エオルゼア大陸の各都市国家に所属するグランドカンパニーでは一定階級以上の者に対して軍用チョコボが支給される。
軍用と一口に言うが、調教自体はモンスターの攻撃を受けても、興奮せずに乗り手の指示を待つというシンプルなものである。
しかしシンプルと言えど、痛みに耐えて冷静を維持するというのは一般のチョコボでは中々できる物ではない。
グリダニア:新市街:チョコボ屋 朝
このチョコボ屋では軍用のチョコボも扱っており、グリダニアのグランドカンパニー双蛇党のチョコボもここから選ばれ、ここで出撃に備えて待機する。
「店長!」
「クエッ!」
双蛇党士官服に身を包んだレアがその場に現れ一声上げると、一匹のチョコボが彼女の方へ顔を向けて返事をするかのように鳴き声を上げた。
店長というのはチョコボ屋の店主を意味する言葉ではなく、レアが自分のチョコボへ名付けた名前だ。
「はっはっは、いい加減その名前は止めてくれないか?呼ばれた気がしてビクリとしちまう」
そばに立っていた店主が笑いながらレアへ問いかけた。
「良いでしょ?だって鳥じゃない、店長の長は鳥のチョウよ」
レアはさもそれが普通の名前かのように振る舞うが、店長という名前は有名で流石にセンス無さすぎだとグリダニアでは笑いぐさだったりする。
「それに貴方を呼ぶときは店主とか親父とかって呼ぶわよ?」
「レアのアネさんには敵わねぇなぁ……今日はどういった用件で?」
店主はレアの返答に呆れながらも話を続けた。
「ちょっとジン、私の部下がいつかチョコボを乗るときに備えて慣れておきたいって言うから店長を連れ出したくて」
レアが今日ここへ来たのは彼女の部下、ヒューランのジンが原因だった。
昇格する際にチョコボが支給されることは彼も知っていたが、肝心のチョコボに乗った経験がないらしい。
だからいざ乗る時に備えて今のうちから慣れておきたいそうだ。
「上の許可が降りてるなら構わねぇよ?」
「ボルセルから取ってるから大丈夫」
レアはピラピラと手に持っているチョコボ持ち出し許可の書類を店主へと振って見せる。
「旦那からか、夫婦仲良いねぇ?」
「は?」
店主はレアの一言にこわいこわいと呟いたあと、彼女のチョコボを馬小屋から引っ張り出した。
黒衣森:中央森林 昼
「レアさん!お待たせしました!」
レアが自分のチョコボの背を撫でていると、新市街へ通ずる門からジン、カスリ、イタバシが出てきた。
イタバシは自前のチョコボまで連れてきている。
「カスリにイタバシまで来たのね。イタバシの連れてるチョコボ、自前みたいだけど大丈夫?軍用じゃないんだから逃げ出す可能性があるんじゃない?」
レアはモンスターに攻撃を受けることを想定してイタバシに聞いてみたが、軍用に紛れさせてもばれないレベルに調教済みだと彼は答えた。
(それってスパイ目的にも使えるってことよね、規則的にグレーだと思うんだけど……)
「レアさんレアさん!アタシも乗りたいです!」
カスリは手と尻尾をブンブン振りながら自己アピールをしてみせる、レアにはその様子が本当の猫の様にも見えてクスリと笑ってしまった。
「カスリもね?分かったわ、でもまずはジンから乗りましょうか」
「は、はい!」
ジンは緊張で身体を固くしながら答える。
「緊張しない、自分のチョコボの事を自分の足だと思って真っ直ぐ前を向くのよ」
しばらくして……
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……レアさん、このチョコボ……自分勝手すぎませんか……?」
「てんちょもイタバシさんのチョコボも可愛い~♪アタシも早く自分のチョコボ欲しいなぁ~」
「クェ~♪」
結果だけを言うとジンはレアのチョコボ、店長から何度も振り落とされていた。
何故かと言うと、店長は主人レアの部下であるジンを自分と同格と判断し、尊敬する意味無しとジンの命令を無視して好き勝手に走り回ってしまうのだ。
