Touhou NET-GAME   作:納豆チーズV

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七.攻略前談(capture before)

 チルノが本当に〝シンクロシステム〟を自在に扱うことのできる使い手であるか。先日諏訪子に確認したそれの返答は、まさしくイエスだった。

 〝シンクロシステム〟がどういうものかを理解していないから、正確には自在の二文字は当てはまらない。だけどチルノは本当に必要な場面で適切に、確実にシステムを解放できるだけの生来の才能があると諏訪子は語った。

 才能。初めて会った際に対峙したチルノはそれなりには手強かったけれど、隣で一緒に話を聞いていたフランほどではなかった。だとすれば生来のと頭につけている辺りからも察するに、諏訪子の言う才能とは強さに類するものではなく、おそらくは物事に対しての考え方や捉え方のようなもの。

 一応フランにも〝シンクロシステム〟の存在を改めて説明し、それを解放する方法を聞いてみたりもしてみた。しかしこうしてフレンド登録を結ぶ前に交わした会話で彼女が〝シンクロシステム〟について首を傾げていた通り、やはり回答はわからないの一言で収穫はなかった。

 諏訪子が言うにはフランにもチルノと似た才能はあるようだが、さとりの時のように、居心地悪そうに縮こまるフランをじーっと観察した彼女いわく『元来の性格的な性質のせいでシステム解放に必要な条件の一つが満たしづらい』そうだ。その条件とやらを知らないさとりやフランには諏訪子の言葉の本質がどうにも掴みがたかったが、、要は〝シンクロシステム〟の行使のためにはいくつかの条件を満たす必要があり、フランはチルノほどには自由にシステムを操ることはできないということであろう。

 なにはともあれチルノが本当に〝シンクロシステム〟の使い手であることを確信できたことに、さとりはほっと息をついた。フランに尾行されて突如フレンド申請を送られるなどのトラブルがあったものの、デメリットを無視しメリットだけで考えてみれば、さとりが常々抱いていた頭数を増やしたいという悩みにもうまく合致していた。

 そして現在は諏訪子のもとを訪れた、さらに後日。さとりは昨日と同様にフランを連れて、《蛇蛙の森》で他のメンバーが来るのを待っていた。

 

「フラン。あんたはこの森には来たことあるの?」

 

 場所は普段チルノや大ちゃんが休んでいるという、大きな岩の根本にある小さな洞窟。

 洞窟の隅に座って軽く休息を取りながら、さとりは『感受光石』を興味津々につついているフランに問いかけてみた。

 フランはおそらくこれから森の攻略に繰り出すメンバーの中で一番レベルが高い。もしかすればこの森を攻略したことがあったかもしれないとも思ったが、そんな推測とは裏腹にフランはふるふるとかぶりを振った。

 

「ううん、ないわ。さとりも知っての通り私はプレイヤーキラーだったから。こんな全然人が寄りつかない森になんて行ったことないのよ。プレイヤーキルするのに誰も人がいないとこ行ったってしかたないでしょ? さとりと会った《子鬼の洞窟》の近くみたいにそこそこ人気なダンジョンなら何度か行ってみたことあるんだけど」

「プレイヤーキラーだから人が寄りつかないとこには行かないって、それ、他のプレイヤーを殺すためだけにゲームやってたってこと?」

「それが一番楽しかったんだもん。魔物の悲鳴もそこそこいいけど、やっぱり人じゃないとね。あと魔物はあんまり命乞いしてくれないし」

「……ひねくれてるわね、ほんと」

「まぁ、どこかの誰かさんのせいで今は他の人を殺してみても全然楽しくないんだけど」

「まるで私が悪いみたいに言わないでくれるかしら」

 

 システム上のフレンドとなる際にいくらか条件を設けることで実害はなくしたものの、あくまでそれは口先だけの約束。フランは悪魔は契約を破れないとは言っていたけれども、自分が楽しければそれでいい。そんなフランの考え方がなくなったわけではない。プレイヤーキラーとして活動していた頃のことを悪びれもせず語ってみせる辺り、多少信用はできようとまだまだ信頼はできなさそうだ。

