両手に一本ずつ鉄骨を握っている。特に特別なものではない。むき出しの廃墟から強引に引き抜いた鉄骨だ。サイズもアンバランスで左のが二メートル程、右のが三メートルほどの長さを持っている。鈍い色のそれにはコンクリートがついており、普通の人間には到底持ち上げる事の出来ない重量を誇っている。それを無視し、根元を握りつぶす様に握り―――同化と侵食をする。手の神機と癒着する様に同化した鉄骨は侵食を受けて肉体の一部、肉体の延長線上の鈍器となった。これはアラガミを破壊する事の出来る凶悪な武器となった。
故に力任せに振り上げた鉄骨をそのまま横へと全力で振り払う。正面にいた四体のオウガテイル、その体の上半分に向かって巨大な鉄骨がゴッドイーターを遥かに超える膂力によって薙ぎ払われ、その上半身が肉塊になって吹き飛ぶ。むき出しの体の内部と棒立ちの下半身。コアを露出しているオウガテイルを逃すわけもなく、四つの銃撃が背後から突き抜ける。
一つのコアに一発ずつ命中し、オウガテイルが死ぬ。棒立ちしたまま死亡し、動かなくなったオウガテイルから視線を外し、周辺と向ける。そこにはオウガテイルの他にもサリエル、ヴァジュラ、シユウやザイゴートといったアラガミの死骸が存在していた。どれもコアを破壊され、即死したアラガミの姿ばかりだ。そのすぐそばには極東のゴッドイーターの姿が見え、神機を抜き、奇襲に備え常に意識を尖らせている。
―――その光景をアリサが呆然とした様子で眺めていた。
「え、なんですかこれ。並の支部なら確実に滅ぶ量のアラガミだったんですけど……」
事実、今、この場所だけで二十近い中型のアラガミの姿がある―――勿論全て死んでいる。その近くには極東のゴッドイーターの姿がある。一人で四体同時に相手取り、倒せるだけの実力者たち。それが十人も揃っているのだから二十体程度物の数ではない。一対一の状況へと素早く入り込んで瞬殺、そのまま二体目へと移れば集団を相手にする事はない。アラガミのコアを見抜いて瞬殺するのが若干難しい事ではあるが、極東では何時もの事だ。
「さて―――」
足を止め、そして振り返る。そこにはシユウの死骸の前で神機を下ろすユウとコウタの姿があり、アリサを含めてその三人を手招きする。近づいてきた三人に対してそれじゃあ、と言葉を前置きする。
「”アラガミ溜まり”とはいったい何でしょうか……はい、下乳娘」
「そういう呼び方はやめてください。セクハラで奥さんに言いつけますよ? アラガミ溜まりはアラガミの寄り付きやすい場所です。磁場なのか、あるいは地相なのか、それとも想念かもしれないと言われていますが未だに原因は不明とされています。しかし事実としてアラガミは特定の場所を好む傾向があります。それをアラガミ溜まり、と呼ぶことがあります。基本的にはアラガミが良く出現し、惹かれやすい場所なのですけど……ここまであっさりと殲滅するのは初めて見ました」
「はい、そこまで。良く出来たね下乳ちゃん。あと俺は未婚だ。えーと、つまりこのアラガミ溜まりは基本的に狩場だって認識すりゃあいいさ。俺達のな。アラガミが割とひっきりなしにやってくる。減った分を補填する様にやってくるんだわ。だからここでアラガミを殲滅しても次のアラガミがやって来て割とエンドレスに続くって事だ」
そう言っている間にヴァジュラが血の匂いに誘われてやってくる。その姿を振り返りなら頭上から同化鉄骨を叩きつけて頭をひき肉へと変化させ、そのままもう片方の鉄骨を突き刺してコアを潰す。鉄骨に突き刺さったヴァジュラを投げる様に引き抜いて捨てる。
「えーと、今のように増援がやってくるって訳だ。まぁ、これだけの人数がいるとそうそう死ぬ事はない。慢心や油断していると死ぬ馬鹿が出るかもしれないが、俺の部下にも仲間にも奇襲を素直に通す様な馬鹿はいないと思う。さて、現在位置とここから近いアラガミ溜まりの場所を……小者後輩B君に答えてもらおうかな」
コウタが俺の事っすよね、って言いながら溜息を吐く。
「今現在アナグラから東へ30km地点っす。アナグラの周りは割とこのアラガミ溜まりが多くて、日々防衛班がアラガミを根絶やしにし続けている。けど、確かアナグラや防壁を作った最初の頃はアラガミ溜まりとか全く分からなかったから、フェンリルの技術力が向上してから判明した事……だっけ? ちなみにここから一番近いスポットは北へ3km!」
