双蛇党日誌   作:you_ki_jin

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竜騎士

「レア、竜騎士というものを知っているか?」

その日の巡回任務が終わり、本部にて夜勤組と交代し帰宅しようとしていたレアは、ボルセルに問いかけられた。

レアの脳にある知識の海において、その単語は存在こそすれど表にあまりでない言葉だった。

竜騎士、槍を武器として自在に空を跳び、ドラゴンを狩る職業。

いわゆるドラゴンスレイヤーであり、またの名をドラグーン。

槍術を極める者にとって一つの到達点であるそれは、グリダニアより北にある都市国家イシュガルドにのみ存在するはずの物。

「知ってるけど、どうしてそんな話を?イシュガルドに住んでない人達にとっては、それは無縁の物でしょ?」

レアが疑問を浮かべながらボルセルへ問い返す。

ボルセルはそれはそうなんだがと言葉をにごす、彼の中ではやはり続きを話すべきかどうかという迷いがあるようだった。

迷うくらいなら一度話して一緒に考えればいいとレアは提案する。

「分かった。実はな、槍術士ギルドに通っていたある一人の冒険者がギルドの依頼でクルザスに行ったそうなんだ。」

ボルセルの要領を得ない言い回しに少しレアは戸惑う。

クルザスと黒衣森は隣接しており、敵対する蛮族イクサル族の拠点もあることから、グリダニアから何らかの任務でそこへ向かうことは珍しくないのだ。

要点を早く言ってと急かすレアに、ボルセルはまぁ待てと答える。

「彼は冒険者であり、腕も立つことから槍術士ギルドが選んだらしい。」

「まぁ、冒険者なら各地を旅してるだろうし、ギルドでこもって毎日修行してる人より強いというのは理解はできるわ。それで?」

薄々レアも勘づき始めていたが、憶測で物を言って違っているのも恥ずかしい為、あくまで考えを口にしない。

レアのそんな考えをボルセルは表情から読み取ったのか、直接的に答えた。

「竜騎士になったそうだ」

「……ホントに?あの堅物イシュガルドが許可したの?」

ボルセル自身詳しくは知らないそうだが、イシュガルド本国が正式に認めた訳ではなく槍術ギルドが出した依頼というのが原因で、なし崩しに起きた事態らしい。

それを聞いた双蛇党本部の上位層が出した考えというものが今回ボルセルが話したかったこと。

「上は双蛇党にも竜騎士が一人欲しいそうだ、出来るなら今後人に竜騎士の技術を伝えていけそうな若く先の長い人材で。」

「わ、若く先の長い人材……もしかして」

私はお前を推薦したい、とボルセルは口にした、やっぱりそうなるのね、と返すレア。

ボルセルの実力はレアより上だが、定年退職の考えれば彼女より早くにここを去る。

先の長い槍術士という点では双蛇党の数ある人材の中でレアが適任だと彼は考えていた。

「ただの予備どころか、人を導く役割までやらせるつもりなのね貴方は」

レアはいつぞやの会話を持ち出す、ボルセルはそれに対してすまないとだけ答えた。

しかし今のレアはボルセルの考え以上に上の考えに腹が立つ、双蛇党のやろうとしていることは技術の盗用だ。

そんなことをイシュガルドが許可するとはレアにはとても思えなかった。

「明日は珍しく休暇だろう?観光ついで挨拶、あわよくば竜騎士に。という気持ちで期待せずに行ってきてくれ。」

ボルセルはわざとらしくシフト表を取りだし、改めてレアの予定を確認する。

暇なのは知っているからさっさと行け、と素直に言えばいいのにとボルセルの回りくどい言い方にレアは少し呆れた。

恐らくはボルセル自身もこの件にあまり乗り気じゃないのだろう。

「軽く言ってくれるわね。正直、槍術をやってる分いくらか興味はあるけど、そんな無理難題が相手に通るとは思わないでね。」

レアは双蛇党のおもちゃにされることに半分嫌な想いを感じながらも、竜騎士への興味で任務を引き受けた。

 

 

 

