アルドノア・ゼロ 忠義は主君と共にあり 作:砂岩改(やや復活)
アセイラムは謁見の間にて祖父であるレイレガリアとの通信に成功していたが彼はもう瀕死の状態だった。
「私です アセイラムです おわかりになりますか?」
「アセイラム…」
「お元気そうで…」
「大義である…地球の制圧は進んでおるか?」
「今日はそのことでお願いがあって来ました。地球と和平を結んでほしいのです。軌道騎士たちに戦争をやめるよう、お爺様から命令してください」
「それは…できぬ。地球は決して許さぬ。攻撃の手を緩めるな。我らの支配下に治めよ」
良い返事は貰えず、レイレガリアの言葉には憎しみの色が濃く残っていた。
「なぜ地球を憎むのですか?」
「ギルゼリアはどこだ?我が息子はどうした?早く地球を占領せよ…」
「お父さまは亡くなりました。ヘブンズ・フォールで」
「地球人め…我が息子を。しかも孫娘アセイラムまで…」
「私はここにいます」
会話が成立しない、悲惨とも言える祖父の状況を実感したアセイラムは唇を噛み締める。
「ヴァースだ。代文明人はこの星のことをそう呼んでいた。私は発見したぞ…火星の超科学を…その名をアルドノアという。素晴らしい…人類は更なる躍進を遂げるだろう…。アルドノアは人を幸せにする夢の技術だ…」
「…はい」
「大きな力だ…道を誤ることなく大切に育てよ」
「…はい」
「そこにいるのはアセイラムか…大きくなったな、美しくなった。よい姫になれ…そして人を幸福に導け」
「はい」
なにも脈絡のない言葉だが彼はアセイラムにとって大きな言葉を残していった。彼女はそう信じる、これが自分を育ててくれた人の末路だとは信じたくなかったのだ。
「クランカイン…」
「はい」
通信が消え、謁見の間の暗い空間が姿を現す。
「貴方は私に忠誠を誓いますか?」
「当然でございます。この命が尽きるまでお供いたします」
「忠誠、感謝します。クルーテオ伯爵」
謁見の間の薄暗い空間でクランカインが見たのは覚悟を決めたアセイラムの顔だった。
ーーーー
月面基地、主戦場。
ステイギスが火を上げながらアレイオンに突っ込み心中し地球軍のシャトルが弾丸に晒され轟沈する。
乱戦となった戦場では死の風が吹き荒れ尊い命がとても簡単に失われていた。
「月面基地は地球連合軍との総力戦を開始した」
全ての軌道騎士に対して発せられたスレインの宣言は伯爵から一般の兵に至るまで全てに対して発せられた。
「サテライトベルト及び地球に降下した諸兄よ、各々の意志にて地球連合軍にむけ一斉攻撃せよ!地球人にもう一度、我々の絶大な力を思い出させるのだ!」
ヴァース帝国の総戦力の投入、アセイラムの代理人であるスレインから発せられた言葉は強い効力を持って発動される。
「そして連合軍に…」
「ヴァース軌道騎士の皆さん」
スレインの言葉を遮るように通信を行ったのはアセイラム、皇族専用のロイヤル回線を使ったのだ。
「私はヴァース帝国第一皇女のアセイラム・ヴァース・アリューシアです。たった一つのきっかけから争いは始まり、とても大きな戦争に発展しました」
響き渡るのはアセイラムの声、それと同時にフィアはシナンジュを起動させる。
「様々な人の様々な思いがすれ違い大きな不幸を呼びました。それはとても悲しいことです。私はこの戦争を憂い、人の手に余る力の扱いに付いて反省とともに深く後悔をしています」
その時、戦場は止まった。この作戦に参加していた者は後にそう言ったという。
それは比喩でもなんでもない、戦う者はデブリに身を隠しアセイラムの声に耳を傾けていたのだ。
「私は今ここに…」
車椅子から立ち上がるアセイラム、その姿を見て伯爵たちは息を飲んだ。
「先代皇帝レイレガリア・ヴァース・レイヴァースのあとを継ぎ、ヴァース帝国の女王になります。我々ヴァース帝国皇族は地球との和平を望みます!」
「さようなら…スレイン・ザーツバルム・トロイヤード伯爵」
アセイラムの言葉と共にフィアはそう呟きシナンジュの通信回線を開き全帯域でそれをつなげた。
「アセイラム姫殿下、親衛隊の隊長。フィア・エルスート!」
コックピットにいるフィアの姿が流れ伯爵たちを更に驚かせる。だがこれはまだ序の口だ。
