双蛇党日誌   作:you_ki_jin

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原因

レアは時おり男っぽいと言われることがある、しかし彼女は理由に心当たりがない。

男っぽいと言われる事の一般的な原因は体つきや胸の大小、後は性格面辺りだろうか。

レアの体つきはルガティンの女性達のように筋肉が多いわけではない、かといって胸もエレゼン間の中では比較的小さいが服を着た状態でもあると認識できる程度には大きさがある、つまり外見ではない。

残るのは性格面だが、女性っぽい性格の定義というのは中々に難しい、何故ならレアは女性であり、レアの性格は性別上では女性の性格なのだ。

確かに双蛇党という戦いのある職場な都合上、男性と判断が合致することも多いが、仕事だから性格とは基本的に関係無いはずだ。

こうしてレアは結局心当たりが見つけられない。

 

 

 

その日の天気は雲も多少あるが全体で見れば晴れていた。

「ちょっとそこのお兄さんや」

グリダニア新市街巡回中だったレアへ年老いた老人の声が聞こえてくる、けれども彼女はその声を気に止めない。

何故なら言葉の内容からして老人が声をかけた相手が恐らく男性だと考えたからだ、そこの人という言い回しだったならレアも振り向いていただろう。

身に覚えの無い呼び掛けも含めた全ての声に振り向いていたら、自他共に迷惑になりかねない。

しかし、その後も老人は男性に無視されたのか少し困りにぎみに言葉を続けた、レアは流石に不信感を覚える。

声をかけられた男性が老人を邪魔だと思って無視しているのだろうか?せめて口で今は時間がないと言葉を返すなら事態はそこで終わるだろうに、男性も面倒で酷い人だとレアは考えていた。

すると老人は相手が自分の事だと気づいていないと考えて、言葉に容姿の説明を足した。

「聞こえてるかの?黄色い制服のお兄さんや」

黄色い制服、その言葉でレアはピタッと止まる、どうやら酷い人は彼女の事だったようだ。

黄色い服ではなく黄色い制服、つまりは双蛇党の制服である、よく耳を済ませると老人の声はレアのほぼ背後から聞こえていた。

そして過去に彼女は初対面の相手に男性だと勘違いされた経験があり、それらの理由から自分を指しているのだと気づいた。

結果論の話をするならば、そこのお兄さんの段階で振り向くのが正解だったようだ。

だが、その時点で振り向いてしまっては、違っていた場合は女性なのに男性への呼び掛けで振り向く自意識過剰な人間となってしまう。

過敏に反応しすぎては大事な場面で一歩出遅れる可能性があるため、これは仕方の無い対応でもあった。

レアは老人へと振り向いてどうしたのか聞いてみる、そこでようやく老人は彼女が女性だと気づいて慌て謝った。

実際問題、双蛇党の制服は男女共にデザインが同じであり、髪型や立ち振舞いによっては背中からだと男女の見分けはつきにくい。

レアが男っぽいと言われる原因の一つに双蛇党の制服がありそうだ、この制服が好きでオフの日も着ている党員は自分だけだという事実を彼女は思い浮かべる。

老人へレアが気にしてないことを伝えると彼は事情を話始める、彼は別の都市国家から来たらしく、まだ土地勘がないから党員に助けを求めたということらしい。

レアがどこへ行きたいのかを聞くと、その老人は商店街の方へ行きたいのだと答えた。

彼女は自分が案内する事を老人へ伝え、商店街へ連れていった。

 

商店街に着くとレアは老人にここまでの道が分かったかどうか聞き、彼はもう大丈夫だと答えてその場で二人は別れた。

その後レアは折角来たのだから少し辺りを見回ってみようかという気持ちが沸いたが、流石に今は仕事中だからあまりそうもしていられない。

思えば彼女は商店街へ女性らしい目的で来たことがなかった、よく聞く女性らしい目的と言えば服を買いに行くとか、お菓子やデザートを買いに行くとかそういう目的だ。

そもそも彼女が商店街へ来るときは大体が女性と一緒ではなく、独りで日用品を買いに来たり、釣り仲間の男性と釣り用品を買いに来たりという形であった。

女性と来る時があるとすれば仕事の理由くらいだろうか、でもそれはプライベートではない。

レアがそんなことを考えていると、背後から老人とはまた別の声が聞こえてきた。

「そこの双蛇党の兄ちゃん!」

レアは先程の件もあることから兄ちゃんという言葉は聞き流し、双蛇党のという言葉に反応して声の方を向く。

声の主はやはり彼女を指名していた、彼女が振り向くと先程の老人と同様に女性だったことに慌てて謝る。

声をかけてきたのは別の都市国家から来た商人のおじさんであり、槍術士ギルドに商品を届けたかったらしい。

レアはお安いご用だと今度は彼を槍術士ギルドへ案内した。

今日は『そういう日』なのだとレアは思う、案内を任される日、男性と間違えられる日。

 

