「へぇ、そんな事があったのですかカトリィさん」
エーテライト周辺を巡回していたプレーンフォークのイタバシが興味深そうな表情でレアに答える。
「レアって呼びなさい。えぇ、本当に災難だったといえるわね。光の戦士に怒りっぽい人間だって思われてるわ、きっと。」
光の戦士と出会った翌朝、レアはイタバシにその出来事について詳しく話していた。
彼ならばカスリやジンとは違う、興味深い意見が聞けるかもという考えからだ。
「ふむ、貴女が僕に話してくれたのは中々良い判断ですね。私も貴女と同じで光の戦士にそこまでの信仰心はありませんからね。」
イタバシはクスリと悪戯する子供のような笑みを浮かべて、レアへ答えた。
光の戦士に対する信仰、エオルゼアに住む者達の入れ込みっぷりは一部の人間からすればそう答えても差し支えないレベルだった。
「こっちでもエオルゼアタイムズとかで調べてみたけれど、分かったのは『光の戦士!どこどこを救う!』みたいな持ち上げ記事ばかり、彼の素性についてのインタビューは全然無かった。本当に宗教みたいだわ。」
レアがエオルゼアタイムズを読んで分かったのは、光の戦士がエオルゼアに到着し活躍し始めた以降の情報。
炎の蛮神イフリートを倒したという事件から始まり、帝国を撃退、モードゥナの再建活動支援、何かの結果ばかり。
それ以前の情報や、彼についてのプライベートの記事は、レアの情報網では一切発見できなかった。
「でしょうね、分かりました。今の段階では貴女の望むような意見を出すことは出来ませんが、こちらでも色々調べて私なりの意見をまとめてみます。」
イタバシがどうやって情報得るつもりなのかレアには皆目検討もつかないが、彼にはどこか自信がある様子だった。
イタバシは最後に敬礼して、意気揚々と巡回を再開する。
彼のその姿からは新しいおもちゃを見つけた子供のような物をレアは感じた。
イタバシの興味心はいずれ身を滅ぼす危険性もあったが、彼女が言わなくともいずれは自分で見つけて興味を持っただろう。
「部下を危険にさらす手伝い……指揮官としてはあまり良くないわね。」
そんなことをレアは口にしながら、その場を後にした。
レアは次に、南門周辺を巡回している筈のカスリに会いに行った。
言ってしまえば、新人三人の中では彼女が一番の問題児。
イタバシは行きすぎた興味心こそあれだが仕事自体は問題なく出来ているし、ジンは忠義心から仕事への力入れがしっかりしている。
カスリは二人に比べて、忠義心はイタバシ以上、仕事への取り組み意識はジン以下という社会入りたてな部分が見てとれた。
「漁師のおじさん、どう釣れる?」
「いやいやカスリちゃん、おじさん腕は良いけど、釣り竿がねぇ。」
今もこの通り、南門の崖から湖へと釣糸を垂らす見知らぬ漁師のおじさん相手に、カスリは座り込んで話しかけて巡回を中断していた。
呆れる話、彼女の中で悪意が無いことが一番の苦戦所。
直接の部下、しかも新人を受け持ったことの無いレアにとっては、カスリをどう怒れば良いのかが迷い所だった。
「こらカスリ、巡回はどうしたの?」
レアはとりあえず、呆れながらも妥当だと言えそうな言葉をカスリに送る。
「れ、レアさん!いや、あの今日は漁師さんが多いから、何かあったのかと聞き込み調査をしていたところです!」
焦り気味でカスリは話した、目が泳いでいる事から即興の言い訳であると誰もが分かる。
しかしレアは一度周りを見渡す、確かにその日は他の日に比べて漁師の数が多かった。
南門近くにある崖は勿論の事、冒険者ギルドのテラスから釣り糸を垂らす者までいる。
人数はざっと十人ほど、人気のある釣りスポットなら少ない方だが、そういった話をレアは聞いたことがない。
「ふむ、確かにそうね。おじさんは何か御存じですか?」
不思議に思ったレアは釣糸を垂らすおじさんに声をかけた。
「あぁそれがな、ここで湖のヌシが発見されたそうなんだよ。」
「ヌシ?!」
おじさんから言葉を聞いてレアは一瞬目を光らせてしまう。
彼女は一時期趣味の一つとして釣りをやっていたことがあり、装備こそ良くはないが腕だけは極める程伸ばしていた。
