デート・ア・ライブ 士道デイリーライフ   作:サイエンティスト

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「ストラテジー」=「計略、策略、戦略」
 何だかんだで一年ぶりの更新になりました。最近は妙に湧き上がる性欲を発散するためにずっとR18の方で書いてましたからね。他の作品に浮気もしてましたし……。
 ちなみに続きを書くに当たって読み直しましたが、何故か読んでて恥ずかしかったです。あと今回かなり気をつけましたがR18の時のノリが抜けずに書いてしまった部分があるかもしれません。もうエッチなことを書く時の初々しい羞恥心なんてなくなっちゃったので。もしかしてまだ初々しかった時に書いたものだから逆に恥ずかしいのかな……?
 ご期待に添えなかったり不快な気分にさせてしまったら申し訳ありません。





美九ストラテジー

「ひ、酷い目にあった……」

 

 扉が開くなり脇目も振らずにゴンドラから飛び出し、安心感のある固い地面を踏みしめて盛大に一息つく士道。

 ゴンドラが揺れるほどの必死の抵抗により、地上に到達するまで何とか尊いものを守り通すことができた。とはいえ完全に無事というわけではない。胸元のリボンは解け髪は乱れ、ブラウスもセーターも肩が覗くほどずりさがっている。

 その様子が果たしてどのように映るのか周りの男達がちらちらと視線を向けてくる。理由はあまり考えたくない。

 

「えー、とっても楽しかったじゃないですかー?」

 

「そりゃあお前は楽しかっただろうよ……」

 

 士道とは対照的におしとやかとも取れるほどゆっくりとゴンドラから降りてくる美九。満足気な笑みが浮かぶ頬や肌の色艶が増しているのは気のせいではないだろう。

 最早声を荒げる気力もなく、士道は着衣の乱れを直しつつ溜息をついた。

 

「そういえばずっと疑問に思ってたんですけど、士織さんはどうしていつもショートパンツをはいてるんですかぁ?」

 

「いや、聞かなくても分かるだろ!? 言っとくけど履くのが駄目ならもう女装はしないからな!?」

 

 しかし男として譲れない一線を理解していない美九に再び荒げる気力が湧き上がってくる。

 

「えー、士織さんは女の子なんですからちゃんと徹底しましょうよー?」

 

「違うから! 女の子じゃないから! ていうかこれ脱いでも舌は男物の下着だからな!」

 

「そうなんですかー? 残念ですぅ、士織さんなら可愛い下着が似合いそうだと思うんですけど。うーん、どうすれば士織さんに穿かせることができるんでしょうかぁ……」

 

 そんなくだらないことを呆れてしまうほど真剣な様子で考え始めた美九。

 似合う云々の前に履いてしまったら男として何か越えてはならない一線を越えてしまう。なので女装は今の姿が限界だった。レベルアップして最終段階に突入する気は毛頭なかった。

 

「はあっ……冗談はここまでにして早く昼飯にしようぜ。何か声出しすぎて喉渇いてきたぜ」

 

「――っ!? そうですねー、冗談じゃなくて本気だったんですけどお昼を買いに行きましょうかー!」

 

 士道の提案に一瞬息を呑むような様子を見せ、満面の笑みでさらりと答えた美九。何やら反応がおかしかった気もするが、それより少し気になることがあった。

 どうやら美九は士道の女装があまりにも似合っているせいで女装の限界に思い至っていないらしい。無いものをあるように誤魔化すことはできても、あるものを無いように誤魔化すことはできないということに。

 

「あのなぁ、美九。仮に履いたとしてもお前の想像してるように可愛くはならないって分かってるか? もの凄く見苦しいことになるんだぜ。男と女じゃ、その……下半身の、構造が違うから……」

 

『うわっ、それセクハラよ士道。まぁ言ってること自体は間違ってないわね。あなたに見苦しくなるほど立派なモノがあるとすればの話だけど』

 

「お前の台詞こそセクハラだろ! 仮にも年頃の女の子がそんなこと言ってんじゃねぇ!」

 

 言い淀みながらも教えてやった士道に対して、琴里がわりとスレスレの言葉をかけてくる。

 あんなに純粋で可愛かった幼い妹がこんな下ネタを口にしてしまうとは。おにーちゃんとしてはかなり悲しかった。

 

「そうなんですよねぇ。でも士織さんかだーりんなら平気です。というかもう士織さんが恥ずかしがって震える姿が見られるなら何でも構いません! というわけでお願いします、士織さん!」

 

「分かってて本気で言ってたのかよ!? 何度頼まれたって絶対それだけは嫌だからな!」

 

「うぅ、士織さんったら意地悪ですぅ……えーん、ぐすぐす……」

 

 瞳を輝かせ拳を握って力説したかと思えば、今度はその場に蹲って泣き始める美九。

 もちろん嘘泣きだが会話を耳にしていない通行人にはまるで士道が本当に泣かせたように見えることだろう。一応女装によって周りからは女の子だと思われているので視線はさほど刺々しくないが、居心地が悪いことに違いは無い。

 

「あー、もう……それだけは絶対嫌だけど譲歩はしてやるよ。普通の女装ならたまにならしてやるから、もう嘘泣きやめて立ってくれよ。周りの視線が痛いぜ……」

 

「本当ですか士織さん!? いつでも女装してくれるんですかぁ!?」

 

「たまにな!? たまに!」

 

「ありがとうございます! 士織さん大好きですぅ!」

 