槍術士ギルドへ商人を案内して二人は別れた、レアは折角だからと槍術士ギルドに顔を出すことにする。

中ではギルドマスターの指導のもと、今日も訓練が行われていた。

視界に入るのは男性ばかり、グリダニアで戦う術を学ぶ女性は大体が弓術か幻術を選ぶ為、槍術士ギルドで女性を見かけるのは中々稀な事である。

つまりレアは比較的珍しい女性槍術士、男っぽいと言われる理由の中にここで武術を学んだ事も含まれそうだ。

「マスター、調子はどう?」

レアは指導中のマスターへ声をかけると彼は彼女に気づいて、見ての通りだと笑いながら答えた。

見るに皆すじは悪くない、訓練をつめば双蛇党や鬼哭隊で中々の活躍をしてくれそうだ。

マスターはレアに双蛇党の人事でも始めたのか?と茶化しながらここに何をしに来たのか聞いてくる、彼女が偶然立ち寄っただけだと答えると、全うな女性は偶然立ち寄ったからといって訓練を見には来ないぞと彼は言葉を返す。

「私は女性である前に仕事人だからね、育ちそうな芽があるなら部下になるかもしれないし、普通見に来るでしょ?」

レアは言葉を口にしてから気づく、こんなことを普段から思っていれば流石に男っぽいと言われても仕方がない。

しかし特に否定する気にもならない、彼女自身この考え方に嫌悪感はないのだ。

ならばいつからだろう?レアが普通の女性らしさを失ったのは。

まず槍術を学んだ女性は珍しいとはいってもレア以外いないというわけではない、彼女以外で槍術を学んだ上に女性らしさも維持できている者は普通にいるだろう。

双蛇党にいる女性だからというのも多分違う、双蛇党にだって女性らしい人はいる、カスリとかは特に女の子らしさを失っていない。

この二つが原因じゃないとするならば何がきっかけだろうか?

「そんなことだと嫁の貰い手がいなくなるぞ」

マスターは特に心配した様子もなく、冗談半分で引退後は槍術の教官でもやってくれるのか?と聞いてくる。

それも言いかもね、とレアは答えてひとしきり訓練を見学した後その場を後にした。

 

レアは新市街へ戻りながら過去の事を思い出す、彼女が今の彼女である理由を求めて―――

 

 

 

「レア、お前は幻術士の母さんと巴術士の父さんの間に生まれた娘だ、お前は優秀な術士になれる、だから巴術士か幻術士を目指すべきなんだ」

幼い頃、私はお父さんにそう言われた気がする、私自身両親が好きだったし最初の頃は同じ仕事をしたいと思っていたから特に否定する気持ちもなくただ頷いていた。

子供だから将来や仕事について深くは考えていなかったけれど、両親の言うことに素直に頷けば両親が喜んでくれるということは意識の奥底で考えていたと思う。

だから私はお父さんに喜んでもらう為にお父さんと同じ仕事をしたかった、今に思えばこの頃はまだ普通の女の子だったはず。

 

