「『永遠に、レイチェル……』面白かったわ、こういうの結構涙腺に来るわね~」
冒険者ギルドにあるテーブルに一人の女性と一冊の本、本のタイトルは『永遠に、レイチェル……』。
その日は生憎の雨、不運にもこんな日に限って非番だったレアは商店街へ足を運び、丁度ベストセラー中だったこの本を購入したのだ。
内容はトレジャーハンターのロックが死んでしまった恋人のレイチェルを生き返らす為、女騎士セリスと共に死者を蘇らす伝説の魔石を探しに行く冒険記、死の重さがテーマになっていて別れの悲しさが人気となっていた。
「たまにはこういう本も読んでみるものね。さてと、もう行こっかな。」
席を立つレア、彼女が店内の壁掛け時計に目を向けると、時刻は午後三時を示していた。
彼女は午前に本を買ってここに来ていた為、大分長い時間過ごしていたことになる。
勿論それだけ過ごせば本は読破して当然、レアは自分に対してあきれつつ、これからどうしようか少し思考を巡らせる。
すると冒険者ギルドにカスリがやって来た、レアが非番ということはチーム全体が非番であり、つまりはカスリもその日は非番だった。
私服に身を包んだ彼女は、休日でも相変わらず制服を着ていたレアに気づくとやや興奮気味に尻尾を揺らしながら、喜んだ様子で声をあげて駆け寄っていく。
「レアさ~ん!今日は何してるんですか?」
「カスリも来たのね。ちょっと読書をしてたところよ、これ知ってる?」
レアは少し自慢げに読み終わったその本をカスリに渡す、カスリは本を受けとるとタイトルを見て目を光らせて、新品のおもちゃを見たペットのように尻尾が激しく動いた。
どうやら彼女も知っているみたいだ、反応を見ればレアどころか誰でも分かる。
「これってベストセラーの!!レアさんもこういうのに興味あったんですね?てっきり仕事馬鹿だと思ってました!」
「貴女ねぇ……」
悪意が無いとはいえ、躊躇無くハッキリ物事を言うカスリに一回説教しようかと眉をピクリと動かすレアだったが、流石に人目も多いので我慢する。
今度はカスリにどうしてここに来たのかレアが聞いてみる、聞くに彼女は丁度先程に目を覚ましたらしく、これから昼食を取るところだったらしい。
思えばレアも本を読むのに夢中で、朝にトーストとコーヒーを口にしてそれっきりだった、身内とはいえ他人にお腹の鳴る音を聞かれるのは恥ずかしいからとレアもカスリと一緒に今のうちに昼食を取ることにした。
レアは先程本を読んでいた席に、カスリはその対面の席に座った。
「そう言えばレアさんは何で制服着たままなんですか?休日でしょ?」
「言ってなかったっけ?私黄色が好きだから私服買わずにこれを数着で着回してるのよ。」
レアは毎度毎度色んな人に言ってることをカスリにも言う、すると彼女は顔をひきつらせて変人とでも言いたげな視線をレアに向けた。
確かにあまり見かけない事柄なのは分かるが、流石にその反応少し失礼じゃないだろうかとレアは少し不機嫌になる。
「じゃあ逆に聞くけど、カスリは私服何着あるの?」
「アタシ?えとですね~ひぃふぅみぃ……」
指を動かして服を数えるカスリ、レアにとってはその動きで充分お腹一杯、胸焼けしてくる。
延々と数えるカスリをよそにレアはウェイトレスを呼ぶ、ウェイトレスが来たところでカスリは不満そうに数えるのやめて注文する料理を口に出した。
「もう、聞いたんなら最後まで聞いててくださいよ~。あ、アタシはミートスパゲッティ。」
「あのペースだと絶対長くなるでしょ……私はハンバーグ定食で。」
ウェイトレスは注文を聞くと、復唱して確認した後テーブルを離れていった。
残された二人はまた別の話題で会話を続ける。
「レアさん男の子みたいなの頼むんですね?」
「そう?ハンバーグ美味しいでしょ?」
カスリの言いたいことがレアにはあまり分からず、不思議そうな顔で率直な回答を返す。