 再び瞳を輝かせながらガバッと身を起した美九の反応に、さすがの士道も譲歩したことを後悔せざるを得なかった。嘘泣きだろうとなんだろうと女の涙は武器になってしまうのだから恐ろしい。

 上機嫌で当たり前のように腕に抱きついてくる美九にほとほと呆れながらも、士道は昼食を買いに二人で歩き始めた。

 店の中などで食べるわけではないので、昼食はファーストフードにすることとなった。要するにハンバーガーやポテトといったジャンクフードだ。食事を摂る場所は観覧車から見つけた園内の端の休憩所。視界が広く園内の様子が良く見渡せるので、食事と同時に景色も楽しめるなかなか良いロケーションだ。

 二人用の小さな丸いテーブルに向かい合って座り、ドリンク片手にジャンクフードを頂きながら景色を楽しむ。別に高価なものを食べているわけではないがささやかな贅沢と思えるほど良い気分だった。

 

「うーん、おいしいですねー! 青空の下で可愛い女の子と一緒に食べるご飯は最高ですぅ!」

 

「女装してる男は女の子にカウントするべきじゃないと思うんだけどな。それよりも美九、本当にそれ全部飲むのか?」

 

 士道はおいしそうに少しずつハンバーガーを頬張る美九の傍らに視線を注ぐ。そこにあるのは美九が注文したドリンクだ。ただし大きさは最も大きいLサイズ。声を荒げまくったせいで喉が渇いている士道でも全部飲むのは気が引けるような大きさである。

 

「はい、そうですよー? 何だか今日はとっても喉が渇いてるんですぅ。うふふふ……」

 

「明らかに棒読みじゃねぇか。さすがに多いって言っただろ?」

 

 士道の疑問に美九は棒読みで答えてきた。その上表情は明らかに作り笑い。多分士道とのデートで開放的な気分に浸っていたせいで欲張ってしまったのだろう。

 一応自分でも失敗したと分かっているらしい。美九はストローのささったプラスチックのフタを外して中を覗きこみ、残っている量を見て表情を暗くしていた。

 

「そうですねー、さすがに美九一人だと多すぎでしたぁ。これだけいっぱい残すなんて罰当たりですぅ……」

 

「まぁ、確かにちょっともったいないよな。もう飲めないって言うなら俺が飲むよ。さすがに全部は無理だけどな」

 

「本当ですかぁ! ありがとうございます、士織さん!」

 

 カップのフタを戻さずテーブルに置き、満面の笑みでドリンクが並々と注がれたコップを差し出してくる美九。

 自分の分のドリンクもまだ残っているがさすがに半分以上残っているものを捨ててしまうなど気が引ける。多少無理をしてでも量を減らすことに決めた士道はコップを受け取るために手を伸ばした。

 

「――あっ!」

 

「うわっ!?」

 

 だがコップの側面を濡らす水滴で滑ってしまったのか、受け取る直前に美九の手からコップが離れてしまった。士道の方に、フタの無い飲み口を向けて。

 

「きゃー! 手が滑って飲み物を零しちゃいましたぁ! 大丈夫ですかぁ、士織さん!?」

 

「あ、ああ、少し濡れただけだから平気だって。けどこれは着替えが必要だな……パンツまでグショグショだし……」

 

「本当ですか!? 本当にそんなに濡れちゃったんですかぁ!? 本当に着替えが必要なほど濡れちゃったんですかぁ!?」

 

「何でそんなに興奮した表情してんだよ!? 何か別の意味で取ってないか、お前!?」

 

 鬼気迫る表情で身を乗り出してきたかと思えば、今にも涎を垂らさんばかりの危ない表情で呼気を荒くし始める美九。

 別の意味についての話題はさておき着替えが必要なのは確かだ。何せ半分以上中身が残っているLサイズのドリンクが全て士道の膝目掛けて流れ落ちてきたのだから。

 幸い上着は無事だがスカートはもちろんのことショートパンツも下着もびしょ濡れで、糖分を含むジュースだったせいもあり肌に張り付く感触はベトベトで非常に気持ち悪い。

 

「とにかくそのままじゃ風邪を引いちゃいますからすぐに着替えないと駄目です! 一旦お手洗いに行きましょう、士織さん! 着替えを用意してきますからそこで待っててください!」

 

「お、おう。ていうかお手洗いってもしかしなくても女子トイレの方だよな……」

 

 さすがに美九が着替えを持ってきてくれる以上、男子トイレには入れないだろう。女装の上に女子トイレに足を踏み入れなければならない気まずさに襲われながらも他に選択肢は無く、士道は美九に手を引かれるまま連行されていった。

 

『濡れるだとか女子トイレだとか、何さっきから嫌らしい想像してるのよ。今日は女装で欲求不満を解消してるんじゃなかったの?』

 

「い、嫌らしい想像なんてしてねぇよ! ていうかそんなことして不満を解消できるほど性癖は捻じ曲がってないからな!?」

 

『それはどうかしら。もしかしたらこれから開放感の味を占めて目覚めるかもしれないわよ?』

 

「はっ? それって一体どういう意味だよ?」

 

『さぁ、自分で考えてみれば? ああ、さすがに女子トイレの中までモニターはしないから安心してゆっくり着替えなさい。ふふっ……』

 

 美九に女子トイレへと連れ込まれる直前、琴里の意味深な笑い声が耳に届く。多少疑問に思ったが覗かれないのなら文句は無いので、特に士道は追求しなかった。

 そうして半ば無理やり個室に押し込まれ、美九が着替えを持ってきてくれるのを待つ。濡れたショートパンツやら下着やらを脱ぐことも考えたが、美九から着替えを受け取る時のことを考えるとまだ履いていたままの方が懸命だ。

