「レアさんってどう思う?」
夜が深くなった頃、新市街の活気ある冒険者ギルドにて、ムーンキーパーのカスリがテーブル席に座って問いかける。
テーブルにいるのはカスリ、ジン、イタバシ、夜勤と交代しその日の仕事が終わった三人は酒場へ飲みに来ていた。
カスリはレアも誘おうとしたが、今日はまだ報告書も書いてないから行けそうにないと言って来てはくれなかった。
珍しくレアのいない飲み会、カスリは今しか出来ない話がしたいと思っていた。
「どう、とは何だカスリ?」
ミッドランダーのジンが不思議そうな顔つきでカスリに質問を質問で返す、プレーンフォークのイタバシはカスリの表情から質問の意図を読み取ってクスリと笑った。
カスリはイタバシとジンを見比べ、察しの悪いジンに呆れた様子で答える。
「レアさんと言えばアレでしょアレ、ボルセル大牙佐との関係。噂になってるの知らないの?」
ジンはカスリの言葉に更なる疑問もって、ただの元上官・部下の関係じゃないのかと答えた。
カスリは溜め息をついて、鈍い鈍すぎるよこの男、と呟く。
「ジンさん、カスリさんはあの二人が恋愛関係であると疑っているんですよ」
イタバシが微笑みながらジンに説明する、ジンはその言葉に顔を真っ赤に染めて酷く驚いてみせた。
こ、恋仲ぁ?!と叫ぶ彼へ、他の二人は彼の耐性の無さに少し呆れる。
「恋仲とか、いつの言葉なのそれ……で、ジンから見てそういう雰囲気を感じ取ったことってあった?」
「た、確かに今まで何度か古き仲からの信頼関係を感じ取ることはあったが、そう考えてみれば恋仲として見ることも出来る……」
ジンは顎に手を当てて答えて見せる、恋愛に疎そうな彼でも心当たりは幾つかあるそうだ。
カスリはイタバシへも何か無いかと聞いてみる、イタバシはニヤついた顔で答えてくれた。
「僕は心当たり多いですよ~、まずは闘気の日の大泣き事件」
カスリはその言葉を聞いてはミコッテの証である尻尾を振って大きな瞳を輝かせる。
レアの鳴き声は彼女も聞いていたが、口論の全容は知らずのところ。
カスリ自身、レアに何度も事情を聞こうとしたが、絶対に嫌だと何も教えて貰えなかったのだ。
「……と言うわけで、あの日以来ボルセル大牙佐はカトリィさんの事を『レア』と呼ぶようになりました。今まで『カトリィ』と呼んでいたのにこの変わり様、カスリさん的にはこの変化は良い判断材料では?」
イタバシは始終悪戯笑みでその出来事を包み隠さず話した。
ジンはこれぞ双蛇党の成せる絆の力と憧れの感情を見せるが、流石にそれは違うだろうとカスリとイタバシは彼の鈍感さにまた呆れる。
カスリとしてもこの話は凄く美味しい、彼女視点でも最近ボルセルがレアの事を名前で呼んでいた事に気づいて疑問を持っていたからだ。
「それってレアさんを一人の女性として見るようになったってこと?」
「さぁ、そればっかりはボルセル大牙佐のみが知ることです。ジンさん的には相棒と認めた証ですが、案外それが当たっているかも知れません」
なんだ~とカスリはイタバシの返答に少し落胆する、ボルセル大牙佐の性格上その解答でも何もおかしく無いからだ。
他には何か無いの?カスリがイタバシへ聞こうとすると、そういえばとジンが口を開いた。
「別の隊の人から聞いた話だが、昔からボルセル大牙佐とレアさんは仲が良かったらしい。長い間側にいれば互いを気遣う関係くらいなるんじゃないか?」
ジンは恋愛感情の観点ではなく絆の観点で物事を語るが、カスリとしてみればそれでも充分な情報だった。
つまりレアの側には常にボルセルがいたことになる、ボルセルから見れば最初は駆け出しだったレアが成長していく姿に、何か部下に対する想い以外の物が生まれても不思議じゃない。
「む?よく考えてみると、それは娘を思う親くらいの感情とも言えますね。なるほど、実の娘以外の相手に父性が宿るというのは中々興味深い」
ここに来てイタバシは恋愛関係ではなく親子の関係という解答を持ち出してくる、カスリはしまったと呟いた。
イタバシが興味深いと言ったときはその線のみで考えるようになる悪い癖があったからだ。
これで三人のうち、レアとボルセルの関係を恋愛と疑う人物がカスリのみとなる。
「あーもう、良い情報何か無いの!」
カスリが八方塞がりといった様子で音を上げていると、料理を運び終えて手を空けていたウェイトレスがやって来て問いかけてきた。
「聞きましたよお客さん、ここは酒場で働く私の出番じゃないですか?」
「え?」
突然の第三者に戸惑うカスリだったが、確かにこれは好機だと考えた。
ここグリダニアにおいて、飲みに行くと言えばこの酒場、カスリ達よりもレアとの付き合いが長い酒場の人からなら面白い話が聞けるかもしれない。
「カトリィさんとボルセルさんの仲の良さは酒場にいるかぎり何度も見てますが、あれは親子の仲じゃないですね。私からはどう見ても夫婦のそれですよ」
「夫婦!?」
また別の新しい解答の出現にカスリから声が上がる。
彼女はいくらなんでもそれはないだろうと考えたが、ハッキリと否定する事も出来ない。
夫婦は言い過ぎだが、結婚を約束した仲と変換すれば有り得ない答えではないとカスリは考えた。
