新市街は南門・エーテライト・飛空挺の三つの入り口がある。
それは様々な人々が来る証拠であり、変な人も来る証拠でもある。
「タコ、よね?」
「タコですね」
レアとミッドランダーのジンは飛空挺ターミナルで御互いの顔を見合わせた。
そこにいるのは紫色のタコ。
「タコですみません。」
タコは静かに呟く、にゅるにゅるとタコ足をうねらせながらその場にいた。
周囲にいる一般市民はモンスターの姿に言葉を失い、ナマ暖かく状況を見守っている。
「でも、礼状にこのナマモノは安全だって書いてあるのよね」
「でもモンスターですよ?しかも雰囲気からして恐らく妖異」
レアとジンはタコから渡された礼状を読む、そこにはこのタコが知性を持ち人間に危害を加えないことを説明する文章が書かれていた。
「美人さん、ワイ好みや……ポッ」
タコは紫色の肌を赤く染め、ただのタコになる。
その変化にレアはつい顔を歪ませてキモッと言葉を吐き捨ててしまった。
周りの市民、中でも女性達は皆彼女に同意する。
「れ、レアさん駄目ですよ!コレでもお客人なんだから!」
「人じゃなくてタコでしょ。ジン、ボルセルに問い合わせて来て、コイツは私が相手しておく」
レアの指示にジンは敬礼で返事をしてその場を後にした。
残されたのは、レアとタコとモンスターの存在に嫌悪感を示す市民達。
「えっと、オルトロスさんだっけ?この街には観光に?」
「そんな、オルトロスさんやなんて……気軽にオルちゃんって呼んで?」
殺意がわく、レアは今すぐにでもこのタコを消し去りたくなった。
彼女は拳を深く握る。
そしてその腕を振り上げようとしたときに、タイミング良くボルセルが到着した。
「カトリィ抑えろ、一応ウルダハからの観光客だ。」
「ボルセルありがとう、以外と早かったわね?」
「早く来なければ殺すだろう……」
ボルセルは呆れた様子で話す。
ともあれ、レアはやっとコイツから離れられると安心した。
双蛇党の仕事を投げ捨ててでも彼女はこの場から去りたいと考えていたからだ。
「残念だがカトリィ、こいつの観光案内と監視、新市街にいる間はお前がやるんだ。」
「はぁ?ボルセル正気?」
ボルセルの言葉にレアはすっとんきょうな声をあげ、彼に聞き返した。
オルトロスはシャイな娘も嫌いじゃないと言いたげな視線を彼女に向ける。
レアからすれば正直止めてほしい、勢い余って手が出そうだ。
「本気だ、旧市街に移るときに交代する、それまでの我慢だ。」
ボルセルは男だから分からないのだ、このタコの気持ち悪さが。
そんなことを心の中で言いながらレアは落胆した。
「ここが南門、ここから森に出られるわ。野生のモンスター達と戯れて来ては?」
「ワイと一緒に森林浴?」
「しない!」
まずレアは南門を案内した、あわよくばここから外に放り投げたい。
門番達は突然の魔物の出現に武器を構えようとし、説明するのに一手間かかった。
「大牙佐も大変ですね」
門番が他人事のように呟く、実際他人事なのだがレアはすぐにでも変わって欲しかった。
オルトロスはそんなレアの心情を知ってか知らずか、彼女を励まそうとする。
レア当然ながら彼を無視して観光案内を続けた。
「カトリィさん、先程から見えていましたが、どうしたんですかそのナマモノさんは?」
すると背後から声がしてレアが振り向く、そこには南門周辺を巡回しているプレーンフォークのイタバシがいた。
イタバシは見慣れない生物に目を輝かせ、興味津々で近寄る。
「なんや?!ワイにそういうシュミはないで!?」
「し、しかも喋るんですか!?ちょっと預かって良いですかな!これは僕としても興味深い……!」
イタバシは更に目を輝かせる、レアは大事なお客人、いやお客タコだから無理だと彼に説明する。
彼女からすれば持って帰って欲しい想いは当然あるが、仕事だから仕方がない。
イタバシはその事実にもめげず、帰ったら色々調べてみると言う。
「光の戦士についてはちゃんと調べてるの?コイツ調べる前にそっちをしてよ。」
「大丈夫ですよ、そっちが終わり次第という話です。」
