極東は今日も地獄です   作:てんぞー

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十八喰目

「見てますかリンドウさん? シックザールんちのソーマ君!」

 

「あぁ、見てザマスよホムラさん! シックザールんちのソーマ君!」

 

「ぶっちゃけると隊長たちクソが付く程気持ちが悪いので普通に話してくれませんか」

 

 アリサがキレる三秒前の表情を浮かべながら此方を見ている。溜息を吐きながらリンドウと視線を合わせ、無言でサムズアップを向けてから互いの手を叩きあってまた一人、怒りの限界へと到達させた事を祝福する。アリサが拳を握ってくるのでふざけた表情を二人ならんで浮かべると、アリサが真っ先にリンドウを殴りに行き、リンドウが走って逃げ始める。そういえばヘルム顔だから顔芸をやったところで通じないんだった。

 

「悪いなリンドウ、この犠牲は一人用なんだ」

 

「てめぇ―――!」

 

 リンドウが此方に気を取られた隙に、アリサが滑り込む様にリンドウの懐へと入り込み、そのまま流れるような動作でアッパーカットを決めていた。美しい放物線を描きながら舞い上がったリンドウはアナグラのロビーの空間を幻想的な風景に―――特に仕上げる事もなく床に落ちて沈んだ。床に落ちたリンドウをアリサが一発蹴ると、リンクエイドで回復してからもう一度蹴りを入れ、そしてリンドウを持ち上げて運んでくる。

 

「で、話の続きを」

 

「ここへきて二ヶ月も経過すると随分馴染むもんだなぁ、まぁ、その方が遥かに楽で嬉しいんだけどさ。それで……えーと……なんだっけ? おい、なんか言えよ肉塊」

 

 しゃがんでリンドウだった物体を指の先で突くと、リンドウが三秒待て、とハンドサインで示してくる。それを信じて三秒だけ待つとリンドウが勢いよく立ち上がり、良し、と声を響かせながら笑顔を浮かべ、何時もの状態へ戻る。その口の中でガリガリと削られている回復錠の事はこの際、無視したほうがいいのだろう。ともあれ、復活したリンドウが口を開く。

 

「いや、待てよ、ここでなんで俺が話を始めたみたいなことになってるんだよ。会話の流れを作ったのそこの変態アーマーじゃねぇか!」

 

「アーマーなのは認めるが俺は紳士だから変態はやめろ。最近新人が増えて俺ウッキウッキしてネタの量増やして面白愉快なジェノサイダーパイセンってイメージ作ってるんだから……」

 

「すいません、クサレジェノサイダー先輩ってイメージです」

 

「リンドォ!」

 

「俺は悪くねぇよ! お前の奇行がいけないんだよ!」

 

 大体あっている。ともあれ、今日もアラガミの血と屍の上に築かれた平和の上でのんびりしつつ、雑談にふける。と言ってもパトロールに出ているし、出撃もするし、仕事はしっかりこなしてからの休息なのではあるのだが。話そうとしていた内容を思い出す。

 

「あぁ、そうだった。最近なんつーか……ソーマから謎の気配を感じる。振る舞いは何時もと同じ様な感じだけど、動きに必要以上に此方を気にする感じがする。特に愚者の空母へと行った時はクリアリングの回数が一回増えている。たぶんソーマ、愚者の空母に隠してるぜ」

 

「お前の前では隠し事が出来ないのか」

 

「風俗帰りだったら気配と匂いで解るかなぁ……」

 

 その言葉で動きを止めるゴッドイーターがいる。其方の方へと視線を向けようとすると、残っていたのは足音だけだった。急いで姿どころか気配まで消して臭い消しを撒いている同僚たちの姿にほっこりとしつつも、こほんと、小さくを咳払いをしてからサムズアップを向ける。

 

「一狩り行こうぜ!」

 

「やるしかねぇ」

 

「これって確実に余計なお世話ですよね……あ、ヒバリさん、これから三人で……あ、ユウいたんですか。これで四人確保ですね。えぇ、この四人で愚者の空母へ行くので適当な任務ください。軽くアラガミ狩ってゆっくり帰ってきますので」

 

 アリサが通りがかりのユウを捕獲し、そのまま悪巧みに巻き込む。到着当初は血涙を流しそうなほどに疲れてダメだったアリサだが、一番真面目だった分、突き抜けてからが遠慮がなかった。元々どこかで精神的に抑圧されている部分があったのかもしれない。まぁ、極東になれるのが早ければ早いほど生存率が上がるのだから悪くはない話だ。そう考えるとアリサの変化は喜んで受け入れるのがいいのかもしれない。

 

「そんじゃ出勤よー」

 

「ういー」

 

 遊びとネタと暇つぶしで皆殺しにされるんだからアラガミもたまったもんじゃないだろうなぁ、なんてことを思いつつ愚者の空母へと向かう準備を始める。

 

 

                           ◆

 