 その後も、一言二言、ぽつりぽつりと雑談のように言葉を重ねていく。ただ暇つぶしとして話しているだけで、どちらも会話を盛り上げようという気はないから、このやり取りで信頼関係が築かれることはない。見方によってはどこか気まずい雰囲気に見えるかもしれないが、元より心が読める現実で他人を突き放した物言いをよくしているさとりにとっては慣れた空気であるし、フランはおそらくその極端に他人に興味を示さない性格上、空気を読むなんてことはまずやらない。どちらも気まずいだなんて欠片も思ってはいなかった。

 ただしそれはさとりとフランの二人にとってはの話である。後から訪れる第三者にとって、二人の間に漂うどことなく微妙な空気は非常に居心地が悪く映るだろう。

 

「さとりー、もういるー?」

 

 もっとも、その第三者が空気を読めるような器用な真似ができるほど賢いのであれば、だが。

 洞窟の入口からひょこっ、と無表情ながら元気な声音の少女が顔を出す。初めてゲームを始めた日からずっと一緒にこの世界を謳歌しているさとりの友達、秦こころだ。

 

「ええ、いますよ。こころさ……こころ」

 

 呼び捨ては、やはりまだ少し慣れない。

 

「入っていい?」

「許可なんていりませんよ。どうぞ入ってください」

 

 さとりの声を聞くと、彼女はとてとてと子どものように歩み寄ってくる。が、『感受光石』の前に座り込んでいる一人の少女の姿を認めると、ぴたりと足を止めて訝しげに首を傾げた。

 

「……おはよう? こんにちわ? 秦こころ……でいいのよね。しばらくぶり」

 

 そう言いながら、フランは立ち上がってはこころへと正面から向き直った。

こころからなにかを言われる前に自分から挨拶をした。それはさとりとフレンドになる際にした条件の一つ、コミュニケーションを、挨拶やお礼などはしっかりするという約束を覚えているからなのだろう。

 さとりは自らが殺しかけてしまったこころに対してフランが取る対応を見るため、あとこころが驚く姿が見たかったので、少々申しわけなく思いつつもこころにはフランのことを「もう一人一緒に行く人ができた」としか伝えていなかった。

 こころはフランの顔を認めると、慌てたように懐から扇子を取り出した。

 

「お、お前はあの時のっ、おそ、おそろ……お揃いのハロー! なぜここにいる!?」

 

 《恐ろしい波動》である。

 扇子を突きつけられても、フランは構えることはしなかった。それは当然、今のフランにとってこころは敵ではないからだが、こころはそんな事情はまだ知らない。

 フランは扇子を構えるこころを数秒ほどじっと見つめた後、すっ、と小さく頭を下げた。

 

「……ごめんなさい」

「……え?」

「あの時のことは、謝るわ。いきなり襲いかかったりなんてして、ごめんなさい」

「え、え? う、うん」

 

 かつて戦った苛烈に狂った雰囲気との差異に、こころはまるで肩透かしでも食らったかのように呆然と半ば反射だけで首を縦に振る。

 けれどその後すぐに正気に戻ったようで、縦に振ったはずの首を今度は思い切りぶんぶんと横に振り始めた。

 

「ま、待って! 待って待って! なんだ、これはどういうことなのだっ? さ、さとりっ! さとり、これどういうことなのっ?」

 

 フランはちゃんと謝ったので、こころに催促されたこともあり、この辺りででさとりも会話に入ることにした。

 

「……黙っていてごめんなさいね。こころに教えた一緒に行く人っていうの、こいつ……じゃなかった。前に戦ったこの女の子、フランのことなんです」

「え、えぇっ? えぇえっ?」

「こいつって、なんか私だけ扱いひどくない?」

「もとは敵だったんだからこんなもんでしょ」

 

 詳細を教えず、許可を得る前に勝手に連れてきたさとりにも非はある。だからさとりもまた、フランと同じようにこころに頭を下げた。

 

「ごめんなさい、私の独断で決めてしまって。こころからしたら信用ならない相手かもしれないけど……」

「そ、それはいいけど……ど、どうしてこんなことになってるの? さとりが大丈夫って判断したなら大丈夫なんだろうけど、どうしてこうなったかは教えてほしいところ……」

「それはもちろん。そうですね、フランと会ったのはこころに連絡をした少し前で――」

 

 順を追って事情を説明する。街の中でフランと遭遇したこと、フランの目的と、フレンド登録を結ぶ際に交わした条件。時折フランにも相槌を打ってもらい、間違いがないことも確認する。

