「笑えよ」
「今アナグラちゃんねるに草書き込んでるから待って」
そう言ってペイラー・榊―――サカキと呼んでいる男はパソコンに向かい、”w”のボタンを長押ししていた。その姿にイラッと来るものがあるが、ぶっちゃけた話サカキは肉体的には超が付く程貧弱の部類に入る。その頭脳は間違いなく人類の最高クラスに突入しているのに、その性根は若干腐っていた。殴りたいけど貧弱である事を盾に使って来るから殴れない。
うっぜぇー、という評価に落ち着く。
しかしそんなサカキの姿を見て、改めて極東へ、アナグラへ帰ってきたのだと認識する。
◆
ジュリウスの言葉は嘘じゃなかった。ヘリコプターに乗って帰ろうとすると、既にヘリコプターにラケルと車椅子が搭載済みであり、その姿に発狂しかけた。嫌がらせに不味い料理を作って差し入れたり、スーパーラケルカートという名目でロケットエンジンを車椅子に装着してぶっ飛んだり、車椅子にチャリオットの様なスパイクを装着したのだが、どれもまったく効力を見せなかった。それどころか不器用な男のアピールなんて思われ方を周りからされるものだから吐き気がする。
その状況でジュリウスだけが腹を抱えて笑っているから許せない。訓練中に顔面にケーキを叩きつける事でストレスを解消したが。
そんな事もあってヘリコプターでの移動の数時間は地獄としか表現できないものだった。第一ラケルと同じ空間にいるというだけで拷問に近い事なのに、ヘリコプター内が狭いので座る場所は横ぐらいしかない。不良品ラケルを姉のレアへと押し付けようとするが、そのレア自身がその日だけは失踪、
見事にバックれた。この妹にしてあの姉あり、やっぱりクラウディウス家はクソだ。滅ぶべきだ。アラガミよりも先に殲滅しなくてはならない。覚えておけよお前。
笑顔のラケルとは裏腹に内心を物凄い勢いで腐らせながら数時間、漸く極東、アナグラへと帰還する事に成功する。ものすごい精神的疲労を理由にラケルを放置―――する訳にもいかない。エレベーターに乗せ、支部長室のあるフロアへと放り込み、あとはその場で解散。ラケルの言葉は聞いていればそれだけ心を犯してくる。だからまともに相手をしない方が賢明。
故にそうやって漸く得た自由、検査の為にサカキの研究室へと入り、
そして今に至る。
◆
「今回の出張、総評として疲れた。あと俺の心の安らぎが奪われたって結果だけが残った。もう俺の心のオアシスがアラガミの屠殺場しか残ってない」
「アラガミを殺す事が心の癒しというから君も変わり者だよね……はい、検査は終了。おめでとう、君は肉体的にはまだギリギリ人間だ。中々悲しい事だ。もう少し人間をやめてみないかな? こう、比率を人間6アラガミ4ぐらいから人間2アラガミ8ぐらいで」
「それほとんどアラガミじゃねーか!」
「生きているアラガミって解剖しても直ぐに傷がふさがるから切開し放題だから色々と試せて便利なんだけどねぇ。まぁ、おかげで簡単に拘束から抜け出しちゃうし長い間解剖出来ないんだけど。その点、君がアラガミ化してサンプルになってくれると非常に助かるんだ……駄目?」
「まだ人間なんで」
そっかぁ、と本気で惜しそうにサカキが言う。どう足掻いてもキチガイの理論で話しているメガネと白衣のこの男は実際、”良識”であればこの極東でもかなり持っている方になる。何せ睡眠薬を食べ物に混ぜられたり、いきなり背後から麻酔を叩きつけられた事なんてこともある。その度にオートカウンターで人肉ハンバーグが生まれたり、何故か研究施設から脱走したアラガミによって無残な犠牲者が出る不幸な事件が発生したりもした。
―――割と昔の極東もブラックだったが、それでは滅びるのが目に見えているので粛清の嵐はあった。
ともあれ、
「サカキさんのマジキチ発明であの女を仕留めるか人間にしてよ」
「その言い方からすると割と本気でそう思っているみたいだけど……割と既存の技術を超越している話だから無理だよ? 技術のベースを作るためにもそうだねぇ、人体の構造と生きている時での細胞の変動や変質を測りたいから生きたままのサンプル……だから君かラケル君か、あるいはソーマ君を生きたまま、生かしたまま実験し続けなきゃいけないけど……それ、嫌でしょ?」
「そこまで自分の命に関しては頓着してないけど、流石にこの状況ではなぁ……諦めておくか」
「それが賢明だよ。ネタにはするけど本気で君達を解剖したいとは思わないしね。そういうのはっもうこりごりさ」
