双蛇党日誌   作:you_ki_jin

7 / 22
『まだ』、それはいつか起きる証。

黒衣森では一定期間毎に謎めいた天気が訪れる。

空が暗雲に包まれて夜のような薄ぐらい明るさになり、緑色に淡く光る雪の様な粒が空中を舞う。

グリダニアではその天気を『闘気』と呼んでいた。

闘気はその名の通り闘いを呼ぶとされている。

だからその天気の間は、腕がたつ者以外は森の中を歩いてはいけない。

森の中には奴がいるのだから―――

 

 

 

「しまった、闘気か……!?」

ボルセルが天を見ながら口にする、記憶が正しければそれは正午頃の事だっただろう。

レアはその時、エーテライト・プラザの周辺を巡回していた。

屋根の無い外にいる分、彼女は本部にいる者達より早く天気の変化に気づく事ができた。

そして次の瞬間にはエーテライト周辺に次々と腕に自信のある冒険者達が転送されてくる、それと同時にピタリと固まる市民達。

『奴』が来たんだと、誰もが理解する。

「冒険者達は一体何処から嗅ぎ付けるんだか……!市民の皆さん!急ぎ帰宅してください!!自宅が遠い場合には冒険者ギルドへ避難をお願いします!!そして天気が戻るまで外出は禁止です!!!」

レアは両手を上げ、周囲にいる市民に声を張り上げて指示を出した。

思えば、レアは双蛇党に入ってから何度この言葉を言っただろうか。

市民達は冒険者から逃げるように自宅へと逃げ出し始める、状況は半ばパニック状態だった。

そして一定以上集まった冒険者達は情報交換を終え、南門へ一斉に駆け出し始める。

北へ南へ人が流れるその様子はまさに雪崩、人の波だった―――

「ちょっ!?冒険者の皆さんも焦らずに!せめて市民を避けてください!!……もう、毎度毎度だけど誰も聞いちゃいない!そんなに闘いたいの!?この戦闘狂!」

数ヵ月前までは市民が恐れているのは『奴』の存在だけだった、けれども今の市民達が恐れているのは『奴』だけではない。

市民が真に恐れているのは人、冒険者達。

冒険者には悪意も善意も無かった、ただ彼等は各々の理由で『奴』を倒したいだけ。

しかしここ数ヵ月の間に『奴』との闘いを望む冒険者が異様なまでに増えすぎたのだ、人の波を起こせるほどに。

それはもはや災害レベル、下手をしたら『奴』本人よりもたちが悪い。

今度はカスリ、ジン、イタバシの三人が冒険者や人の波から逆らうようにして、焦った表情で彼女の元へやって来る。

三人は双蛇党に入ってから初めての闘気、対応の仕方がまだ教えていなかった。

なんてタイミングの悪い事だろう、レアはつい頭を抱えてしまう。

三人は先程レアが口にした避難勧告指示を言いながら新市街を巡回するように、と彼女は指示した。

また、その場を動けない者、動こうとしない者、冒険者以外で外に出ようとする者を発見した場合は、多少無理にでも自宅以外の避難場所である冒険者ギルドへ運ぶよう指示に付け加える。

「それじゃ全員解散!三人とも急いで!二次被害は何としてでも避けるのよ!!」

「「はい!!!」」

三人は揃って敬礼をし、走ってその場を後にする。

ちゃんとレアの耳には三人の声が聞こえてきた。

三人とも初めての割りには、しっかりとやるべき事が出来ているようだ。

こういう状況の場合、避難勧告をする側がパニックに陥っていたら余計に市民達を不安にさせる。

三人はレアから指示を受けるまでは焦ってはいたものの、今はとても冷静に誰も見逃さないように、周りに目を光らせて街を巡回していた。

レアは彼等に少し安心し、急いでその場を後にする。

 

レアは一度本部へと戻った、状況確認をするためだ。

彼女はふとエーテライトに目を向けてみるが、冒険者達の転送と南門への人の波は止まることを知らなかった。

もしかしたら『奴』は南門の先、中央森林にいるのかもしれない。

本部にはボルセルが待っていた、情報を皆から受け取り、別の皆へ伝えるのが現状況での彼の仕事。

レアとボルセルはお互いに敬礼し、情報を交換し始める。

「天気が変化してからずっと冒険者達がこっちに転送され続けてる。新市街は今私の部下が巡回してるけれど、正直この勢いの中だと市民が森に出ちゃってもほとんど気づけないわ。」

