闘気の日から数日、その日は双蛇党は黒衣森に遭難者が出た場合やイクサル族との抗争に備えた、定期事の戦闘訓練を行う日だった。
双蛇党に所属する大牙佐を筆頭に、槍術ギルド、弓術ギルド、鬼哭隊のメンバーも訓練に参加してくれる。
場所は敵性勢力であるイクサル族、シルフ族、密猟者が普段見られない中央森林で行われた。
訓練内容は主に二つだ、各々の腕をみがく技術訓練、各小隊(チーム)での連携行動をみがく連携訓練、どちらも小隊内で各々の指揮官の指示の元訓練を行う。
しかし、レアのチームでは少し困ることが起きていた。
「貴方達、槍術やってないの……?」
レアは訓練用の武器を持ったカスリ、ジン、イタバシの三人に困った様子で問いかける。
「はい!アタシは根っからの格闘です!」
そう答えて自信ありげに格闘武器を素振りするカスリ。
「俺は剣術です!」
ジンは盾を掲げて期待に添えようという意識で答える。
「あっはっは、知識が好きで巴、呪術、幻術くらいしか手をつけてませんよ」
笑いながらイタバシは魔導書と杖二本をレアへ見せる。
三人の扱う武器はレアが触れたことの無いものばかりで、彼女には連携以前の部分、個々の技術に対して直接的な指導が出来ない。
イタバシの幻術はグリダニアにその知識を扱う者が数多くいるため、レアはそのツテの知り合いへ指導を仰げば良かった。
しかしそれ以外の術は師があまりグリダニアにいない上に、彼女の交遊関係に思い当たりがいない。
市街での武装が許可されない分、友人同士でも使う武器の話をすることが少ないのだ、レアの友人の中で指導に向いているものがいたかも知れないが、それを彼女が知る術は今この状況下にない。
「ちょっとボルセルに聞いてくる、皆は準備運動からの基礎訓練や個人で技の練習をしておいて。」
レアは困った様子でその場を後にし、別のところにいたボルセルへ問いかける、格闘、剣術、巴術、呪術に詳しい党員はいないかと。
しかしボルセルは各ギルドがグリダニアにないことから、それらを指導出来る人材が引っ張りだこになっている事を教えてくれた。
ボルセルが遠くを指差す、そこには複数の指揮官で口論しているのが見える。
口論の中心にいるのは呪術用の杖を持った双蛇党員。
「最近になって各国から双蛇党に入党した者が増えていてな。人が増えるのに越したことはないが、指導する人間と指導される人間のバランスがこの通りだ。」
彼自身、この状況には頭を抱えていた。
冒険者に協力をあおぐことも出来るが、冒険者と党員で口論になる場合も考えられる。
悪く言えばならず者である彼らに協力をあおぐと言うのは双蛇党のメンツに関わってくるという理由からだ。
その部分を除いても冒険者への報酬は高くつくだろう、訓練をする度にそれを行っていては本部の資金も持たない。
「素直に小隊の連携訓練と、個々の技術訓練を別の日に変えた方がいいんじゃない?」
「そう、するか……一度、各小隊の指揮官と各技術の指導員をここに集めよう。」
ボルセルとレアは一度皆を集める、二人の声に集まって来る指揮官達は指導員の取り合いと突然の招集に皆ピリピリとした空気を放っていた。
こんな冷静な判断が行えそうにない状態では個人個人の訓練どころか、各小隊の連携訓練などもってのほかだ。
ボルセルは集まった指揮官と指導員に、小隊ごとでの技術訓練を取り止め、各技術の指導員を中心に技術訓練を行うよう指示した。
学舎で言う講義選択式というやつだ。
若い指揮官からは同意する声が上がるが、古くから指揮官をやっていた者達からは反論の声が上がる。
それでは技術訓練と連携訓練を連続的に行うことが出来ない、今まではそのままでも大丈夫だったのだから今回もそのままにしてくれ等。
「連携訓練だと?そのような興奮状態で的確な連携が取れると思っているのか?鏡を見てから言え!」
ボルセルが指揮官達に激を飛ばす、その言葉で古参の指揮官は静まり返った。
古参達の言葉ももっともらしいが、双蛇党で指揮官になりたてなレアには彼らの意図が第三者の視点から分かる。