間違っていないが聞きたいこととは少し違う彼女の返答にカスリは苦い表情をこぼす、実際カスリもハンバーグを美味しいと感じているからこれといった反論もできない。
別にカスリはハンバーグを食べるイコール男の子とまで言うつもりは無いが、先程のレアがハンバーグを注文する姿は中々に男の子だった。
「うーん、そだレアさんの好きな食べ物は?」
「アプカルオムレツとか、ブラックトリュフリゾットとか、後は……」
返答を聞いたカスリは呆れる、レアの上げる料理は一見カスリも美味しいと思うものばかりだ。
しかし実のところ、どれもカロリーが多くて女性は注文するのにためらう料理で、いわゆる男性が頼むことの多い料理だった。
なんでこの人はそういうの食べて太らないのだろう?そんなことを考えてしまうカスリ。
「言ってたらお腹減ってきた……流石に料理の話はやめとこっか、お腹減っちゃうしね。」
「そ、そうですね。じゃあレアさんはあの本どこまで読みました?」
レアが全部読み終わっている事をカスリに話すと、彼女はとても嬉しそうに感想を話始めた。
どこがワクワクしたとか、どこがしんみりしたとか、どこが感動したとか。
二人の姿は端から見ると仲の良い姉妹にも見えたという。
「お待たせしました、こちらがミートスパゲッティになります」
ウェイトレスが二つの料理を持ってテーブルへとやって来た、カスリは手をぶんぶん振って自分のだとアピールする。
彼女のその姿が中々可愛らしくてついレアは苦笑してしまった。
「ハンバーグはこっちで。」
二人が料理を受けとると、ウェイトレスは伝票をテーブルに置いて去っていた。
いただきます、と二人は口にして食器に手をつける。
ここの料理はグリダニアに住んでいるから何度も口にしているが、相変わらず美味しいと二人は改めて笑顔になった。
「ずず……レアさんこの後の予定は?」
カスリがスパゲッティをすすってちょくちょくテーブルにソースを飛ばしながらレアに聞く、対してレアはハンバーグ定食を食べつつテーブルの上に飛んだソースを拭きながら答えた。
「特に無いわね、あんまりカスリ達がやってそうな休日の過ごし方とか知らないから。多分貴女に会わなかったら釣りしてたかな?」
レアの発言にカスリの眉がピクリと動く、何かマズいスイッチをいれてしまった気がして不安になるレア。
次の瞬間カスリは口に運んでいたスパゲッティを一気に飲み込み、声を上げる。
「買い物しましょうレアさん!主にレアさんの私服買いに行きましょう!!」
さっきの応答がこうなるのね……
正直内心では断りたい想いで一杯だったレアだが、カスリの勢いに断れなそうにない。
「と、とりあえず食べてからね?」
時刻は午後六時、雨と時間帯が合わさって商店街は普段より少し人通りが減っている。
少し活気が薄いが動きやすさで言えば丁度良い状態だろう、商店街に着いた二人は目的地である服屋に一直線で向かった。
服屋にたどり着くとカスリがレアに振り向いて尻尾をぶんぶん振って意気揚々と質問する、そんなに興奮したら尻尾が物とかに当たって危なそうなものだが何故か当たらない。
「さ!レアさん何着たいですか!」
「えっと、休日に事件が起きても対応できる動きやすい服?ズボンとか」
レアの返答にカスリは尻尾をピンと伸ばして両腕でバツを作る、レアには理由は分からないが何故か駄目なようだ……
カスリは代わりにミニスカートを手に取ってこれとかどうかとレアに見せる。
「きゃ、却下!動きやすいけどそれ駄目でしょ?!犯人逮捕の時とか見えちゃうじゃない!ダメダメ!!」
「何いってるんですか!レアさん女の子でしょ!?そもそもなんで休日に着る服なのに犯人逮捕とか意識してるんですか!」
服屋の店先で激しく口論する二人、レアが制服を着ていなければ仲裁する為に双蛇党へ連絡が行きそうなくらい店員からしたら迷惑物だった。