レアが考えるに、上の人達は新人教育のしやすさから三人の巡回場所を比較的狭めな新市街にしていたようだが、今回の場合にはそれが裏目に出ていた。

レアの言葉にボルセルは少し悩みながらも、新市街の巡回に増員を出すと答えた。

ボルセルが皆から得た情報によると、市民達の帰宅は滞りなく進んでいるらしい、市民が森に出たという連絡も今のところはないようだ。

「率直に聞くわ、『奴』は中央森林にいるのよね?」

「……詳しくは分からんが冒険者達の様子から見るに、恐らくな。」

本部にいた誰もが早期の解決を願う、今の状況で更なるトラブルなど起きて欲しくなかった。

レアはふと思い付く、エオルゼアには光の戦士がいることを、彼が戦線に加われば早期に決着がつくのではないだろうか。

彼女がその事をボルセルに問うと、彼は既に到着しあの波の中にいるそうだと答えた。

「あとは時間の経過次第ね―――」

レアは光の戦士の事を人間としては信頼していない、しかしこの状況下で実力の面から期待できるのは彼くらいだと考えていた。

彼女はそれとは別で心の奥底に最悪の事態を想定する、考えるだけなら安いものだ。

それはまだ起きていない、まだ。

「双蛇党さんっ!私の息子が―――!!」

 

『まだ』、それはいつか起きる証。

 

 

 

一人の女性が本部に入ってきて悲痛な声で本部にいた一人の双蛇党党員に訴え始める。

「しかし!この波の中を行くのは我々も貴女も危険です!!」

「そんな!息子を見捨てろって言うの!?」

レアとボルセルは党員と女性の口論の間に慌てて入り、二人を落ち着ける。

女性の話によると親子で新市街から帰宅する途中、冒険者の雪崩れ込みに巻き込まれて息子さんとはぐれてしまったらしい。

しかも息子さんはまだたったの5歳で、森には一度も入ったことがないそうだ。

不味い、ボルセルが口にする。

彼女の息子さんは人の波の先、中央森林にいる可能性があった。

冒険者達は森に入り次第チョコボに乗り換えるから、森に入りさえすれば波は終わる。

しかし5歳の子が波に逆らって戻ろうなんてこと出来るだろうか、人を恐れてあさっての方向に逃げてしまわないだろうか。

森のあちこちには危険性の微弱なモンスターが多数生息している、弱いとはいえ5歳児相手では驚異足り得る。

一度迷ってしまえば何が起きるのか、誰もが容易に想像できた。

「っ!」

レアは焦りを感じて本部内にある武器庫の扉を開ける、中にあるのは本来軍票を払うことで取引される双蛇党の正式武器達。

少しでも遅くなってはいけない、レアは数ある武器の中から唯一扱い方を知る士官用の緑槍を一本、素早く手に取った。

彼女はその場で軽く数回素振りした後、その槍を背中に背負ってその場を後にしようとする。

「その槍をどうするつもりだカトリィ、武装許可は出していない。無断の持ち出しは重罪だぞ」

ボルセルは槍を背負うレアへ問いかけた、彼女は覚悟した顔つきで答えない。

「無謀なミイラ取りはどうなるか、分かるか」

ボルセルが本部から出ようとしていたレアの肩を掴む、しかし彼女はその程度で止まる気はない。

「ミイラになる気は無いわ、行かせてボルセル。私には槍術の心得があるからあの地域のモンスター相手なら大丈夫。私を少しでも有能だって思うなら、行かせて」

「有能だからこそ行かせるつもりはない!」

お互いに平行線、譲る気など何処にもなかった。

もはや捕まれた肩を振り払えるかどうかの力勝負が決定権を持つ。

レアは肩を力任せに振り、ブンと強い音がなった。

だが腕は離れない、ボルセルは離さない。

年期が違うと彼は口にした、その言葉はレアにとって火に油を注ぐようなものだ。

「いい加減に離しなさいボルセル、私はいつ双蛇党を止めても良いのよ!今!!この場でも!!!」

 

パァン―――!

