極東は今日も地獄です   作:てんぞー

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十三喰目

 鎧の隙間を通して冷たい風が入り込んでくる。とはいえ、この程度で寒いと感じるほど人間ではない。既に体の四割は過去にアラガミの力を引き出した結果として人間ではなくアラガミに近い構造となっている。おかげで心臓を引き抜かれた程度では死なない程度には人間をやめている。だからこそ、鎮魂の廃寺と呼ばれるアラガミの出現スポット、常に雪に染まっているこの極寒の地にいても寒さを感じる事はほとんどない。力と引き換えに失った悲しい感覚の一つになる。

 

 そんな極寒の環境の中、偏食因子を摂取し、神機へと接続されたゴッドイーターは普通に活動する事が出来る。そんな状態で廃寺を一望できる位置にコウタとユウの新人二人を背後に置き、眺めている。望遠鏡がなくても強化された視力で確認する事は出来る。それ以外にもアラガミとして発達した超感覚を使い、アラガミの数と場所を把握する。今のいる位置であれば風に乗って音も匂いも運ばれない、それを再認識しつつ振り返って新人二人へと視線を向ける。

 

「さて、基本訓練一ヶ月にリンドウと何度か出撃したんだよな? あぁ、あと作戦行動中や任務中は指揮系統を優先するから俺のことは少尉、と呼ぶように。ワンマンアーミーが許されるのは最低限ソレだけの実力を付けてからだからな」

 

「うっす、了解しました少尉。リンドウ隊長に連れられてオウガテイルやザイゴートの討伐、撤退とそのタイミングとか、基本的な連携行動の確認と練習を実戦で経験しました」

 

「やっぱりか。んじゃ今回お前らが挑戦するのはアラガミとの戦闘を一気に効率化させる手段なんだが―――それが奇襲だ。つってもはぐれたオウガテイルに斬りかかるぐらいの事はやったんだろ?」

 

 その言葉にユウとコウタは頷く。一匹だけはぐれているオウガテイルだったら珍しくはない。コンゴウ辺りからは同エリアに絶対にほかの個体を置くものだが、幸いオウガテイルは馬鹿なので一エリアの一匹、何てこともある。ともあれ、それにいきなり斬りかかるというのは流石にやったことがあるだろう。だが、それを奇襲とは言わない。

 

「基本的に奇襲ってのは相手に気付かれずにそのまま仕留める事なんだがな……まぁ、どっちかって言うと暗殺に近い。気付かれないうちにさくっと殺しちまうのな。そしてアラガミをそうやって処理する方法はそう難しくはない。というか基本戦術がそれだ。アラガミなんて俺達よりも強く、そして凶暴な生き物相手になんでまともに戦わなきゃいけないんだ、それは俺みたいな馬鹿のやることだ。賢い人間は正面衝突を控え、確実に殺せる手段を取るんだ……っつーわけで」

 

 一拍置く。

 

「リンドウが生存術を教える中で、俺はアラガミの殺し方を教える。効率よくアラガミを殺す方法な。そんな訳でホムラさん課外授業その一、アラガミ完全殺害マニュアルアンブッシュ編だ」

 

「名前からして不安しかない」

 

 まあまあ、となだめる。名前はふざけまくっているが、戦術に関してだけはガチだ。極東という常に地獄であり続ける環境で極限まで効率化された戦術は大事なモノであり、これを適応する事で全体の生存率の上昇を図っているのだ。今回新人たちに教える奇襲、暗殺に関してはゴッドイーターであれば誰でも出来る技術、方法を持ち出している。ジュリウスにも教え、あっさりと習得された方法でもある。ユウとコウタのゴッドイーターとしての適性を見る限り、サクっと覚えてくれると思っている。

 

「とりあえず現在あの廃寺には今コンゴウが五体うろついている。その外側のエリアに更にコンゴウが七匹、ハガンコンゴウが二匹、シユウが三匹、そしてオウガテイルが十三匹存在している。こいつはここに来るまでの間に何度も確認した数だし、おそらくここら近辺にいるアラガミ全部だ。ここで廃寺のコンゴウと正面衝突をすればまず間違いなくこいつら全部が同時に襲い掛かってくる―――そうなった場合はどうなるかは解るよな?」

 

「迷う事無く逃げます」

 

「正解。だけど俺達ゴッドイーターはアラガミを殺さなくちゃいけない。だから静かに、増援を呼ばれない様に、悟られない様に殺す必要がある。一度に複数を相手するのは難しくても、一対一でなら素早く始末できる」

 

 そう言いつつ、横の大地に突き刺していたブレードを引き抜く。と言ってもショートブレードの根元の部分を抉りぬく様に持ち手を作った、神機ですらないただのアラガミ鋼の塊といった装備だ。その持ち手を握り、神器を通して侵食、同化現象を引き起こす。ブレードが肉体の一部として一時的に取り込まれ、神機と、この体と同様の性能を得る事が出来た。それを握りつつ視線を新人二人へと返す。

