「せっかくのノーアラガミデーの到来だってのに新人どもは今日一日休暇に潰すってよ。勿体ねぇなぁ。アラガミを虐殺した次の日の朝はスッキリ起きる事が出来るのに……」
「お前ぐらいだよ、そこまで意味不明な殺意をアラガミに注ぐことができるのは」
何時ものロビーにあるラウンジでソファに寄り掛かりながら時間を過ごしている。テーブルの上にはビールの缶が何個か置いてある。ソファに座っているのは自分、リンドウ、ソーマ、そして初老に入っている男―――百田ゲンだ。四人でソファを独占し、おつまみのピーナッツを食べながらダラリ、と自由な時間を過ごしている。と言っても何時緊急出動があるかは解らない為、一日中全員が出動に耐える戦闘服姿である事に変化はない。
それとは関係なく後ろでヘルメットをかぶったエリックが設計図を片手に、雇ったアルバイトや暇なメカニックを指揮し、ロビーの横に盛大に工事を始めていた。流石金のある男はやることがスケールで違うなぁ、なんてことを思い、片目に見つつ男だけのムサイ酒盛りを開催する。時刻はまだ朝の十一時。しかし本日ノーアラガミデー、飲まなきゃいけない。これは、
男の義務なのだ。
「しっかし俺、改めて思うわ。あのロシアのねぇちゃんの服装ちょっとヤバイだろ。ヤバイっつーか未来に生きすぎだろう。俺はアレを見て思ったね。絶対ロシアに行かなくちゃならねぇ、って。アレレベルがロシアの普通のセンスのレベルってなら俺はもうロシアへ行くしかないと思うわ。というか教官の権限を利用して近いうちにロシアへ遊びに行くわ」
「もう60越えてる良い年なんだからハッスルするのをやめろよゲンさん……まぁ、ロシアが未来に生きすぎているってのは認めるしかないけど。あの下乳に関してだけは慣れそうにねぇや。いや、だってよ、見えそうなんだぞ? 見えそうで見えないんだぜ? 鉄壁スカートの持ち主なら何人かいるけどさ、鉄壁下乳は俺初めて見たわ……いやぁ、眼福だわぁ」
「影からラケル先生が見てるぞ」
「ひっ」
何時の間にか通路の影から此方へと熱い視線を向けているラケルにちょっとだけ恐怖を感じつつ、ビールを一気飲みして視線から外す。なんだかんだで怖いものは怖いのだ。だって人間だもの。若干悪ふざけは混じっているが、話題を変えるとラケルがきこきこ、と車椅子の音を鳴らしながら影の中へと消えて行く。あの女、何気に新人以上に極東に馴染んでいるのでちょっと笑える。
「ふぅ、しかし一日中休めるってのは素晴らしいよなぁ」
「何言ってんだお前。定期的にアラガミを殲滅してノーアラガミデーを作ってるじゃねぇか。休暇をいれりゃあお前、そこそこ休みの日があるだろ」
ゲンの言っている事は正しい。ゴッドイーターがまだ少なかった時代、ゲンたちが現役だった時代はアラガミが最も荒れ狂っていた時代だ。あの頃にも、自分は戦っていたから知っているが、休みの日なんて存在しなかった。今の極東以上に地獄だった時代があったのだ。現在はアラガミを寄せ付けない防壁や神機が存在するおかげでアラガミを駆逐できるほど人類が強くなっているが、あの黎明期は人類がひたすら蹂躙されていた時代だ。
ピストル型等の小型の神機を除けば、鉄骨で相手を突き刺して行動不能にしたり、俺の様に人から外れた存在がオラクル細胞任せに衝突する以外に手段がなかった。死亡率が最も高く、そして人類が大きく減退した地獄の時代。
「懐かしいなぁ……あの時代はまともな神機がなかったから、小型一匹殺すのに一人、二人は犠牲覚悟で戦わなきゃいけなかったんだよなぁ。そこらへんの武器を体内に取り込んで、オラクル細胞でコーティングして殴ったっけなぁ」
「本格的に人間やめてるよな、それ」
「あの頃はまだアラガミ率3だったけどな」
リンドウ、ソーマ、そして自分の三人で挑んで全滅仕掛けたアラガミ、”クロノス”と命名されたアレを殺すのに侵食率を1割上昇させた。それ以来上げる必要はないのでそのままになっているが、上げてしまうと下げる事が出来ないのが難点だ。まぁ、その代わり今では金属を食べてもお腹を壊さずに消化できたりするのでサバイバル系の任務で便利に思っていたりする。
「つか、前々から気になってたんだけど……お前とあの先生って半分アラガミの様なもんだよな。俺も似た様なもんだけど」