 仕方なく士道は便座に腰を下ろし、美九が着替えを持ってきてくれるまで濡れた座布団に腰掛けているような不快な感触に耐え忍んでいた。

 

「お待たせしました、士織さん! タオルと着替えを持ってきましたぁ! はぁっ……はぁっ……!」

 

 しばらく待っていると数分もしない内に息を切らした美九が戻ってきた。

 着替えの用意なかったものの、幸いウォーターコースターのアトラクションの近くでは着替えが販売されている。濡れた女の子がいそうなあの付近に美九を近づけるのは少々気が咎めたが、緊急事態なのでやむを得ない措置だった。

 

「ああ、サンキュー。じゃあ着替えるから外でちょっと待っててくれ」

 

「いいえー、ここで待ってますぅ。士織さんが着替えた姿を一瞬でも早く目にしたいですからー」

 

「そ、そうか。何かやけに嬉しそうだな……?」

 

 着替えとタオルの入った紙袋を受け取った士道は、扉を閉める前に目にした笑顔で佇む美九の様子に妙な胸騒ぎを感じた。目だけ笑っていないというわけではないのだが、若干邪な感情が見えたからだ。まるで士道が着替えるこの瞬間を狙っていたとでも言うような、途轍もなく邪な感情が。

 

「――っ! ま、まさか……!」

 

 ここにきて士道は最悪の可能性に思い至り、破けそうな勢いで紙袋に手を突っ込み中身を調べた。

 

「……やられた」

 

 そして深く溜息を零し、額に手を当て呻く。

 何故なら用意されていたのはとても短いミニスカートと、可愛らしい三段フリルの下着だったのだから。しかもショートパンツは無し。

 念のため紙袋を引っくり返して揺さぶったりしてみたが、当然他の着替えは出てこなかった。

 

「……なぁ、美九」

 

「はい、何ですかぁ?」

 

「これ何だ?」

 

「士織さんの着替えですよー?」

 

「じゃあ何で下着が女物なのか詳しく教えてくれ。あとスカートの短さと短パンが無い理由も」

 

「士織さんがそれを身に着けた姿を美九が見たいからです!」

 

「ちょっとくらい誤魔化せよ! さてはお前ジュース零したのもわざとだな!?」

 

 返って来たのは全く悪びれもしない欲望に忠実な返事。

 たぶん昼食の最中に士道の膝に飲み物を零したのはわざとなのだろう。下着やらスカートやらをわざと汚して着替えざるを得ない状況を作り、ウォーターコースター近くの売店で着替えを購入。後は持ってくればもう士道にはそれを着る以外に選択肢は残されていないわけだ。あざといにもほどがある。

 

「すみません、士織さん! 他に方法が無くて……! どうしても……どうしても、見たかったんですっ!」

 

「何で人の女装姿をそこまで切実に見たがるんだよ、お前は!」

 

 ドアの向こうから返ってきたのは唇を噛んで喉の奥から搾り出すような切実な願い。

 そこまで真剣に願われたら叶えてやりたい気持ちになるがさすがにこれは無理だ。女の子用の可愛いふりふり下着を履いてショートパンツ無しのミニスカート姿で園内を回るなど、考えただけで羞恥心で叫びだしそうになってしまう。

 紙袋に問題の着替えを詰め直した士道は琴里に助けを求めることにした。

 

「琴里、替えの着替え用意してくれよ。さすがにこんなもの履けねぇよ……」

 

『何馬鹿言ってるのよ。せっかく美九があなたのために用意してくれた想いのこもった着替えなのよ。あなたも男ならこれくらい受け止めてや――ぷっ、くくっ……!』

 

「今吹き出したろお前!」

 

「士織さん士織さん! 早く出てきて士織さんの晴れ姿を美九の網膜に焼き付けさせてください!」

 

 極めて真剣な声音でたしなめてきたかと思えば耐えられずに笑いを零す琴里と、ドアをドンドン叩いて急かしてくる美九。

 ノックの連打を無視して頭を抱える士道に突きつけられた選択肢は三つ。

 濡れてしまった着替えを身に付けること、七罪の能力を使って着替えをまともなものに変化させること、現実を受け入れること。

 一つ目の選択肢が一番常識的な対応かもしれないが大きな染みのできたスカートとショートパンツという粗相をしたような状態で歩くのは女装以上に恥ずかしいし、今は一応冬なので風邪を引いてしまうかもしれない。

 二つ目の選択肢はかなりの荒業でありつつもまともな格好になれる素敵な考えだが、こんなくだらない状況で精霊の能力を用いるなどあまりにも馬鹿げているし、何より例え悪ノリしていなくとも琴里が許してくれないだろう。

 三択と謳いながらも実質選択肢はたった一つしかない。

 今日一番の重い溜息をつき、士道は紙袋の中からとても可愛らしい着替えを再び取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふふ。素敵です、士織さん。とっても良く似合ってます。はあっ、はあっ……!」

 

 背後から届くのは美九の興奮を隠そうともしない荒い息遣い。確かめずともその視線が士道の下半身を舐めるように眺めていることが邪な気配ではっきりと分かった。

 

「た、頼むからあんまり見ないでくれ、美九! 恥ずかしさでどうにかなりそうだ……!」

 

