「おはようございます…」
事件の翌朝、ユイはレアの先導のもと、彼女のチームのメンバーと顔合わせをした。
ユイの突然の入隊にメンバー達は思い思いの表情をする。
一番に口を開いたのはムーンキーパーのカスリ、人懐っこく物事への疑念を抱きにくい彼女は笑顔でユイを迎え入れた。
「わぁ、新しい子だ!角生えてる!尻尾もある!アタシとお揃いだね!アタシはユイ!よろしくね!」
「え、えぇ…そうですね……」
なんて純粋で隙だらけな娘なのだろう、つい殺してしまいそうになる、ここがイシュガルドなら真っ先に彼女を殺しただろうとユイは考えてしまう。
そんなユイの含みのある表情を見て、ミッドランダーのジンは明確な強い敵意を彼女に向けた。
彼はレアにユイが入党した経緯について聞くが、それについてレアは多くを濁して話す。
「……俺は貴女を信用しません。まだ俺は若いですが、多少なりとも信用できる人かどうかくらいは判断する力を持っているつもりです。俺の名前はジンといいます、礼儀としてそれだけは言っておきますがそれ以上は話しませんよ」
「……そうですか…懸命ですね」
ユイの視点で見ると、ジンはよく吠える子犬程度の存在。
自分を危険人物だと見破った点は評価できるが、見破る力に自身の力が追いついていない。
カスリほどじゃないが、殺すのは容易だとユイは判断した。
「……アウラ、ですか。実物をじっくりと観察できるのはこれが初めてです。興味深いですね」
「……貴方は?」
「あぁ、申し遅れました。僕の名前はイタバシといいます。興味深いことを探求するのが趣味でして、チラチラ見てしまうことがあるかもしれませんが、気にしないでください。」
一見すると一番弱いだろうプレーンフォークのイタバシ、その存在をユイは何故か度外視出来ない。
何故か彼には警戒を示したくなるほどの何かがあるように彼女は感じた。
恐らく力ではない何か、もし敵に回したら一番怖いのはレアやボルセルでもなくこの男なのかもしれない。
「以上が貴女の所属する隊のメンバーよ、改めて一応自己紹介をするわね?私はレアヌ・カトリィ、階級は大牙佐よ」
「はい…レア義姉様……」
義姉様という呼び方にカスリが食いつく、いきなり知らない人間からそんな聞き慣れない言葉が飛び出れば、当然の反応だ。
レアの姉妹ではないことと、その理由をユイは話した。
理由を知ったカスリは笑顔でレアに気をつけないとヤバいですね!なんて言葉を投げかける。
あぁ...なんてゆるい場所なんだろう?ユイはそんな言葉を考えてしまう。
私のいた場所はそんな気持ちでいられるような場所じゃなかった。
私のいた場所は殺さなきゃ殺されるような場所だった。
私のいた場所は両手剣を紅く染めすぎてうんざりしてしまうような場所だった。
私のいた場所は強い相手に殺されて全てを終わらせたくなるような場所だった。
そんな場所だったというのに。
―――――
過去、イシュガルドで両親と共に暮らしていた私はスラム街で毎日を生きていた。
日々の生活は旅人の恵みと、盗みによって得られる収入で食いつないでいた。
父の口癖は『すぐ騎士団に入るから大丈夫』、酷い嘘だ。
貴族主義なイシュガルドでそんな事は絶対にありえない。
毎日毎日、他人に対する警戒と少ない食事で精神がすり減る日々。
そんな日々に変化を起こしたかった私はある日、両手剣の剣術というものがあるという話を聞いた。
聞くにその剣術は絶対の力であり、手にすればイシュガルドで飛躍的に良い待遇を得られるというもの。
今にして思えば両手剣の存在を存続させる為の嘘だったのかもしれない、もしくはクーデターを起こすための徴兵が目的だったのかも。
私はすぐ様両手剣の剣術指南の人間を探した。
思ってから見つけるのは直ぐだった、けれども両手剣使いはその時すでに死んでいた。
誰に殺されたかは分からない、ただその人間の死体と両手剣がそこにあった。
私は迷わず剣を取った。
当たり前だ、使いこなせばイシュガルドで良い待遇が手に入るなんて知っていれば誰もがそうするはずだ。
両親を助ける為、こんな毎日とおさらばする為。
剣をとった私の記憶はそこからしばらく途切れた。
次に私が気づくと、辺りには血溜まりが広がっていて、私の手の中にある剣は真紅に染まっていた。
血溜まりの向こうにはイシュガルドの兵士達。
何が起きたのか私には分からなかった。
突然の事態、パニックの中で分からないなりに考えると、どうやら私がこの血溜まりを作ったみたいだった。
理解できても信じたくない、血溜まりの肉片を見て、私は吐きそうになる。
しかし何かがおかしい。
この肉片を私は知っている。
この二種類の髪と二種類の色の四つの眼を私は知っている。
誰?スラムの知らないご近所さん?