焦ったレアは商品をあら探しして、せめてこれならとロングスカートをカスリに差し出す、動きにくいがスカートのみの話ならこれくらい長くないと嫌だった。
「なるほど!レアさんもちゃんとオシャレについて分かってるじゃないですか♪」
カスリは差し出されたスカートを手に取りレアに着せた姿を想像する、この段階でレアは少し恥ずかしい。
出来ることなら彼女から今すぐにでも逃げ出したいレアだった。
「うんうん、これなら良い感じにできそう……」
まさかの採用にレアは肩が重くなる、火傷程度すんでほしいが、どうなるかはもうカスリにしか分からない。
「お、お手やらかにね?」
自分の世界へ入っていくカスリに、レアは恥ずかしい服装にならないことを願うばかりだった。
双蛇党にてボルセルは少々戸惑う、何故なら彼の目の前には普段見かけないような綺麗なエレゼンの女性がいたからだ。
カスリが連れてきたその彼女は清楚な服装でとても高貴そうだとイメージできる、恐らくウルダハの旅行者だとボルセルは予想した。
双蛇党本部の面々はというと、その女性に釘付けであり、その女性と向かい合う彼に嫉妬の視線を向けていた。
正直ボルセルは美人な女性に甘くなる性格ではなかったが、周囲の嫉妬の視線には疲れ感じる。
「……どうかなされましたか?何か困り事なら受け付けか、外にいる党員に話して貰えると―――」
ボルセルは嫉妬からの回避策として、手振りで女性を表にいる党員へ誘導しようとする、それに対して誘導された党員はガッツポーズまでする始末。
ボルセルは視線で党員に恥ずかしいところを見せるなと威嚇し、威嚇された党員はビクッとして慌てて女性に敬礼した。
「なんで気づかないのよ……」
女性は何故か誘導するボルセルに不満げな、怒りを我慢するような表情を見せる。
しかし彼にはその理由も、正しい対処法も分からない。
ボルセルは慌てて自分が粗相したのではないかと、女性に謝って理由を聞いた。
「……気づきなさいよ」
しかし彼女はボルセルに聞こえないような小さな声で少し喋るだけ、察して欲しいのだろうか?
ボルセルは少し考えたが、女性心というものに疎い彼は何も思い当たらない。
「むぅ、こういうときにレアがいれば……」
ピクッ、女性がその言葉に対して少し揺れる。
ボルセルはその反応で何かを感じ取った、そうかと彼は自分の中で確信めいた物を感じる。
「なるほど、レアをお探しでしたか。彼女は今日は非番でして、後日お越しください」
しかしその対応はボルセルにとって大きな失敗、言わば地雷だった。
口にした瞬間彼は明確な敵意を彼女から感じとる、しかしそれに気づいたのはボルセルだけ、だからこそ彼は叫んだ。
「殺気っ!何者だ?!」
「何者?何者って言った?」
返答の言葉にボルセルは引っ掛かりを覚える、その声を彼はどこかで聞いたことがあった、しかし彼にはまだその声が誰のものか分からない。
明らかな険悪状態に周囲の党員は慌てて二人に近寄り、間に割って入ろうとした。
「まだ分かんないの貴方はぁぁ!!」
女性が怒りをあらわにして叫ぶ、その場にいる誰もがその言葉で脳裏に一人の女性を思い浮かべた。
絶対あの人だ、皆が心の中で呟き冷や汗を噴き出した。
ボルセルも慌てて思考を巡らせ、そして解答を出す。
「まさか?!」
「分かった?!」
「レアのお姉さんですか!?」
「何でそうなるの!!」
しかしボルセルが出した答えは皆とは違った、それは違うだろと誰もがツッコミを入れる。
そしてボルセルは解答を出せないまま、女性に裁かれた。
「いい加減!!気づ来なさいよ馬鹿あああ!!!」
翌日、謎の女性に模擬戦無敗のボルセルが倒されるという恐ろしいニュースがグリダニアに流れた。
当事者のボルセルによれば、女性はレアの姉に変装して双蛇党に潜入し、ボルセルの暗殺をはかったという―――
「レア、例の美人には気を付けろ。奴は帝国のスパイかもしれん。」
「……素で言ってる?」