 視線を注がれている後ろ側のスカートの裾を右手で押さえ、同様に前は左手で押さえ決して下着が見えないよう必死に隠す。

 悲しいことに士道はついに可愛い下着とミニスカートを履き、大人の階段的なものを一つ上らされて強制レベルアップを果たしてしまった。最初はまともな着替えを買いに行くための一時しのぎのはずで着替えたのだが、少しでも買いに行くような素振りを見せると美九がアメフト張りの巧みなディフェンスで以って妨害してくるのでもう諦めた。

 なお、その際の美九の手つきは左右に広げるのではなく腰の辺りで自然体。たぶん抜こうとするとタックルされるのではなくスカートを捲られるので危険を冒す気にはなれなかった。

 とりあえず今日の記憶は壁に頭を打ち付けてでも速やかに抹消する予定である。

 

「その反応も堪りませんっ! 恥ずかしがって縮こまる士織さん、グッドです!」

 

「ちくしょう、こんなのほとんどパンツ一枚と変わらないじゃねぇか……何で女っていうのはこんな格好で恥ずかしげも無く出歩けるんだよ。もっと恥じらいを持ちやがれ……」

 

 軽く涙目になりながら最初の女装で抱いた感想と同じような感想を改めて抱く士道。しかし今回は以前よりも酷い。ショートパンツが無いので下着が直に外気に触れて驚くほど寒いし、ヒラヒラのミニスカートはあまりにも頼りなく身に着けている感覚が全く無い。おまけに男女の下半身の構造の違いは三段フリルで輪郭を誤魔化すことによってクリアされている。美九の執念を垣間見た。

 これだけでも相当神経に来る惨状だというのにちょっとでも風が吹けばスカートが捲れて下着が露になりそうで一瞬たりとも油断できず、歩幅すら狭めて段差にも気をつけて歩かねばならないのだから緊張しっぱなしだ。一挙一動に気を遣い涙目で恥らう女装した士道の姿はたぶん完璧に女の子のそれだろう。

 

『ふふっ、とても良く似合ってるわよ士織ちゃん。ほら、美九のためにセクシーなポーズでもとってやりなさい』

 

「士織さん、士織さん! こっちに視線お願いします!」

 

「いつのまにか写真撮られてる!? 頼むからこれ以上辱めないでくれ、美九!」

 

 瞳を輝かせ生気に満ち溢れた表情で前後左右から携帯で容赦なく連写してくる美九。レンズから逃れるために逃げ出したいところだが、うっかり走りでもすると下着が見えてしまいそうなのでその場で恥じらい身を捩ることしかできなかった。しかもその恥らう様子が美九を更にヒートアップさせているのでもうどうしようもない。

 結局士道は美九が満足するまで被写体にならざるを得ず、ついには羞恥に耐えられず道端に座り込んでしまった。

 

「ふー、良い汗かきましたぁ。可愛い下着がチラッと見えてる写真も何枚か撮れちゃったみたいですー。皆さんにも見せてあげないといけませんねー」

 

「ううっ……俺に何の恨みがあるっていうんだよ、美九……もうお婿にいけそうにない……」

 

『婿にいけないなら嫁に行けば良いじゃない、士織ちゃん。美九ならきっと貰ってくれるわよ?』

 

 変装用の伊達メガネを外し、一仕事終えたような清々しい笑顔で汗を拭う美九。これ以上無い辱めを受け、もう士道は本物の女の子のように顔を手で覆い泣こうとした。それくらい精神的なダメージが大きかった。

 

「もう一思いに殺してくれ……って、今皆に見せるって言ったか!?」

 

 恐ろしい言葉に気付き顔を上げると、瞳に映ったのは一心不乱に携帯を弄る美九の姿。それが意味する所を考えた士道は顔から血の気が引いていくのをはっきりと感じた。

 

「待て美九! それだけはやめてくれ! 何でもするから!」

 

「……士織さん、とっても魅力的な提案ありがとうございます。でも言うのがちょっと遅かったみたいですぅ」

 

『おっと、メールが来たわ。これでもかって言うくらい大量の写真が添付されてるわね。宛先は十香に四糸乃に七罪に……ばっちり全員に送られたみたいよ』

 

「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 見られる人数分倍化した羞恥心に最早耐えることができず、士道は人目もはばからず地面に突っ伏して叫んだ。たぶん後ろから見たらパンツが見えている。

 

「元気を出してください、士織さん。一緒に遊園地を回って気分転換しましょう。次はどこに行きたいですかぁ?」

 

 自分が辱めた張本人だと言うのにとても優しげな微笑みを浮かべて手を差し伸べてくる美九。もう泣こうが喚こうがどうにもならないので、士道は涙を拭うとその手を取って立ち上がった。

 

「……家に帰りたい。さっきまではそう思ってた。けどこうなるともうどんな顔して皆に顔合わせれば良いのか分からない……」

 

「そうですかぁ、じゃあ一日中美九と遊園地で過ごしますかぁ?」

 

「……それはそれで嫌だ。もう何もかもが嫌だ。ちくしょう……」

 

 美九と一緒にいると引き続き視線で辱められるだけだし、写真では飽き足らず動画を撮られてしまうかもしれない。かといって家に帰っても写真を見たであろう十香たちと顔をあわせることになってしまう。

 人の噂は七十五日と言われているのだから皆がそれを忘れてくれるかもしれない七十五日間くらい家出しようかとも思ったが、明らかに現実的ではないしさすがに琴里や十香を飢えさせるわけにも行かない。正直もう考えるのも嫌になってきた。

 