あの日からイタバシは光の戦士について調べているが、中々情報が集まらないようだ。
二人で別口から調べているにも関わらず、大きな情報が出てこない光の戦士に二人は不信感を募らせていた。
「続けるわねオル、ここから見える湖がグリダニアの絶景ポイントの一つだけどどう?ちなみに真水よ。」
「そんな、呼び捨てなんて……後でもう一度来て、夕焼け空の下で話さへん……?ちなみにワイは真水でも大丈夫、だってタコだもん」
このタコめんどくさい、レアはオルトロスに怒りを覚える。
イタバシはレアが珍しくボルセル以外に言い負かされている現状にクスクスと笑っていた。
後で覚えていなさいとレアはイタバシを睨み付ける。
門番達は彼女の怒りを感じとると、今日一日は彼女に話しかけないようにしようと心に誓った。
「レアちゃんや」
「何よ」
湖を見ながらオルトロスが呟く、端ではイタバシがレアちゃんという言葉を繰り返し発言している。
頼むからその呼び方を止めてほしいとレアは思った、口には出さないし口に出すのも面倒だと考えながら。
「泳いできて良い?だってタコだもん」
「崖から落として良い?だってタコだし」
オルトロスはレアに対して冗談だよ!焦った?焦った?と口にする、レアからすれば冗談じゃなかった。
ふむ、とイタバシは何か考えて頷く。
どうしたのかとレアがイタバシに聞く前に、彼はオルトロスをどんと突き飛ばした。
「ちょっ!イタバシ!?」
「ん?ワイの身体中に浮いてない?テュポーン先生いないはずだけどなぁ」
そんな事を呟きながらオルトロスは崖から真っ逆さまに湖へと落ちていく。
レアは唖然とした、イタバシが人殺し、いやタコ殺しをしたのだ。
「大丈夫ですって。ほら、あれあれ。」
イタバシが湖を指差す、そこには楽しそうに泳ぐオルトロスの姿。
イタバシとオルトロスのせいでレアは胃が痛くなる、仕事が終わったら幻術士ギルドで見てもらう事にした。
その後オルトロスはひとしきり遊泳楽しんだ後、タコ足を巧みに使って崖を登ってきた。
端から見たら完全にモンスターが侵略する様子だ。
「ここがエーテライト・プラザ、今からこれでお帰り頂いても構いませんよ?」
「そんな、一緒にウルダハへ帰ろうなんて……レアちゃんったら大胆……」
レアの精一杯の嫌みもオルトロスには通用しない、彼女の胃がまたも痛みを訴える。
レアとオルトロスはイタバシと別れ、エーテライトへと来ていた。
「やっぱり見間違いじゃない!何その可愛いナマモノ!」
するとエーテライト周辺を巡回中だったムーンキーパーのカスリがレア達に気づいて声をかけてくる。
彼女の目は愛くるしいマスコットを見た様な反応を示した。
レアは唖然とした、このタコが可愛いとカスリは言ったのだ。
「なんやお嬢ちゃん?!ワイのよさが分かるんかいな!」
「喋った!この子喋りましたよレアさん!可愛い!!」
最近の若い子の感性が分からないとレアは感じる、レアも充分若いが。
レアは流行についての雑誌とか今後は読んだ方が良いのだろうかと、休日の過ごし方を少し考えた。
「良いな~アタシもこの子の観光案内したい~!あ、タコさん、アタシはカスリ!」
「カスリちゃん?言い名前やな!ワイはオルトロス、オルちゃんでええで!」
出来ることなら代わってあげたい、そう考えるレアだが階級の都合上カスリに任すこともできない。
するとカスリはオルトロスの上に乗り始めた、色々な意味で危なすぎる、彼女に怖いものはないのだろうか。
「オルちゃんの上、高いしらくちん!これなら巡回も楽そう~!レアさんもどうですか?」
「タコでよかった……レアちゃんも乗ってええで?」
タコの上ではしゃぐミコッテ、異様な光景だった。
因みにレアは当然、絶対に乗る気はない。
「オルちゃんってどこから来たの?」
「ん?ウルダハやで、カスリちゃん」
オルトロスは上に登ったカスリを見るため、顔を動かないように目を上に向けながら答えた。
ウルダハ、オルトロス、レアは脳内に何か引っ掛かりを覚える。
「そうや、ワイの武勇伝を教えたる!なんとワイな、光の戦士と戦ったことあるんやで!」
光の戦士、光の戦士?