「私は姫様を傀儡として祭り上げた逆賊、スレイン・ザーツバルム・トロイヤードを敵と見なし、私に与えられた全ての騎士権限を行使することをここに宣言する!」
騎士権限の行使、それは国家の滅亡やそれに類する事柄が発生した時のみ行うことが出来る宣言。
この宣言によりアセイラムの宣言が本物であることを示し他の騎士達への牽制にもなる、スレインに味方したら逆賊だと言う牽制だ。
「この放送を聞いている全ての軌道騎士に即時停戦を命じます!」
アセイラム女王からの《命令》は全ての軌道騎士に告げられるのだった。
ーーーー
「結局、私はこう言う立ち位置でしかいられないか…」
月面基地のカタフラクトハンガーに格納されていたレギルスのコックピットでマリーンは静かに呟く。
「ザーツバルム卿…」
ーー
月面基地、主戦場。
「何でまだ戦ってるの!?お姫様が戦争止めるって宣言したのよ!」
「月面基地の連中はやる気満々よ」
「みんな、気を抜かないで…。戦争はまだ終わってないわよ」
正当性は誰が見てもアセイラムの方があった、それにフィアの宣言も加わる事でそれは確固たる物となっただろう。
だが月面基地をめぐる戦いは終わらず漆黒の宇宙に眩い光がいくつも生まれる。
「シナンジュよりブリッジへ…。フィア・エルスートが出るぞ!」
「了解、お気を付けて」
「そちらこそ…」
宣戦布告は終えた、なら彼女の行うべき事は行動で示すのみ。
デューカリオンから出撃したフィアはシナンジュのシールドに内蔵された発光信号弾を高々と撃ち放った。
「なんだ?」
「発光信号か、誰が?」
「おい、あれって…」
特殊な発光信号は花火のように形を形成する。赤く光る模様はヴァース帝国の旗印の物だった。
「やはり戦わないか…」
フィアが前線に出張っていたときには既にステイギス共々、部隊が一時撤退を開始していた。帝国の兵ならば旗印に対して攻撃はしたくないものだ。
「スレイン…」
撤退するステイギスを見守りつつフィアは静かに呟くのだった。
ーーーー
「スレイン様…」
「ふっ…構わない、補給を急がせろ」
「はい」
命令もなく戦線を下げ補給を開始する兵たちに対しスレインは僅かに微笑み司令室を後にする。
「レムリナ姫」
「スレイン…本当に大切なのは皇族の血、アルドノアの起動権さえあれば貴方の夢は叶うのではなくて?私はどこにも行きませんよ。私の居場所はもう…ここしかないのですから」
廊下で待っていたレムリナの言葉にスレインは目を見開く。
裏切り続けていたのに、見ようともしなかったのに彼女は自身を心配しなおかつ着いてこようとしてくれるとは…。
「だから…」
上手く言葉が見つからず脇に控えていたケルラに目線で助けを求めるレムリナを見たスレインはクスッと笑う。
「そうですね。御厚情、感謝しますレムリナ姫」
自身をこんなにも想ってくれる人が居たのだと、それに改めて気付くとこれの表情は実に晴れやかだった。
「行きましょう」
「はい」
その言葉に元気良く頷くレムリナ、その表情もまた実に晴れやかなものだった。
ーー
宇宙がよく見える廊下をスレインとレムリナ、その後ろをケルラが静かに歩いていた。
両軍が睨み合い状態の宇宙は一時の平穏が戻っていた。
「宇宙を見続けているといつも思います。吸い込まれそうだと、なにもない所に…」
「私は幾度も宇宙を飛び続け光を灯してきました。そこで私は未来を見てきました」
「未来?」
「良いこと、悪いこと全てを…。ほんの少し先の事だけを見て分かった気で居たんです。そしてたくさんの人を傷つけてしまった」
「スレイン…」
「結局の所、本当に大切な物はなにも見えていなかったんです」
スレインの懺悔に近い言葉にレムリナは思わず言葉を失う。
彼の背負っているものは何も分からない、でも少しでも力に、支えになりたかった。ただそれだけなのに…。
(どこで間違ってしまったのかしら…)
ーーーー
「トロイヤード卿、これはいったいどう言う事だ。アセイラム姫殿下はどうして!?」
「スレイン様…」
カタフラクトハンガーに辿り着いたスレインはレムリナを車椅子からゆっくり立たせる。
