やはり新人類の青春ラブコメはまちがっている。 作:トーマフ・イーシャ
「なぁ、里見。私が授業で出した課題は何だったかな?」
「……はぁ、『高校生活を振り返って』というテーマの作文でしたが?」
「そうだな。それでなぜ君は自身の勤め先の会社の愚痴を書き上げてるんだ?私に君の職場環境を改善させたいのか?」
いやもう出来るならやっていただきたいですホント。急な呼び出し、法スレスレの業務内容、生活がやっとなくらいの賃金。ホントつらい。
俺は総部高校に通いながら天童民間探偵会社に勤めている。探偵といってもやってることは様々で、浮気などの調査以外にも、迷子の捜索、害虫駆除、家事代行、護身術や料理の指南、果ては用心棒まがいのことまでなんでもやるいわゆる何でも屋だ。社員は社長の木更さんと平社員の俺の2名。よくこれで今までつぶれなかったな。
そんなことを考えながらうつむいてふひひと笑っていると、紙束で頭をはたかれた。
「里見、この舐めた作文はなんだ。高校生活について書け」
「いや、俺の生活は仕事が第一ですから!高校生活とかなんにも思うことないですよ。」
あ、なんか露骨に不快な顔。そりゃ教師の前で言うべきではない言葉だと思う。
「……君は部活とかやってなかったよな。」
「はい」
「……友達とかはいるのか?」
「……もちろんいますよ。俺の仕事はコネが重要ですから。」
「学校にだ」
国語の授業を寝て過ごし、数学の授業で3回当てられたが全部無視し、アンケートの催促に来た小動物系の学級委員の女を無視して泣かせた俺に学校の友達?
正直いまだに退学になってないのが奇跡。まあこれも生徒会長のおかげだが。
「……ついてきたまえ。」
何かを悟った先生が立ち上がる。こりゃ素直に従ったほうがよさそうだ。でも俺の同居人にメシを作る必要があるから早く帰してほしいんだが?
「雪ノ下、依頼だ。こいつを奉仕部に所属させ、更生させろ。それじゃあ、失礼する」
ノックもなしに扉を開けて、開口一番トンデモ発言。そして言うだけ言って帰ってしまった。どうすりゃいいの?雪ノ下とかいう人もポカンと口あいたままだぞ。
「と、とりあえずそこに座ったら?」
「あ、あぁ」
とりあえず、空いてる椅子に座る。というか、何部なんだここ?
「ここは奉仕部よ。私は奉仕部部長の雪ノ下雪乃。」
心を読まれただと!
「お、俺は里見蓮太郎だ。」
「あら、あなたがあの里見君?」
「俺を知っているのか?」
「ええ、なんでもロリコンでホモでゲイバーのストリッパーだとか。」
「誰だよそんな噂流したのは!?」
「安心しなさい。私は人の性癖にとやかく言うつもりはないわ。だから私みたいな美少女と密室で二人きりになっても襲わないのね。私は美少女ではあっても幼女でも男でもないものね。」
「……」
なんかいろいろ言いたかったが藪蛇になりそうなので黙る。幼女みたいな真っ平な胸してるくせにとか思っても言わない。
「……で、奉仕部って何をするんだ?河原のゴミ拾いでもすんのか?」
「優れた人間は哀れな人間を救う義務があるのよ。私が不本意ながらあなたを矯正してあげる。見たところその不幸顔を直せばよさそうね。」
「不幸顔は関係ねぇだろ。整形でもすんのかよ。」
そんな金ねぇよ。
「つまり、だれかから依頼を受けて報酬を受け取る、みたいなことか?」
「報酬を受け取ったら奉仕にならないでしょう。それ以外はおおむねその通りね。」
職場でも学校でもそんなことすんのかよ。もうここで依頼を受けてウチの会社に回せよ。きっちり依頼をこなしてやるよ。報酬を払えば。
「なんでまた、そんなことを?」
「不思議なことにこの世界は優れた人間にとっては生きづらいのよ、この世界は。そんなのおかしいじゃない。だから変えるのよ、人ごと、この世界を」
優れた人間、に限らず人と違う人間というのはこの世界では異物として排斥される。天童への復讐を誓う木更さん。親がいなくなって天童に拾われた俺、そして、生みの親には捨てられ、育ての親には虐待をうけた延珠。そんな世界を変えたいというのは理解出来る。だが……
「……世界を変える、なんていってやってることはお悩み相談かよ……」
「何が言いたいのかしら」
「別に、お悩み相談なんかで変わる世界なんて、どれだけ小さいのかなって思っただけだ。気にするな。」
「あなたになにが分かるというの!!」
「知るかよ。俺は明日の食事さえ困っているようなお前風に言えば哀れな人間だ。優れた人間とやらが何を考えてるかなんて知らねえよ。」
