アルドノア・ゼロ 忠義は主君と共にあり   作:砂岩改(やや復活)

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第六十七星 失恋 -Heartbreak-

 

 

「おい、あの機体って」

 

「噂のマリネロスの悪夢だろ」

 

「なんでこの船に居るんだ?」

 

 デューカリオンのカタフラクトハンガーには跪くように格納されたシナンジュの姿があった。

 スレイプニール等、地球軍に正式配備されている機体の全高が15、6メートルに対しシナンジュは20メートルを超える。地球軍のカタフラクトを収容するのを前提にしたハンガーでは満足に立つことすら出来ないのだ。

 

「おい、あれ…」

 

 胸部子コックピットハッチが開き、姿を現したフィアの姿に整備兵たちがさらにどよめいた。

 

「まだ未成年か?」

 

「あんな子が…」

 

「おい、お前らなにやってんだ!やることは山ほど有るだろうが!」

 

 ざわめく整備兵たちを怒鳴りつけたのはカーム、怒られた兵たちは慌ててその場を離れ帰投した機体に逃げていく。

 

「すまない、助かった」

 

「構わねぇよ。それより…久しぶりだなフィア」

 

「あぁ…」

 

 久しぶりの再会に握手を交わす2人、そうしていると急いで駆け寄って来た韻子に横から抱きつかれる。

 

「フィア!」

 

「おっと…」

 

「良かったぁ、無事だったんだね」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 涙を瞳に溜めながら思いっきり抱きしめた韻子に対しフィアも抱きしめ返した。

 

「ふっ…」

 

「フィアちゃん」

 

 ライエとユキはその様子を優しげに見つめる。まるで姉が2人居るようだった。

 

「感動の再会やねぇ」

 

「うおっ、びっくりした!」

 

 同じく涙を溜めながら感動するフェインの突然の出現にカームは驚き飛び上がる。

 

「あ、どうもシナンジュの機付き長のフェイン・クラウスです」

 

「デューカリオンの整備班長のカーム・クラフトマンっす」

 

 やけにフレンドリーなフェインのペースに飲まれ挨拶をするカーム。その時、彼は思い出す。鹵獲されたベルガ・ギロスの見事な整備技術を、あの時感心した腕をもつのが彼女なのだと。

 

「あの親衛隊機の整備も貴方が?」

 

「ん、まぁ私が指揮をしたけど?」

 

「あれ凄かったですよ!」

 

「え、あぁ…。ありがとう」

 

 なぜか急にテンションが上がっているカームに若干引きつつ礼を言うフェインの姿はどことなくフィアに似たような雰囲気があったのだった。

 

「フィア…」

 

「フィアさん。話しは既に聞いています、行きましょう」

 

「はい…」

 

 2年ぶりの再会に騒いでいた一同に歩み寄ったのはマグバレッジと伊奈帆、2人を見たフィアは韻子を離して身なりを整えるのだった。

 

ーーーー

 

「地球連合軍、中将のエーリス・ハッキネンです」

 

「ヴァース帝国、アセイラム姫殿下親衛隊の隊長。フィア・エルスートです」

 

 デューカリオンのブリーフィング室では月面基地攻略の責任者であるハッキネンとフィアがモニター越しに睨み合っていた。

 

「あのマリネロスの悪夢が話し合いとは連絡があったときは実に驚きましたよ」

 

「えぇ、月面基地では随分とお世話になりましたが…。まぁ、それは置いておきましょう」

 

 言葉に対しハッキネンは僅かに身じろぎをするのをフィアはしっかりと確認していた。

 

「それで、態々私になにを話そうと言うのでしょう。月面基地への攻撃の件なら」

 

「いえ、私がお伝えしたいのは姫様の本当の意思です」

 

「本当の意思…」

 

 フィアの言葉にハッキネンは眼鏡を掛け直し実に面白そうに見つめる。

 

「姫様は地球とヴァースの和平を望まれています」

 

「なるほど、それで側近である貴方を寄越したと…。これまでのことは全て姫殿下の意志ではなかったと言う事でよろしいですな?」

 

「えぇ」

 

 フィアとの会話にてハッキネンは細く微笑む。

 これまでの姫様の言動がもし誰かに強要されていたのだとすれば今戦っているスレイン・トロイヤードは逆賊ということになる。

 

 前々からスレイン・トロイヤードの叛逆を知り地球とヴァースの和平のために地球軍が兵を出した、と言う事にすれば和平交渉で我々は大きく有利になる。

 

「なるほど、では我々が逆賊であるスレイン・トロイヤードを討伐いたしましょう。我々も長くなりすぎた戦争に終止符をうちたいのです」

 

「いえ、討伐する必要はありません。スレイン・トロイヤードは彼なりに忠節を尽くした結果です。我々の問題は我々で処理します」

 

「……」

 

 ハッキネンは提案に対しきっぱり断るフィアを見て目をヒクヒクとさせる。てっきりバリバリの武官だと思っていたが文官としての能力も持っていたとは。

 

「姫様の宣言後、私は地球軍の戦列に加わり対処をいたします。その許可をいただきたいのです」

 

「先ほどまで敵であった貴方を?」

 

「マリネロスの悪夢を敵に回さずに戦力に加えられる。魅力的な提案だと思いますが?これは私なりの譲歩です」

 

「譲歩だと?」

 

「私は両軍を敵に回しても騎士としての勤めを果たすつもりです」

 

「……」

 

 両者が僅かに睨み合う、最初に折れたのはハッキネンの方だった。

 

「分かりました。あくまで“対等“な立場でお願いします」

 

「えぇ、これは“借り“ですよ。ハッキネン中将」

 

「……」

 