 

「今一番手前の所へコンゴウが来てるだろ? アレをサクっと始末して来るから良く見てろ」

 

 そう言うのと同時に体を低くしつつ、駆けだす。雪の上を駆ける鎧には一切の音を鳴らさせず、そのまま重量を殺しながら跳躍、コンゴウに見える範囲を認識し、エリア内に一気に侵入する。パルクールの要領で壁を蹴り、屋根を走り、そして回転しながら重量と音を殺して雪の上に着地する。そのまま瓦礫の背後へと身を低くして姿を隠し、そして聞き耳を立てる。荒いコンゴウの息が、その足音と共に瓦礫の向こう側から聞こえてくる。

 

 数秒、そのまま時間を過ごし、コンゴウの視線が此方とは逆側へと向けられるのを目視する。その瞬間に姿勢を低くしたまま、コンゴウの視線の下を通る様に顎下に入り込み、ショートブレードをコンゴウの喉に突き刺し、抉る様に刃を引き抜く。その奇襲にコンゴウが驚き、声を出そうとする。しかし一番最初に喉は潰している為、声は出ない。だから喉を再生させようとするが、その間に顎を蹴る様に刃を引き抜き、コンゴウをひっくり返す。そのままコンゴウの胴体に一回、二回、そして三回、と刃を突き刺す。

 

 三回目の刺突でコンゴウは苦しそうに呻くだけで、一切の音を発さずに動きを停止する。そのままコンゴウを仰向けから俯せにする様にひっくり返し、突き刺した傷口をしっかりと地面へと押し付ける様に塞いでから、予め用意しておいた臭い消しを軽く刃、そしてコンゴウの周りの空気にふりかけ、周りを確認しつつ後ろへと下がる。

 

 そこから再び音を立てない様に壁を、そして屋根を蹴って移動し、破壊の痕跡をほとんど残さずにコンゴウの殺害現場から離脱する。既にコアの破壊されたコンゴウの体は分解が始まっており、数分以内に完全に破壊されるだろう。故にコンゴウの死体は残らない。それを認識しつつ素早く移動し、ずっと状況を観察していたコウタとユウの下へと戻ってくる。二人が背筋を伸ばして敬礼しているのを確認し、

 

「ただいま」

 

「お帰りなさいませ、サー!」

 

「ご苦労様でした! サー!」

 

「そういうのはいいから、とりあえず俺がやったことを説明してみよう」

 

 そう言うとコウタとユウは互いの顔を見合わせ、相談し始める。そこで普通に”奇襲”とか言って来るあたり、ちゃんとした優秀な生徒であるという事が解る。だから腕を組み、無言で二人が相談し終わるのを待つ。そこで一分ほど待つと、んじゃ、と言葉を置いてコウタとユウが此方へと視線を向ける。顎の動きで言葉の続きを催促する。

 

「えーとそれじゃあ言う……ますね。えっと、まずはなるべく気配を殺して現場へと到着、そこからコンゴウの視界範囲を気にしつつ、見えないところへと隠れました」

 

「それからコンゴウの動きを把握しつつ、接近。視線も意識も向けられていないのを確認してからまずは増援を呼ばれない様に最初に喉を裂く。大きめに喉を潰したのは再生に時間をかけさせる様に。そしてそこからひっくり返してコアがあるであろう位置を突き刺して即死、他のコンゴウが臭いで近づかない様に臭い消しで血の匂いを緩和して素早く離脱……って感じですかね」

 

「大正解。なんだ、ちゃんと解ってるんじゃないか」

 

 いえーい、と声を出しながら二人が手を叩きあって喜ぶ。その姿を見つつ、補足して行く。

 

「基本的にアラガミは獣の様な、生物としての進化を選んでいる。クアドリガの様に機械生物としての進化を選んだ種は体内にレーダーを保有していて、そのせいで不意打ちができない場合がある。だけどコンゴウやシユウを始めとする獣ベースのアラガミは基本的に視覚、聴覚、そして嗅覚を使って獲物の探知を行っている―――感覚器官が鋭いという点を抜けば人間や動物を相手にしているのとは変わらないんだ」

 

 だから、

 

「不意打ちやサクっと暗殺する時の手順は人間を殺す場合とそう変わらない。ただ気を付けなくちゃいけないのはアラガミは即死させにくい生き物だ。一撃で殺せないとまず間違いなく増援がやってくる。だから真っ先に喉を斬るんだ。一撃でコアを破壊する自信があるならこれは別に無視したっていいが、慢心して”いけるだろ”程度の認識でパスするならやめたほうがいい。近いうちにそれが原因で死ぬだろうからな。だからまずは喉を抉る様に潰すところから始めろ。そしてアラガミのコアは大抵の場合胴体に存在している。その位置も三か所にまで絞る事が出来る」