険悪なムードになったところでノックが響く。雪ノ下が入るように促す。
「し、失礼しまーす」
入ってきたのはギャルっぽい茶髪の女子だ。せわしなくきょろきょろうろうろしている。延珠とはまた違う落ち着きのなさだ。
「な、なんでさとみんがここに?」
「え、それって俺のこと?」
俺陰でそんな呼び方されてんの?てっきりロリコンとか言われてんのかと思ってた。いやロリコンじゃねぇけど。
「由比ヶ浜結衣さん、ね」
「あ、あたしのこと知ってるんだ。」
黙って話を聞いてると、由比ヶ浜がちらちらこっちを見てる。席をはずしたほうがよさそうだ。
「ちょっと出とくわ」
「なら『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』をお願いするわ。」
俺、飲み物買いに行くとかいってないんですが?タイムセールのモヤシが20パック買えるわ。
「そんな金ねぇよ。」
「遅い。」
用を足して帰ってくると雪ノ下が睨んでいた。野菜生活?無論買ってない。
「家庭科室に移動するわよ。ついてきなさい。」
「何すんだよ。」
「由比ヶ浜さんはクッキーをを食べてほしい人がいるのだそうよ。でも、自信がないから手伝ってほしい、というのが彼女のお願いよ。」
「ふぅん」
そんなわけで家庭科室についた由比ヶ浜はクッキーづくりに取り掛かる。が、完成したのは真っ黒のなにか。雪ノ下、なんで最後まで作らせちゃったの?途中で止めろよ。で、由比ヶ浜、なんで雪ノ下に指示を仰がなかったの?出来ないから依頼したんじゃないの?
その後才能がないからやめると言った由比ヶ浜を雪ノ下が戒め、なんかイチャイチャしてる。俺にあんだけゲイとかいっといてあんたらはレズなのかよ。
その後雪ノ下が完璧なクッキーを作り上げる。う、うめぇ。
「なぁ雪ノ下、これ少しもらっていいか?ウチの同居人に食わせてやりたい。」
「あなたが飼ってるとかいう幼女のこと?構わないわ。」
「飼ってるんじゃねーよ!ただの居候だ。」
そんなことまで噂になってんのかよ。
「さとみん……キモイ」
「オイ」
そんなこんなで再挑戦。雪ノ下が疲弊しながらミスをカバーして何とか完成。一回目に比べれば見違えるほどの差だ。卵のからが混じってたり、だまが残ってたりしたが大きな進歩だ。いや、一回目があまりにもひどかったから食べられるというだけで進歩したと感じるのだろう。
由比ヶ浜は「なんか違う……」とか「やっぱり才能が……」とか言ってる。仕方ない。ここは料理教室で先生を務め、自宅の厨房を預かる身として、料理の何たるかを教えよう。
「どれ、ちょいと貸してみろ。」
「あ、うん……」
手際よくクッキーを作って試食。うんうまい。雪ノ下のものには少し劣るが。
由比ヶ浜は由比ヶ浜でショックを受けてるようだ。
「おいしい……」
「まぁ、俺も最初は全くだめだったんだがな。」
「……どうやってさとみんは上手くなったの?」
よし、食いついた。
「なぁ、由比ヶ浜、料理を上達させる上で大事なことはなんだと思う?」
「え、えっと、愛情。とか?だれかに食べてもらう思い。とか?」
「間違っちゃいないかもしれん。が、それはただの動機、理由にすぎない。俺も同居人に上手いもん食わせてやりたくて始めたが、さっきの質問の回答としては不十分かな。」
「じゃ、じゃあ何なの?」
「訓練、だ。」
「え?」
「料理とは技術だ。それが何であれ、技術を1時間2時間で習得しようなんてのが間違っている。アンタもそいつに上手いクッキーを食わせたいんだろ?だったら、訓練を続けるしかない。雪ノ下もそういっていただろ?」
「でも、努力とか、その……」
「アンタが納得するならそれでもかまわない。だがそんな半端なクッキーでアンタが渡したい相手ってのは喜んでくれるのか?」
「それは……!」
「だったら頑張れよ。別に今日明日に渡すんじゃないんだろ?今日は休め。一晩考えて、それでも続けるならここに連絡しろ。協力してやんよ。」
そう言ってさらっと天童民間探偵会社の名刺を渡す。よし、これで今日はお開きになって帰れる上に会社の宣伝まで出来る。
「うん……」
「……そう、分かったわ。今日はもう終わりましょう。里見君、かたずけを手伝ってもらえるかしら。」
「おう」
うっし、さっさと終わらせて延珠にメシでも……
「蓮太郎~~!」
「え、延珠!?」