考え方が変わったきっかけの日はもう少し後の事、その日は私の両親が自分達の仕事の様子を私に見せてあげようと、三人で北部森林までやって来ていた。

二人は幻術士ギルドの仕事で、森の木々に手を当てたり耳をすませたりした後、ノートにメモをとっていく、いわゆる定期検査のようなものだと思う。

でも幼かった私にはそれをただ見てるだけというのがとても退屈で、気晴らしに周囲を見渡して時間を潰していた。

それでももの足りない、私は両親の見える範囲を歩いて周囲を見渡した。

それでももの足りない、私は両親の気づく範囲から離れて探検し始めた。

気づくと私の周りに両親はいなかった。

「……どうレア、森は素敵でしょう?レア?貴方!レアはどこ!?」

「そこにいたはずだろ?……そんな!?レアはどこに行ったんだ!?レア!!」

両親が気づく頃には私は二人の前から完全に消え去っていた、仕事に夢中だった両親がその大変な事実に気づいたのは少したってからだったらしい。

今思い出しても薄情だとは思わない、二人は仕事中だったし仕方がなかった。

それに対して独りで森の中を歩く私、最初の頃は新鮮な景色ばかりでとても楽しかったけど、両親がいないという事実は時間が進むにつれて確実に私を不安にさせた。

心細くなった、怖くなった、そして気づくと私は泣いていた。

「お父さん……!お母さん……!!」

子供の私では自分の来た道を正しく認識して戻る力はなかった、ただ両親に名前を呼んで自分の位置を知らせるぐらいしか出来なかった。

次第に幼い私は置いていかれたと勘違いするようになって、もっと大きな声で泣いて名前を呼んだ。

森には色んなモンスターがいる、ううん、ただのモンスターなら知性が低くて逃げれるしまだマシだったと思う。

でもその時の私の泣き声に反応して集まってきたのは、不幸にもただのモンスターじゃなくて、グリダニアの脅威である蛮族のイクサル族達だった。

イクサル族は槍や斧を片手に持ちながら数人で直ぐ様私を取り囲んだ、彼らは私を目にして、ハネナシの餓鬼とはめずらしい、なんて口にしていたと思う。

当時の私はイクサル族の存在を書物でしか知らず、人間と明らかに容姿が違う彼らが人間の言葉を発する異様さに強い恐怖を覚え、泣くことも出来なくなって固まった。

固まりつつも小刻みに震えていた私にイクサル族達は少し何かしら相談した後、数人で槍を向ける。

その時私は子供ながらに大怪我を覚悟した、いや死を覚悟していた。

「助けてお父さん!」

私は固まった口と喉に鞭を打って精一杯の叫びをあげたけれど、お父さんは来てくれなかった。

私の声に合わせてイクサル族の皆が槍を振り上げる―――

 

グサリと何かが刺さる鈍い音が、その場にいる全ての者の耳に聞こえた。

 

けれど、その音は私の体から発せられてはいなかった。

「グ……囮だと……!?ハネナシの分際で……!」

イクサル族の一人がその場に倒れる、それに反応して私の周りのイクサル族が私の側から離れた。

倒れたイクサル族はそのまま絶命してその場に血だまりを作っていた、そしてそのイクサル族の代わりにそこで立っていたのは独りのエレゼンの男性。

彼は黄色い制服に身を包んで槍を構えていた、幼い私にはそれが双蛇党の制服だと理解するのに数秒かかった。

男性は敵に槍を構えたまま顔だけこちらを向き、私に怪我がないか聞く、私は震えながら頷いた。

「む、君はカトリィの娘さんか、少し待っててくれコイツらを追い払うからな。」

それからの彼の動きは見事だった、数人イクサル族相手にいっさいの攻撃も受けずに槍で全て受け流し、敵を圧倒したのだ。

イクサル族も最初はたかが一人だと闘争心を燃やしていたが、彼が更に仲間を2,3人倒したくらいの所で逃げるように撤退を開始した、分が悪すぎると気づいたのだろう。

イクサル族が完全にいなくなり、周囲が安全になったのを確認した双蛇党の男性は、槍をその場に置いて私の前に座り込む。

怖かっただろう?もう大丈夫だ、そう彼が微笑みながら口にする姿を見て、私はやっと助かったのだと認識できた。

私は安心感を求めて彼に抱きついた、ごめんなさい、ごめんなさい、ずっとそう言いながら泣いていた。

それから少したった後に両親が到着した、両親は私に謝り、私は両親に謝った。

そして私達三人は最後に双蛇党の男性に感謝の言葉を述べた。

 

次の日私は両親に初めて言った、自分の意思による自分の夢を。

「私双蛇党になる!あの人みたいに黄色い服着て皆を守る!」

術士になると思っていた私がそんなことを口に出したことに両親はとても驚いていたそうだ。

二人とも心では反対だったが、その時何も出来なかった手前、何も言い返すことが出来なかったらしい。

そして私は槍術を始めた、黄色い制服を着るために、彼に追い付くために。

 

 

 

「―――忘れてたなぁ、あの制服の男性を無意識に目指してたから男っぽくなってたのね……いつのまに忘れてたんだろ」

黄色が好きだから双蛇党に入ったとレアは言うが、実のところ黄色が好きな理由自体が双蛇党だったのだ。

彼女が男っぽい理由、槍を使う理由、双蛇党にいる理由、その全ての始まりが彼なのだ。

しかし、レアは幼かった頃の思い出だけに彼が誰なのか思い出せない。

「昔すぎて顔も出てこない、こりゃ忘れてても仕方ないわね……せっかく思い出したんだからもう一度感謝の言葉とか言いたいのに」

彼が誰なのか彼女はそれをずっと考えながら仕事に戻っていった。

 

「む、北部森林で任務か、あの時を思い出すな……あの時の女の子が今では同じ階級とは、感慨深いな。」

「ボルセル大牙佐!行きますよ!」

「あぁ、今行く」

 

双蛇党本部で同じことを思い出す大牙佐が一人。


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