その時、ちょうど帰還したバルークルスが駆けつけ質問を投げかける。それはその場に居た者全てが欲する物だった。
「司令室に繋げろ、全軍に通達する。」
「はい」
「聞け、総員!10分以内に月面基地を離脱、揚陸城と共に連合軍に投降せよ…この月面基地を放棄する!」
「気は確かか!?」
バルークルスを筆頭にこの言葉を聞いていた全ての人が戸惑うが彼にはもうどうでも良いことだった。
「スレイン…」
「レムリナ姫。これまでの数々のご無礼、失礼いたしました。どうか、いつまでもお健やかに」
「まさか…」
レムリナと呼ばれた少女とスレインの態度、それを見た瞬間、バルークルスは全てを悟った。
「ケルラ…」
「分かってます」
スレインと目線を合わせたケルラはレムリナを抱き抱え脱出艇のある場所に運ぶ。
「ケルラ、何をするのです?」
「行きましょう…」
「スレイン!スレイン!」
手を伸ばし必死に叫ぶレムリナの姿を遠くから見ていたマリーンは昔のことを思い出し顔をしかめる。
「終わったか…」
フィアとの決着は着けたかったが彼女は戦闘狂ではない、意味を見つけられない戦いに身を投じる気にはなれなかった。
それにやり方は違えどザーツバルム卿の思い描いた世界は実現されるのだ。
「ザーツバルム卿…私はこれで良かったのでしょうか?」
マリーンの口にした問いに答える者は誰も居なかった。
ーー
「月面基地より新たな機影多数、戦闘宙域から離れていきます」
デューカリオンの通信を聞いたフィアは疑念に思う、何か嫌な予感が彼女の頭に過ぎったのだ。その時だった、スレインが笑顔のまま月面基地の自爆スイッチを押したのは。
「月面基地が陥落?」
「やっつけたの?」
「違う…」
「自爆…」
各所から火を上げる月面基地を見つめる地球軍、その光景を唇を噛み締めながら見つめているハークライトの姿があった。
「シャトルの護衛を頼む…」
「え?ハークライト様!?」
ハーシェルを反転させ月面基地へと戻るハークライト、それとほぼ同時に機体を反転させる人物が居た…マリーンだ。
「何をしている…ハークライト、マリーン。投降しろと言ったはずだ」
「ザーツバルム卿なら最後まで戦われる。私はそれに従うだけだ」
そうだ…。ザーツバルム卿は最後まで諦めない、最期の一瞬までその命を輝かせる、私もそれに恥じない生き方をせねばザーツバルム卿に顔を合わせられない。
「よせ、我々にもはや勝機はない。命を無駄にするな!」
「覚悟はとうの昔に出来ております。わがままをお許しください」
ステイギス隊も二人に吊られ機体を反転させ進撃する。
「投降するんだ!」
「申し訳ありませんがスレイン様。その命令はお受けできません!」
ハークライトがスレインに初めて反抗した瞬間だった。
「来るぞ!」
レギルス、ハーシェルを戦闘に地球軍に突っ込んでいくヴァース帝国軍、ステイギスの放ったマイクロミサイル群が戦端を開く合図となった。
「全機散開!」
ステイギスのマイクロミサイルがレギルスのビームビットがハーシェルのビットが地球軍の機体を破壊し尽くす。
死を覚悟した決死隊とそれに圧される地球軍の差は圧倒的な差となって出てくるのであった。
「ヴァース帝国の未来の…」
「っ!」
最前線を張っていたステイギス、そのマスター機を含む3機が一撃のビームに貫かれる。三枚抜きだ、こんな混戦状態でそれをやってのける人物は1人しか居ない。
「やはりお前とは戦う運命か!」
スラスター全開でこちらに突っ込んでくるのは深紅の機体《シナンジュ》スリット状のカメラを光らせ迎え撃つは《レギルス》。
「マリーン!」
「フィア!」
フィアはシールド裏にあるビームアックスを起動、ビーム刃を形成しレギルスに突っ込んでいく、対するマリーンも掌からビームサーベルを出力させ振るう。
「やはり立ち塞がるかぁ!フィアぁぁぁ!」
「決着を着けよう…私たちのすれ違いに!」
ビームがぶつかり合い激しくスパークを散らし両者の機体を照らす。
親友同士の本気の殺し合いが幕を上げるのだった。
美しい者を護るその手が、希望を歌うその声が、築く未来を照らすように…。
最終回《笑い合うために》
――そして僕らは Zero に帰る…。
最後まで読んでいただきありがとうございました!