 全部を説明し終えると、こころは難しい顔……はしていないが、難しそうに腕を組んで宙空に視線を彷徨わせた。

 

「うーん、つまり私たちと一緒に遊びたいってことでいいのよね。それなら歓迎するわ! 我らが大親分さとりの言うことはちゃんと聞くのだぞ!」

 

 扇子をさっと仕舞い、ぱぁっと両手を広げる。大分渋ったさとりと違い、普通に快く受け入れてくれた。

 きっとそれはこころの心が広いとかそういう理由からではなく、こころにとってのフランとの一戦はさとりと一緒にボスに挑むような感覚と同じだったから。それが仲間になったのなら心強い。きっとただそれだけの感覚に違いない。

 あまりの単純さに若干あきれるような気持ちもあるものの、これは間違いなくこころの長所と言える部分である。彼女の考え方を否定するつもりはさとりにはさらさらなかった。

 

「親分だって。それじゃあ私は子分のニにでもなるのかしら。友達が少ない頼りない親分さん?」

 

 フランがさとりをからかうように言うので、さとりもまた同様にふざけて返すことにする。

 

「子分って言うより狂犬かしらね。文字通りの」

「む、犬扱い? 私、これでも一応吸血鬼のお嬢さまなんだけど。もっといい例えないの?」

「じゃあなにがお望みなの? カラス? ワニ? 狸? どれもあんたには似合わなそうだけど」

「動物以外よ」

「念のため言っとくけど、人間も吸血鬼も広義の上では動物の一種よ? 犬とおんなじね」

「むぅ、また揚げ足取り? 性格悪いわね」

「あんたに言われたくない」

 

 そんなやり取りをフランと交わしていると、ふと、こころがじっとこちらを見つめてきていることに気がついた。特にいつものような大げさな仕草はなく、じっと見てきているだけ。

 フランは首を傾げていたが、それなりの付き合いになるさとりには最近彼女がどんな感情を抱いているのかが仕草で示してくれなくても、雰囲気で大体わかるようになってきていた。

 今のこころはおそらく、どこか物欲しげな、羨ましいというような思いを抱いている。今のフランとの会話の中のどこにそんな感情を覚える要素があったのかはわからない。

 だから聞いてみた。どうしたんですか、と。

 するとこころは、その質問になぜかさらに不満げな様子になって、さとりに言った。

 

「むぅ……フランには呼び捨てで敬語も使わないのに、どうして我には敬語を使う? もっと砕けた話し方をしてもよいのだぞ」

 

 一旦区切って、私みたいにー、と今度は比較的軽い口調で。

 なんだか少し前にも似たようなことがあった、と大ちゃんにこころの呼び方について指摘された時のことを思い出す。あの時もこころに結構な付き合いになるのに未ださん付けなのが不満だと、呼び捨てにするよう懇願された。

 こころには敬語だが、フランにはため口。深い意味があったわけではない。フランはもとが敵であったために丁寧に接する気にはなれず、こころに対してはさん付けの件と同様に喋り方が定着してしまっただけに過ぎない。

 しかしこころにとって、さとりがフランと隔てや遠慮なく話しているさまは、自分では立ち入れなかった距離にフランは簡単に踏み入ってしまったのだと。知らぬ間に急に他の人と自分以上に仲良くなっているのだと。そんな風に映っているらしい。

 私の方がさとりと付き合いが長いのに、仲がいいのに。

 要はそんな感じの、ただの嫉妬だった。

 

「ふ、ぷふ……」

 

 呼び捨てにしようとした時は恥ずかしすぎて倒れそうになってしまったが、こころがしてきた要求に対して抱いた印象は、今度はあの時と真逆だった。

 不満足を存分にたたえた瞳でさとりを見つめてくるこころには、その無表情の奥側に、頬を膨らませる仕草さえ幻視する。それはさながら構ってもらえず拗ねている子猫のような、子犬のような。

 さとりを思ってくれている。心が見えなくても、それだけは確かに読み取れる。

 そして気がつけば、さとりはこころの頭の上に撫でるように手を置いてしまっていた。

 

「えっ、え、さ、さとりっ?」

「……あ、ごめんなさい。いつもペットに対してしてるみたいに……無意識だったわ」

「むぅ……何度も言うが、我はさとりのペットではないぞ……」

 