翌日、場所は変わって黒衣森を北に出たクルザス地方のドラゴンヘッド。

レアは槍術士ギルドの紹介で、竜騎士になった冒険者と一時期行動を共にした元竜騎士のアルベリクという男に会いに来た。

「寒っ、双蛇党の任務で何度か来たことはあったけれど、全然馴れないわ……」

雪がちらつく雪原の上でレアが体を震わせていると、初老の男性が君がカトリィ殿か?と声をかけてきた。

レアはその見知らぬ男性が自分の名前を知っていたことで、彼がアルベリクだと分かる。

「双蛇党の制服を着ているが、休暇中ではないのか?」

アルベリクは双蛇党の者が休暇中に用があってそちらへ行くと聞かされていたらしい、槍術士ギルドも技術を盗みに行くとは良いづらかったのだろう。

レアは自分が休暇中だろうと制服を着ていることが多いと話すと、珍しい人だとアルベリクは笑ってくれる。

「それで用というのは?」

「はい、最近にこちらで竜騎士となった冒険者がいたと聞いてやって来たのですが……」

アルベリクがその言葉聞いて眉間にシワを寄せた、彼が明らかに警戒していることがレアに分かる。

例の冒険者が竜騎士になったことはイシュガルドにとって異例な事態、それを聞いて見に来た野次馬なんてものはイシュガルドからすれば相手にしたくないだろう。

「見たところ槍術をたしなんでいるようだが、興味本意で突っ込んで良い話題ではないな。」

そう口にするアルベリクだったが、激情で追い返そうとしてこない辺り、比較的良識のある人間だとレアには分かる。

このタイプの相手に対して遠回しの会話は必要ないどころか、邪魔になるだろうとレアは考えた。

レアは双蛇党の上の人間が竜騎士の戦闘教官を欲してること、自分がその第一人者として来たことを包み隠さず話した。

「そうか……つまりは竜騎士の技術の公開を求めているわけか。しかし残念だが、竜騎士の力というのはそう簡単に手に入る物でも無ければ、安易に伝えて行けるものでもない。」

つまり才能が必要だと、アルベリクは教えてくれた。

双蛇党が技術の盗用を出来ないと分かりレアは少し安堵した、街を護る者が街に顔向け出来ない事をするというのは個人的に嫌だったからだ。

アルベリクはレアが落胆ではなく、安心した様子を見せた事に少々驚く。

「ふむ、君は力や権力に固執している訳ではないようだな、今の様子からして悪用するつもりのない善意も見える。双蛇党全域に竜騎士の技術を伝えるのは無理だが、君個人に竜騎士のいろはを軽く教えるくらいなら良いだろう」

レアに対しアルベリクは意外な言葉を口にした。

アルベリクが言うには才能が無ければ竜騎士にはなれず、あったとしても力に溺れる者へ教える気にはなれない。

しかし、レアは力自体に深い欲求はない事から、基礎を教えて才能があれば竜騎士の技術を授けても構わないのだと彼は言う。

「い、いえ、双蛇党に伝えゆく事が出来ないのであれば、なったところで意味はありません。」

レアはあくまで双蛇党として来たのだと拒否の言葉を述べたが、真意は他にある。

もしレアにも才能があることが判明し、竜騎士になったとすれば、教官になれずとも双蛇党の看板、広告塔になることは彼女でも容易に想像が出来た。

竜騎士になるチャンスを逃すのは惜しいが、レアは他国の技術を悪用したくはなかった。

アルベリクはそうか、と落胆している様にも何かを考えている様にも見える表情で答えた。

 

 

 