そう口を開いたのはソーマだった。直接話した事ではない。だがソーマとは通じ合うものがある―――細胞を通して言葉にしなくても理解できることがある。それに今はラケルがここにいる。だから口に出さなかったことを、ソーマは口にしている。実際、今までの極東支部でソーマがアラガミの因子をその体に宿している事、そして俺がアラガミに近い生物である事は周知の事実であり、誰も口にはしない”公然の秘密”として出来上がっている。それを口にするという事は、勇気が出来たのだろうか。
「せやで。俺はP73偏食因子を人体実験で体に注入されて、あの女はパッパに治療の為に投与されたらしいけどな。もう十何年も前の話だから段々と記憶がやばくなってきてるけどな」
「……なんか、悪いな」
「気にするなよ。俺とかから取ったデータで無事に生まれる事が出来たって思えばそれだけで意味はあるんだから……まぁ、ぶっちゃけた話罪悪感とか抱かない方がいいよ? 一から十まで俺の過去に関しては胸糞の悪い話しかないから。聞いているうちにトイレでゲロ間違いなし」
「お、我慢大会かな?」
「そこで何で我慢大会って発想になるんだ……」
リンドウとゲラゲラ笑いながら手を叩きあう。もう既に過去の話だから、個人的にはもう乗り越えさせてもらった話なのだ。この極東ではアラガミに食われ、死体も残らない事が一番辛い。だがそんな事よりも遥かに辛い事があの研究所では発生していた。ヨハネスもサカキもいない、モラルというリミッターが完全に解除された研究室。地獄を突き抜けてもはや希望の欠片も見えない酷い場所だった。
「毎日三桁単位で子供が死ぬ場所でなぁ……複数の孤児院と契約して、実験体を確保してるって奴だよ。今でもフェンリルがやってる事だけどな。まぁ、俺の場合は拉致だったんだけど。無理やりP73偏食因子を投与されたら耐久実験や思考制御実験、人格制御実験にアラガミ化の実験―――人間をアラガミへと変貌させる事で人工的にコアを生み出して、アラガミのコアを確保しようって実験もあったわ。基本的に偏食因子を投与されてまともに適合するやつは一パーセント未満で、そういうやつでも症状はバラバラさ。アラガミに精神喰われて人の形をしているだけの中身アラガミだったり、アラガミと協調した見た目は人間のやつだとか……まぁ、俺みたいに完全に克服して屈服させる奴はいなかったな」
だから、
「研究者の見てないところで全員捕喰して始末したんだけどな。結局偏食因子を投与された俺らは普通に殺しても再生するし、何時かアラガミとなって蘇る。だから捕喰して、その肉も精神も吸収して破壊しつくさなきゃこの世から消えないんだわ……あー、やめやめ。気が滅入ってきたわ。やっぱ昔の話はするもんじゃねぇわ」
「……悪ぃ」
「謝んな、っての。少なくとも今は楽しいからそれが全てだし……いや、まあ、欲を言えばもう少し恋愛の自由ってものが欲しいです。はい」
全員で一斉に視線を通路の方へと向ける。そこには車椅子に乗ったラケルの姿がやはりあった。にこり、と笑うとそのまま無言で影の中へと溶ける様に消えて行く。ノリがいい、と思う前に車椅子のくせに何時の間にそういうの覚えたの? という妙な疑問が浮かび、全員で顔を合わせてから視線を背ける。
「か、可愛いからいいんじゃないかなぁ……」
「声を震わせずに俺に視線を向けて言えよソーマ君」
「俺はリンゴが食べたいんだホムラ君」
「リンドウ君はサクヤちゃんにリンゴ食べさせてもらって幸せに暮らして死ね」
「泣くなよ。哀しいのは解るから」
ほぼ同い年なのに気配りができて、美人で、それでいて地雷を一切内包しない嫁を持っているリンドウが殺したいほどに羨ましい。良く考えてみろ、ゴッドイーターだからまず基本的に大抵の事が出来るし、同じ職場だから理解がある。料理が出来る上に見た目が良く、そして勉学に良く励んでいる。その上医術に精通しているのでゴッドイーターやめたとしても医療スタッフとして十分に働く事が出来る。
優良物件すぎて泣きたい。
「ゲンさん知ってるだろ!? 俺とリンドウが何年間ワルガキをやってきたか! 俺達アラガミを崖から突き落としてションベンぶっかける様な事すらやって来たんだぞ! なのにこいつだけ先に優良物件ひっかけやがって! 見ろよあの影の方をよぉ! 俺なんか今神話生物に狙われている最中なんだよ! 風俗行こうと思っても生物的違いからたたないし! お前に解るか! この苦しみがぁ!! リンドォウ!」
「ごめん、笑い声しか出ないわ。勝組でごめんね?」
「く、安い挑発……これは乗るしかねぇ! 表にでろやぉ―――!!」
「出てやるさぁ―――!!」
ソファから立ち上がって拳を握りながら肩を回すと、今まで作業員へ指示を飛ばしていたエリックが振り返りながら睨んでくる。