 そう主張する割に、さとりの手が自分の頭から離れていくところを見るこころの目線は、どこか名残惜しそうな思いを秘めているような。そんな風に感じたのは、こころがペットだったらと幻想するさとりの願望の産物だったのか、はたまた本当に彼女がそう思ってくれていたのか。

 心が読めればわかるのに。そう思ってしまうのは、やはりわがままなのだろう。

 さとりの探るように覗き込む視線に、こころはなぜか顔を真っ赤にすると「わ、私は!」と声を上げた。

 

「わ、私はさとりのペットじゃなくて、友達だもん。だからその、えっと、これからは私にも敬語は使わなくていいんだよっ?」

「ん……そうで、いえ……そうね。まだ慣れないけど、ちょっとずつそっちも変えていくよう努力しま、するわ。それで、いいかしら」

 

 こころがそう望むのなら。ここで断ったら、こころにとってはフランの方がさとりと距離が近いと誤解したままになってしまう。自分を少なからず気にかけてくれている相手に、そんな感情をさせ続けたくはない。

 敬語をやめること。それに対して、名前を呼び捨てに変更した時のようなこっ恥ずかしさはあまりなかった……というのは嘘。ちょっと頬が赤らんでいることと、耳が熱を持っていること。それぞれがはっきりと自覚できる。

 けれども、それらはどちらもこころを呼び捨てにした時ほどではない。

 あの時は勢いあまってこころの胸の中に倒れたり、弱音を漏らしたり、散々恥ずかしいことをやらかしていた。今回あまり恥ずかしがらずにいられるのは、きっとあの時の反動なのだろう。多少こそばゆくても、あの時ほどまでは恥ずかしくはない。そういう意識のおかげで、きっと今のさとりは少なからず冷静さを保てている。

 とは言え、それはさとりの主観と、鈍感なこころの視点によるものである。第三者たるフランは顔を紅潮させているさとりを見上げ、「話し方変えるだけでこれとか初心(うぶ)すぎない?」とか同じく友達が少ない立場ながら内心鼻で笑っていたが、知らぬが仏である。今のさとりに心は読めない。

 こころはさとりの対応にどことなく満足げに頷くと、すっとさとりの隣に腰を下ろした。そうして、なにやらメトロノームのようにゆらりゆらりと左右に体を揺らし始める。

 一目見るだけで機嫌がいいとすぐにわかる。あいかわらず無表情ながら多彩な感情を示す、単純で純粋な少女であった。

 

「――で、氷の魔法ででっかい塊を作って、入り口を……」

「だからそれはダメだって言ってるでしょチルノちゃんっ。これから一緒にさとりさんたちに迷惑かけちゃダメっ」

 

 こころが来てからしばらく。ふと、洞窟の外の方からひそひそとした話し声が聞こえてきて、さとりは顔を上げた。洞窟の中からでは姿は見えなかったが、その声音は明らかにさとりが見知った二人の妖精のものだった。

 耳を澄ましてみればはっきりとその内容も耳に届く。どうやら、チルノが洞窟の入り口を氷の塊で閉ざして出られなくするといういたずらをしようとして、大ちゃんに止められているようだ。

 別に閉じ込められてもこころの『真空斬』やフランの炎の魔法で軽く突破できそうだが、せっかく庇ってくれている大ちゃんをこのまま放っておくのも忍びない。さとりはこころとフランに声をかけつつ、先に一人で洞窟の外に出ることにした。

 

「あぁー、出てきちゃったー……」

「さ、さとりさんっ」

「数日ぶりですね。ところで、なにかたちの悪いいたずらを画策しているように聞こえたのですけれど」

 

 さも偶然聞こえました、という風に問いかけてみると、大ちゃんは大慌てでチルノを庇うように前に出た。

 

「ち、違うんです。今のはその、えっと、えぇっとぉ……そ、そう! 私がしようって言って、だからチルノちゃんは別に悪くは」

「大ちゃんなに言ってるの? やろうって言ったのあたいだよ?」

「ちょっ、ち、チルノちゃんはほんとにもうっ……!」

 

 せっかく大ちゃんが庇おうとしたのに本人がばらしては元も子もない。バカなのか、ある意味肝が座っているのか。

 もっとも、さとりにちょっと二人をからかってみただけに過ぎない。いたずらの事情は初めから全部わかっていた。怒られる、と縮こまっている大ちゃんに、さとりはできる限り優しく見えるよう軽く微笑んでみせる。

