双蛇党日誌   作:you_ki_jin

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アウラ

「アウラ?……何よそれ?」

 

とある平日夜のグリダニア、

新市街の冒険者ギルドにて普段通り仕事終わりにボルセルと飲み交わしていたレアは彼からそんな言葉を聞いた。

まったくの聞きなれない言葉に彼女は酒の回った頭を抱えて一度記憶を掘り返してみるが、

酒のせいもあってか記憶の奥底にその言葉は見つからない。

恐らくレアにとってその言葉は初めて聞いた単語だった。

 

「知らないか?近頃からエオルゼアに来始めた外来の人種だそうだ。特徴は長い爬虫類の尻尾に耳の代わりの二本角、そして硬質化した鱗が所々にあるそうだ」

 

飲みながらボルセルが淡々と話すそれはあまりにも非人間的な特徴で、レアのような信じていない人間からすると、まるでおとぎ話に登場する悪魔の説明とも受け取れるような内容だった。

彼女は酒を飲み冗談半分に聞きながら、尻尾と鱗という点から心当たりを一つ思いつく。

 

「何よそれ…マムージャ族の話……?」

 

レア自身、馬鹿馬鹿しいと思いながら呆れ顔でボルセルに聞き返すと、彼はれっきとした人種らしいと真面目に答える。

彼女の問いにボルセルが茶化すことなく答えたことで、それが飲みの場の嘘や冗談じゃないのだとレアは認識を改めた。

酒の入ったグラスを自分から少し離れた位置に置き、表情を堅くして気分を少しだけ仕事の状態に寄せる彼女。

 

「マムージャ族との関連性に関しては不明だ、なにせ外来種ゆえにあまり資料が無いそうだ。種族元が人とマムージャのハーフだったと判明しても何らおかしくはない」

 

ボルセルの『ハーフ』という言葉にレアは少し思う所を感じた。

ハーフ…彼女は人種こそエレゼンだが部族はフォレスターとシェーダーのハーフであり、ハーフという言葉に親近感を感じるのだ。

故にレアは知っている、ハーフが一部の部族信者の間で何と呼ばれるのか……

 

「移住にせよ、冒険者にせよ、部族に固執してる人達に『半端者』とか『余所者』とか呼ばれる可能性があるのはいけすか無いわね……」

 

『半端者』、別人種同士や酷いときは別部族同士の間に産まれた子を部族としての威厳やプライドの為にけなす時の差別用語だ。

今でこそエオルゼアは各都市国家が交流しているためプライド高い人間も減ったが、未だに少なからず部族至上主義の者はいる、最低でもレアが幼い時にはまだシェーダーの部族信者は存在していた。

彼女は当時のことを思い出し深く考えて顔色が悪くならない様、離していたグラスを手に取り再びお酒を喉に通す。

 

「アウラがこちらの暮らしに溶け込むのはまだかかりそうだが、レアが気負う必要はない。現にお前はこうして双蛇党で働けているじゃないか。上の老人達も人種差別なんて古い事はもうしていない」

 

そうだけど…レアが手元のお酒を空にして苦い顔でボルセルに言葉を返そうとした時、ふと彼が何故このタイミングでその話題を振ったのか疑問を覚えた。

幾ら最近熱い話題だったとしてもわざわざ飲みの場で話す必要はない、軽い流行話題なら本部で休憩中にでも話せばいいだけの事だ。

逆に『ただの』重要情報なら、朝のミーティングの際に部下全員へ話すべき内容である。

にも関わらず、ボルセルは今話した。

それが意味することは……まさかと彼女は理由をボルセルへ聞くと案の定の返事が帰ってきた。

 

「理由?それは当然双蛇党に勧誘すべきだと考えているからだ。異国の戦力、蛮神や帝国からの自衛の為に期待して当然だろう?それに一人勧誘に成功すれば、職探しをしている他のアウラも芋づる式に入ってくる可能性がある」

 

手元のお酒を一気に喉へ流し込みながら自慢げな表情を浮かべるボルセル、苦労の始まりによる気疲れでレアは溜め息を溢す。

彼女からすれば彼の仕事馬鹿は今に始まった事では無いが、それでも異国の外来人までとなると改めてボルセルという男の節操の無さを感じた。

 

「はぁ…それで、一人目の当てはあるの?」

 

レアは仕方なく、一人目を迎え入れるていで話を続けた。

だがボルセルの表情は少し暗くなり、当てはないと答える。

彼女は彼の返答に苛立ちを覚えそうになるが、冷静に考えるとそれは当然の答えだ。

レアもボルセルも双蛇党、グリダニアに所属する者であり、派遣・交流以外で黒衣森を出ることは少ない。

つまり黒衣森外の個人的情報網、連絡網が無いに等しいのだ。

 