レアはその発言に耳をピクリと動かす、そして思い出す、エオルゼアタイムズの記事を。
『事件屋、光の戦士と共にウルダハ闘技場で大活躍』
「オル、その話詳しく聞かせて。特に光の戦士について。」
「なんやレアちゃんも気になるんかいな、はよ言ってくれれば教えたったのに。」
けれどもオルトロスが二人に話してくれたのは、光の戦士が斧術士でとても強かったことくらい。
レアとイタバシが追い求める情報とはほど遠かった。
「というわけで、ワイは負けてまった訳や。光の戦士強すぎるわホンマに、あんときはゆでダコみたいになるとこやったな。」
「オルちゃん凄ーい!光の戦士さん相手に健闘したんだね!」
カスリはオルトロスの上ではしゃぐ、下にいるのがオルトロスじゃなければ微笑ましい光景だ。
「カスリおりなさい、そのタコ一応観光客だから。それと仕事もちゃんとしなさい!」
「はーい、オルちゃんありがとね。」
カスリがオルトロスのタコ足を使って器用に上から降りた、彼女からはバランス感覚の良さをレアは感じる。
それは意外にもカスリの特技を発見する良い機会となった、高い場所で行う作業の任務とかは今後彼女を推薦しても良いかもしれない。
「ええで、また言ってくれればいつでも歓迎や。因みにな、レアちゃん絶対乗りたがってたで?」
「レアさんもやっぱり乗りたかったんだ、言えば良いのにね」
しかしレアはオルトロスに今後一切感謝することはないだろう、彼女の胃が痛む。
レアとオルトロスはカスリに別れを告げ、双蛇党本部へ来た。
「着いたか、カトリィ。案内すまなかったな、旧市街は別の奴に頼んである。」
「いえ、思っていたよりはマシでした。胃は痛いですが」
本部で待っていたボルセルがレアへ労いの言葉をくれる。
光の戦士の活躍を記事以外で聞けたという点、カスリの意外な特技の発見という点では、レアにとって良い結果だった。
「なんや?もうレアちゃんとのお別れか?寂しいなぁ……」
「ぜんっぜん寂しくないから、それじゃ仕事に戻るわね。それじゃ、また次があればその時にね。」
レアはオルトロスにそそくさと別れを告げてその場を後にする。
オルトロスは残念そうにしていたが、レアの心は痛まない。
痛まないったら痛まない。
本部を出ると、ジンが待っていてくれていた、本部周辺を巡回している時にこちらを見かけてくれたようだ。
「お疲れさまですレアさん、どうでした?」
「どうもこうもないわよ。男性、じゃなくてタコアレルギーになりそう。」
それは災難ですねとジンは苦笑する。
レアからすれば笑い事ではすまない、もう二度と会いたくなかった。
「そうだジン、貴方は光の戦士について何か知ってる?」
「そういえばレアさんは少し前に会ったそうですね。特には何も、レアさんの知ってる知識と多分同じくらいかと。」
ジンは少し考え始めた、仕事の話でもないしそこまで悩まなくても良いのにとレアは思ったが、折角の好意だから邪魔しないでおく。
「あまり調べてないのでやっぱりそれ以上は。双蛇党にも良くしていただいていますし、彼は尊敬してますが、自分からはあまり調べものはしなくて……すみません」
「良いのよ気にしないで、それより今夜一緒に飲みに行かない?あのタコの愚痴を話せそうなの貴方くらいだわ多分。」
巡回任務を続けるため、二人はその場を後にする。
タコはもうこりごりだ。
「カトリィ、ちょっとこい。オルトロスが指名だ、旧市街も頼む。」
「……ボルセル、胃薬買ってきて。」