極東は今日も地獄です   作:てんぞー

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十二喰目

「おはようございます」

 

「……」

 

「あらあら、そんなに顔をしかめなくてもいいじゃないですか。私は純粋に技術交換の為に来ているだけなんですから。まぁ、そこには多少貴方の日常生活を感じたいという思惑がなくもありませんが……私は余計な事は一切しませんよ? だからそんな表情をしないでください。さ、朝食をどうぞ」

 

 帰ってきた翌日、朝食の為に食堂へと向かうとスタンバイしていたかのようにラケルの姿があった。しかも朝食は出ている状態で。加えて作り立てで暖かい状態。ソーマの部屋に泊まったというのに何故か起きる時間も食堂に来る時間も完璧に把握していたようだった。どう考えても恐怖しか感じない。相変わらず脳内は発狂していたが、長年のスキルで発狂したまま普通に振る舞うぐらいは基本的なスキルだったので、全く問題なかった。

 

 ともあれ、どうしたものかと悩みもするが、結局の所アラガミ、そしてアラガミの様な人である自分達に毒や薬は通じない。体に影響を及ぼす前にその効果を分解してしまうからだ。だから、ラケルがメシに―――と、流石に疑うのはやりすぎだろう。何だかんだ言ってラケルは此方へと好意しか向けていない。それが一番自分自身に対して殺意を向ける原因となっているのだが、だからこそ信用できるという部分もある。この女、おそらく俺に対してだけは嘘をつかないだろう、その必要性がないから。

 

 敵ではないのだから。

 

 とりあえず椅子に座って無言で朝食を食べ始める。その光景をラケルは対面側へと車椅子を移動させると、何かをするわけでもなく此方を眺めてくる。アラガミの捕喰行動は食欲というよりは進化の為に材料を体に取り込んでいる様なものだ。だからぶっちゃけた話、自分もラケルも食事は最低限、人間としての機能を崩壊させない程度に食べればいい。それ以上は趣味の領域に入るからだ。ただそれは非常に文化的ではない。人間であるならば文化的であるべき。食事も、そしてそれに手間をかける料理も人間の文化だからこそ、こうやってキチンと食事をとる。

 

 そうやって自分が人間だと言い聞かせ、精神の安定を保つ。

 

 その安定がこの女を前にしているだけでボロボロに崩れそうな気がする。

 

 ―――俺もまだまだ未熟だなぁ。

 

 別に無我の境地とか悟りとかそういう境地へ至ろうとしている訳じゃない。というかアラガミに殺意を向けている様じゃそんなのは永遠に無理だろう。そういうキャラではないのだから。だけどそれにしたって”これはこれ、それはそれ”という感じの付き合い方はあるのかもしれない。柔軟に、心を許すわけではないが柔軟に接する……そういう事を覚えるのもいいのかもしれない。溜息を悟らせない様にしつつも朝食を食べ終わると、ラケルが首を傾げる。

 

「どうしたんですか、何か悩み事でも」

 

「お前が悩み事すぎて辛い」

 

「私の事で悩んでいるとなると、女冥利に尽きますね」

 

「やだ、こいつ強い……」

 

 別の意味で化け物か、と震えていると、食堂の扉が開いて、朝食を食べにくるゴッドイーターの姿が目に入る。その姿はユウ、コウタ、ソーマ、リンドウ、第一部隊の面々だった。サクヤを抜けばこの場に第一部隊全員が揃った事になる。新人を含めて割と人が増えたなぁ、と思いつつ片手で手招きし、近くの席に座らせる。

 

「おっはー」

 

「おはよー」

 

「あ、副隊長おはようございます」

 

「というか今見間違いじゃなかったらヘルム越しに食べて……」

 

「割と何時もの光景だから慣れておけよ。そこのナマモノはヘルム被ったままタバコ吸ったりガム噛んだりするからな」

 

「それ、どうやってんだよ……」

 

 ソーマの解説にコウタが困惑するが、そこらへんの困惑は新人によくある事なので、慣れるまでの間はからかう様に人体の不思議を見せる事にしている。ともあれ、他の面々が挨拶をしながら朝食を運んでくると、そのまま近くに座って食べ始める。その際、しっかりと印象良く挨拶を返す辺り、ラケルは地味にマメだなぁ、とか思ってしまう。

 