 

肌と肌が当たる音。

レアは気づくとボルセルに頬を手のひらで力強く叩かれていた、彼女は彼に叩かれた頬をそっと手で触れる。

レアの言葉はボルセルにそれをさせて当然の物だ。

しかしボルセルの中で怒りが込み上げてくる事はなかった、レアが本気で言っていないと彼には分かっていた。

レアは双蛇党への忠義もなければ仕事対する意欲も低い、その代わりに仲間に頼まれた以上は出来る限りやる、そういう人間。

上官から止めろと言われない限り、本気で止めるなんて言葉を絶対に彼女は口にしない。

つまりレアにとって止めるという言葉は単なる脅し、いや自分を本当に止めさせる為の挑発だと、今まで彼女の上官だったボルセルには分かる。

だからこれは一見冗談に聞こえない冗談を言った彼女へのしつけ、ボルセルはそのつもりだった。

辺りは騒然とする、レアの言葉が嘘と見破れなかった他の皆は今の流れに気圧されたのだ。

「レア、出来もしない事を言うな」

ボルセルが彼女をレアと呼ぶ。

彼が名前で呼ぶ相手は少ない、呼ぶのは自分が対等の相手と判断した相手だけ。

今までボルセルが彼女の事をカトリィと呼んでいたのは、階級が同じでも心の底ではまだ部下だと上から彼女を見ていたからだ。

レアと呼んだのは対等な相手と判断した証、双蛇党を止めさせられても助けに行こうという彼女の覚悟を認めた証。

「何で怒らないの…何で分かるのよ……!いっその事…命令違反でクビにしてくれれば良かったのに……!」

ボルセルに力でも口でも勝つこと出来ないとレアは悟り、その悔しさで膝から崩れ落ちる。

ボルセルもレアに合わせてその場に座る、彼女をもう上から見たりしないという彼なりの意思の現れ。

ついにはレアは泣き出してしまう、その姿はボルセルに大人になりきれなかった子供という言葉を連想させた。

「……レア、槍をもう一つ持ってきてくれないか?」

「え……」

彼女はボルセルの言葉を聞いて一度泣き止む、彼は何と言ったのか頭の中で整理しようとする。

「誰が独りで行かせると言った?一緒に行くに決まってるだろう」

ボルセルは優しく彼女へ微笑む、レアは彼の言葉にほんの少しまた泣いた。

 

 

 

場所は変わって黒衣森の中央森林、人の流れは相変わらず収まりを見せない。

これだけの人が集まってやっと倒せる『奴』とはどれ程の存在なのだろうか。

「泣き止んだかレア」

二人は人の波から外れて、一度門の近くで立ち止まった。

ボルセルは闘気と波によって視界の悪い周囲を見渡しながらレアへと問いかける。

「泣かしたのは自分の癖に、よくたんたんと言えるわね。それとレアって言うのは止めて、馴れないから」

ボルセルは苦笑しながら、それだけ軽口が言えるなら大丈夫だと言った。

二人はこの辺りに子供の姿がいないことを確認すると、やはり人から逃げてしまったのだと考えた。

時間はあまりないが、子供の歩幅ならそう遠くにも行けない。

二人はチョコボホイッスルと呼ばれる笛で各々自分のチョコボ呼び出した、どの方角へ逃げたのか見当がつかない以上、中央森林は子供の歩幅相手でも徒歩で歩き回るには広すぎる。

「西へ行く、東は任せるぞレア」

「了解、あとレアは止めてって」

「なら僕はオーディンの方角を見てきますカトリィさん」

背後から突然の第三者の声、はっとしてレアとボルセルが振り向くとそこにはイタバシが身の丈に合う小さなチョコボに乗って手を振っていた。

何でここにいるのかとレアとボルセルが聞く前に、イタバシはレアへ耳打ちする。

「光の戦士を見てきます、己の目からも情報を入れたいので。」

レア自身それを引き合いに出されると追い返しにくい。

彼女がボルセルに意見をあおぐと、来てしまったものは仕方がないと呆れた様子で答える。

会話を続ける時間も惜しい事から、三人はすぐさま捜索を開始した。

 