突如現れたのは、同居人である藍原延珠だった。突然の来客に雪ノ下も由比ヶ浜もポカンとしている。俺に飛びついてきてすりすりしてきたが、雪ノ下と由比ヶ浜に気づいてお怒りになった。
「れ、蓮太郎!妾はこんな女知らないぞ。どういう事か説明するがいい蓮太郎」
「いや、それよりなんでお前ここにいる?1人で来たのか?」
「あら、私もいるわよ。」
「木更さん!?」
続いて現れたのは天童民間探偵会社社長の天童木更だ。ていうか殺人刀・雪影もってきてんじゃねぇよ……
「里見君、今日は依頼者に報告があるから早く事務所に来るように言ってたよね?まぁ事後報告だけだから問題はないけど、依頼人の方、里見君に会いたがってたわよ。礼がいいたいって」
「そ、そうか。すまん。」
木更さんは雪ノ下と由比ヶ浜を一瞥し、家庭科室の現状を見て、何か読み取ったようだ。
「まぁ、学校のほうで営業活動してくれてるとは思わなかったわ。おまけに依頼者は2人。里見君の料理教室、私好きよ。利率高いし、リピーターも結構多いし、何より作った物が食べられるもの!」
好きって言われてドキッとしたが、そのあとのセリフで台無しである。
「で、里見君。ん。」
手を出す木更さん。俺の作ったクッキーを置く。
「ん~~おいしい! ……じゃなくて!!」
「蓮太郎、妾も食べたいぞ!あーん」
「ほら」
延珠の口にクッキーを放り込む。幸せそうな笑顔だ。
「だから、依頼料よ!依頼料!」
「あ、いやその……」
無論依頼料は貰ってないし、貰うつもりもない。なぜならこれは奉仕部が引き受けた依頼なのだから。というかウチへの依頼だとしても依頼人の前でそういうこと言うな。
「あなた、いきなり入ってきてずいぶん失礼な事を言ってくれるわね。私たちは奉仕部で、里見君はこの部の部員。クッキー作成の依頼は奉仕部で受理した。これだけ言えば理解出来るかしら。」
おお、ようやく戻ってきたか。
「あなたこそいきなり出てきてなによ!あのね、はっきり言っておくけど、里見君は天童民間探偵会社が雇っているの!つまり里見君は社長である私のものなのよ!眼球から腎臓まで!」
範囲の言い方が怖い。臓器提供させるつもりなのか?
「な、それは違うぞ!妾と蓮太郎は将来を誓い合った中なのだ!つまり妾は蓮太郎のものであると同時に蓮太郎は妾のものなのだ!」
「誓い合ってない!」
延珠がさらなる爆弾を投下。雪ノ下と由比ヶ浜が「やっぱり……」とか言ってる。俺の叫びは届かなかったようだ。
「さて、ペド見君。短い間だったけど、お世話になったわね。今日は解散しましょう。とりあえず車を用意してあげるわ。」
「待て、お前パトカーを呼ぶつもりだろ。」
「さとみんキモイ!」
「アンタはそれしかないのか。」
「まったく、なにを照れておるのだ。昨日の夜もすごかったではないか」
「寝相がな!寝相だかんな!」
だれかこの状況をどうにかしてくれ!
「と・に・か・く!このあとも依頼が入っているんだから!さっさと帰るわよ!依頼人が帰っちゃったら、私、どうやって今月乗り切ればいいの……?」
「分かったから、分かったから!延珠、帰るぞ。雪ノ下、すまん、あと頼む。」
「まだこの女のことを聞いとらんぞ!妾は認めないぞ!」
「帰ったら説明する!」
「里見君。明日、奉仕部部室に来なさい。私もいろいろと聞きたいことがあるから。もし来なければ、幼女を餌付けして女社長をたぶらかす二股野郎という噂を流すわ。」
事実無根だ。しかしゲイバーのストリッパーよりはましな気がする。
「わ、分かったよ。それじゃあな」
幼女に迫られて、職場の社長にはこき使われて、学校では毒舌女とギャルに罵倒される。
やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
「そういえば、作ったクッキーを貰ってきたんだった。食べるか、延珠。」
会社事務室にて、俺はクッキーの入った包みを延珠に向ける。
「食べる~~♪」
ホント上手そうに食うな。これだから料理はやめられないんだよな。さっきのは雪ノ下のクッキーだが。
「里見君、私にもくれる?」
「あぁ。ほら」
木更さんにも包みを差し出す。
「ありがと、里見君。じゃあ私は、このチョコクッキーをいただこうかしら?」
ん、チョコ?たしか作ったのはプレーンクッキーだけのはず……。まさか、それチョコじゃなくて由比ヶ浜が作ったこげてるクッキーーーーー
「ぐふっ」
……合掌。