「先輩方二人ともクッソうるさいし邪魔なんで黙って静かにしていてください」
「あ、はい」
エリックに怒られてシュン、としながら体育座りでソファに二人で並んで座る。ちょっとだけ怒りを見せたエリックは溜息を吐いてからそのまま作業へと戻って行く。なんだかんだでエリックは全体としての利益だけではなく個人の好みとかをしっかり把握し、私財を投資してゴッドイーターやアナグラの強化をしているから非常に頭が上がらないところがある。自分の部屋に置いてあるジュークボックス、アレを発掘したのは自分だ。修理はサカキだ。しかし細かいパーツとかを用意してくれたのはエリックだったりするのだ。そしてそんな風に趣味趣向品の類はエリックが企業を通して配備してくれたり、報酬として用意してくれたりする。
なんだかんだで重要なポジションにいたりする。
だがトイレを詰まらせるのはやめてほしい。
「あー……朝っぱらからこんな風にぐだぐだ過ごせるとかやっぱ最高だなぁ」
「もっと定期的にやれればいいんだけどなぁ……ってそっか、新人が三人も来てるから今は人数が十分足りているんだったよな?」
「んじゃあ今月はまたマラソンできるな。あと二回……いや、三回は地域を変えてやれば十分行けそうだな」
「お前ら、あんまし新人を苛めるなよ? それは俺の仕事なんだからよ」
ういっす、と三人で揃えてゲンに返事をする。そのまま男だけの酒盛りを再開しようとすると、エレベーターが開き、フェンリル制服姿のユウが出てくる。その姿を見ておぉ、と声を漏らしながら手を振り、ソファに座れと手招きする。少し疲れている様子を見せながらもどうやらユウは元気な様で、ソファに座る。
「まずは駆けつけ一杯! さぁ、飲もうか少年」
「ゲンさん、ソイツ未成年」
「あぁ? 何言ってんだよ。今や国家という枠組みはアラガミによって完全に解体されているぜ? 法律だって存在しねえ。存在しているのはフェンリルが掲げている社則ぐらいだ。未成年とかもはや存在しねぇんだよ」
「いえ、お酒は苦手なので……しかしまだ国という枠組みが存在した旧時代ですか……」
「あぁ、そっか。ユウ君はまだ十五だっけ? だとしたら国家がなくなってから生まれているか、若すぎて国が存在したころを知らないよな」
「あの頃は良かったぜぇー。歩いてコンビニに行けばメシが食える! 配給なんて必要がなかった! 安心して道路を歩ける上に好きに音楽やゲームを遊ぶ事だって出来る! 海外へ行くことだって仕事じゃなく、遊ぶためだけに出来た。あぁ、本当にいい時代だったぜあの頃は……」
どうどう、とゲンの背中を撫でて宥める。ソーマは若すぎて覚えていないだろう。だが自分、リンドウ、そしてゲンは覚えているのだ、あの不自由しなかった頃の時代を。
おもちゃが欲しい。ケーキが食べたい。あの頃は軽く言っていたその言葉が今の時代、貴族にしか許されない様な贅沢になってしまっている。アラガミの登場で本当に何もない時代に突入してしまった。
いや、拉致された時に既に全て失ってしまったのだから時代もクソも自分にはないのかもしれない。
「……ま、なるようにしかならんか」
「オラクル細胞を研究して行けばそのうち環境再生が出来るかもしれねぇしな」
「というわけで研究者達の奮闘にかんぱぁーい!」
「かんぱぁーい!」
缶ビールを持ち上げて乾杯しながら一気に飲む。
休める日は徹底的に休む。これもまた日常の一部でしかない。
百田ゲン(62歳児)
引退したピストル型神機の使い手。現在は教官をやっているオッサン。何気にアナグラにおける最高齢の人で色々と詳しい。リンドウやホムラくんに戦闘の基本を教えた人でもあり、趣味は新人の悲鳴を聞く事と成長を見守る事。コア貫きを開発して今の極東を生み出した大戦犯。歴史の教科書に多分極東の諸悪の根源として残る。
ソーマくん
最近ラケルの本性に気付いて消したほうが世の為じゃないかと思っているけど鎧の人が動いていないから動かない子。原作と違って皆が大体察している。なので救われている所もある良い子。
パパネスさん
マラソン大会でアラガミの死骸回収できて、喜んで他の支部に売りつけているバーゲンセールタイム。うっかり息子と話す機会を忘れちゃってこの後頭を抱えて榊と飲みに行く。榊はずっと草生やして愉悦してた。
ラケルたん
花嫁修業と忍術の練習始めました。
もうお気づきかもしれないけど、GEBとGE2RBのシナリオは多分おこることはないです。GE終わったらGE2に入って、それで終わりだと思う。