榊・ペイラー博士。P73偏食因子の開発に関わった研究者の一人であり、その研究についていけなくなったからこそヨハネスから離れ、今現在活用されている防壁等の人類の防衛技術を生み出した偉大な研究者の一人。サカキがチームから外れ、今まで存在していた研究のストッパーが消えた。それによって俺は拉致されて生み出され、ラケルは生まれてしまい、そしてソーマが生まれて来た。
生み出され、生まれてしまい、生まれてきた。
同じ種族の筈なのに、生まれに対するこの違いは……なんとも大きく、そして残酷なものなのだろう。
「ま、健康に関しては疑う必要もなく健康だよ。今のまま元気にアラガミと戦っていてくれると仕事が減って助かるよ。あ、あと新種のコアはこっそりこっちへと回してくれよ。あ、あとお土産ありがとうね」
「あいあい」
サカキがお土産であるアップルパイを作業机の上に広げるのを見つつ、研究室から退室する。神経質と思われるかもしれないが、ソーマとは違って安定していないからだ。望めばその場でアラガミになる事さえできるこの体、慎重に検査を繰り返して変化のデータを取得しておいて損をする事はあるまいだろう。
そんな事を思いつつ顔なじみの研究者に手を振り、エレベーターに乗って移動する。向かう先は居住エリアではなく、アナグラの出撃ロビーになる。基本的に出撃していない者の溜まり場になっているロビーへと行けば一か月ぶりの同僚たちの顔を見る事ができる筈だ。お土産は後で分配するとして、先に顔を見せるのは悪い事ではない筈だ。そう思い、アナグラのロビーでエレベーターが止まり、そして降りる。
そこには何時も通りのロビーの姿があった。エレベーターから鎧の音を響かせながら出ると、ロビーにいた面子が手を振ってくる。今いたのはソーマ、エリック、ジーナにカノンだった。リンドウの姿がない辺り、さっそく新人たちと前線でピクニックでもしているのだろう、羨ましい。
「あ、ホムラさんお帰りなさーい。ご結婚おめでとうございます」
カノンが爆笑しながら言って来る。早速やりやがったなこいつ、と青筋を浮かべなら近づくと、ジーナが無言でサムズアップを向けてくる。その親指へし折ってやるぞ、と視線を向けるがヘルムなので通じる訳もない。
「というかホムラさん、ラケル・クラウディウス博士って割と有名人ですけどどうやって引っ掛けたんですか。先輩ってなんだかんだいって女よりもアラガミの死体って感じのナチュラルボーンジェノサイダーじゃないですか。ジェノサイダーホムラ、なんかアニメになりそう」
「そのオサレサングラスを叩き割るぞブルジョワシスコン。いや、古い知り合いだよ。というかアレはどう足掻いても部外者だから警戒心は解くなよー。真面目な話喋れば喋るほどヤバイ部類だから接触時間もなるべく短くして、精神的に自分を守っとけよー」
「はーい」
ここら辺、即座に理由も聞かずに対応する辺り、極東の人間は非常に練度が高いと思う。一切困惑もせず、”そういう事はそういう事”として処理する事が出来るのだ。なんだぁ、とカノンとジーナが呟きながら興味を失った表情でそのままトボトボと歩き去って行く。野次馬百パーセントの二人はそれ以上出張に関する興味を失ってしまったらしい。しかしソーマとエリックは残ったままだった。ソーマはそっか、と呟きながら頭を掻く。
「感覚に引っかかるって事はそういう事か、めんどくせぇ」
「フライアへのコネ繋ぎに使えるかと思ったけどどうやら使えそうにない、か。個人的にはフライア内部の人間にコネをつないでこっちの企業の店を入れたりしたいんだけどね……」
「前々から思ってたけどお前、ゴッドイーターやめて社長に集中しろよ」
「経営業ばかりだとストレスが溜まるんで……」
ストレス発散の為にアラガミをジェノサイドするのもおそらく極東支部だけなのだろう。そもそもゴッドイーターはコアの確保やアラガミの討伐でお金が入るのだが、極東支部だけは討伐数が狂っている為、一匹当たりの獲得金額が激しいデフレを起こしている。他の支部、たとえばフライアになんか行けばコンゴウ一匹で一週間分の食費と生活費を入手する事が出来るだろう。だから極東だとコンゴウ一匹ではランチセットぐらいの金にしかならない。一日分のお金が欲しいなら最低限コンゴウの群れでも殺さないと駄目になる。
極東は今日も地獄だった。
「うーん、残念ですけど諦めますか。あ、ホムラさん、支部長がさっき博士をホムラさんの部屋へ案内してたんで覚悟した方がいいですよ」
「ソーマくん、しばらくお部屋に泊めて」
「副隊長ちょっと必死すぎないか」