 

 そこで一旦言葉を止め、呼吸し、

 

「フェンリルのデータベースにもコアの位置は登録されているから新種以外であれば勉強すれば問題ない。直ぐに解る筈だ。だから喉を潰したらコアを突き刺して破壊する。暗殺する方向で排除するのを決めたならコアの取得は諦めよう、最初からな」

 

「はい、了解です」

 

「割と優秀な生徒だなぁ、お前ら。まぁ、そうじゃなきゃ困るんだけどさ……お前らフェンリル来る前はどんな感じだったんよ?」

 

 その言葉にコウタが頬を掻く。

 

「俺は……あ、いや、自分は外部居住区出身です。妹とかかーちゃんとかと一緒で、配給で暮らしてたんですけど、十五歳になると配給だけじゃ辛いし、家族にはもっと楽させてあげたいし、そういう事でゴッドイーターを目指したんです。まぁ、それ以外にはちょくちょく壁外で採取とかやってました」

 

 ほうほう、と呟き、ユウへと視線を向け、

 

「無職で配給頼りの生活してました。まぁ、それ以外はちょくちょく壁外へブローカーや運び屋の手伝いでお小遣い稼ぎとかを」

 

「割と危ない事やってんなぁ……まぁ、壁外での活動経験があるなら呑み込みも早いし色々と解ってるか」

 

 良し、と呟く。

 

「そんじゃ俺がやってみせたし大体は解ったよな? 重要なのは確実にコアを貫く事、バレない事、そして増援を呼ばせない事だ。この三つを守る事さえできればそこまで難しい話じゃないんだ。っつーわけで……ゴー!」

 

 鎮魂の廃寺の方へと指差して言う。その動きをコウタとユウは見て固まり、視線を鎮魂の廃寺へと向けてから此方へと返してくる。なので再び廃寺へと向けて指を指し、行ってこいと無言の圧力で伝える。それをコウタが真顔で物申す。

 

「あの、コンゴウ四匹とかいるんですけど」

 

「そうだな。四匹も殺せば今夜は豪華に食事ができるかもしれないな」

 

「あの、少尉? ゴッドイーターのなりたてなんですけど」

 

「お、そう言えばそうだったな。まぁ、なんとかなるんじゃないかなぁ」

 

 そのまま二人と無言で視線を交わしあい、コウタが指差してくる。

 

「少尉って馬鹿なんじゃないですか!? 俺らまだオウガテイルとかザイゴートとかとしか戦ってないんですけど!?」

 

「あの、自分ら少尉とは違ってアラガミと戦う事大好き人間じゃないまともな部類の人間なんで」

 

「超小者後輩共のクセして割と言うなお前ら。あとユウ、その言葉は訂正してもらおう」

 

 決してアラガミと戦う事が好きなのではない。誰がアラガミと戦う事が好きになるのだろうか。そんな変態とは一緒にしないでほしい。

 

「俺はアラガミと戦う事が好きなんじゃなくて、アラガミを圧倒的暴力で蹂躙してミンチにしてやるのが好きなんだよぉ―――!! 成す術もない絶望にアラガミという生き物を叩き込むのが楽しくて楽しくてしょうがないんだよぉ!!」

 

「この先輩アカン人だわ」

 

「文句言ってる暇があるならさっさと行けェ! 死にそうだったら助けてやるから!」

 

「ちくしょぉ―――!」

 

 コウタとユウが半分泣く様な形で鎮魂の廃寺へと向かって行く。しっかりと足音を殺し、音を鳴らさないようにしつつ身を低くして接近する辺り、ちゃんと基本技術がその身に刻まれているのが解る。こういう場合、焦らせたりするとそういうのを忘れて行動してしまうからだ。

 

 ―――ま、二匹目のコンゴウを仕留める前に周りのオウガテイル以外のアラガミを全滅させておくか。

 

 ショートブレードを握りつぶして粉砕し、新人たちがエリアに接近するのを確認しつつ、彼らが安全に技術の練習に励めるように、

 

 素早く動き、殲滅の為に動き出す。

 

 なんだかんだで今日も極東は地獄だった。




 なおこの後、しっかりアサシンクリードごっこに成功する新人二人だった。将来有望。

 ホムラくん
  極東でも三本指に入る危険人物。まともに戦うやつは馬鹿と言っておきながらまともに戦おうとする人。だがそれがいい。

 コウタくん
  ツッコミして悲鳴を上げるけどなんだかんだで出来ちゃう優秀な人。本日の戦績コンゴウ一匹とオウガテイル五匹。

 ユウくん
  アラガミ殺すべし、慈悲はない。コンゴウを殺した事により血中アラガミスレイ・パワーに目覚め始めた人。これから先、シナリオ的に考えて本格的覚醒が始まるだろう。アラガミ達の眠れないピルグリム(全力逃亡)が始まる。

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