「双蛇党さん……誤って確保対象を殺してしまった場合、どうすれば良いんでしょうか……?」
薄暗い中、月明かりの反射で少しだけ薄暗く光る血溜まりの中、両手剣を手に持ったアウラの少女ユイは坦々とした声でレアに支持をあおいだ。
彼女の表情に怒り、喜び、悲しみ、そういった激しい感情は無く、「つまらない」といった想いだけが伝わってくる。
血溜まりの中に倒れている……いや、もはや落ちていると言った表現が合いそうな無残な人間の死骸を見て、レアは彼女に対し認識を改めた。
彼女は危険人物だ、このままにしてはいけない。
「ボルセル、こっち来て。場所は―――」
『分かった、直ぐ行く』
「?……どうかしたのですか?あぁ、遺体の処理班ですね。ここで待っていれば良いですか……?」
ボルセルへ応援を頼むレア。
一度深呼吸をして、ユイに一言告げる。
「たった今貴女に殺人の容疑がかかったわ。今回の依頼は拘束・確保で、殺害は許可されていなかった。正当防衛なら不問となるけど、現状を見てそう判断する人はいないでしょうね……つまり、任意同行を願いたいわ」
「……何故ですか?犯罪を犯した人は裁く、イシュガルドでは当たり前のことでしょう……?」
イシュガルド、彼女の出身地はイシュガルドなのだろうか?
まるで人を殺すのが当然であり、レアが狂っているかのような言葉を話すユイ。
そんな彼女に対してレアは予め持ってきていた自前の槍を構える、その瞬間ユイの目付きが疑惑から敵意のそれに変わった。
両手剣を構えて彼女はレアに問う……
「任意同行って言っておきながら槍を構えるだなんて……貴女は私を犯罪者にする気まんまんなのですね…?」
「事実罪を犯したのは貴女よ。イシュガルドがどういった法律かは知らないけれど、このグリダニアで殺していいのはモンスターだけ。許可が出たとしてもせいぜい帝国兵くらい……先に言えなくてごめんなさいね。」
「いえ、良いんです……たとえ聞いていたとしても…多分殺しましたからッ―――!」
レアに向かって短距離の跳躍をするユイ。
とっさに槍で防御を試みたレアだが、彼女は跳躍によってかかった力を両手剣に込めて槍の柄を叩き折ろうとする。
カァァン!
(重いッ―――)
恐らくユイの今の一撃は最初に闇へと飛びこんだ際の技、両手剣の刃が槍の柄を押さえつける。
槍がレアの手からこぼれ落ちそうになる、落ちなかったとしても柄が折れてしまいそうだった。
レアは練度の高い槍術士だったが、それでも彼女の一撃を耐えて弾き返すには力不足だった。
せめて受け流さなければならない、両手剣の力を槍の柄からそらそうとするレア。
「……受け流せるとでも?」
「!?」
ミシミシ……
ユイは更なる力を両手剣に込める。
跳躍時の力は柄で接触した際に使った筈であり、これ以上の負荷かからないと踏んでいたレアにとってこれは誤算だった。
華奢な身体からはとても考えられない剣の重さ、魔法による強化ではないかとレアは判断を巡らせるが、だからといって対策が思いつくわけもない。
バキッ!
「殺(と)った!」
槍の柄が折れる、レアは死を確信した。
あの両手剣が体に刺さった時、私はあの転がった人のようになるだろう。
そんな事を一瞬脳裏で考えた時……
キィィン!
まさに横槍が両手剣の刃を弾いた―――
「大丈夫レア!?」
「ボルセル!」
現れたボルセルはユイの両手剣を槍で弾き、レアと彼女の間に割って入る。
彼を警戒して距離を取るユイ、彼女の表情には苛立ちのようなもの見て取れた。
殺せなかった苛立ちか、敵が増えた面倒からの苛立ちか。
「くっ、横槍ですか……しかし、貴方も頭が回っていないようですね。彼女を見捨てて私を刺せば殺せたというのに……」
「生憎、双蛇党は仲間を見捨てるように教育されてはいない。仲間を守り、かつ戦うのが俺達だ」
槍を折られた悔しさで膝から崩れ落ちながら、ボルセルへと静かに謝るレア。
「ごめんなさい……」そう口にしながら、彼女はこの場で自分が足手まといになる事実に申し訳無さを感じた。
そんなレアに対し彼は優しく言葉をかける。
「気にするな……生きていただけでも十分な成果だ…さて、一度レアから聞いたと思うが、任意同行を願いたい。今ならまだ間に合う」
「間に合う…?私は殺人を犯した重犯罪者なのでしょう……?貴方に捕まっても…死刑か長い牢暮らしが待っているだけ……」
ユイの返答にボルセルは一呼吸ほど思考を巡らし、一言「俺ならばこの件を正当防衛として処理できる」と口にした。
彼の突然の譲歩にレアとユイは目を見開き耳を疑う、
この男はなんと言ったのだろう?ユイを許す?