『親殺しを囲め!奴は正気を失っている!』
親…殺し……?
何を言っているのだろう?
私はただこ手にある『彼の』剣を手にしただけ、そんな事をしたつもりはない。
しかし、私はその声の言葉を脳裏で巡らせながらもう一度肉片を見た。
血溜まりを作ったのは私。
血溜まりは人殺しによってできる。
その肉片達は私が知る人物。
親殺し……親?
「お父さん?お母さん?」
私はその時理解した。
私が何をしたのかを。
「うあああああっ……!」
『親殺しが叫びだしたぞ!!危険だ!殺せ!!』
イシュガルドの兵士たちが槍と剣を一斉に私へと突き出す、まさに針山の様な光景だった。
私は死の恐怖から闇雲に両手剣を振るう、無様な振り方だった。
だが『不幸』にも私の刃は一人の兵士の体を捕らえて、真っ二つにした。
『殺した!また殺した!親殺しだけでは飽きたらぬか!!』
私はただ必死だっただけで、そんなつもりはなかった。
剣や槍を弾いて防ぎたかっただけなのに。
私の想いとは裏腹に、『私の』両手剣は導かれるように、吸い寄せられるように武器の隙間を縫って敵の体へと向かって行く。
何度も、何度も、何度も。
気づくと周囲に敵はいなかった。
ただあったのはさっきより広がった血溜まりと、山盛りの肉片。
私は増援が来たら『面倒』だと思い、
その場を後にしてイシュガルドの街を出た。
クルザスの様々な地域を当てもなく旅をする。
私はすぐ様指名手配されていた。
親殺し、イシュガルドへの反逆行為。
毎日のように追手が現れた。
ある日はイシュガルドの兵士、ある日はイシュガルドに滞在する腕の立つ冒険者。
『弱い』、『つまらない』、『どうしてそんな腕で私を殺しに来るの?』
私はこれ以上殺したくなんかないのに。
そんな弱い姿を見せられたら、『私の剣が』嫌でも殺してしまう。
誰か、誰か私を殺して、お父さんとお母さんの元へ連れてって。
気づくと私はクルザスの地方から完全に出て、黒衣森へ来てしまっていた。
もう追っ手は来ない、もう殺さなくて済む。
けれどもそれはもう殺されないという事でもあった。
私は私を殺そうとした者達の中にいた冒険者という職につくことで、死に場所を探すことにした。
気の遠い話だがこれなら強いモンスターに殺されることが出来るかもしれない。
私はこうしてグリダニアの地に足を踏み入れた。
正直、拍子抜けだった。
土地勘のある密猟者を夜に攻めるのは危険だ。
そう女性の双蛇党さんから聞いた私はやっと開放されるのでは?と淡い期待を持って殺されに行った。
結果は瞬殺、狩りを生業をしている者なんて所詮その程度だった。
その双蛇党さんとも戦うことにした、ここにいる軍人なら私を殺してくれるかも。
勿論、雑魚だった。
軍人と言っても戦争をしているわけじゃない生温い人間に私は殺せない。
そんな私の前に男性の双蛇党さんが現れた。
この人は違った、強者のオーラがあった。
私を殺せる可能性があった。
しかしその双蛇党さんは殺意が無かった。
しかも私に殺し合いをやめろと言い出した。
強者の余裕、あぁ……待っていた……
この人を私はずっと待っていた。
今までの者達は私に対して明らかな必死さを見せる弱者だった。
彼は違う、彼は私を殺せる。
彼を本気にさせるにはどうすればいいだろう?
最初は良い顔をしてにじり寄って、最期に裏切って突然殺意を向ければ殺してくれるんじゃないだろうか?
私は私を殺せるかもしれない彼に好意を見せる。
いつ殺してもらおう?いつ殺してくれるだろう?
そんな期待を胸に秘めながら……
―――――
「彼女は危険です、気をつけてください」
イタバシはレアへ、ユイの耳に入らないよう細心の注意を持って静かに告げる。
小声で分かってるとレアは応えるが、見たままの危険ではないと彼は念を押す。
「彼女は死に場所を求めています、殺す以外の手段で彼女を救ってあげてください。でないと、あの危うさでは取り返しがつかなくなる。ああいう人間を何度も見てきましたから確実です。」
イタバシはどこで彼女のような人間を目にしてきたのか?レアには考えても無駄なことだが、彼が言う言葉は確実性が高いだろう。
死に場所を求めるゆえの戦闘狂だったのか、そんな様に考えながら彼女を見つめるレア。
もしそうならば救わなくちゃいけない、周りのためにも彼女のためにも。
「……分かった。」
レアはまだユイの過去を知らない、知らずして完全に救うことは出来ない。
けれども、いつか彼女の過去を知り、ユイの罪を洗い流す手段はきっと見つけてみせる。
そう心に誓うレアだった。