「お前純粋培養の危険人物と生活したことあるのかよ!」
「目の前にいるのとだったら何年も一緒に生活してるよ!!」
ソーマの返答が正論すぎて何も言い返せなかった。そういえば一般的に自分は間違いなく危険人物のトップリストに入る様な人物だ。まず半分アラガミで半分人間である。実は腕輪は飾りでその気になれば体内で偏食因子を生成できる。アラガミを殺す事に快感を覚えてクセになっている。神機なしでも戦えて、素手でのアラガミ殺害経験がある。
どう足掻いても危険人物。
「ほ、ほら、俺って……こう、人類に優しいから……ヒューマンビーイング大好きだからさ……ら、ラブ&ピース? だっけ? たぶんそんな感じだから……」
「ラブ&ピースを困ったように言うやつを初めて見たよ!」
おそらくこの十数年で初めて使った言葉になる。愛なら割と会話に使っている気もするが、ぶっちゃけ平和なんて言葉、概念自体忘れてたと思う。ノーアラガミデーを達成しても結局次の日には増えているし。
―――ともあれ、アナグラはなんだかんだで平和そうだった。
「つかリンドウくんや新人ちゃん達を見ない辺り出撃中?」
「あぁ、隊長と一緒にオウガテイルを殴りに行ってるよ。丁度二十匹の群れを見つけたらしいからな。一匹じゃあジュース代にしかならないけど二十もいればいい経験とオヤツ代にはなるからな。戦いの空気を叩き込む為に雑魚の駆除周りだ。あぁ、あと副隊長。本当に困っているってんなら別に俺の部屋を使ってもいいぞ、どうせ無駄に広いし」
「ソーマくんはホント優しいなぁ、天使だなぁ! 男だから気持ち悪いけど……」
「というよりツンデレですよホムラさん、ツンデレ! 男だから気持ち悪い……」
「お前ら殴るぞ」
エリックと声を揃えてねー、なんて事を言っているとソーマが拳を握り、脅迫して来る。まぁ、それとなくラケルの脅威に関しての情報は広まってくれるだろうと思うからこれ以上ふざける意味もないか、と思い、そろそろヨハネスに顔を出しに行こうと思ったところで、
エレベーターの扉が開く。
「お」
「お? なんだ、帰って来てたのかよー!」
エレベーターからリンドウの姿が現れる。そのほか、エレベーター内で死んだ眼をしながら壁に寄り掛かっているのは新型神機使いのユウ、そして同期のコウタの姿だ。その姿を見ただけで一体何があったのかを想像するのは難しくはないが、一応聞いておく。
「新人たち、どうしたんだよ」
「オウガテイルは問題なくぶっ殺せたんだけどな、手が滑って挑発フェロモンバラまいちまってな、気付いたら別の群れがトレイン状態で接近してきたから撤退してきたんだよ。いやぁ、ほんと危なかったわ、超危なかったわ、ギリギリだったわー」
邪悪な表情を浮かべてそう言う辺り、リンドウの事だからわざと挑発フェロモンをバラまいたのだろう。
ぶっちゃけ、死因で多いのは奇襲や予想外に多くの敵に囲まれて逃げられない時だ。強くても一体の時だけの時は、普通に逃げられる。だが囲まれた場合の対処法は一回経験しないと駄目だ。
そこらへん、生存とサバイバルに関するプロであるリンドウだからこそ出来る無茶、というか教え方だろう。
「お前って馬鹿だよなー」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
ガンを飛ばしあいながら極東に返ってきたことを実感する。
―――連れてきちゃった特大地雷の事をなるべく忘れようと頑張りつつ。
榊・ペイラー(47歳児)
極東でも数少ない良識を持ってる人物の一人。持っているとは言ったけど、それを適用するとは一言も言っていない。実は極東における悪い研究者の粛清ラッシュにはこの人が情報売りまくったという黒い背景があったりなかったり。悪い研究者は問答無用でミンチになった。
台場カノン(19ちゃん様)
お前のその体をミンチにしてくれるわ(世紀末覇王感)な女帝。普段はお菓子作りが趣味だが、神機を握った瞬間世紀末女帝化する謎の設定を持っている。特技をゼロ距離内臓破壊弾で確実にコアを吹っ飛ばす為、研究者からコア確保の依頼は永遠に来ない。なお相手はミンチになる。
ジーナ・ディキンソン(22歳児)
狙撃に人生の全てを捧げた嘆きの平原(物理)。1射1殺を心掛けていて1発でコアを射抜けなかった場合荒れて世紀末女帝をけしかける。結果、相手はミンチになる。やっぱり研究者たちに人気はない。信長の真似をしてアラガミの髑髏で酒を飲めないかどうかを最近調べている。
フェンリル極東支部アナグラ、別名世界一のミンチメイカー集団