朝―――
エオルゼアの黒衣森地方、その奥にある小さな都市グリダニア。
そんな森の都グリダニアに今日も優しい朝日が差し込む。
グリダニアの宿屋の一室にも朝日は差し込んだ、
窓から差し込んだその日差しは一直線にベッドへと向かう。
「うぅ……」
ベッドには長身の女性が一人眠っていた。
閉じられていた彼女の目蓋に、容赦なく日差しが突き刺さる。
眠りを妨げる太陽に対し、嫌悪感から彼女の表情が醜く歪んだ。
暫しの間は体を動かして日差しを遠ざけていた彼女、しかしながら当然日差しには熱もある。
結局ベッドの暑苦しさから彼女は起きあがることを余儀無くされた。
彼女は宿屋の綺麗なベッドから降りると、両手を上に上げて背伸びをする。
首は右往左往に動き、部屋の中にあるであろう時計を探した。
発見した時計には今の時刻が刻まれている、しかしそれは彼女の想定していた時刻を遥かに越えていた。
「午前11時……?!えっ!?7時じゃない!?しまった、もう時間が!」
彼女はあわてた様子で出勤するための身支度をし始める、顔を洗い、歯を磨き、寝癖をくしでとかす。
大きな鏡に椅子に座って櫛で髪をとかす彼女の姿が映った。
癖の強い金色の長髪に右目が碧色と左目が蒼色のオッドアイ、大人びた中性的な顔立ちで唇の下にはほくろもある。
そして髪の隙間から真横に突き出る細長い耳、顔の右半分には白い刺青も彫られていた。
彼女はエレゼンという名の種族のシェーダーと呼ばれる部族だった。
少しの間髪を櫛で撫でると寝癖がある程度なくなり、彼女は心の中でこれで十分だと納得する。
次に彼女は服を着替えようと自分の服装を見る、しかし彼女はあることに気づいた。
「しまった、『双蛇党』の制服のまま寝てた……昨日の飲み会のせいかぁ……」
彼女は前日に双蛇党の新人歓迎会という飲み会に参加し、飲み比べか何かで相当飲んでいたのを思い出す。
しかし、飲んだ後どういう流れでベッドまで移動したのか彼女は何故か思い出せない。
現状、着替える手間が減ったという意味では彼女にとってこの結果は少し幸運だった。
彼女はすぐさま服を調えて宿屋の一室を出る、すれ違う人達の中で彼女を知る者が挨拶をしてくれた。
重役出勤だね?とか、昨日飲んでたからね?とか、皆この事態を予測していたようだ。
彼女は恥ずかしさからか顔を紅く染め、仕事場である双蛇党本部へと走った。
双蛇党本部の正面受け付けに彼女が到着すると、男性の双蛇党員ボルセル大牙佐が出迎えてくれた。
「む、遅い到着だな大牙佐」
「はい、昨日の飲み会のせいです大牙佐」
お互いに冗談混じりにわざと階級で読ぶ、二人が言う大牙佐というのは双蛇党の中の階級であり、相当に高位の階級を示している。
「それで、み、ミーティングはまだ終わってませんよね?ボルセル大牙佐」
「とっくに終わってるぞ、『レアヌ・カトリィ大牙佐』」
レアヌ・カトリィ、レアの言うミーティングとは、毎朝に双蛇党の本部で行われている定例ミーティングの事だ。
ボルセル大牙佐が彼女の名前を声を張り上げて口にする、彼の言葉に受け付けにいたほぼ全員クスクスと笑い始めた。
レアは晒し上げられた怒りを堪えて、作り笑顔をボルセルへと向ける。
しかし、ボルセルはそんな彼女を余所に一枚の資料を取り出した。
「これは......?」
「今回のミーティング内容を記した資料だ、カトリィが今回配属されるチームの名簿と今日の巡回地域が書いてある。昨日の新人歓迎会からどうせ遅刻するだろうと思っていたからな。」
ボルセル大牙佐の差し出された資料にレアは目を通す、すると彼女は一部分を見て絶句した。
そこには巡回地域がグリダニア新市街だと記されている、レアが泊まっていた宿屋があるのも新市街だ。
「これって!?」
「あぁ、見られていただろうな。リーダーの酷い通勤姿」
「最悪ッ!」
レアは今一度顔を紅く染めて慌てた様子で双蛇党本部から巡回地域へと走る、と言っても本部も新市街にあることから、すぐチームメイトに会うことができた。
渡された資料に記された名簿を見る限り、レアを除いたチームメイトは全員新人である。
まず最初に会った新人はミコッテという獣人種族のムーンキーパーと呼ばれる部族の女性、彼女はたまたま本部前を巡回しているところに出くわした。
「カトリィ大牙佐!おはようございます!私の名はカスリであります!」
カスリは笑いを少しこらえている様子だった、レアは彼女が見ていたのだと確信したが一応問いを投げ掛けた。
「……見た?因みに昨日歓迎会で言った言葉覚えてる?」
「アタシは見ていません、レアさん!」
彼女がカスリの顔に視線を向けると、笑い転げる寸前だというのがとても分かりやすく伝わってくる。
レアが新人歓迎会で言ったのは「カトリィ大牙佐」では会話の時間が延びるからレアと呼んで欲しいという事と硬すぎる敬語はやめて欲しいこと、の二つだ。
カスリに説教を始めたかったレアだったが他の者にも声をかけなくてはならない、高ぶる気持ちを抑えてレアは彼女に別れを告げた。
カスリの次に会った新人はヒューランという一般種族のミッドランダーと呼ばれる部族の男性、新市街のエーテライト前を巡回しているのを発見した。
「カトリィ大牙佐!おはようございます、俺はジンと言います」
ジンは笑いを堪えている様な独特な表情をしているようにはレアの目から見られない、ならばとレアは彼に直接聞くこととした。
「見た?それと昨日歓迎会で言った言葉覚えてる?」
「えと、出勤の様子でしたら見ましたが、それですか?それと、歓迎会……例の件ですね。分かりましたレアさん。」
ジンが何の含みもなく正直に言って来たためにレアは少々面食らってしまった、これでは怒ることはできないと彼女は考えて、半ば罪悪感で彼の元を離れた。
ジンの次、最後に会った新人はララフェルという小人種族のプレーンフォークと呼ばれる部族の男性、新市街の南口で巡回している様子だった。
「カトリィ大牙佐、おはようございます、僕はイタバシと読んでくださいな」
イタバシと聞きなれない雰囲気の名を名乗る彼は不思議な雰囲気をかもち出していた、何も考えていないように見え、何か考えているようにも見える。
レアは彼という人間を少しでも知るためにも先程の二人と同じ質問をした。
「見た?」
「さぁ、どうでしょう?」
イタバシの返答は彼女にとって意外なものだった、知っているようにも知らないようにも聞こえる言葉と見える表情をレアへと向けたのだ。
レアの背中にぞくりと寒気が走る、それが恐怖によるものかどうかは分からない。
彼女にはイタバシが得体の知れない人物とだけ、理解できた。
全員に挨拶を終えたレアはもう一度だけ資料に目を通す。
新人指揮官レアを始めとし、カスリ、ジン、イタバシの新人3人を含んだ新人チームをレアヌ・カトリィからという名前から以後、チームLkとする。
このチームはレアの指揮訓練と新人の訓練の両方を目的とされたチームであり、チーム構成は意図された物である。
「訓練か。新チーム結成して初日で遅刻だなんて……願わくば、これ以上の面倒事が起きませんように。」