「ヴィィィナァスちゃぁぁん! どうよこのタングステン! 美味しい? 美味しいよなぁ! だってアラガミって何でもおいしく食えるもんなぁ! オラァ! 食えよ! 食えるものなら食ってみろよぉ! ヒャーハッハッハハァ! これがタングステン! これもタングステン! そして追撃のタングステンだよヴィーナスちゃぁん! アァ!? 食えない!? じゃあコクーンメイデンでも食おうかぁ! オラオラァ!」

 

 ヴィーナスと呼ばれる上半身は美しい女性だが、下半身が醜い怪物となっているアラガミの上半身に集中して右手に三体束ねて握りつぶして鈍器にしているコクーンメイデンを叩きつけつつ、左手で集めて固めて鉄塊にしたタングステンをヴィーナスの口に抉り込む様に叩きつける。体を固定する為に腹に突き刺した足からヴィーナスから殺意と恐怖の感情を感じるが、まだ絶望は感じられない。という事はまだ凶悪さが足りないのだろう。もう既に足と角を全部叩き折った上で傷口を捕食して再生できない様に追い込んだ。だからダルマに近い状態なのだが、まだ駄目なのか。

 

「物理的にいただきますしろよオラァ!」

 

 そう叫びながらコクーンメイデンだった肉塊をヴィーナスに突き刺すと、ヴィーナスが痙攣しながらその動きを止める。どうやらトドメを刺してしまったらしい。ここからが楽しくなるところだったのに、何とも期待外れの阿婆擦れアラガミだった。がっかり、と興味を失くしながら足を引き抜いてヴィーナスの前に着地し、手を突き刺してコアを引き抜き、捕喰回収する。視線を振り返させると、愚者の空母、その表層エリアから戦闘の音が聞こえないのが解る。向こうは向こうでもう既に戦闘を終わらせているらしい。

 

 ちょっと遊ぶのに時間をかけてしまったのがいけなかったのかもしれない。タングステンは正直いらないので投げ捨て、空母に開いている中央の大穴から跳躍して、愚者の空母、その表層へと戻る。

 

 そこにはヘラやテスカトリポカの死骸が倒れており、無傷のリンドウ達の姿があった。素早くアラガミ達を殲滅したのだろう、余裕を持ってこっちの事を待っていた。片手を上げながら帰還を教えると、リンドウが此方を見ながら頷く。

 

「満足した?」

 

「超満足した。体という体から殺意が抜けて行く。ちょっとした賢者タイム」

 

「副隊長、美少女殴って満足したって言葉に並べるとただのキチガイにしか聞こえないですよね」

 

 ユウも大分言う様になった。やはりこれぐらい生意気じゃないと楽しくはない―――真面目である事は確かに美徳だが、ストレスを抜けるようになるにはやはり、ある程度砕けた、遠慮のない関係が必要だ。健全な肉体は健全な精神を必要とする様に、健全な精神は健全な肉体に宿る。ゴッドイーターをやり続けるのならなるべくコンディションは良好な状態で整えておきたい。ただそれに付随する精神も、なるべく健全であるべし。

 

 故に息抜きできるように自分の環境を整える必要がある。必要以上に親しく、そしてハードに中るのは取り繕う必要をなくすため、一旦追い込んで精神的ガードをぼろぼろにし。気安く接する下地を作る為だったりする。ともあれ、そういう事もあってユウもアリサも割とのびのびと接する様になって来たのは良い事だ。このまま本当の意味で極東に馴染んでくれれば良いのだが、と思いつつ合流する。

 

 全員が集まったところでさて、とリンドウが声を零す。

 

「ここにいるのはソーマがなんか微妙に隠し事をしている感じの気配をしていたからだ。あのクッソ不器用な褐色ツンデレが裏切っているという事はまずないので、たぶんなんかヤバめのもんを見つけちまって話せないのか、判断の出来ない何かを見つけちまった、って所だ。っつーわけで軽くデバガメしつつソーマくんの悩みが悪いもんなら永遠に悩めないようにします―――物理的に」

 

「ソーマは殴らないよね? ね?」

 

「気分次第」

 

 何時もの事だなぁ、とユウが呟き納得したところで、探索が開始される。ゴッドイーターである以上、スカベンジ作業は何度も行っている。ゴミの山にしか見えない瓦礫の中から必要な金属を見分けて採取する事、壊れた武器の種類の把握、そういうのは基本的な雑学で教わっている事だ。かつては拠点であったエリアなんかは宝の山でしかない。だから探索技能は必然的に全員、高いレベルで保有している。

 

 何せ、アラガミからの追撃を防ぐ臭い消しの使用も実はその探索能力の一部に当たる。サバイバル活動や長期の外出の場合、臭いを消して行動する必要がある為、座学の一部として使用方法や応用を学ぶことができる。そんな事もあり、臭い消しで臭いを消しつつ、アラガミ以外の存在の足跡を探す。足跡の判別方法も座学で学べる事だ。だからアラガミとは別に人間の足跡を探す。それもただの足跡ではなく、戦闘外の足跡だ。何かを探索している、ゆっくりと、そして浅い、人の足跡。