「グッド! では小者後輩Aよ、完全装備な上に人数を集めたこのマラソン大会がどういうものかを予想しなさい」
「俺ら走る。アラガミ近寄る。俺ら殺すアラガミ」
「イエス! イエス! イエース!」
「……頭おかしいんじゃないですか?」
真顔でアリサが言うが、極東、というよりもアナグラに頭のおかしいゴッドイーターがいないとでも思ったのだろうか。正気のままで戦い続けられる人間がいると思っているのか。極東のアラガミは”タガ”が外れている。出現した当初から人間に対して一切の容赦をしなかった。積極的に襲撃、捕喰、絶滅させんばかりの勢いで人間を殺しにかかっていた。そのアラガミを殺すゴッドイーター―――極東の人員がまともなわけがない。絶滅させられる前に絶滅させなきゃいけないのだ。殺される前に殺せ。
殺せ、殺すのだ。殺し尽すのだ。アラガミと人間は対話が出来るほどまだお互いに準備ができていない。だったら殺して平和を保つしかないのだ。
だからきっと、何時か、どこかでラケルを殺してから俺も自分を殺す必要があるのだろう。ソーマは別として俺もラケルも人の世には過ぎた怪物だ。さっさと歴史の舞台から消え去るのが脇役としての正しい身の振り方だろう。まぁ、今じゃない話だ。もっと先の話なのでそれは忘れながら追加で出現したシユウを三匹素早くひき肉にしながら振り返り、視線を新人へと向ける。
「現在アナグラの周囲、歩いて行ける範囲で確認しているアラガミ溜まりの数は全部で20か所だ。これ、全部走って回りながら道中のアラガミを殲滅し、そしてアラガミ溜まりに集まっているアラガミも全員で始末する。死体はそのまま、コアは確保せずにそのまま破壊、補給も食事も走りながら済ませる”一回も足を止めないマラソン狩り”だ。これがマラソン大会な」
「どこが歓迎会なんですかこれぇ―――!!」
極東の環境が歓迎しているから極東の歓迎会で間違いがない筈。
「とりあえず走り始めるぞー」
「ういーっす」
アラガミの死骸を放置し、走り始める。
◆
―――他の支部の支部長から絶対頭おかしいだろお前、と評判のマラソン大会だが、実はそれに使われる技術は全てが基本技術の応用と連携でしかない。だから特別難しい事をしている訳ではない。
基本的にはチームに分かれる。近接チーム、射撃チーム、そして回収チーム。近接が戦闘を行き、接触するアラガミを攻撃し、始末し、射撃チームが殺し漏らしを始末する。そして回収チームが新種か特殊なアラガミを見つけた場合、その死体を回収か捕喰する。それをノンストップ、移動し続けながら行う。難しいように思えてやっている事はエリアでのアラガミ討伐戦と変わらない。基本的にアラガミの討伐で足を止める事はないのだ。だからそれを回避から移動というベクトルへと変化させているだけで、大きな違いはない。
マラソンのコースは出来ており、そしてアラガミが奇襲するとして、その方向は解っている。故に既に奇襲に対する心構えは完了し、即座に対応できるだけの人員があるのだ。だから基本を忘れずにしっかり練習し、能力を身に着けていれば特に困る事ではないのだ。少なくとも極東程の殺害効率を持っていなくても、他の支部の実力であればそれにふさわしい環境なので、それで充分でいる事だ。
つまる所効率と駆逐の運動だ。
コースを外れる事無く集団で移動し、疲労を感じる前に先頭を入れ替える事で疲れないように工夫しつつ、死骸と血の匂いをそのままにアナグラ周辺のアラガミ溜まりを周回する。一週目はなるべく血の匂いが風に乗る様に派手に殺しながら周り、それが終わったら2周目に入る。この時は血の匂いと戦闘の音に惹かれてアラガミが多くやってくる。それを予想しておき、戦闘準備に入りながら一気に奇襲、殺して死骸をそのまま、
次の溜まり場へと向かう。
これがマラソン大会だ。殺して、集めて、そして殺す。ひたすらこれを続けるだけの作業でしかない。必要なものはアラガミを素早く殺す為の戦闘技術、他人の邪魔をせずに移動と攻撃を行う最低限の連携技術、最初から最後までずっと走る事の出来る基礎体力、そしてアラガミと戦う時に間違えたりしないようにアラガミに関する技術。