「昨日は半死半生という状態だったから改めて言っておくが、俺が第一部隊の副隊長で貴様ら超小者後輩達の超大物先輩で暁ホムラ少尉だ。いいか? 基本的に俺の名前を呼ぶ時は最後に様を付けろよ、これは基本的なルールなんでな」

 

「ホムラ様、デザートでも持ってきましょうか?」

 

「お前じゃねぇ―――!」

 

「コントか」

 

 ユウ達の前にラケルが様付きで名前を呼んでくる。相変わらず呆れたようにツッコミをいれるのはソーマだ。それをリンドウが堪える様子もなく笑っているので、お前後で見ていろよ、という視線をリンドウへ送る。まぁ、何時も通りの流れだ。そこに約一名、余計な存在がいたりもするが、それを除けば基本的には何時も通りだ。基本的には。

 

「まぁ、冗談はさておき―――俺からもようこそアナグラへ、って話よ。ゴッドイーターってのはこの極東で一番つらい職業ではあるけど、その代わりにやり応えだけは保障されているからな、間違いなく充実された殺戮ライフが保障されている。そこは存分に楽しんでおけ。というか早めに殺す事に慣れろ。殺すたびにプレッシャーを感じたりしているとそれで潰れるから」

 

「そういう辛い話はやめて差し上げろ」

 

「やっぱフェンリルってドブラックなんですね……」

 

「―――フェンリル全体を考えるとそこまでブラックという訳ではないんですよ?」

 

 コウタのそのつぶやきに、話を挟み込んだのはラケルだった。割とその事に驚きつつも、ラケルは丁寧な声で喋る。

 

「ゴッドイーターやそのサポート人員の損耗率を考えるとフェンリル全体がブラックに思われていますが、実際は違いますよ? フェンリルによる活動のある地域とフェンリルのいない地域での人員損耗率を比べると軽く一桁以上違いますよ―――最終的には人がいないから損耗率ゼロという数字になってしまいますけど。そもそも人が死んでいなくなる、というのは人類がアラガミに対して抵抗出来ているという証でもありますから」

 

 そこまで言ったところでラケルは一旦言葉を止め、数秒コウタとユウが今の情報を呑み込む間を与えてから話を続ける。

 

「それにフェンリルでの人体実験は”許可されている施設とされていない施設”が存在していて、そういうのはちゃんと管理しているんですよ。予めライセンスを取得しないといけませんし―――数千や数万単位での人体実験はそれ以上のスピードで人が生まれるのと、そして増えすぎた場合食料の配分が間に合わなくなって争いを失くすという意味での”間引き”の意図も含められているんですよ。現在は旧世代と違って人間の数は管理できるレベルで抑えないとアラガミに殺されるだけですからね」

 

「……でも、それって結局はブラックって事にならない……ですか?」

 

 最後にギリギリで敬語を付けたコウタに対してラケルは小さくそうですね、と言葉を置き、

 

「実際人道的視点からすれば”悪い”とも”ブラック”とも言える事を一部研究者たちは行っているでしょう。ですけど、そういう研究者達の研究があるからこそ今のゴッドイーターという存在がいるのを忘れないでください。P73偏食因子を含め、安全で生存率の高い、貴方達に投与されているP53偏食因子の開発を成功させるのには十万近い人間が実験の結果、死んでいます。ですが、それをブラック、悪いなどと一概に捨てきってはならないのです。それで今、救える命が、それ以上に救えるものがあるのですから」

 

 まぁ、

 

「正論と事実だけで生きていける訳ではないのでそれを判断に”どうでもいい”と思うのも別に問題はありませんけどね。所詮は自分と関係のない話、だと。実際極東支部はフェンリル全体からしても恐ろしいほどにクリーンだとの話ですから」

 

 そう言ってほほ笑むラケルは間違いなく”どうでもいい”派の者なんだろう。

 

 ともかく、ラケルの積み上げた暗い雰囲気を吹き飛ばす為にも、少しだけふざける。

 

「まぁ、実働時間はブラックの一言なんだけどな!」

 

「ホントそれな。基本的に達成するまでは支部に戻らないからな。一回、変種か何かで”逃亡”を学習したアラガミがいて、ソイツを殺す為だけに旧北海道の端まで一ヶ月かけて追いつめた時とかあったからな。辛いぞー、アレは。定期的に補給物資は送られるけど、それ以外は基本的にサバイバル生活で追いかけるんだよ。離れると隠れるし。今までの狩り経験でもう二度とやりたくない事のトップリストに入ってるわ」