「あーん、士織さんったらいつになくネガティブですぅ。でもこれはこれで七罪さんみたいで堪りませんねぇ」

 

「もうどんな反応しようが関係無いんじゃねぇか。ていうか散々写真撮ったんだからもう見るのやめてくれよぉ……!」

 

 ぴったり寄り添い絡みつくような視線を向けてくる美九へと涙ながらに懇願しつつ、士道は当てもなく道を歩く。

 本当に当てはなかったがその内足はデートの最後の行き先と決めていた場所へと自然に向いていた。

 皆に顔を会わせづらい気持ちは変わらないものの、遅かれ早かれ顔を会わせることに変わりはないのだ。どうせその残酷な未来が確定されているものなら、公共の場で百パーセントの女装をしている今の悲惨な現実をさっさと切り上げたかった。

 

「ふぅっ、やっとついた。近かったはずなのに妙に時間かかったように感じたな……」

 

 迷路のアトラクションに辿りついたところで、士道は足を止めてほっと一息つく。

 ここに来るまでに要した時間は数分も無かったはずだが、体感ではその十倍くらいの時間がかかったような気分だった。やはり周囲の視線と自身のスカートを過度に気にして歩いていたせいで時間の感覚すらぼやけるほど緊張感があったのだろう。

 

「士織さん、ここはどういうアトラクションなんですかぁ? 何だか壁しか無いように見えますよー?」

 

「ああ、ここは等身大の迷路らしいからな。美九、悪いけど今日は最後にこの迷路に挑戦してデートはおしまいにしようぜ」

 

「へー、ここ迷路なんですかぁ。良いですよー、迷路の中で二人きりっていうのも何だか凄く興奮するシチュエーションの気がします!」

 

 テンションが上がってきたかのように拳を握り、瞳を輝かせる美九。ただしその星のような瞳が見ているのは士道の身体、具体的には下半身の辺りだ。道中は不特定多数の人間がいたので多少控えめだった気もするが、幾重にも壁で遮られ他者の姿をほぼ見ない迷路の中なら本気を出してくるに違いない。

 

「……美九、良かったらどっちが先に迷路を抜けられるか勝負しないか?」 

 

「わー、それも結構面白そうですねぇ。良いですよー、でもせっかくですから負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くっていう罰ゲームもありにしませんかぁ?」

 

 美九は二つ返事で了承し意味ありげな笑みで付け加えてきた。何でも、というのは普通に考えてもかなり重い罰ゲームだ。相手が美九だからこそ特に。

 

「ああ、俺は構わないぜ。どうせ勝つのは俺だからな」

 

 だが士道は躊躇い無く唇の端を吊り上げ不敵な笑みを返した。

 予想外の反応で驚いたのか美九は息を呑み頬を染めてたじろぎ始める。

 

「し、士織さんったら自信満々でカッコイイです……! とっても男らしくてびっくりです……!」

 

「そりゃあ男だしな。じゃあ先にゴールで待ってるぜ、美九。あ、係員に出口まで連れてってもらうのは反則だからな。やったらおしおきだぜ?」

 

 そして気障っぽく言い残して背を向け、迷路の入り口へと一人で歩みを進めて行く。もちろんスカートの裾をしっかり押さえながらなので、全く絵にはならなかっただろうが。

 

「た、大変です。士織さんが攻めに回りました……! 反則したら一体どんなおしおきをしてくれるんでしょうか……!」

 

「いや、おしおき目当てで反則したりするなよ!? お前が期待するようなおしおきはしないからな!?」

 

 妙に期待に満ちた不穏な言葉が聞こえたので振り返って釘を刺し、最初の分かれ道を左に進む。

 しばらく曲がり角で待っていると美九が慌てて右の道を走っていく姿を目にした。さすがに後ろをこそこそついてきたりはしないらしい。

 

『まさか私にナビさせようなんて思ってないわよね? 間違ってもそんなことはしないから期待しても無駄よ。美九に反則するなって言いながら自分が反則するのはフェアじゃないわ』

 

「そんな期待はこれっぽちもしてねぇよ。俺が期待してたのは一人になることだからな。これでやっと落ち着けるぜ……」

 

 ようやく心の平穏を得られたことで、士道は迷路の壁に背を預け安堵の吐息を吐く。

 狙い通り美九は美九で迷路の攻略に挑戦しているので、一緒に歩いて視線で舐めまわされ辱められることもない。道行く人々の視線も壁に遮られた迷路の中にまでは届かない。完全無欠の女装をさせられてから初めて安心できる状況だった。

 

『落ち着くのは結構だけど早く迷路を脱出しないと美九の勝ちになるわよ。敗者に何でも言うことを聞かせられるっていう罰ゲームを忘れたわけじゃないでしょう?』

 

「今更何を命令されたってもう恥ずかしくも何ともねぇよ。女物のパンツ履かされて短パン無しのミニスカート姿で歩くことに比べれば何だってマシだ」

 

『ずいぶんとまぁ破滅的な思考に陥ったものね。なら勝ちは捨てたってことで良いのかしら。美九にどんな淫らな要求を突きつけられても、ある種の猥褻な行為を強制させられても平気ってことね?』

 

「いや、それは……」

 

 士道の不安を掻き立てるように、琴里はゆっくりはっきりと口にしてくれる。

 罰ゲームは今現在の状況に比べればマシなだけであり、平気というわけではない。それに美九のことなので士道の予想の上を行くとんでもない要求を突きつけてくる可能性も十二分にある。そしてその要求が今現在の百パーセントの女装よりも凄まじい辱めになることも可能性としてはゼロではない。

