双蛇党日誌   作:you_ki_jin

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不審者

「女性と子供を対象とした対不審者講習?」

ある日の夜、グリダニア:新市街の双蛇党本部にて夜勤組と交代したレアはボルセルから今日の報告書と交換する形で、ある企画書を受け取った。

その企画書にはグリダニア在住の女性と子供達に不審者への対応を講義するという企画が書かれていた。

それを担当するのは普段新市街を巡回して市民からの知名度が高いレアのチーム、つまりレア、カスリ、ジン、イタバシの四人だ。

「そうだ。危険といえば黒衣森の魔物が上げられがちだが、他にも不審者、いわゆる誘拐犯も警戒するべき相手だと市民に再認識して貰うのが今回の企画内容だ」

ボルセルはレアから受け取った報告書を読みながら、彼女に企画の説明を続ける。

報告書にはリハーサルを行うことも書かれており、台本ありきのアドリブ無しなのが分かる、これなら一見した様子では失敗の可能性も低そうだ。

だからと言って自分だけで判断するというのもカスリ達に悪いとレアは考え、三人を呼び出した。

 

ボルセルとレアの元に呼び出した三人に、ボルセルは今回の企画をもう一度説明した。

「アタシは賛成です!だって、楽しそうじゃないですか?」

三人のうち、まずはカスリが期待感を込めて同意する。

レア個人としてはこの企画に嫌悪感は全く無いため、カスリの反応は純粋に嬉しい物だった。

しかし、一方のジンとイタバシはイマイチ乗り気じゃない様子を見せる、二人は相互で顔を見合わせた後、手を上げて自分達の不安を口にした。

「この不審者役(ジン、イタバシ)って本当ですか……?」

ジンの言葉にレアは二人の不安を瞬時に理解する、確かにレア自身これはあまりやりたい役ではない。

これを行うと最低でも講習中は純粋な子供達に悪者としての目を向けられるだろうし、最悪講習が終わった翌日も指を指される可能性もある、普通に考えると少し精神面での負担が恐ろしい。

しかし、不審者と言えば男性と相場が決まっている事、チーム内での男性はジンとイタバシである事をボルセルは申し訳ない気持ちで説明した。

二人が嫌々同意しようとした矢先、思わぬ提案が持ち上がる。

「なら、大牙佐がやればいいんじゃないですか?」

カスリの突然の提案でジンとイタバシの眼に光が灯り、それと同時にボルセルの顔が恐ろしい不安に囚われた表情になる。

ナイスカスリなんて心の声が二人の表情から聞こえてきて、このままでは不味いといった悲痛の叫びがボルセルの顔から伝わってくる。

「なるほど、確かにボルセルは一見強面だから、二人より似合うかも」

部下の保身を考えてすかさずレアはフォローを入れた、部下を思うのも上官の務め。

丁度、当日のボルセルの仕事は事務仕事であり、この提案を断る理由は少ない。

ジンとイタバシはボルセルが断る前にその方向で話を進めて企画を確定させた。

「……」

「ボルセル、しばらくは私が奢ってあげるから、今回は諦めなさい」

固まってしまったボルセルにレアがフォローを入れる形で今日という日は終わりを告げた。

 

 

 

「リハーサルだからって手を抜くなよ!」

それから数日、当日の少し前の日にボルセルとレア達は双蛇党本部のある広い部屋に集まった。

ボルセルの諦めを含んだ激励のもと、リハーサルが始まりを告げる。

配役は、カスリが対応の出来ない被害者、レアが正しい対応をする被害者、ボルセルが不審者、ジンが通報されて駆けつける双蛇党員、イタバシがナレーション、といった配役だ。

「ボルセル、不審者衣装似合いすぎてる」

「……言うな」

ボルセルの衣装は怖い顔が少しだけ見えるフード着きコート、ボルセルのがっしりとした体型が分かる程度には薄い服で、不審者の感じがよく表現できている。

今考えるとジンやイタバシではここまで不審者っぽさを出すのは不可能だっただろう。

「レアも似合っているぞ?」

「言わないで……」

カスリとレアは普段着に着替えて参加、レアは今回の為だけに普段着をカスリと買いに行くという大きな出費もしていた。

カスリも似合ってると言っていたが、レア個人としてはやはり違和感を感じている、ぎこちない動きになら無いことを祈るばかりだった。

「俺達は制服のままで良かった……」

「……ですねぇ」

一方、衣装関連では一番被害の無いイタバシとジンは比較的にこやかな笑みを浮かべている。

打ち上げは二人の奢りにする事をレアとボルセルは心の中で誓うのだった。

 