「はっはっは、おじさんも腕は確かだけれど装備がキツくてねぇ、釣れる気配は無いのさ。」
装備の良さが必要、そう聞いたレアは少し落胆した。
装備の大切さも何も分からないカスリはここにいればヌシが見られるのではと期待した目を湖へと向ける、恐らくレアより前におじさんから話を聞いてずっと一緒になっていたのだろう。
「なるほど、釣りは私もやったことあるので、これだけ人が集まるのも分かります。崖から落ちないよう、ほどほどにしてください。」
レアは最後にそう告げてその場をあとにしようとする。
けれどもヌシに興味津々なカスリはその場を離れようとしない。
「ちょっとカスリ、行くわよ?仕事しなさい。」
レアはカスリの肩を軽く叩き、彼女の意識を湖から離そうとした。
「もうちょっとだけ待って、漁師のおじさん!時価とか聞いちゃって良いですか?!」
カスリはこれだけ最後に聞きたいといった様子でおじさんに聞いた。
「時価ねぇ、おじさんが最後に確認したときは10万ギル程だったかな?」
10万ギル、レアの耳はピクリと動き、その言葉をしっかりと捕らえた。
10万ギルなんて物はそう簡単に手に入るではない、レアは決心する。
彼女はカスリをその場から離すのを止め、どこに隠し持っていたのか釣りざおを取り出した。
「カスリ、先に休憩入るわ。今夜は私の奢りよ、待ってなさい。」
ストンとおじさんの隣にレアは座る、勿論釣糸は湖の元へ。
カスリ自身、まさか上官であるレアが仕事をサボろうとするとは思ってなかったのか、慌てて止めに入った。
「ちょ、不味いですよ!サボってたアタシも悪かったですから、仕事戻りましょ!」
カスリの言葉も虚しく、レアの視線は足らされた釣糸へ向けられる。
絶対に釣る、釣って夕食は豪勢に食べる、そんな想いが彼女を突き動かした。
「お、君もやる気だね。ヌシが釣れるわけはないけど、お互い夕飯のおかず程度は持ち帰りますか。」
おじさんは真剣な眼差しで取り組むレアへ微笑みながら応援の言葉を送り、自分も釣り糸に目を向けた。
釣れるわけはない、いや釣るのだとレアは脳内で言葉を変換する。
今の彼女は双蛇党ではない、一人のしがない漁師だ。
「カスリ、ヌシ見たくない?10万よ、今夜は酒場で一杯よ。」
「み、見たいですけど。」
その時カスリは二度とサボらないことを心に誓った。
それから数時間、周囲の漁師の数は減る様子も無く、ヌシが釣れたという報告もなく、ただ闇雲に時間だけが過ぎていった。
「さ、流石に装備が悪いわね。」
「ですねぇ。」
レアの額に汗が流れ、表情に焦りが見えてくる、時間をかけすぎているのは彼女も分かっていた。
休憩時間などとうに過ぎ去り、御天道様は頂上から降り始めている。
それでもレアは止めなかった、止めてしまったら全てが無駄になる、サボった事へのリターン無しでは帰れない、そんなことを彼女は考えていた。
「レアさぁん、アタシが悪かったですからぁ、もう止めましょうよぉ。」
レアと隣のおじさんが釣った魚は一般的なものばかり、夕飯のおかずとしては十分な量を釣ったが、いっこうに御互いは止める様子がない。
カスリも動く様子の無いレアに付き添って、その場に座っていた。
何度かカスリはジンやイタバシに助けを求めていたが、ジンは持ち場を離れたくないと断られ、イタバシは面白そうだからそっとしておくと断られていた。
やがて周囲の漁師の何人かが諦めて竿をしまい始める、誰もが諦めかけたその時。
「ヌシがかかったッ!!!」
突然の叫び声、それは冒険者ギルドのテラスから聞こえた。
レアはおじさんと顔を見合わせると御互いに直ぐ様竿をその場に置き、カスリと三人でその人の元へ走る。
周りの漁師達も焦る彼女達に釣られるように後を追った。
「キツいっ!引っ張られるっ!?」
冒険者ギルドのテラスではヌシのかかった竿を引っ張る漁師、しかしヌシの力は圧倒的に強く、二人が辿りつく頃にはその漁師は湖へと落ちそうになっていた。
「まずっ!?カスリ!私とおじさんでこの漁師を手伝うから、一応応援を呼んで!腕力のある人!」
咄嗟にレアは漁師から双蛇党へ戻り、カスリへ指示をだす。