 このまま勝ちを譲るなどとても愚かな行為だ。士道ははっきりとそれを理解した。

 

「言われるまで気付かないとか本当に破滅的になってたな……よし、そうと決まればさっさとこんな迷路脱出してやる。これ以上の辱めはもうごめんだぜ……!」

 

 やっと正常な判断力が戻ってきた士道は、休むのを止めてすぐさま迷路を走った。

 

『息巻くのは結構だけど走るとパンツ見えるわよ』

 

「っ!」

 

 そしてすぐに立ち止まってスカートを押さえ、誰にも見られていないか背後を振り返って確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「可愛いもの、エッチなもの……うーん、迷いますねぇ」

 

 迷路に突入してからおよそ五分。美九は物理的にも精神的にも迷っていた。

 精神的な迷いはともかく、物理的な迷いはどうにもならない。ゴールの方向も全く分からない美九には分かれ道では適当に進む以外に選択肢は無かったのだ。あとは女の子の声がした方に進むとか、男の声がした方は避けるとかそれくらいである。

 

「あ、また行き止まりですぅ。まずいですねー。この調子だと士織さんへの罰ゲームが実行できません……」

 

 幾度目かの行き止まりにぶつかり、がっくりと肩を落としてうな垂れる美九。せっかく素敵な罰ゲームを思いついたというのに勝負に勝てなければ意味が無い。

 いっそ係員に出口まで案内してもらうという反則をして勝負に勝ち、罰ゲームを行った後に反則したことを打ち明け士道からのおしおきを受けるという二重のおいしい思いをすることも考えたが、そもそも美九は一度も係員なる者を見かけなかった。

 まぁ仮に見かけたとしても大好きな士道との約束だ。案内してもらうという反則は決してしないつもりだった。

 

「……あらー?」

 

 少なくとも、自分から話しかけて自分を案内してもらうつもりは決してない。

 泣きじゃくる子供の手を引き案内している綺麗なお姉さん係員の姿を見つけた美九は、抑えられない頬の緩みを感じながら約束の内容を反芻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、また行き止まりだ! さっきからずっと同じ所回ってる気がするぞ……」

 

 迷路に突入してからおよそ十分。士道は度々悪態をつきながら未だ迷路の中を彷徨っていた。

 一応観覧車との位置関係からゴールの方向自体は分かるのだが、方向を意識すればするほど遠ざかっている節がある。たぶん方向を意識して進むと余計に迷うような作りになっているのだろう。何とも趣味の悪い迷路である。

 

『あなたには分からないかもしれないけど一応出口に近づいてはいるわよ? だけどその調子だとまだまだ時間がかかりそうね』

 

「近づいてはいるのか……なぁ、琴里。少しくらい案内してくれても罰は当たらないんじゃねぇか?」

 

『案内したとして私に何のメリットがあるっていうの? そんなことをしたらつまらないわ。せっかく迷路の中で彷徨い途方に暮れるあなたの無様な姿を見て悦に浸ってるっていうのに』

 

「空の上から見下ろしてるお前にはさぞかし愉快な光景だろうな……!」

 

 晴れ渡る青い空の向こうに<フラクシナス>の艦橋でニヤニヤ笑いを浮かべふんぞり返っている琴里の姿を幻視し、眉を歪める士道。

 実際のところ上空からモニターしている琴里には正しい道が分からず困り果てて右往左往している士道の姿はさぞかし愉快に思えることだろう。ある種の娯楽にされている士道としては全く面白くなかった。

 

『ええ、さしずめ何かの実験で迷路をひた走るラットを見てるような支配的な気分ね……ところで士道、あなたどんな水着が好み? 露出度の高いビキニ? それともマニアックにスクール水着かしら?』

 

「……さっきから一体何なんだよその質問? 俺の趣味でも探ってんのか?」

 

 今の状況と全く関係の無い質問をしてきた琴里に、士道は逆に尋ね返す。

 どういうわけか琴里は二、三分ほど前から何度かこんな質問を士道にぶつけてきている。運動着はどんなものが好きかとか、ネコ耳とウサ耳どっちが好きかとか、明らかに衣装やそれに類する関係の質問だ。

 

「もしかして俺に着せようってんじゃないだろうな? 言っとくけど今は仕方なくこんな格好してるだけで目覚めたりなんかしてねぇからな」

 

『それはどうかしら。実物を目にすれば考えが変わるかもしれないわよ? それであなたはどっちが好み?』

 

「そうだな……スクール水着、かな」

 

 一瞬の間を置き、そちらを答える。

 間を置いたのは水着とそれを着た人物を想像したからだ。具体的にはこんな変な質問を面白そうに口にしている琴里の姿を。

 何故ビキニではなくスクール水着を選んだのかというと、別にマニアックな趣味があるわけではなくもっと単純な理由である。ただし詳細に触れると琴里の怒りを買いそうなので理由は答えなかった。

 

『ふぅん、そう。やっぱりマニアックね。スクール水着を選ぶなんて』

 

「お前が何て言おうが絶対着ないからな。それより美九の方はどうなってるんだ? まだゴールしてないのか?」

 

『それを教えたら面白くないでしょう? すでに勝負がついてるとも知らず無駄な努力を重ねる面白い姿が見られないじゃない。そして今みたいに思わせぶりな答えに嘘か真実か見抜けずに苦悩する姿もね』

 