その結果ジンはチョコボの勢いに負けて振り落とされるという訳だった。
けれども店長はレアだけを上に見ている訳ではなく、カスリとイタバシは背にのせても命令をちゃんと聞き、忠誠の意思を見せている。
「カスリは女の子だからまぁ分かるけど、イタバシは何で店長がなついてるのよ」
「ははは、僕がチョコボに乗るときは必ずギザールの野菜で臭いを誤魔化してますからね、餌を持つ者には絶対服従、調教の基本ですな。」
そう言いながらイタバシは自分のチョコボを撫でながら餌を与える。
一見卑怯な気もするが、頭脳派の彼らしいやり方だった。
「餌付け…メスに弱くて、餌に弱くて、店長が本当に軍用か怪しくなってきたわ……それはそうとジン、どうするの?レンタルチョコボ借りる?」
「いえ…この程度操れなくては双蛇党を名乗れません!」
「クエッ!」
そして店長との格闘を再開するジン、しかしその後の結果も見るに耐えないものだった。
夕方、日が落ち始めて少したった頃
「俺には無理なんだろうか……」
土草まみれになったジンは半ば諦めかけてそんな言葉を口にした、悔しさと惨めさを感じているそんな彼にレアは店長が悪いとは言い出せず言葉に迷う。
ジンとレアを残してカスリとイタバシは一足先に帰宅してもらっている、二人は時間が遅くなっても気にしないと言っていたが、ジンは二人に悪いと断った。
恐らくジンはこれ以上二人に惨めな姿を見せたくなかったのだろう。
「……チョコボ研修と言っていたが、まだいたのかレア、ジン」
そんな二人の元へ、一人の男性が姿を見せる。
「ボルセル大牙佐……」
もはやジンにはボルセルへ敬礼をする気力すらない、彼のそんな様子にボルセルは呆れた表情でため息をしてみせた。
「レア、こうなる前に早く私に言え」
「私の部隊の事だから迷惑かけたくなかった、それに言ったら何かしてくれたの?」
嫌味を言うような形でレアがボルセルに問いかけると、彼はニヤリと笑って返事をする。
「ついてこい」
二人が連れられて着いた先は新市街のチョコボ屋、レアはまさかといった表情でボルセルの様子を伺う。
「ボルセルの旦那?どうしたんです?」
「軍用チョコボを何匹か見たい、良いか?」
「急にどうしたんですかい……レアのアネさんがいるってことはそういうことですか。いやはや、女房の世話焼きとはアネさんは幸せもんですな?」
何を言っているんだ、とレアとボルセルは同時にチョコボ屋の店主を睨む。
「こわっ!ってぇと、そこの兄ちゃんが例の部下ですか?あーあ汚くなっちまって、初乗りがアネさんのチョコボだしまぁそんな羽目になるわな」
「いえ、あのチョコボを上手く乗りこなせなかったのは俺の責任です、俺が未熟だから……」
ジンの返答に店主は目を細めた。
「兄ちゃん、そいつは違うぜ?武器に相性があるようにチョコボだって相性がある、例えばルガティンがララフェルのチョコボを乗りこなせると思うか?逆はどうだ?」
「……無理です」
「兄ちゃんには兄ちゃんの相棒がいる、きっとな。ボルセルの旦那はそれを探しに来たんだろ?」
店主がボルセルへ話を振ると彼は顔を背ける、図星のようだ。
「えっ、本当ですかボルセル大牙佐……!?」
「う、うむ。しかしこれはジンが日頃から努力している点から、他の党員に比べ昇格も遠くないという判断故に取り置きするだけだ。今すぐに昇格するわけでも、与えるわけでもない。」
「ふふっ、苦しい言い訳ねボルセル?」
レアがクスリと笑ってボルセルに一言言うと、彼はバツの悪そうな顔で「うるさい」と一言返した。
グリダニア:新市街:馬小屋内部 夜
「クエ?」
「クェ~?」
「クエェッ?」
店主はグリダニアの馬小屋の内部にジンを連れてきた、数多くのチョコボに囲まれながらも二人はそのまま奥へと進み、まだ主人のいないチョコボが集まるスペースへ移動する。