「さ、ボルセル来なさい!!」

「レア、格闘士の構えで不審者を待つ女性子供がどこにいる、これは護身術や咄嗟の対応の講習だ、構えるな」

いざリハーサルが始まると大きな問題が生まれた、レアが戦闘慣れしすぎているという物だ。

彼女は明らかな敵意を向けられた際、構えて警戒する癖があるようだが、これではオトリ捜査中の私服党員にしか見えず、どっちが被害者か分からない。

ボルセルと他の三人は呆れた表情で見守る中、仕方なく配役そのままで続けることとした。

「レア、せめて気を楽にしろ、油断だらけになれ。」

「逆に難しいんだけど……しょうがないわね、楽に。」

ボルセルの言葉を聞いて肩の力を抜くレア、しかし戦いを知って長い者、ボルセルとイタバシから見ると、肩の力を抜いた上でもまだ隙が少ないと直ぐに分かる。

ため息を吐きつつもボルセルは素人目には十分だろうと演技を続けた、台本を確認すると、これから行うのは不審者とすれ違った直後に突然抱きつかれた時の対応だ。

「よし、すれ違いからの抱きつかれる流れを行くぞ?対応は台本通りにな?」

「え、えぇ……」

ボルセルはレアの対面で少し離れた位置に立つ、その後お互い歩き始めてスッとすれ違った。

お互い戦闘前でも無いのにピリピリとした空気を発する為、三人には敵同士のすれ違いにしか見えない。

そして当然お互いの視界からお互いが消える、それを合図に彼は彼女を背中からやさしめに抱き締めた。

「んっ!?ちょっ―――」

驚く演技をしたつもりのレア、しかし端から見ると迫真過ぎて本当に驚いている様にしか見えない。

実際、常日頃からそういう経験をしていない彼女は、気づかないうちに心拍数を早くして極度の緊張状態に陥っていた。

ボルセルはそれに気づかず、レアの上手い演技に負けじと自分の演技に力を入れる。

彼はレアを抱く力を強くして口許を彼女の耳に近づけた、そして台本の内容を思い出す、この後の台詞は確か―――

「捕まえたぞ、さぁ、来て貰おうか……」

「ッッ!?!?」

ここに来て無関係の三人は気づく、これは演技どころじゃない殺し文句かなにかだと。

低めの声で囁くように言われたその言葉を聞いて、レアは顔を一瞬で紅く染め上げて思考が停止する、全身の力が抜けて半ば気絶に近い状態だった。

一方ボルセルはレアの表情が見えない為、彼女の様子がイマイチ分かっていない、それどころか自分の迫真の演技に自信満々の顔をして様子をうかがう気すらなかった。

「あ、えと……その……」

レアは精一杯の力で台本通りの台詞を紡ごうとするが、上手く頭が回らず口が思ったように動かない。

もはや不審者に襲われる女性の図ではなく

ただのラブロマンスにしか見えない、周りの三人はあまりにも恥ずかしいその光景につい止めることも出来ずに視線をそらす。

ボルセルもいい加減様子がおかしいのを悟ったのか、大丈夫か?とレアに問いかけるものの、体制そのままで囁くように言った為、彼女にとっては追い討ちをかけるようなものだった。

「このっ!」

レアは耐えきれず恥ずかしさから渾身の力でボルセルへひじによる攻撃を仕掛ける、至近距離だったことから当然彼女の攻撃は鈍い音を上げて彼の溝に深く突き刺さった。

「ぐっ?!」

ボルセルもまさか渾身の力で来るとは思っていなかったのか、レアの攻撃をしっかりと受けて倒れ込んだ……彼女の方向へ。

突然倒れてくる彼に咄嗟の対応もできず、レアはそのまま押し倒されてしまう。

ドタバタと、床を叩く大きな音が室内に広がった。

「!!!?」

「す、すまないレア、今立ち上がる……」

ボルセル直ぐ様立ち上がってレアの手を引いた所で、三人は流石にこれ以上は無理だとようやく二人にストップをかけた。

 

 

 

結局、講習を行うのは他のチームということとなり、レア達の演技はお蔵入りとなった。

「レア、そこの書類をとってくれ」

「っ!?」

「……」

その後リハーサルから数日間、レアはボルセルに異常なまでの警戒をする癖がついてしまうのだった。


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