「要するにどう転んでも教えないしお前は笑うだけってことだな。頼った俺が馬鹿だった」

 

 美九がゴールしていようといなかろうと、一刻も早くこんなふざけた格好から着替えたい士道が取るべき対応は変わらない。

 文字通り高みの見物を決め込んでいる琴里にサポートを求めるのは諦め、スカートを手で押さえつつ捲れないギリギリの範囲で複雑に入り組んだ迷路を駆けずり回っていった。

 そして更に五分後――

 

「遅かったですねぇ、士織さん。お疲れ様ですぅ」

 

 出口に辿りついた士道を待ち受けていたのは、美九の労うような可愛らしい笑顔。その手には小さなペットボトル飲料が握られていた。迷路を抜けてから飲み物を買いに行く余裕まであったらしい。勝負は完璧に士道の負けだった。

 

「俺の負けみたいだな。反則は……してないんだよな?」

 

「はいー。士織さんとの約束どおり、係員さんに話しかけて案内してもらうなんてことはしませんでしたよー? 信じてくれないんですかぁ?」

 

「良く考えると信じる信じないの前に確認する方法が無いよな……琴里は教えてくれねぇだろうし」

 

 ぼやきつつも美九が差し出してくれた飲み物を受け取る士道。

 だが美九の手は離れず、疑問に思って顔を上げると明らかに含みのある笑顔がそこにあった。

 

「士織さん士織さん、罰ゲームなんですからちゃんと美九の言うことを何でも聞いてくれるんですよねー? 何でもー」

 

「じょ、常識の範囲内でならな? 何でもっていうのはさすがに言いすぎだ」

 

『自分が負けた途端とんだ弱腰になったわね。あれだけ気障に啖呵を切ってた男勝りの士織ちゃんはどこに行ったのかしら』

 

 男勝りではなく実際男なのだが、もうツッコミを入れるのも疲れたので何も言わないことにした。

 約束の履行を確認した美九は満足気に微笑み、飲み物から手を離した。

 

「大丈夫ですよー、ちゃんと常識の範囲内の罰ゲームですから。別に美九に身体中をペロペロさせろーなんて言いませんから安心してください」

 

「俺の常識と美九の常識がズレてないことを祈るぞ……それで美九は一体俺にどんな罰ゲームさせるつもりだ? ていうかいつやらせる気なんだ?」

 

「それはまだ秘密ですぅ。今教えたらきっと士織さんに逃げられてしまいますからー」

 

「常識の範囲内なのに逃げるようなことって一体何やらせるつもりだよ!?」

 

 士道の当然の疑問に対して人差し指を唇に当て、悪戯めいた笑みを浮かべる美九。

 それは小悪魔染みたとても魅力的な笑顔。

 だが何故だろうか。不思議と士道の目には鳥肌が立つほど残酷で恐ろしい表情にしか映らなかった。

 しかし次の瞬間には普通の可愛らしい笑みに戻っていた。たぶん先ほどの笑みは目の錯覚だったのだろう。そうであって欲しい。

 

「それはともかく今日はありがとうございましたぁ、士織さん。デートとっても楽しかったですぅ」

 

「ああ、うん。美九が楽しんでくれたなら何よりだよ。けどその舐めるような目で見るのはもう止めてくれ。顔から火が出そうなくらい恥ずかしいから……」

 

 絡み付くような美九の視線に晒され、士道は縮こまってスカートを押さえ懇願する。

 聞き入れてもらえないと確信していたのだが、意外にも美九は視線を士道の顔へと移してくれた。

 

「恥ずかしがる士織さんはとっても可愛らしいですねー。こんな風に食べちゃいたいくらい可愛いです」

 

 その代わり互いの鼻先が触れ合いそうなほどにまで距離を詰めてくると――

 

「え、こんな風にって――っ!」

 

 ――その柔らかい唇を士道の唇に軽く押し当ててきた。要するにキスしてきた。大胆にも公衆の面前で、女の子にしか見えない士織ちゃんに。

 

「ちょっ!? お、おい、美九!?」

 

「うふふ、士織さんとキスしちゃいましたぁ! 真っ赤になって慌てる姿も最高です! それじゃあお家で待ってますからねー、士織さん!」

 

 慌てふためく士道にそう言い残し、美九は満面の笑みで駆けて行った。

 後に残されたのはそうそう見られない女の子同士のキスという光景を目にしてざわつく人々と、その視線を一身に注がれている士道。

 下着まで女物という完璧な女装をしている羞恥に視線による居心地の悪さが拍車をかけ、今すぐこの場から走り去りたい衝動が湧き上がってくる。

 

「……家で待ってる?」

 

 だが美九の言葉に引っかかる部分があり、士道は状況も忘れてしばし思案に耽った。

 家というのはたぶん士道の家のことだ。デートを終えた美九が何故帰宅せずそこで待ち構えているような言葉を口にしたのだろうか。

 何だか胸騒ぎがしてきた士道はその悪い予感を振り払うように全力で駆け遊園地を後にした。もちろんスカートが捲れないよう、細心の注意を払って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デートの最中には色々あったが、あそこで話が終わればギリギリ良い感じの締めになる終わり方だったに違いない。だがそう甘くはないのが現実というものだ。

 恥辱の遊園地デートを終えた士道は、一刻も早く着替えるために真っ直ぐ帰宅した。着替えるまでに十香や四糸乃たちと顔を会わせてしまうくらいのことは覚悟していた。十香や四糸乃くらいならまだ良かった。

 だが覚悟と願いに反し、帰宅した士道を玄関で出迎えたのは――

 