「色んなチョコボがいますね……」
「あぁ、だが言わせて貰うとビタイチに感じたチョコボ以外は止めときな。相棒を決めるっつうんだ、妥協したらお互いに悪い」
お互いに、それはジンだけが嫌な思いをするのではなく、チョコボも嫌な思いをするという事。
選ぶ者として、選ぶ責任を持てという事。
「ビタイチ……?どうやって判断するんですか?」
「へっ、深く考えなくてもいい。色んな奴が選びに来たが、見た瞬間に気づいた奴、触れて気づいた奴、会話して気づいた奴、大体その三種類だ」
「随分と、皆適当なんですね……」
「適当なんかじゃねぇよ、戦場っつうのはカンがいい奴が生き残るっていうだろ?結局最後は理屈じゃねぇんだよ」
理屈じゃない、先程まで何度もチョコボへ乗ることを挑戦し、失敗していたジンにとってその言葉は重く深く突き刺さる物だった。
そして、彼は店主ですら気づいていることに気づけなかった自分に不安と悔しさを感じる。
「言われるまでそれに気づけなかった俺と合うチョコボなんて、見つかるんでしょうか……」
「見つかるじゃねぇ、見つけるんだよ。ゆっくり探しな、いずれお前が最期まで付き合っていく相手だ」
「これも違う……これも…これも……」
「クエ?」
「クェ~?」
ジンは店主の言葉通りチョコボを一羽ずつ目と手と会話で判断していく、けれども彼の望むチョコボに会うことは一向になかった。
すれ違ったチョコボの数が50羽なっただろうかという頃、店主が呆れた声でジンに声をかける。
「なぁ兄ちゃん、もう別の日で良くねぇか……?まだ貰える訳じゃねぇんだろ?選び方を知れただけでも収穫じゃねぇか」
「いえ、そういうわけにはいきません。この機会はボルセル大牙佐のお心遣いあっての事、おめおめと帰る訳にはいきません」
ジンはチョコボの厳選を続けたまま答える。
「さっきの説教でちょっとは柔らかくなるかと思ったら、まだまだお堅いねぇ……」
「それに……早く会いたいんです、俺の相棒に」
「……年相応の若さもちゃんとあるってことか。仕方ねぇ、朝まで付き合ってやんよ」
店主がジンの言葉にニヤリと返したその時、ジンと目が合った一匹のチョコボが声を上げる。
「クエーーーッ!!」
「っ!店主さん!」
「どうした!?」
ジンはその時確信を持った、理屈じゃないカンによる確信。
このチョコボは自分の相棒だという確信。
「……見つけましたコイツです」
「コイツ……良いのか?他の奴は見なくて」
「ビタイチなのにこれ以上なんていませんよ」
「!……当てたな」
ジンは見つけたチョコボに手を伸ばして撫でてみる、やはりこのチョコボだとジンの改めて感じた。
「クェ~♪」
「へぇ…一目惚れたぁ、やるじゃねぇか」
「一目惚れ?」
「あぁ、目で見つけた奴は一目惚れって呼んでんだ。さっきは皆そうしてきたって感じで言ったが、目で通じ合うのはあんまりいなかった相当すげえ事だからな。因みにレアのアネさんですら会話で判断したタイプだ」
「俺の知ってる人で一目惚れが出来た人って誰がいますか?」
「あぁ?そりゃ、ボルセルの旦那とかあの辺の実力の奴等さ」
レアですら会話するまで確証を得られなかった、ジンはボルセル同様にそれ以上をやってのけた、その事実はジンに不安と自信を均等に与えた。
「ビタイチと自分で言っておきながらなんですが、本当にコイツでいいんでしょうか」
「おいおい、兄ちゃんがビタイチつったんだ。ビタイチに決まってんだろ?そいじゃコイツをキープしとくぜ」
店主ふところからタグを取り出すと、タグに『ジン』と主人の名を書いてそのチョコボの足にくくりつける。
「兄ちゃん…いやジンの旦那、今日はこれで閉めぇだ。あとはコイツを主人付きのスペースに移動させるだけだから独りでやっておく、早く乗りたきゃコイツのためにもさっさと昇格するんだな」
「はい……絶対また会いに来るからな?少しだけ待っててくれ」
「クエーッ!」