やっている事は酷い事かもしれないが、ぶっちゃければこの程度の事でしかない。
だから周回する。
1週目で二桁殺し、2週目で三桁近いアラガミを殺し、周回する度にアラガミの屍を増やして重ねる。このまま夕日が見え始める頃か、血の匂いに惹かれてやってくるアラガミがいなくなればそれで駆逐が完了する。
殺したアラガミは分解され、また新たに生まれなおす。
だがそれは次の瞬間ではない。明後日ぐらいから徐々に増えるだろう。
だけど、それまではアラガミは絶滅したかのように駆逐され尽くす。
―――短いが、平和な時間が完成する。
◆
「っつーわけで、ただいまー」
「はい、お帰りなさい」
「お帰りー! マラソン大会お疲れ様ー! っわぁ、皆帰り血で真っ赤だね」
アナグラの半径100km圏内のアラガミを絶滅させた所でマラソン大会を切り上げ、アナグラへと帰還する。夕日が見える頃にはダメージはなくとも、返り血で全身を真っ赤に染めたゴッドイーターと山の様な死骸しか残らなかった。外で着替える事も洗う事もせずに、疲れ果てて動けなくなった新人三人を鉄骨に乗せ、アナグラへと帰還するとロビーでは忙しそうに情報を処理するヒバリと、そしてリッカとラケルの姿があった。
ラケルの存在だけ視線から外す。
「いやぁ、大量だったわ。煙草が血でしけっちまってつかないのが難点だわ」
「お疲れ様、楽しかったわよ」
「気持ちよく運動できましたし、お菓子作りでもしよっかな」
「エリナと会う前にシャワー浴びておこう……」
「俺も風呂に入ってくるかぁ……」
三年以上極東でゴッドイーターを続けていると、マラソン大会は定期的にやっている恒例行事になって来る。そうなるともう慣れたもので、走りながら捕喰したものや拾った物を片手に、神機をロビーまで運ばれてきた保管箱にしまいつつ解散する。この後シャワーでも浴びて血を流し、明日は丸一日ノーアラガミデーを楽しむ事になるのだろうが、
その前に眼から光を失って伸びている新人三人組をどうにかしなくてはならない。
とりあえず乗せている鉄骨の上から床の上へと落とすと、べちゃぁ、という音を立てながら人手の様に床の上に広がる。アリサとコウタが完全にダウンする中、ユウだけが荒い息を吐きながら神機を支えに、立ち上がる。
「ぜぇ、ぜぇ……極東のゴッドイーターの恐ろしさを理解できた気がする……」
「まだ入門したばかりだから頑張れよ小者後輩。通常種は今の感じでいいけど、変種や特異固体、そういう特殊な進化をしたタイプのアラガミとの戦いはホント頭おかしくなるぐらい辛いからな」
「マジマジ。昔リンドウと俺とソーマの三人がかりで勝負挑んで全滅仕掛けたアラガミってのもいるし」
「良く極東滅んでないですね」
「俺も偶にそれは思う」
懐かしい話だ。確か二年ほど前にエンカウントしたアラガミで、見た目は人間と様々な獣をごっちゃ混ぜにしたカオスな姿、加速したり此方の動きの速度を半分にしたりコアを複数所持していたりで死ぬかと思った。極東にはたまーにそういう超イレギュラーな存在が生み出されたりもするので油断できない。
「よっこらしょ」
床で伸びているコウタとアリサの神機を引きはがして神機保管箱の中へと叩き込んでおき、そのまま二人を持ち上げる。見た感じ血を落とす余裕もなさそうだ。適当に部屋の中に叩き込んでおけば次起きた時、のそのそと活動し始めるだろう。そう思い、二人を肩に乗せて運び始める。
と、そこで足を止めて振り返る。
「そうだ、小者後輩」
「なんですかバーサーカー先輩」
「お疲れ様。こいつらみたいに疲れ切って動けないのが普通だ。そうやって余裕を残せるあたり、超見所あるぜ。期待してるわ」
言葉を残し、ついてくるラケルを無視しながら移動を開始する。
なんというか、客観的に極東を見ると実にアレだ。
―――やっぱり地獄だここ。
コウタくん
おうちにかえりたい。カァーチャン……。
アリサちゃん
しにたい。ろしあにかえして。
ユウくん
いい経験になったけど家に帰りたい。
他の方々
明日はノーアラガミデー、やったぜ。
大体こういう認識というか考えというか感想。他の支部の方はこの光景を目撃した場合1d10/1d50でSANチェックです