カスリはウェイトレスに根拠を聞くと、彼女の口から意外な話が出てきた。
レアは3人の新人部下が出来る前、よくボルセルと二人で酒場へ飲みに来ていた。
しかし、部下が出来ると部下と一緒に飲みに来ることが多くなり、二人で飲みに来ることは珍しくなったそうだ。
「レア、最近どうだ?」
「レアは止めてって言ってるでしょ?いつまでたっても馴れそうにないわ」
ボルセルとレアは酒場のテーブルにつくとワイングラス片手にそんな言葉から会話を始める。
ボルセルはレアの言葉に笑いつつも呼び方を改める様子はない、レア自身もその呼び方が本気で嫌なわけでは無かったのか少し笑っていた。
「あの三人、とても良い子達よ……一人怪しい子いるけど。」
「それは良いことだ、問題児をしつけるのも良い経験だな」
レアが言う怪しい子はイタバシの事、彼には光の戦士について色々調べて貰っている為、ボルセルにイタバシの話は詳しく話していない。
ふとボルセルはレアにもそんな時期があったと話始める、入党したての彼女は士官用の制服が欲しさに入った事からよく愚痴を溢していたと。
「士官用の服まだ?といつも口にする姿はまさしく問題児だったな。」
「やだ、止めてよそんな古い話、そんな歳でもないんだから。」
レアは嫌そうな顔をして酒を口にしながら彼の言葉を聞く、しかしレアの若い頃についてグラス片手に嬉しそうに話すボルセルを本気で止める気にはならなかった。
しかしボルセルの話題は酔いのせいか次第に変な方向へシフトしていく。
「そういえばレア、意中の相手とかはいないのか?」
ぶっ!と音を立ててレアは口に含んでいた酒を吹き出した、突然何を言うのかと動揺する彼女にボルセルは汚いぞと一言言って布巾で酒で汚れたテーブルを拭く。
多少酔いが回っていたとはいえ、ボルセルは真剣に聞いたつもりだった。
双蛇党は比較的戦闘の多い職場、冒険者程ではないが命を落とす事態はある。
その時に備えた遺書を送る相手はいないのか、という意図だったとボルセルは説明した。
「珍しく若ぶって言ったのか思ったら、普通に貴方らしい理由だったのね」
「む?お前が想う相手というのにも純粋な興味はあるぞ?」
普通の意味でも聞いたと口にするボルセルに、ならボルセルは相手はいないのかとレアは聞いた。
彼は笑いながら、こんな仕事一筋でいつ死ぬかも分からん男にくる女などいないと答える。
レアもそれに同意し、自分も同じ理由な事を伝えた。
「そうか……御互い厄介な職場に身を置いたものだ。」
「そうね、私なんて制服欲しさだからもっと笑えないわ。」
やがて会話はとまり、二人は黙々と酒を飲み進める、お互い沈黙という物に抵抗がなかった。
ワイングラスが空になるとボルセルがそっと呟く。
「エターナルバンドをする時は呼んでくれよ?」
「貴方こそ」
二人のそんな会話がウェイトレスには親子の会話にも、落ち着いた夫婦の会話にも見えたそうだ。
「夫婦じゃん」
「夫婦だ」
「夫婦ですね」
ウェイトレスの話を聞いたカスリとジンとイタバシは皆同じ言葉を口にする。
先程までバラバラだった意見が一つにまとまった。
「でしょー?そのうちお互いに宛てた遺書とか書き始めるわよあれは。」
ウェイトレスはニヤついた顔で答え、仕事がまだあるからとその場を後にした。
カスリはやっぱり自分の眼に狂いはなかったといった様子で話始める、ジンは二人がそこまでの仲だとは意外だったと答える。
「良い話が聞けた!特にボルセル大牙佐から恋の話振られた時のレアさんの反応!見たかったなぁ~」
「いや、あの話の良いところは恋人の話の理由、遺書に関しての辺りだろ」
「ていうか僕ら、エタバン呼んで貰えますかね?」
三者三様の言葉を口にし、三人は更に盛り上がる。
しかし彼らは自分達が話しすぎていたことに気づかなかった。
「今度はどうやって二人をくっつけるか話し合わない?」
「そうだな、二人が籍を共にすれば遺書問題も解決して二人とも安心できるはずだ」
「カトリィさんとボルセル大牙佐、夫婦で同じ職場にいると、どの様に良い影響が出るか中々興味深い」
背後に二人の影……
「誰と誰がですって?」
三人の背後から声がする、三人ともピタリと恐怖で身体が固まるのを感じた。
彼らが声の方へ精一杯体に鞭を打って首を動かすと、そこには顔を真っ赤に染め上げ眉間にシワを寄せたレアと、隣にボルセルの姿もあった。
「え、まだ報告書書いてたんじゃ……」
カスリが震えた声で問いかける。
「えぇ、ついさっき終わったわよ、貴女達が人の噂話で盛り上がってる間に。よくも恥をかかしてくれたわね、ボルセルがいなかったらまだ救いを与えても良かったけど……覚悟は良い?」
レアは報告書を書き終わった後、三人が帰ったものと考えてボルセルと二人で飲みに来るつもりだった。
三人が救いを求めてボルセルに視線を送るも、彼は呆れた様子でレアをなだめる気はないぞと三人へジェスチャーを返す。
レアを止めれる数少ない男の静かな拒否の合図。
「ご、ごめんなさあああい!!!」
それ以降、レアとボルセルがどうこうという噂はグリダニアの中で確信めいた物になるも、誰も口にすることがなくなった。