そして直ぐ様おじさんと共に漁師の体へ飛び付いた。
「離してはダメですよ!ヌシが行ってしまいます!!」
「分かってるよおっさん!姉ちゃんもすまねぇ!!」
「三人がかりでも竿が重い!どんだけデカイのよコイツはぁ!!こっち見てる貴方たちも手伝ってよ!!!」
レアは近くの漁師達に声をかける、周りの漁師達は半信半疑になるも皆後ろにしがみついてくれた。
何事かと冒険者ギルドにどんどん人が集まり、レアの声で何も知らない人も繋がるようにしてレア達にしがみつく。
総勢二十人ほどだろうか、レアからはそこまで数えることができる。
流石にこれ以上増えないだろうと彼女は確認すると、皆に声をかけた。
「せーので行くわよ!?せぇぇのッ!!」
一列に繋がった様々な人達皆の心が一つになり、大きな力で竿が引っ張られる。
しかし……
パァン!と破裂音。
その音と同時に繋がっていた大勢の人間が一世に後ろへと倒れ込む。
「っ!?今のは!?」
何も知らない列の後ろの方が叫ぶ、
その音を知っているのは列の前の方にいる漁師達。
「糸が、切れやがった……!」
「マジかよ、あれだけの力だぞ……?」
騒然とする漁師達、その事実は漁師に対する警告か、挑戦状か。
列の先頭、釣りざおを持っていた漁師は一世一代の大勝負に負け、言葉を失っていた。
「この装備でも、釣れないって言うのか……」
おじさんはその漁師のマテリアでカスタム化された釣りざおを見ながら呟く。
レアはハッとして何も知らない者達に事の説明と解散誘導を始めた。
双蛇党であるレアは感傷に浸っている暇はない。
「すみません!ご協力ありがとうございました!!」
皆が事実を知り、残念そうに散っていく、残念な気持ちはレアもこの漁師も同じだった。
場所は変わって夕暮れ時の南門。
「ありがとうございます、ヌシは釣れはしませんでしたが、貴女がいなければ今ごろ湖の底でした。」
漁師達が帰っていく中、例の漁師が落ち込んだ様子でレアに言葉を話す。
レアはおじさんとまた頑張ればいいと漁師をなだめ、彼を見送った。
漁師達がおじさん以外全員帰ったのを確認した後、ヌシを釣ることは出来なかったものの良い体験が出来たとおじさんもレアに感謝の言葉をくれた。
レアもおじさんに感謝の言葉告げ、彼と別れる。
「さてと、それじゃ私も本部に戻って今回の事の全部を報告書にまとめないと!」
レア自身、今日は良い日だったと確信する、次の瞬間までは。
「そうか、自分のサボりについて、どうまとめるんだカトリィ大牙佐?」
レアの背後から声がする、振り向いたら危険だと彼女は確信したが、振り向かないこともまた危険。
レアが恐る恐る振り向くと、そこには眉間にシワを寄せたボルセルとカスリの姿があった。
「ぼ、ボルセル……!?何でここにいるんですか……?!」
「レアさん、応援呼びたくて状況を説明する際に言っちゃいました、サボりの件。」
カスリの哀しい死刑宣告、レアは額に汗が流れるのを感じる。
言わなくても状況を説明出来た筈でしょうとレアは言いたかったが、新人ならば説明の際に全部言うのも仕方がない、その方が簡単だからだ。
「いえ、あのですね?漁師が崖から落ちないよう見張る必要があってですね!」
焦り気味でレアは話した、目が泳いでいる事から即興の言い訳であると誰もが分かる。
つい彼女はカスリと同じような言い訳を使ってしまった。
「そうかそうか、それは危険だな。さて、カスリから聞いたぞ?今夜は双蛇党全員の夕食を奢ってくれるそうだな?」
ボルセルは蛮神よりも恐ろしい笑顔で優しく問う、今日の事はこれで不問にしてやらんこともないと表情が語っていた。
「あはは、そうでしたっけ?カスリ、私そんなこと言ったっけ?」
レアからしてみればカスリ一人なら軽傷だが全員となると話は別、最後の望みを彼女へ託す。
「アタシも減給怖いんで、スミマセン!」
レアの望みはその時完全に潰えた。
「ぼ、ボルセル?嘘よね?優しい上司は冗談も上手いとか?」
「はっはっは、階級は同じじゃないか、遠慮はいらないだろう?」
レアの部下曰く、翌日から彼女は理由の無いダイエットを始めたという。