 明らかに気分を害したハッキネンだったがこれ以上、口を出せばややこしいことになると判断し黙って頷くと通信を切るのだった。

 

「驚きました、まさか交渉ごとも行えるとは」

 

「騎士として必要最低限の能力は持っているつもりです」

 

「そうですか…部屋に案内しますよ」

 

「ありがとうございます」

 

 フィア・エルスート、彼女とまともに話したのはデューカリオンが墜落した時が初めてだ。改めてみると真っ直ぐで綺麗な目だ、彼が惚れ込むのも分かる気がする。

 

「よっ、久しぶりだなぁ」

 

 マグバレッジが思考の海に浸かっている時、フィアの後ろから現れたのは鞠戸だった。

 

「あ、えっと鞠戸大尉でしたね」

 

「良く憶えてたな、正解だ」

 

 鞠戸は近所の子と接するように頭を滅茶苦茶に撫でる。彼女の知る鞠戸はこんなに元気ではなかったが2年間で色々あったのだろう。

 

「鞠戸大尉、彼女は重要な客人です」

 

「分かってますよ。一言だけでも挨拶がしたくて…ありがとう。あの時、君がいなければ俺達はいなかったのかもしれない」

 

「いえ、私は出来ることをしただけです」

 

「おう。じゃあ、またな。界塚弟とは仲良くしろよ!」

 

「全く…どうしようもない人ですね。こっちです」

 

 終始元気で去って行った鞠戸を横目で見つつフィアは歩を進める、そんな彼女の表情はとても明るかった。

 

ーーーー

 

 マグバレッジに案内された部屋のベットに座り込むフィアは大きくため息をついた。

 シナンジュは一緒に来てくれたフェインが調整している、他の人たちも次の戦闘に備えて準備で忙しい。

 

「フィア…いる?」

 

「伊奈帆か、居るぞ」

 

「良かった。カタフラクトハンガーに居なかったから」

 

「少し休めとマグバレッジ艦長の配慮でな」

 

 フィアは部屋に訪れた伊奈帆にベッドを軽く叩くことで横に座るよう促す。

 

「あの時、月面基地で…。私はお前が来るのを待っていたのかもしれない」

 

「フィア…」

 

「誰よりも背中を預けられるお前は私にとって大切だからな」

 

 シミジミと語る彼女の姿に思わず見惚れる伊奈帆は珍しく顔を赤くした。なぜ赤くなったのかは本人でもよく分からないだろう。

 

「だから、ありがとう…本当に」

 

「……」

 

 感謝の気持ちを伝えるためだろうか、フィアは優しく抱きしめる。伊奈帆はその事に対してはあまり驚かず黙って腕を背中に回した。

 

「揚陸城で…私を落ち着かせるために抱きしめてくれた時、暖かかった。私には勿体ないぐらい…」

 

「フィアはもっと甘えた方が良いと思うよ」

 

「それはお前もだろう…」

 

 フィアの体温に包まれた伊奈帆は分かった気がした、自分が彼女に求めていたもの…。いや、正確には自分が誰かに求めていたものと言えば良いだろう。

 

(僕は誰かに甘えたかったのか…)

 

 いつも彼は完璧だった。だから頼られ信頼されてきた、それは家族であるユキでさえもそうだった。

 頼られることは嫌いではなかった、むしろ誇らしかったと言っても良いだろう。

 だからこそ彼は人に甘えるなんて事はしなかった、する方法も知らなかった。

 

(本当に暖かい…)

 

 そんな時に彼女は現れた。彼と同じく、完璧であろうとしたものが…何よりも頼れる彼女に背中を預け、もたれ掛かった。彼女はなにも言わずに背中を貸してくれる、そんな存在…。

 父や母という存在を知らずに育ち、肉親であるユキも守り続けようとした少年は出会えたのだ、そう言う存在に…。

 界塚伊奈帆と言う人物はただ、人に甘えたかった純情な青年であったのだ。

 

「礼を言うのは僕の方だ。フィアのおかげでここまで戦えたんだ」

 

「伊奈帆…」

 

「もう少し…この……ままで………」

 

 不意に伊奈帆の腕の力が抜け驚くがその顔を見て彼女は優しく微笑む。

 

「すぅ…」

 

 余程疲れたのだろう、静かな寝息をたてながら彼は眠っていた。

 

「ゆっくり休め…」

 

 フィアは膝に乗る彼の頭を優しく撫でて鼻歌を口ずさむ。その姿は1人の騎士ではなく、1人の女性としての美しい姿だった。

 

「あぁ…やっぱりねぇ。私じゃあなにも勝てなかったかぁ…」

 

「韻子…」

 

 フィアに宛がわれた部屋のドアのすぐ横、彼女に会いに来た韻子とライエの姿があった。

 

「ライエ、なんか変なの…。悲しいのに嬉しくて涙が止まらないの」

 

「まったく…。貴方も損な性格してるわね」

 

「そう?」

 

 大粒の涙を流しながら笑う韻子にライエは静かに手を肩に置く。失恋の悲しさと愛する人が安心出来る場所を見つけた喜びが入り交じってぐちゃぐちゃな顔になっていた。

 

「伊奈帆ぉ…。フィアを泣かせたら私がぶっ飛ばすからぁ」

 

「そっち?」

 

 泣きじゃくる韻子に突っ込みを入れながら連れて行くライエは1度だけ部屋のドアを見やるのだった。

 

 






韻子…(´;ω;`)

どんな人間であれ一人では生きてはいけない、伊奈帆も心のどこかでは寂しくて誰かに甘えたかったであろうと思います。

長い間書き続けてきたこの話も残すところ3話(たぶん)になりました。残りの話もしっかりとやっていきたいと思います!

最後まで読んでいただきありがとうございました!



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