレベーターの前に到着し、ボタンを押す。数秒後、エレベーターの扉が開き、その中から光があふれてくる。その中に乗り込みながらラケルが心配ない、と言葉を置く。

 

「貴方のいない世界になんて価値も興味もありませんから、共に滅びましょう。たとえ地獄であっても私は献身的に支える予定ですから」

 

「地獄までお前を監視してなきゃいけないとか俺が泣きたくなるからやめろ」

 

 想像しているのか、ラケルは楽しそうに笑みを浮かべている。この女、死んだとしても絶対にろくなことにはならない。なんというか、執念的なものを大地に宿らせたりアラガミにうえつけたりしそうで怖い。もし死ぬ事があったら、絶対に先に殺して何もできないようにしなくては、そんな使命感を抱きつつあると、エレベーターの動きが止まり、そして到着する。

 

 ―――エイジス島に。

 

 とはいえ、エイジス島中央の巨大施設内に直接地下回廊を通ってきたため、歩く距離はやはり少ない。ラケルの乗った車椅子を背後から押し、違うエレベーターのあるエレベーターホールへと移動し、次のエレベーターへと乗り換える。エレベーターに乗り換えるその間にも、ラケルとの中身のない会話は続く。

 

「結局さ、不老って程じゃないけど俺もお前も長寿である風になった。殺しても中々死ねない体だし。一般的に見れば凄い羨ましいのかもしれないけど―――一言も頼んではいないんだよな。余計でしかない。こんなもの欲しくなかった。普通でいたかった。だけどそれで良かった。普通のまま生きて、そしてアラガミに食われて死ぬ。そんな人生で良かったと思う。そうすればこんなに、邪悪なほどに暴力的な怪物が生まれる事もなかった」

 

「ですが事実として私達は生まれてしまった。生み出されてしまった。なら私達には生きる権利が存在している筈です。害悪だから自殺しろ―――そう言われて納得する訳ないですよね?」

 

 鬱陶しい事この上ないが、ラケルは良く理解している。死んだ方が良い。死ぬべきだ。生まれてしまった事自体が間違いだと理解している。だけど、死にたくはない。この胸にある欲望を肯定して生きたい。その思いが強く存在しているのだ。

 

 その欲望を肯定したのがヨハネスであり、求めたのがラケルであり、実行するのが自分。

 

「世の中限りなくめんどくさいけど、それが楽しくてしょうがないんだ。なぁ、ラケル。お前極東へ来てちった変われたか?」

 

「さて、どうなんでしょうか……変わったと言えば少しは変わったのかもしれません。ですが自分の芯はいっさいブレてない、とも言えます。結局、私は私の事が良く解りません。変わったかどうか、というのも自分ではなく姉に観測させていましたから」

 

「ま、そんなもんか」

 

 エレベーターの動きが停止し、そのまま扉が開く。その向こう側に広がっているのは円形の広い空間であり、アラガミ防壁によって完全に密封された空間だった。その中央には一目でアラガミであると解る、人の形をした異形が存在している。女型と男型の二対から構成される巨大なアラガミはエレベーターから降りる此方を睨み、空へと浮かび上がってくる。ラケルの車椅子の後ろから前へと場所を移し、歩いて部屋の中に入って行く。

 

「こいつがノヴァか……特異点シオのコアを必要としているから完成度は八割、ただそれさえ喰えればあとは完成っと」

 

「ですね。それ以外に関しては全て作業を終了させました」

 

「そうか……んで、コイツの動きを止めればいいんだっけ?」

 

「はい、制御する為にはその精神が邪魔なので。ここまで育ってくれたのは嬉しいのですが、邪魔なので精神だけは破壊しましょう」

 

 そうか、と呟き、部屋へと更に三歩踏み込む。そこでエレベーターの扉が閉まり、

 

 瞬間、ノヴァの髪らしきパーツが槍の様に伸び、此方へと目がけて殺到する。背後にラケルが存在する為回避する訳にもいかず、そのまま腕を組んだ棒立ちの状態でノヴァの攻撃を受ける。それは胸を貫き、首を貫き、心臓を貫き、間違いなく正確に、人を殺傷する攻撃を行ってきた。

 

 それを動かないまま、受けた。

 

「何秒必要だ」

 

「三秒接続すれば発狂させて精神だけ殺せます」

 

 成程な、と答えた所でノヴァの髪が体から引き抜かれ、女型の背部の部分、男神部分が巨大な拳を振り上げ、それを全力で叩きつけてくる。避ける事もなく全身で受け止めた結果、拳が鎧を砕きながらその奥にある肉を抉り、アラガミ鋼を床に落としながら流血させる。胴体部分、肩、そしてヘルムが床に落ち、それらに視線を向ける事なく目を瞑る。

 

「―――きっちり二秒で抑え込むから準備だけしておけ」

 

「はい」

 

 ラケルからの返事を貰い、目を開けてノヴァへと視線を返す。

 

「で、それがどうした?」

 

 ノヴァの男神が拳を引く。その動きに合わせて踏み込みながら左腕で男神の腕を握り、千切り潰す。相手が痛みの咆哮をまき散らす前に先に加速し、音速を突破する。その衝撃に体が耐え切れずに皮膚が剥がれ、肉が軽く削がれるが、それを無視して拳を繰り出し男神の片腕を衝撃波で吹き飛ばす。その余波がノヴァを横から殴りつけ、体を抉るがそれでよろめく前に近づいて首を握撃で握りつぶしつつ、背中近くに存在する飛行器官を殴り砕く。

 

 持ちなおそうとするノヴァ男神の顔面を殴り、破壊しながらその姿を吹き飛ばし、再び突入する超速度の世界で肉体の破壊と超再生を同時に行い、追撃で殴り飛ばす。そのまま千切れた男神の腕を侵食して槍へと変形させ、穴の開いている男神の頭へと投げて突き刺し、壁にはりつける。

 

 首の再生を始めるノヴァ女神を背後から蹴り飛ばし、吹き飛ぶ前に回り込んで行動を阻害しつつ肩を砕き、仰向けに倒れる様に地面に殴り倒してから腹を貫通する様に足で踏み潰し、

 

 ノヴァ―――アルダノーヴァの男神と女神を二秒で行動不能にする。

 

「魂も信念もない拳でこの俺が倒せるかよ。そんなで……本気になれるわけないよなぁ」

 

「ふふふ、返り血に濡れて敵を踏みにじるその姿、まるで絵画になりそうな絵ですね」

 

 そう言いながら近づいたラケルはノヴァ女神の頭に触れ、宣言通り三秒でその精神を殺した。それと繋がる様に意思を持つ男神すらも殺しながら。コアはまだ残っている為、生体活動だけは止まらない。

 

 これで準備は完了した。

 

 あとは特異点のコアを捕喰するだけ。

 

 それでアーク計画の準備は整う。

 

 ―――こんな事をしてて、一体何のために生まれたんだろう。

 

 しょうもない、とその思考を切り捨てた。




 ラケルたん
  邪悪生物その1。触ったら死ぬ(精神)。

 ホムラくん
  邪悪生物その2。触ったら死ぬ(物理)。

 ラスボス勢が本気でアップを開始しました。

 あと数話でこのssも完結って所ですな。サクっと初めてサクっと終わる、割と綺麗に書けてるんじゃないかと思ってたり。ともあれ、

 害悪でしかないアラガミの因子ドップリな奴が善良なわけがない。

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