 

「冗談です。全部丸聞こえでしたから、その上でからかってみただけです。怒ってはいませんよ」

「そ、そうだったんですか。でもその、ごめんなさい。チルノちゃんが……」

「構いません。未遂ですし、大ちゃんが止めてくれましたからね。ただ……実際にやられたとなったらどうなるかはわかりませんが」

 

 子どものいたずら程度、さとり自身はそこまで気にはしない。けれど、そのせいでこころに迷惑がかかったりするのなら話は別である。現実では妖怪である身としても、その時は相応の仕置きをする必要があるだろう。

 そんなさとりの内心が表情や声色ににじみ出ていたのか、大ちゃんはびくっと一瞬全身を震わせた。

 

「ひっ!? わ、わかりましたっ! こ、これからはじゅうぶん気をつけますし気をつけさせます!」

「む、大ちゃんを怖がらせたらあたいが――」

「だから全部私たちのせいだから! ほら、チルノちゃんも謝るのっ!」

 

 あくまで私たちのせい。チルノのせいとは言わない。さとりにとってこころが大事な友人であるように、きっと、大ちゃんにとってもチルノは大切な友達なんだろう。そしてその逆、チルノにとっても。

 

「二人ともこの前ぶりー」

「なにこのよわっちそうなやつら。こいつらいる?」

 

 さとりに続いてこころとフランが洞窟から姿を現す。チルノと大ちゃんを見た二人の反応のテンションはそれぞれまるでかけ離れたものだ。

 大ちゃんがこころに行儀よくお辞儀をする最中、初対面であんまりな言い草にチルノがフランに食ってかかっていた。

 

「ふんっ、あたいたちの強さがわからないなんてまだまだね。力のじげんが違いすぎるとどっちの方が強いのかわかんないって聞いたことあるし、お前相当弱いんだなー」

「あー? 私が弱いだって? あはは、これは傑作だわ! 力の次元が違うと力量差がわからないって、それまんまあなたのことじゃないっ。あなた相当弱いのねぇ、あわれだわー」

「なんだとー! この、だったらどっちの方が強いのかここで証明してやるー!」

「上等よ。さ、どこからでもかかってきなさい? あなた程度、この私が軽く捻り潰して――いたっ!?」

 

 さすがに見過ごせなかったので、フランの頭に帽子の上からげんこつを落とす。恨めしげに涙目で睨みつけてくるが、どう見ても今のは先に挑発したフランが悪い。

 

「私が提示した条件、忘れたの? 私たちに危害を加えないこと。それは私やこころだけじゃなくて、この二人も例外じゃない」

「むぐぐ……はぁー、わかったわよ。えーっと、チルノ、でいいんだっけ? 悪かったわね、弱いだとかんだとか言って。正直全然強そうには見えないけど一応謝っとくわ」

「フラン、挨拶とお礼と謝罪はどうしなくちゃいけなかったかしら」

「……訂正。強いか弱いかは実際に見ないとわからないわよね。第一印象で勝手に決めつけて、悪かったわ。ちゃんと謝る」

 

 確認するようにさとりを上目遣いで見つめてくるフランに、今度はしっかり謝罪ができていたので、こくりと頷いてみせた。

 チルノの方は変わらず「ふふん、あたいの方が強いって認めたのね」と挑発気味な言葉を放っていたが、さとりに注意されたフランはそれをもうまともに相手にはしなかった。はいはいと適当に流す。

 そのうちフランに対しさとりがしたことと同じように、大ちゃんが調子に乗っているチルノを諌め、この場の小さなトラブルは収束した。

 

「なにはともあれ、これで全員集まったわね」

 

 この《蛇蛙の森》の攻略は今集まった五人で行う。さとりとこころはいつも組んでいるから問題ないが、チルノや大ちゃん、そしてフランは別だ。

 さとりとこころの二人だけであれば息を合わせた連携をアイコンタクトだけで行うことができる。けれどあの大量の蛙の魔物を相手に逃げるくらいしかなすすべがなかったことからも察するに、おそらくこの森はさとりとこころの二人だけでは乗り切ることは少々難しい。他の三人の力が必要になる時は必ず訪れる。