あまりにも常識外れな発言にレアは声を荒げて止めようとするが、ボルセルは「待て」と言って彼女を制止する。
一方ユイは彼の判断に一様の興味を示し、両手剣を構えて警戒したまま、続きを話すようにボルセルへ言葉を返す。
「……話してください…条件を聞きましょう……そこまで言うからにはあるのでしょう…?」
「物分りが良くて助かる……一つ、無許可での殺人の禁止。一つ、双蛇党に入党し双蛇党の監視の元で行動する。勿論入党後は給料も出す」
「一つ目は無理です…殺意を向けられたら殺してしまうのも仕方がないことですから……二つ目も半分は許可できません…監視されるというのは不本意です……」
不満そうな顔で断るユイ、レアは彼がこの惨状を見た上で、未だ彼女を勧誘しようとしている事実に驚きと呆れを隠せない。
しかしこの場で交渉が出来れば、レアの武器損失によるこの不利な戦いを強いられずに済む。
そういう点で彼女はボルセルに同意せざる負えないのもまた事実だ。
どちらが正しいか、そんな答えはもう出せないところまで来ていた。
今大切なのはどちらが安全か。
「ふむ、だいぶ譲渡したと思うが……監視役をレア、この女性にかって出てもらうのはどうだろう?知らない人間よりはマシなはずだ」
「殺人に関しては……?」
「ふむ、レアの部下となれば街中の警備となる、町中で殺意を向けるような輩はそうそういないだろう。いたとしてもそんな輩を殺す価値があると思うか?」
突然のボルセルの指名に変な声が出そうになるレア、彼はこの殺人鬼のおもりを自分にしろと言ったのだ。
それを無視しても街中の警備に配属するという点も納得出来ない、もし街中に通り魔でも現れようものならユイはその相手を惨殺し、別の理由で阿鼻叫喚になるとボルセルなら容易に予想できるはずだ。
だからと言って他に案もないレアは彼を止められない。
ユイは少しの間悩んだ後、答えを出した。
「分かりました。しかし、私のタイミングで双蛇党を抜けても文句を言わないで下さいね?」
「それでいいなら助かる、抜けたい時は改めて条件等を話し合うものとする。……しかし助かった、君と戦ったら私も死んでしまいそうだったからな」
予想外にもユイは少し条件を加えて、交渉をあっさりと受け入れた。
その事実にレアは何も言えない、戦わずして良かったとはいえ、犯罪者を許すというあまりにも酷い幕引きだ。
しかもその単純さはこの場だけであり、今後苦労するのは彼女が大半だろう。
レアはユイが両手剣をしまうの見ながら、明日から四六時中警戒しなくてはならない事実に、深い溜息をこぼすのみだった。
翌日、ボルセルの言葉通りユイはレアのチームの所属となった。
昨晩の事件は朝のミーティングにて全容を濁した上で各所へ説明し、今回の件はレアの想像以上にあっけない終わりとなった。
「ボルセルはアウラの人材を無事手に入れて、私だけ苦労して、全部彼の上で踊ってた気分だわ……はぁ……」
エーテライト前のベンチにて座り込んでいたレアは深いため息を吐く、どうしてこうなったのだろう。
あの時槍が折られていなかったら……そんな事を考えてしまうが、済んだ事はどうすることも出来ない。
そんな彼女の側には監視対象のユイの姿があった。
「ふふっ…レア義姉様は嫌ですか……?」
「嫌に決まってるでしょ、いつ貴女に殺されるかビクビクしながら出勤するはめになるのよ……ていうか今の何?義姉様?」
突然の距離感に戸惑うレア。
「ええ…義姉様……ボルセル様とご兄妹なのでしょう……?」
「いや、兄妹じゃないんだけど」
「そうなのですか……?でも義姉様で良いですよね。だって…ボルセル様と添い遂げる日が来たら、貴女の存在はその辺りの位置にいきそうですし……」
ユイは目を輝かせ、あぁボルセル様……と言いながら笑顔を見せる。
レアは彼女の変わり様に声を荒げて反論した。
「はぁっ!?ボルセルと添い遂げる!?どこに惚れる要素があったのよって、ダメダメ!犯罪者がボルセルの側とか!」
「はぁ…恋に犯罪事を持ち出すなんて義姉様はつまらない人間ですね……もしかして義姉様もボルセル様をお慕いしているのですか……?」
「そんなわけ無いでしょうがっ!とにかくボルセルに手を出すの禁止!分かった!?」
「私がボルセル様以外の人と交渉するとでも……?あの交渉中の彼の真っ直ぐな瞳…あの眼以外に従うつもりはありません……!世の中、力以外にも強さを証明する術があるだなんて…流石ボルセル様……!」
「ああっもう!何でこんなのを勧誘したのよ!!ボルセルの馬鹿ああっ!!!」
こうしてアウラの勧誘と引き換えに新たに悩みの種が複数生まれたレアだった……