「それでは、この件はこれで終わりだな。わざわざここまで来て貰ったのに、このような結果になったのはすまなかった。」

「いえ、悪いのは少々強引なうちの上層部です、こちらこそ無理を言って申し訳御座いませんでした。」

互いが謝罪をしてレアがその場を去ろうとする。

彼女がアルベリクに別れを告げて彼に背を向けると、アルベリクは考えがまとまったという様子でレアを引き止めた。

「カトリィ殿っ!」

アルベリクがレアへ何かを投げる、彼女は反射的に何かを受けとると、手で掴んだそれに目を向けた。

蒼い何かの模様が彫られた石、小さなクリスタル。

レアにはそのクリスタルに覚えがない、彼女にとってそれは始めてみるものだった。

「これは…?」

レアはそれが何であるか分からない為、雑に触って感触を確かめる。

石の価値が分からないそんな彼女にアルベリクはクスリと笑う。

「それはソウルクリスタル、竜騎士が竜騎士たる証だ。才能持つ者がそれを手にする事で、竜騎士になれる。」

アルベリクの説明にレアは酷く動揺して見せた、たった今彼女は竜騎士にならないと言ったのに何を聞いていたんだこの男は。

レアが理由を聞くと、アルベリクが逆に問い返してきた。

「カトリィ殿個人の望みは、双蛇党で竜騎士を流行らせることではなく、双蛇党で竜騎士を流行らせない事だろう?」

「分かりやすい反応してましたし、否定はしません。」

彼の言葉にレアは同意する。

するとアルベリクは一言、流行らせてもいい、そう口にした。

レアは更に動揺する、彼は永年公開して来なかった竜騎士を、公開してもいいと言ったのだ。

「個人的には竜騎士をこれ以上イシュガルドのみの物とするつもりはない、むしろ公開すべき技術だと考えている。実は……」

例の冒険者が竜騎士になって以来、アルベリクは自分の元へ来る槍術士と対話をし、悪用しないと判断した者にはソウルクリスタルを配っていると言い出した。

レアに対する最初の警戒も途中の会話も、悪意を持っているかどうかのテストだったようだ。

彼は自分の都市国家だけで技術を閉じ込めておくより、技術を世界に伝えて世界を護る事に使われた方が未来に繋がると考えていた。

「いずれ来るイシュガルドの危機に協力してくれ、と条件は出しているがな。冒険者に前報酬の依頼を出しているというイメージで考えてもらっていい。」

アルベリクの今までの行動にレアは少し驚いたが、まだ不振な点が一つあった。

冒険者に力を与え、いずれ来る驚異に対抗するというのは選択肢として間違ってはいない。

しかしレアは双蛇党であり、その危機にイシュガルドへ行けるとは限らなかった。

双蛇党でいくら流行ったところで、イシュガルドの救いには直接繋がることはないかもしれない。

その事を彼女がアルベリクへ伝えると、他に力を与えた者も来るとは限らないと答える。

「今の段階で必要なのは、腕の立つ槍術士がここに来れば竜騎士になれるという噂だ。力を与えた百に対し、一でも危機に協力してくれれば御の字だと考えている。」

まさに下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、という考え方。

その為にレアは双蛇党の広告塔ではなく、竜騎士の宣伝マンになれと、アルベリクは言いたかったのだ。

彼は改めて、受け取ってくれるか?とレアに問う。

レアとしても竜騎士が双蛇党だけの独占にならないと分かれば、断る必要性がなかった。

「分かりました、依頼はお受けします。こちらでも双蛇党や槍術士ギルド、冒険者の中で腕の立つ槍術士を探し、発見し次第そちらへ派遣しましょう。」

「ありがとう、我が儘に付き合ってくれて助かるよ」

そして両者の同意のもとレアは竜騎士へと昇華した。

彼女は竜騎士となることで見た目に大きな変化が起きると考えていたが、特にそういった様子もなく、いつも通りの自分がそこにいる。

しかし、レアは身の内から力が沸き上がるのを感じた、『跳び方』を彼女は知った。

この技術の公開、アルベリクのしていることはイシュガルドにとって裏切り行為に他ならない、しかしそれはイシュガルドを思えばこそ。

この結果が吉と出るか凶と出るか、イシュガルドの危機に立ち会えそうにないレアには知り得ないことだった。

せめて彼の意思をより多くの者へ伝えなければ、彼女はソウルクリスタルを見つめながらそう意思を固めるのだった。

 

 

 

「以上が報告よ。」

グリダニアへと帰還したレアは、いの一番にボルセルのもとへ訪れた。

グリダニアに長くいる彼ならばこの件を上層部に公開すべきか否か判断してくれると考えていたからだ。

竜騎士の公開、その事実にボルセルは多少驚いたが、アルベリクの考えに賛同し、槍術士の宛には声をかけておくと約束してくれた。

だが上層部への公開、これは容易に竜騎士の数を増やす為にもレア個人としてはやるべきだと考えていたが、ボルセルの心配所は別にあった。

「……上層部へ報告するのはしばらく置いてからにしよう、今はあくまで噂程度に抑えておくべきだ。」

ボルセルの考えはこうだ、もし今の段階で大々的に竜騎士の募集を行えば、当然イシュガルドにも情報が回る。

そうなった時、イシュガルドにとって裏切り者となったアルベリクはただじゃすまない、あくまで竜騎士の増加が自然に明るみ出てから上層部へ伝えるべきだと。

「イシュガルド視点で言えば、手遅れになった頃合いを狙うのね?」

「そうだ。」

ボルセルに相談して正解だったとレアには分かる、もし彼女だけで考えていたらアルベリクを危険に去らすところだっただろう。

しかしアルベリクは双蛇党で公開することに否定的ではなかった、この危険性への対策も実は用意しているのだろうか。

「……ともあれ、いずれは竜騎士が珍しくない日が来ると言うのか。私たちの世代からすると複雑だな。」

竜騎士はイシュガルドにのみ伝わる職業、グリダニアに住む彼らからすれば伝承や童話上の物だった。

イシュガルドに住まない者にとってただの夢物語だったそれが、才能があれば誰にでもなれるようになる。

二人が複雑な感情を抱くのも当然だった。

「そうね、でもそれはイシュガルドの為、世界の為、ひいてはグリダニアの為って考えれば貴方も悪くないんじゃない?」

そうだな、とボルセルは頷き答える。

彼はこの度の報告書は自分が書くと口にした、レアに書かせると竜騎士について余計なこと書きそうだという考えからだ。

書かないとも言い切れない彼女は悪いと考えながらもボルセルに任せる事とした。

「レア、竜騎士の技もあまり人目のつかないところで使え。」

「分かってる、竜騎士がもっと数を増やしてからでしょ?」

竜騎士の力がエオルゼアで当たり前となる時代、それは思ったよりも早く来そうだ。

 

「そういえば、ボルセルも竜騎士になってみれば?」

「それも悪くないな、お前が力を悪用しようとしたときに止めれるようにな?」

「酷っ!?」

 

しかしレアが竜騎士として活躍できる日は遠そうだ。


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