「というわけで、職探しやギルドの依頼探しでグリダニアに来たアウラを徹底的に勧誘するしかない。期待しているぞレア?」

 

ボルセルの言いたいことは簡単だった。

新市街を巡回しているのだから発見はお前が一番早い、だから全部任せる。

彼の対応の雑さにレアは絶句する、パワーハラスメントで抗議しても通りそうなくらいだ。

しかしレアとしては一応他にも当てがある、困ったときのイタバシ情報網だ。

ボルセルと飲みながら頭の隅でイタバシに頼む流れをシミュレーションし始めるレア、そんな事をしているとカウンターから聞きなれない会話の音が聞こえてきた。

 

 

 

「―――君、珍しい顔をしているね?鱗かい?それ」

 

鱗、カウンターにいた受付は確かに『鱗』と口にした。

レアとボルセルはハッとして目を合わせた後、二人でカウンターへ視線を向ける。

そこにはカウンターで受付と話す角と尻尾の生えた女性の姿があった。

間違いない、件の相手こと外来の人種、アウラの一人だ。

 

「……ええ。あまり、見ないでください……」

 

女性の身長はさほど高くなく、レアどころか平均的なエレゼンの身長にも遠く及ばない、おそらくヒューランやミコッテよりも低いだろう。

他に肌の色はレアより白く、体の細さもレアより細い。

体つきで言えば、まるで戦闘向きではない彼女、しかし彼女の背中では大振りな両手剣が存在を主張していた。

 

「レア、あの両手剣、見たことあるか?」

 

ボルセルは未知への恐怖と期待で引きつった笑みを浮かべながらレアに問う、彼女は彼女で同じような苦い笑顔を浮かべながらその問いを否定した。

剣といえば砂の都市国家ウルダハに剣術士ギルドという場所があったが、そこで扱うのは盾との組み合わせを想定した片手剣による剣術。

盾を持てそうにないあの両手剣はウルダハの剣術とは違う別の戦い方で使われるものだと、レアとボルセルの二人は剣の外見から感じ取る。

 

「新市街をずっと巡回してたけど、あんなの見たこと無いわ。何あれ、あんな華奢な体でどうやって使うのよ……」

 

その時、二人の視線の先でアウラの女性は自分の名前を口にする。

 

「私の名前は…ユイといいます……冒険者ギルドに所属したく、やってきました……」

 

 

 

『冒険者ギルド』、アウラ女性のユイの言葉を聞いてボルセルは素早くレアへとアイコンタクトを送った。

『勧誘しろ、彼女は職が無いようだ』

彼は瞳を使い、静かな様子で彼女にそう訴える。

レアは冷や汗をかきながら嫌々席を立ち、ゆっくりとした足取りでユイへ近づいた。

 

「分かりました……この書類に個人情報を記載した後…提出すれば良いのですね……?」

 

一方ユイは受付から登録書類を受け取ると、ギルド内の空いてる席を見つけ、書類に筆を通すためにその席へと着こうとする。

そんな彼女にレアは肩へ手を乗せながら声をかけた、少々強引だがこの方が相手の力量と普段の警戒度を確認しやすい。

 

「ちょっと良いかしら?」

「……!」

 

レアが声をかけると、ユイはビクリと大袈裟に体を振るわせた後、恐る恐るレアへ振り返る。

彼女の振り向く速度は戦いをする者としてはあまりにも遅く、警戒ではなく恐怖を表した動きだった。

レアに視線を合わせたユイは聞こえづらい小さな声で、何でしょうかと聞いてくる。

予想外な反応にレアは彼女へかけるべき言葉が分からなくなる、彼女があまりにも臆病すぎたのだ。

とてもじゃないが背中の両手剣を振り回す様な人には見えない。

 

「えと……貴女どこから来たの?」

 

無難な問いのつもりで出したレアの言葉にユイは体を強張らせる、会話の一投目としては大分良くなかったようだ。

彼女はまるで小動物かのような怯えを見せながら、言えませんとだけ口にする。

ユイの故郷に何があるのかは分からないが、恐怖心が湧くほど他人に知られると不味い事があるようだ。

レアは次こそ地雷を踏まないようにと気をつけて、わざとらしく冒険者ギルドの登録書類に目を向けながら彼女に戦闘経験はあるかどうか聞いた。

 

「あっ、戦闘経験はあります……と言っても…強い相手とはありません……もしかして冒険者ギルドに来る依頼って強い相手と沢山戦うのですか……?」

 

ユイは不安そうな表情でレアに聞き返す。

いくらなんでも臆病過ぎないかと呆れ半分心配半分になりながらも、レアは彼女にそれは大丈夫だと告げた。

しかしどう会話すればいいのだろうとレアは戸惑う、好戦的とは言わずとも多少芯のある人間と会話することが多かったレアにとって、ユイは正直苦手なタイプの相手だった。

そんな時、彼女の口がほんの少し開いた。

 

「……なんだつまらない」

「……え?」

「い、いえ……なんでも…ありません……」

 

それはほんのちいさなか細い声だったが、ユイの側にいたレアは彼女の言葉を聞き逃さなかった。

つまらない、強い相手と戦えないことに対してだろうか?