イタバシは二人と別れた後、人の波の先を追いかけ、『奴』と冒険者達の大規模戦闘を目にした。

冒険者達は『奴』を中心に円の形で辺りに広がっている。

「よし、いいペースだぞ!オーディンの野郎も限界近いぜ!!」

冒険者の声がイタバシの耳に聞こえてくる。

しかし彼の視点の低さではチョコボに乗っても、どんどん数を増やす大量の冒険者達に囲まれた『奴』、闘神オーディンの姿を見ることが出来ない。

失敗した、これでは光の戦士もオーディンも確認できないではないか。

イタバシは心中で呟き、自分がルガティンだったならと自分の種族であるララフェルを呪った。

「ふむ、これは困ったことになった。どうするか……」

イタバシはチョコボの足を止めて顎に手を当て考える、このままではレアに顔向けが出来ないと考えながら。

どこか高い場所はないだろうかと、イタバシが辺り見渡したその時。

「邪魔だ餓鬼ッ!!」

イタバシは闘いの怒声があちこちから上がる中、ふとそんな言葉を耳にする。

まさか、気のせいじゃないだろうか?と彼が思うよりも早く、人だかりの外に小さな非武装の子供がいるのを目にした。

そこにいるのはレアとボルセルが捜索している子供だ。

「しまった、当たりだったか。見逃すわけにもいきませんよね、これじゃ。」

レアとボルセルの予想とは反し、子供は人の波を追いかけて闘いの場まで歩いてきていたようだ。

イタバシはチョコボを降りて、罰の悪そうな顔で子供に駆け寄る。

子供はイタバシを双蛇党の制服から安全な人だと判断し、抱きついてきた。

双蛇党の巡回任務は子供の意識にも、双蛇党の存在を植え付けていたようだとイタバシは少し考察する。

「中々興味深い、帰ったら調べてみますかね……っと、もう大丈夫だからね。」

イタバシは子供に優しく語りかけて自分のチョコボへ乗せる、規定サイズ以下のチョコボでの二人乗りは違反だが、そうも言ってられない。

イタバシも子供に続いてチョコボに乗ると、名残惜しむ様子でもう一度オーディンに目を向ける。

会話の雰囲気からして、どうやら決着がつくようだ。

「やっとですか、迷惑な人ですよ貴方は。」

イタバシは見えないオーディンにそう語りかける、するとオーディンが一言呟く。

「我が魔剣よ―――」

まずい、イタバシはその言葉の意味を知識から手繰り寄せる、オーディンはその手に持つ最強の魔剣、斬鉄剣を使うようだ。

イタバシは直ぐ様チョコボの手綱を引いてその場を後にする、少しでも距離を離さねばと。

少し離れたのと同時にまるで大地を揺るがすような轟音がした、決着がついたとイタバシには分かる。

「どっちが……?」

イタバシがオーディンの方角へ振り向くと同時に、彼の耳へと数々の歓声の声が入ってくる。

冒険者達は何とか勝てたようだ、光の戦士がいる以上そう簡単に負ける事もないのだろうが。

皆が次々とテレポを使ってその場を後にする、それと同時に闘気から天気が代わり、日が森へと差し込む。

そして明るくなり、人の減少も相まって、イタバシは光の戦士の姿を目にした。

「勝ったのに、喜んでいない?」

イタバシの目に映る光の戦士は喜んでいる様子を見せていなかった、むしろ勝利から虚無感を感じている様にも見える。

よっぽどの戦闘狂か、戦闘中も常にあの様子なのか、彼の戦いを見ていないイタバシには判断が出来ない。

「っ!?」

次の瞬間、光の戦士はイタバシへ振り向いた、イタバシは瞬時に視線をそらす。

目が合ったのかは分からない、しかしイタバシには目が合ったように感じる。

それが意味するのは警告だろうか、イタバシは逃げるようにその場を後にした。

「興味深いですね、光の戦士様は。」

イタバシは彼の存在に恐怖しながら、一度見られただけでまだ自分は大丈夫のはずだと笑う。

光の戦士にずっと見られていることにも気づかずに―――

 

『まだ』、それはいつか起きる証。

 

 

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

双蛇党本部にて親子が頭を下げる、対面にいるのはレア、ボルセル、イタバシ。

市街では外出禁止令も終わり、人通りが戻っていた。

「いえ、私達そんな双蛇党として当然の事をしただけですよ。ね、ボルセル?」

「その通りです、顔を上げてください。」

「ま、見つけてきたのは僕ですがね」

三人は各々の言葉を親子に投げ掛けた、三人の言葉に母親は涙を流し、改めて感謝の言葉をのべる。

「おかあさん!ぼく、おおきくなったらそおじゃとおになる!」

子供の言葉に三人と母親は笑顔になる、本当に良かったと誰もが思った。

その後三人は親子を微笑みながら見送ると、顔を見合わせる。

「さてレア、報告書をまとめるぞ、説教はその後だ。」

「え……説教……?」

「ぷぷ、当然ですよね~、二人の口論とカトリィさんの鳴き声は外にまる聞こえでしたから僕も知ってますよ。」

え"っ!?とレアは低い声を上げる、彼女は心なしか周囲の双蛇党党員からの視線を感じた。

数日はこの視線を受け続けるだろうと予見してレアは絶句する、彼女にとっての最悪の事態はこの周囲の視線になったようだ。

 

「私の馬鹿ぁぁぁ!!!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告