 チルノと大ちゃんについては以前蛙の魔物たちから逃げる際に多少共闘したから誰がどんな戦闘スタイルなのかはそれなりに理解してはいるが、連携までもうまく取れるとは言いがたい。フランに至っては今回が初めて組む上に、フラン自身にとっても誰かと一緒に組むだなんて初めてのことだろう。かなりの不安が残る。

 なのでまずはそれぞれどういう戦い方が得意なのかを明言し、それを全員が理解しておく必要があるとさとりは感じた。要は全員で改めて自己紹介を行うのである。なにより、今日新しく加わったフランはチルノや大ちゃんとは今回が初面識だ。彼女に二人のことを知っておいてもらうことも、二人にフランのことを知ってもらう意味でもしておかなければ攻略に支障が出る。

 その旨を全員に話し、まずは言い出しっぺからと、さとりが名乗り出た。

 

「皆知っている思うけれど、私は古明地さとり。ジョブは『魔術師』と『斥候』と『調教師』よ。『調教師』って言ってもペットはいないから、基本的には『魔術師』として中距離から支援攻撃をしたりすることになると思うわ。剣も使えはするけれどこれもサポートか自衛程度ね」

「あれ? さとりさん、敬語は……?」

 

 大ちゃんが首を傾げる。こころやフランに敬語を使わず話していたこともあって、勝手に抜けてしまっていた。

 

「さきほどこころに敬語を使わなくてもいいと言われちゃいまして。せっかくなので好意に甘えることにしたんです」

「あ、それなら私たち、私とチルノちゃんにも敬語なんて使わなくてもいいですよ。さとりさんの方がなんだか歳上っぽいですし」

「ん……それなら、遠慮なくそうさせてもらおうかしら。大ちゃんは敬語のままでいいの?」

 

 チルノや大ちゃんに対して敬語をやめることはこころに感じたほどの抵抗はなかった。まだ付き合いが浅いから戸惑いや恥じらいが少ないという部分が大きいのだろう。

 

「あはは、私はチルノちゃん以外には自然とこうなっちゃって……作ってるわけじゃないので気にしないでください」

「そう。ならいいけど」

 

 さとりの紹介が終われば次は当然、さとりの相棒たる彼女の出番である。

 こころは一歩前に歩み出ると、「あーあー」と声を調節するように何度か喉を手を当てた。最後にこほんと咳払いをすると、むんっ、とそこそこある胸を張る。

 

「我が名は、こころ! 秦こころであるっ!」

 

 どーん。そんな擬音が背後に見えた気がした。

 

「我の力を教えよう。我が力の一つは『槍士』、薙刀を扱うための術。二つ目は『奇術師』、薙刀や扇子を面妖に操るための術。そして最後の『精霊術師』は、それらをより強力に使いこなすための術である」

「ふーん。っていうか初めて見た時から思ってたんだけど、その変な面ってなに? クマのお面? おしゃれのつもりなの?」

 

 フランがつっこむと、こころは「ふっふっふ」と含み笑いをしながら、その側頭部につけていたお面を前方に回した。

 デフォルメされたクマのお面を正面に自信満々に自己紹介するさまは正直言ってシュールである。

 

「よくぞ聞いてくれた。これこそは我がこの世界に降り立ってより、我が友さとりとともに初めて倒した強敵、森のクマさんの戦利品から作り上げた至高の面である。これを付けることにより我は風の力をより自在に操ることができるようになるのだ」

「へぇ。そのお面で風の攻撃が強くなるんなら、別の属性のお面もあるのよね? いろんな属性を使い分けられるなんてなかなか便利ね」

「え。あ、いや、その、一応でっかいゴブリンのお面ならあるけど、あれ地属性のお面で……でも私自身は地属性のスキルは持ってないから、その、まだ使えないというか……」

「風しか使えないってこと? それはそれでなんというか、よくそんなんでそんな自信満々になれたわね」

「ごめんなさい……」

「いや別に責めてはないんだけど」

 

 尊大な口調が引っ込み、徐々にしぼんでいくこころ。なんとなくかわいそうだったので、ぽんぽんと頭を軽く撫でてあげれば、彼女はしばらく目をぱちぱちとさせて面越しにさとりを見つめた後、一気に耳まで紅潮させてさとりからばっと離れた。

 慌てすぎなこころにちょっとだけくすくすと笑ってしまって、どことなく不満そうな感情を込めた視線を送られる。お面の上からなのでわかりにくいが、さとりにはわかる。

 そんなこころに「ごめんなさい」と軽く謝って、さとりは次の一人、チルノへ目線を向けた。

 