 

「今からでもやめるのって遅くないっすよね?」

 

「一度ゴッドイーターになったらー」

 

「逃がしてくれない素敵な職場、フェンリルへようこそ」

 

「死ぬまで逃げられない、逃さない、死なせないー」

 

「死んでも研究所へようこそ。死体は有効活用しましょう」

 

「やっぱブラックじゃないっすか」

 

 コウタとユウの目からハイライトが消える。それを男子三人で笑って眺め、そして小さく溜息を吐く。まぁ、極東は出勤が多いというだけでブラックではない。実際の所出動しなきゃ極東のどっかのコロニーが滅ぶ、というだけの話なのだから。それに内部に敵はいない、そう言うのは全部始末し終わっているのだ。まぁ、たった今目の前に一人敵が存在しているのだが、これに関してはどうにもならないのでスルーしておくしかない。

 

「まぁ、慣れるっきゃないよ、慣れるしか。慣れれば悪い環境ではないし。ここで平均レベルに到達する事ができれば基本的に他の支部では引く手数多、って状態だからな。ここで修行を積んで他の支部へ行くって奴もいるし、ここへきて極東流を学んで戻ってエースやってるってのも割といるぞ……まぁ、それよりも死ぬ奴の方が多いんだけど、他ん所からの連中は。物凄い今更な話だけど、ゴッドイーターになるって決めたって事は元々遺書は書いたんだろ? 何時どんな時でも死ぬ覚悟は完了してるんだろ? だったら多少つらくても頑張るっきゃないさ」

 

「頑張りさえすれば色々と優遇してもらえるからな。市販では売られていない食べ物とか、趣向品とか優先してもらえるし」

 

 まぁ、どれも生きていられたら、という話だ。少なくとも死んでしまえば意味のない事だ。ただコウタにもユウにも、才能の様なものは感じる。きっと将来的には立派なゴッドイーターになってくれるに違いない。問題はそれまで生き延びれるか、なのだ。

 

 そこらへんは先輩の手腕、というやつだ。死なせずに新人を育てるのはゴッドイーターの、先人としての義務だ。

 

 次世代を育てられない様な支部に未来はない。

 

「あ、そう言えばリンドウくんよ、次の出撃というか新人研修はどうなってんだよ」

 

 食べている手を止め、リンドウがユウとコウタへと視線を向ける。その視線を向けられ、二人の動きが停止し、それを無視する様にリンドウが此方へと視線を戻す。

 

「今日あたりコンゴウを鎮魂の廃寺で狩るのにつれて行こうかと思ってたけど……お前やるか?」

 

「じゃあ俺がやるやるー」

 

「まるでゲームを遊ぶような感覚で俺達の命運が託された」

 

 はっはっは、と鎧の中で笑い、牛乳を一気飲みした所で完全に食べ終わる。新人たちに集合時間を教えたところで椅子から立ち上がってラケルの背後へと周り、非常に嫌だがこの女を置いて行った方が危険なので車椅子のハンドルを握って運び始める。

 

 食堂から出てエレベーターへと乗ろうとする前に、あぁ、そうでした、とラケルが言葉を置く。

 

「朝食はどうでした?」

 

「……」

 

「アレ、私が作ったんですよ」

 

「えっ」

 

 その言葉に戦慄を受け、視線をラケルの方へと向ける。その視線をラケルは笑顔で受け止め、何かをいうわけでもなく、そのまま見つめているだけ。その事に恐怖を感じ視線を離し、そのまま無言でエレベーターに乗る。

 

 普通に美味しかっただけに、コメントに困る。

 

 そんな朝だった。




 ラケルちゃんの乙女力は実際高かった……。 
 ※ただし人間とアラガミには向けられない

 なんか、こう、ラケルちゃんは笑顔のままなんでもそつなくこなして気が付いたらするすると内側にいる様な、そんな毒婦タイプの女だと思っている。献身的で、親身になってくれて、たった一人しか見ないけどその結果他の全てを破滅させる的な。

 やっぱ生かしちゃいられないな(確信

 次回、コンゴウ怒りのピルグリム

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