もしそうなら戦闘狂という事になるが、ユイの今までの対応からしてそれはあり得ない。

 

……本当にあり得ないのだろうか?

 

「……私、この都市国家で双蛇党っていうグランドカンパニーに所属しているのだけれど、一度貴女の戦いぶりを拝見してもいいかしら」

「私なんかをですか……!?」

「むしろ低い実力だと危ないから拝見するの、今対話した感じだと正直戦闘が不得意そうに見えて不安なのよ。良い?」

 

ユイはレアの言葉に分かりましたと告げると、書類をカウンターに提出して直ぐ様適当な依頼を受けた。

依頼内容は密猟者数人の確保、魔物ではなく知性がある人間を相手にする危険な依頼だ。

とてもじゃないが、初めて来た土地で最初に手を出す依頼じゃない。

 

「え、いきなり?今、夜よ?しかも……何でこれにしたの」

「え?目についた物を受けただけですが……それに戦闘を見たいって言うから……」

「あのねぇ……土地勘のある人間を相手にするのよ?来たばかりの人が夜にこんなのと戦うだなんて、痛い目見るだけよ」

 

ユイに人を相手にするのは難しいと説明するが、彼女はこれで良いんですとかたくなに変えようとしない。

それどころか人間の方が危なくないじゃないですかと言い出す始末。

世間知らずもいい所だ、親の顔が見てみたい、そんな事を考えてしまうレアだった。

 

 

 

深夜0時、黒衣森の中央森林にレアとユイはいた。

あれから彼女は深夜の密猟者達が寝静まる時間帯にキャンプを奇襲して確保する、なんてことを言い出してこの時間に森へと入ることになった。

ハッキリ言ってマトモじゃない、土地勘無しに深夜に森へ出るなんて普通なら自殺行為だ。

異常すぎるとレアは彼女を止めようとしたが、聞く耳を持たなかった。

ボルセルには一旦グリダニアの門で待機するよう頼み、直ぐ様レアはユイの護衛についた。

 

「……いました、あそこです」

「……見えないんだけど」

「います……」

 

森を少し進んだ後、突然ユイは立ち止まり遠くの闇の中を指差す、しかしレアには暗さもあって何も見えない。

もし彼女の言っている事が本当なら、キャンプの密猟者は火を消して寝静まっている事になる、そんな危険な事を平気で出来る相手ならますますユイには荷が重いだろう。

レアが自分が先行して、様子を見るから待機して欲しいと告げようとしたその時……

 

彼女はレアを気にせず背にある両手剣の柄に手をかけた。

 

「っ!?ちょっと待ちなさい!」

 

その言葉をかけた時、既にユイはレアの側にいなかった―――

 

 

「う、うわあああ!?」

「どうした!?な、何だお前は!?」

「来るな!来るなあああっ!!」

 

次の瞬間、闇の中から人の叫び声が聞こえた、おそらくは密猟者達のものだ。

つまりユイは異常なスピードで闇の中へと突撃したという事になる、レアは焦る想いで彼女を追って声の元に走った。

レアは彼らの元へ向かいながらユイの様子に疑問を覚える、あの速さ、ジャンプを使ったのだろうか?もしそうならば竜騎士という事になるが彼女の武器は両手剣、別の力だろうか?

 

「ちょっと!貴女今のはな…に……!?」

 

レアは現場にたどり着いてユイに声をかけようとする、しかしその場では異変が起きていた。

 

「……遅いですよ、双蛇党さん。もう、終わっちゃいました……」

 

彼女の元まで辿り着いた時そこにあったのは……

 

血溜まりだった―――

 

紅く血に染まった両手剣を持つユイのすぐ側で人が倒れている、1人…2人…5人だ。

全員倒したのだろうか?この華奢な女の子が?

しかもレアには密猟者達が一見死んでいるようにも見える、いや、確実に何人かは死んでいるだろう。

 

「あ…すいません……依頼の内容は確保でしたよね……殺しちゃいました…全部」

「殺したって、アンタッ!」

「だって…弱いんですもん……仕方ないですよね?強い相手がいないって聞いて手加減したんですけど…ここまで弱いなんて……つまらない」

 

 

ユイがその時レアへ向けた表情は、単なる落胆の表情だった―――


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