「お、次はあたいか? ふっふっふ、ならば聞いておののけ! あがめてたたえよ! あたいの前にひれふせー!」

「チルノちゃん、それ意味わかってて言ってる……?」

「あたいはチルノ! じょぶはー……じょぶ? えっと、じょぶ、じょぶ……あ、じょぶの後はすとれーとだっけ? ふっくとあっぱーってのも知ってるぞ!」

 

 それはボクシングであるし、ジョブではなくジャブである。

 大ちゃんは小さくため息をつくと、チルノの代わりにチルノの紹介を始めてくれた。

 

「チルノちゃんは『剣士』と『盗賊』と『氷術師』のジョブを取っています。いつも使ってる武器は氷属性の剣で、これで相手を斬りつけるとそのたびに相手の動きを鈍らせることができるんです。遠くから氷の魔法もたくさん撃てますし、『盗賊』のジョブのおかげで速いので、どの距離からでも連続攻撃をしていけるのが強みです」

「へぇ。強いって自慢してたのは口だけじゃなかったのね。っていうか聞いた限りだとさとりより強いんじゃないかしら? さとりって言っちゃえばただの『魔術師』だものね」

 

 フランがからかうように言ってくるが、さとりはただ肩をすくめてみせた。

 

「まぁ、火力がないのは自覚してるわ。杖でも作るなりして近いうちにどうにかしたいとは思ってる」

「あれ、否定しないのね。思ってたより素直」

「事実だもの。でも、火力がないなりに私は私でうまく立ち回っていくつもりよ」

「ふぅん。まぁ、さとりの厄介さは前に戦った私がよく知ってるから心配してないわ。最後の『衝撃(インパクト)』の執念深さはさすがに舌を巻いたもの」

「あら、あなたも思ったより素直じゃない」

「事実だもん。あれがなかったらそこの無表情の、こころだっけ? その薙刀だって食らうことなかったし」

 

 かつては敵だったのに、これからの攻略では肩を並べる。改めて意識してみると、なんとも奇妙な感覚だ。

 フランと顔を見合わせる。そこでお互いに同じ感覚を覚えていたことがなんとなくわかって、ほんの少しだけ笑い合った。

 ここまでフランとは刺々しい会話が続いていたが、ちょっとだけ関係が前進した気分だった。

 

「えっと、チルノちゃんの次は私ですね」

 

 そう言ったのは大ちゃん。かつて共闘したとは言ったが、彼女に関しては謎が多い。なにせ大ちゃんは直接的には戦ってくれなかった。というか、戦闘能力があるのかどうかすら怪しい。

 そしてそんなさとりの少し心配そうな視線に、なぜかチルノの方が自慢げに胸を張っていた。

 

「私のことは大ちゃんとでも呼んでいただけると嬉しいです。ジョブは『庭師』と『精霊術師』と『聖職者』の三つを持ってますが、直接戦闘系のスキルやアビリティはまったくと言っていいほど持ってないので、私本人の戦闘能力はあんまり期待しないでいただけると助かります……」

「私本人の、ということは、大ちゃんは他の人のサポートが得意ということでいいのかしら」

「はいっ。チルノちゃんと一緒にいる時は『精霊術師』と『聖職者』の混合スキルの一つの『攻撃持続性氷属性強化(ノンストップアイスリインフォース)』っていう支援スキルを使ったり、『聖職者』の回復スキルで傷や状態異常を治したりしています」

「大ちゃんはすごいんだぞー。攻撃が超強くなるし、どんな怪我だって一〇秒もあればぱっと治してくれるからなっ」

「えへへ、戦闘はいつもチルノちゃん任せなんだけどね……私にはサポートくらいしかできないから」

 

 回復と強化。大ちゃんはサポート特化のスキル構成をしているということだ。戦えないという欠点は確かに多少目立つものではあるが、それ以上に恩恵の方がはるかに大きい。

 特に回復が可能なことは、つまりどんな怪我や状態異常を負ってもすぐに再起できるということだ。これまで慎重に行かなければいけなかった場面でも、多少思い切った選択をできるようになる。そうなれば戦闘や攻略の効率は目に見えて格段に上がるはずだ。そのぶん怪我を負うことも多くなるけれど、そのために大ちゃんがいる。

 