 

 強く踏み込むものは戦闘の物であるため、自分達の足跡とは別の、ソーマサイズの足跡を探せばよい。追いつめたり、”狩り”の為に割と良くやっている事なので慣れている。ここらにはないな、と場所を変えようと考えた所で、おーい、とリンドウの声が聞こえる。まだ探し始めて十分も経過していないのに、もう見つけてしまったらしい。

 

 足跡を探して下げていた視線を持ち上げ、リンドウの方へと視線を向け、歩いてそっちのほうへと合流する。視線を既に集まっている三人の方へと向けると、

 

 そこには見た事のない四人目の姿があった。それは白と赤のボロ布の様な服装を見に纏った少女だった。髪の色が白、目の色は金色、そして肌の色も病的に白かった。まるで人のものではない様な色の肌。それは人の姿をしているだけで、全く人には見えなかった。というよりは人の姿をしている全く別の生き物。そういう風に表現するのが一番適切かもしれない。何より、その人から外れた瞳の色は良く知っている―――アラガミの色だ。

 

 警戒しつつ接近するが、リンドウ達三人は警戒―――というよりは困惑した表情でその娘を囲んでいた。それぞれの神機は困った様に宙ぶらりんになって放置され、三人が少女を囲んで見ていた。その集団に合流すると、少女が首を傾げながら此方へも視線を向け、

 

「―――こん、に、ちわ」

 

「お、おう。こんにちわ」

 

 挨拶をされた。それに対して挨拶を返さないのは失礼なので、反射的に挨拶を返してしまった。しかし違う、そうじゃない。

 

「こいつ……というかこの子、アラガミだよな。完全に気配がアラガミのソレだけど……」

 

「あ、やっぱりそうなのか」

 

 リンドウと視線を合わせて肩を揺らしていると何時の間にかユウとアラガミ少女がじゃんけんで遊んでいた。その光景をアリサが手で顔を覆い、見ないふりをしていた―――そうもしたくなる気持ちは解る。

 

 ―――人を模したアラガミはいる、しかし人の形をしたアラガミは存在しない。

 

 俺やラケルだって、アラガミ化すれば人の形から外れるのは間違いがない。その為、目の前の少女らしき存在の異質さが際立つ。アラガミは人の事を喋らないし、人の姿をする事はない。何故ならアラガミにとって人間とは結局”食料の一つ”という認識でしかないからだ。何故自分よりも弱い存在の形をしなくてはならない。優秀な部分は取り入れるだろう。人間の姿を模したパーツがアラガミに存在するのはそういう考えや宗教や思想がアラガミに反映された結果だ。

 

 だから人が虫や家畜の姿を取らない様に、アラガミも人の姿をしない。

 

 そのはずだったのだが、目の前の存在はそれを完全に否定していた。

 

「―――ちっ、やっぱ隠し通せねぇか」

 

 その声に振り返れば、神機を担いだソーマの姿がそこにはあった。フードを被ったソーマは辟易した様子を浮かべていたが、アラガミ少女はソーマを見かけた瞬間ソーマへと向けて駆け出し、そのままソーマの後ろへと隠れる。

 

 心なしか、ちょっとだけ此方を睨んでいる気がする。何かしたっけ、と思ったが、

 

 ヴィーナスを高笑い上げながら滅多殺しにしたばかりだった。そりゃあドン引きされる。

 

「ソーマくん、君は今包囲されています。別に包囲なんかされてないけどそこの鎧が分身して包囲します」

 

「人を便利マシンの様に扱うなよ、できねぇよ」

 

「できないんだ……」

 

 アリサの声に若干落胆の色が聞こえるのはこの際無視する。

 

 何時も通りのコントにソーマは溜息を吐くとアラガミ少女の頭を軽く撫で、

 

「ネタにされるって解ってたから会わせたくなかったんだよ……おそらくこの世で初の人型のアラガミだ」

 

 そう言いながら少女を紹介した。




 ヴィーナスちゃん(1週間歳)
  醜い姿を皮肉る為だけにヴィーナスと鎧の煽りストに笑われながら名づけられた生まれながらの敗北者。人間を襲わなければ生きていられると思っていたが、アラガミ辻斬リストにとってはアラガミというだけで殲滅対象なので無理だった。

アラガミ幼稚園の評価
 ホムラくん
  エネミー絶対殺すマン。極東の暴力担当。暴力の1号。

 リンドウくん
  絶対生還するマン。死亡フラグクラッシャー。技術の2号。

 ソーマくん
  褐色ツンデレ系。お前の動きはおかしい。曲芸の3号。

 ユウくん
  お、そろそろ四天王かな?見つかってしまった候補。バグの4号。


 上田は夢想天生からのジャーマンスープレックスでオウガテイルを回避し、リンドウくんも出張フラグを貰っているだけなので必然的に最初のイベントが白色アラガミ娘シオちゃんに。本能的に一番危ない人を察している模様。イベントはサクサク進める予定です。

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