「待っていた士織、あなたが帰ってくるのを。写真を見た。素晴らしかった」

 

「折、紙……!」

 

 ――よりにもよって今一番会いたくない相手だった。

 だが悪夢はそこで終わらない。

 

「ほう、歌姫からの神託は真だったか。士織め本物の女神の羽衣を纏っておるわ」

 

「驚愕。コラージュ画像ではなかったようです」

 

「耶倶矢に夕弦!? よりにもよってお前らまで……っ!」

 

 肉食獣のような恐ろしい眼光を向けてくる折紙の後ろから現れた八舞姉妹が、ニヤニヤ笑いながら下半身に視線を注いでくる。

 予想通りの三者二様の反応と静かに距離を詰めてくる折紙の姿に羞恥と恐怖を覚えた士道は、もうスカートが捲れることも気にせず回れ右して逃走を始めようとした。

 

「――どこへ行こうとしてるんですかぁ、士織さん?」

 

「ひっ……!」

 

 そうして玄関の扉を開けた瞬間瞳に映ったのは、とても可愛らしい残酷な笑みを浮かべた美九の姿。その隣にはサディスティックな笑みを隠そうともしていない琴里。

 すでに退路は完全に塞がれ、士道もとい士織ちゃんに逃げ場は無かった。

 

「さあ士織さん、楽しい楽しい罰ゲームの時間ですよー! 士織さんによるファッションショーの始まりですぅ!」

 

「まずはあなたのお好みの衣装から始めましょうか。確かスク水にご執心だったわね? 邪道かもしれないけどパレオでも巻けば良い誤魔化しになるかしら」

 

「何か変なこと聞いてくると思ったらそういうことかよ!? お前ら最初からグルだったんだな!?」

 

 美九が両腕を広げ高らかに開催を宣言すると、周りから盛大な拍手が湧き上がる。ちなみに約一名無言でありながらもかなり情熱のこもった拍手だった。それが誰かは言うまでもない。

 やはり悪い予感は的中した。美九は完璧な女装姿だけではお気に召さなかったのだ。もっと様々な衣装を身に着けさせ恥じらう士織ちゃんの姿をじっくり鑑賞して楽しむつもりなのだ。しかも一人ではなく、皆で。

 

「女物の下着を身に着けたあなたならこのくらいは平気でしょう? 自分で言ってたものね。何を命令されても恥ずかしく無いって」

 

「そりゃ確かに言ったけどこれはないだろ!? 他のことなら何でもするからこれだけは勘弁してくれ!」

 

「何でも? 士織、今あなたは何でもと口にした?」

 

「やっぱり食いついた!? お前に言ったんじゃないからな、折紙!?」

 

「素敵な提案ですけど今回は遠慮させてもらいますぅ。もう準備はすっかり整っちゃってますからー」

 

「じゅ、準備って……!」

 

 苦渋の末に出した提案をニコニコ顔であっさり一蹴され、一段と鋭さを増した折紙の眼光に晒されつつ美九にリビングへと追いやられていく。

 そしてリビングで待ち受けていたのはうず高く積まれた怪しげな衣装の山と――

 

「むぅ、シドーはこういう服を着るのが趣味だったのか。その、何だ……シドーが着てみたいというなら私も色々と協力するぞ。うむ、これなどシドーに似合いそうだ!」

 

『えー、士道くんならこっちの方が良いんじゃないかなー? 四糸乃はどう思うー?』

 

「えっと……士道さんには、可愛い方が似合いそう……」

 

「十香に四糸乃まで!? ていうかお前ら十香たちに一体何吹き込みやがったんだよ!?」

 

 ――あることないことを吹き込まれたらしく、決して悪意は無く健気に真剣に衣装を選び出す十香と四糸乃の姿。

 

「もう諦めなさいよ。恥ずかしいのは最初の内だけですぐに死にたくなってきて何もかもがどうでも良くなって、途中から記憶も意識も曖昧になってくるから……」

 

「抵抗したくなるリアルな体験談ありがとな、七罪!?」

 

 そしてつい先日のデートで似たような目に合った経験者である、心からの同情を瞳に映し痛々しい笑みを浮かべる七罪の姿。

 最早どこにも逃げ場は無く、助けてくれる味方も誰一人として存在しなかった。

 

「さーお着替えしましょうねー、士織さん! まずは可愛い水着からいきましょう! エントリーナンバー一番はスク水姿の士織さんですぅ!」

 

「オプションも忘れてはいけない。まずは犬耳と尻尾。もちろん首輪も用意してある」

 

「い、いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 様々な衣装を手ににじり寄ってくる美九や折紙たちの前で、士道は女の子のような悲鳴を上げた。

 観覧車の中で上げたのと同じびっくりするほど女の子らしい悲鳴を、今度は下着まで女物の百パーセントの女装姿で。

 

 




 美九のお話終了。女装男子の恥ずかしがる姿とか一体誰が得するんだろう。ちなみに話の展開自体はまだ私が汚れてなかった頃とほぼ変わりません。
 自分ではあまり良く分かりませんがたぶん作品の雰囲気が変わっていたかもしれません。そのせいでつまらなくなってしまったかもしれないです。というかいまいち盛り上がりにかける気がする……やっぱり前編の時点でパンツ穿かせた方が良かったか。
 一応次に書くとしたら八舞姉妹か折紙のお話のどっちかになる予定です。ただ折紙のお話を書く時はうっかりR18にならないように気をつけないと……。



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