「じゃあ、最後は私ね」

 

 残ったのはフランだ。フランはなんの気負いもなさそうに、すっと自分の胸の前に手を置いた。

 

「私はフランドール、フランドール・スカーレットよ。フランでいいわ。ジョブは『戦士』と『炎術師』と『魔術師』。スタイルは、そこのチルノってやつとは真逆のタイプになるのかしらね」

「あたいと逆?」

「そ。あなたはスピード重視の魔法剣士でしょ? でも私はパワー重視の魔法剣士。主な武器は大剣よ。戦い方は炎の魔法で広範囲を焼き払ったり、吹き飛ばしたり、あと複合スキルツリーの『紅蓮剣技』のスキルかしら。一撃には自信があるわ」

 

 フランの攻撃が非常に強力であることはさとりもこころもその身をもってじゅうぶんに味わっている。広い草原の一角を一撃にして焼け野原に変えてしまったあの衝撃は忘れられない。

 ただ、一つだけ懸念事項があった。

 

「一応言っておくけど……木が密集してるようなとこで『大紅蓮剣(オーバーブレイズブレイド)』とか、ああいう広くて強すぎるのは使わないでね。森が焼けたせいでこっちも焼かれちゃ世話ないんだから」

「そんなこといちいち言われなくたってわかってるわ。狭いとこでの戦いはあんまり得意じゃないけど……新しく私が楽しめることを見つけるためだもの。そのためならなんだってやるって、もう決めてるから」

 

 森と言うだけあって自然はそこら中にある。おそらくこの森であのような大火力の切り札を繰り出せる場面は非常に限られてくる。もしかすれば一度として訪れないかもしれない。それはつまり、フランの本来の実力が発揮できないということでもある。

 それでも、多少不満そうにしつつもフランは当たり前とでも言うように頷いてみせた。なにも楽しくなかったはずの死の間際で笑ってみせたさとりと一緒にいること。その一点は今のフランにとって、きっとなによりも重視、優先すべき決定事項なのだろう。

 とにもかくにも、これで全員の自己紹介が終わった。そしてそれらの情報をもとに、さとりは基本的な戦術を頭の中で構築していく。

 近接戦闘が得意なフランとこころが前衛で、『魔術師』のさとりは中衛で援護、状態異常を操ることができて近距離遠距離と隙がないチルノは軽い遊撃隊、そして大ちゃんが守るべき後衛と言ったところか。

 フランとこころは遠慮なく敵と戦ってくれて構わないが、さとりとチルノは戦闘の最中、大ちゃんを守り通すことも頭に入れておく必要がある。彼女の生存は森での攻略効率、ひいてはメンバー全員の生存確率にも直結する。時には少なからず自分の身を犠牲にしてでも守り切らなければいけない場面もあるかもしれない。

 そう言ったそれぞれの立ち位置を、さとりは全員に説明する。こころはいつも通り迷うことなく頷いて、フランはこれまで一人だったから複数人での戦い方はよくわからないとのことで、これまた口を挟むこともなく素直に首を縦に振った。チルノはちんぷんかんぷんと言った具合で小首を傾げていたが、要は大ちゃんを守りつつ自由に動いてくれればいいと言えば「いつも通りにやればいいんだな!」と承諾してくれる。大ちゃんは大ちゃんで守られることを申しわけなさそうにしていたけれど、そのぶんだけサポートに期待していると告げると、その瞳の奥にやる気の炎が灯り出す。

 

「それじゃ、これで準備は万端ね。四人とも、なにか忘れ物とか言っておきたいこととかはない?」

「ないよー」

「私も別に。強いて言うなら、視界の外から近寄ってきたりはしないでね。間違って攻撃しちゃうかもしれないし」

「ここにいるやつらでこの森を制覇するんだよな? ははー、胸が鳴るぜー」

「たぶんだけど……それ、腕が鳴るだよ、チルノちゃん」

 

 背につり下げた剣、身につけている装備の各所。特に破損も不具合もないことを確認し、他の四人を連れて樹木の密集する獣道へと足を踏み入れる。

 

「目的を再確認するわよ。この五人で《蛇蛙の森》を攻略する。できれば誰一人欠けることがないように……さ、行きましょうか」

 

 新しい冒険と、〝シンクロシステム〟の謎を解き明かすため。未攻略ダンジョン《蛇蛙の森》の探索が始まった。


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