つまり反論する頭のお堅い古参指揮官達はこう言いたいようだ、小隊内でやらねば自分のスパルタ説教ができず、上官としての威厳がなくなる、暇になる、ストレスを解消できない。
意図が分かると指揮官の地位にこだわりがないレアは呆れてくる、こんな人達が上に立っていると部下は苦労するだろうと。
「最近になって槍術、弓術、幻術以外の技術を主とする党員が多くなったのは分かるな?以前のように少数なら指導出来る者が各々の小隊に行くことで解決できたがそれももう限界だ。」
ボルセルは指導員に目をやる、あちこちに引っ張られていた彼らは表情に疲労の色が見えていた。
これでは全小隊を回る頃には体調を崩してしまうだろう。
「よって今までは同日に行っていた技術訓練と連携訓練を今より別の日に分けて行う。」
伝統をくつがえす発言、それなりの功績にとどまる男が言ったなら反論が止まることはない。
しかしそれを口にするのは他でもない皆から信頼されているボルセル大牙佐その人、古参達も渋々了承した。
それからの訓練は予想以上の成果を見せた。
まず、各技術毎に別の場所で人を集めたお陰で指導員の取り合いや順番待ちがなくなり、指導のペースが格段に早くなった。
また同じ技術を学ぶ者同士でアドバイスをしあい、各員の交流と技術向上にもいい影響を見せてくれる。
次に残された指揮官達、彼らは彼らで指揮官同士の模擬戦を中心とした訓練を行うこととなった。
これが面白いことに、指揮官の中で腕っぷしのある者無い者が明確になったのだ。
若い者に遅れを取った古参の指揮官は負けず嫌いからか、対抗心を燃やして更に訓練に力を入れる。
強い者は威厳を手に入れ、弱い者も暇を持て余さない。
古参の上官にも好評な結果となった。
その中でレアは、指揮官の中でも特に腕の立つ者達と模擬戦を何度もしていた。
腕の立つ者同士による戦いだけあって、彼女にとっては一戦一戦が苦戦物、何とか勝ち星を稼いでいたがどうしても汗だくになってしまう。
レアが一度休憩をとろうと模擬戦で使っていた槍を野ざらしに置いて汗を拭き取るものを探していると、ボルセルが双蛇党の旗の絵が描かれたタオルを差し出してくれた。
「大成功のようだな」
訓練の様子を見ながらボルセルがレアに語りかける、彼女はありがとう答えてタオルを受け取り汗を拭いた。
タオルにはボルセルの私物のようで、彼の臭いを感じ取ったが特に動揺もしなかった、そんなことを言っているような女性ならまず双蛇党などやっていない。
「心配だった?」
「正直、な。いきなりやり方を変えたのだ、自分自身この結果に安心している」
汗を拭いてさっぱりしたレアが冗談混じりに問い掛けると、ボルセルは意外にも同意した。
彼女は珍しく弱気だったボルセルにクスリと笑い、地面置いておいた槍を拾って彼に投げる。
「ボサッと見てないで一戦やらない?スッキリするわよ」
「む、何だいきなり、まぁいいが。ふっ、しかし勝てると思うか?」
レアの急な挑戦にボルセルは少々驚くが、ニヤリと笑みを浮かべてその槍を受け取った。
勿論結果はレアの惨敗、彼女はボルセルに手も足も出ず、彼の信用向上のダシにされてしまった。
ボルセルの戦いを始めてみた者、久しぶりに見た者は彼へ称賛の声を送る。
「まだまだだな?」
敗けて地面に倒れ込んでいたレアへボルセルは余裕そうに問いかける。
今日の一戦目がボルセルなら勝っていたと彼女は答えるが、恐らくそれはないだろう。
「さて、弱い者をいじめてスッキリしましたかボルセル大牙佐?」
「あぁスッキリしたともレア大牙佐?」
嫌みを言っても華麗に受け流すボルセル、やはり彼はこうでなくては、とレアは彼の様子に安心感を覚えた。
ボルセルが倒れていたレアの腕を引き、立ち上がらせる。
「さて、今夜のレアの奢りでいいな?」
「は?、勝者だからってそれは横暴よ!って言いたいところだけど、まぁいいわ。貴重な体験が出来たし。」
レアは満足げにボルセルへ答えた。
結局財布の中身が足りなくて、彼女はボルセルからギルを幾らか借りる事になるのだが。