アルドノア・ゼロ 忠義は主君と共にあり 作:砂岩改(やや復活)
月面基地、スレインの執務室。
「戦勝おめでとうございます。スレイン様」
「あまり喜べないな、みすみす敵を逃しては…」
「領地の確保と言う目的を果たしたのです。十分成功ではありませんか…。これで忠誠を誓う騎士も増えることでしょう」
「油断は禁物だ。騎士の忠誠と言う言葉ほど当てにならない言葉は無い」
「重々承知しております」
ハークライトの言葉でもスレインの顔は晴れないままだ。こちら側を追い詰めたとなれば敵は恐らく界塚伊奈帆だろう、ここで仕留めて後顧の憂いを取り除きたかった。
「それから、バールクルス様からのご依頼の件ですが…」
「構わない」
「はぁ…」
「マズゥールカと言ったか?姫に会いたいというのなら会わせれば良い、姫も喜んでこちらの勢力を増やしてくれる役割を果たしてくれる。少なくとも今は…」
騎士の忠誠など信用ならない、だが最初の方はこちら側にとって良いように動いてくれるだろう。
そう予測しての回答、だがスレインはこの判断が自身を苦しめることになるとはまだ知らない。
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既にボロボロとなったデューカリオンは基地に帰投すべく進路をとっていたがセンサー系が全滅した今、目隠しに運行に近い状態だった。
「駄目だ…。応急で復旧できるレベルじゃない…」
「そんな!ノクトビジョンもやられてるし、有視界飛行じゃとても…」
「故障は…センサー系ですか?」
「どうして分かったのですか、界塚少尉?」
「すぐに分かります。機体が微妙にですがずっと流されてる。この船ではエンジン周りの不備はあり得ないし…」
「とにかく助けて!いろいろとマズくて」
ブリッジに入ってきた伊奈帆は船の損傷を分析した後、助けを求めるニーナの所へと駆け寄る。
「もう少し高度を落とした方が良い。相手のレーダーにかからない程度に…」
「でも、高度計もGPWSも死んでるから低すぎると恐い」
デューカリオンのような巨体を操艦するだけでも通常の操縦士なら精一杯なのだ。その上、センサー系おも潰されてはこちらとしても為す術が無い。
「把握できてる。今、9200…」
「そこまで見えるんだ…」
伊奈帆の言葉に筧、裕太郎、祭陽が顔を合わせ頷く。
「VORも捕まえられますか?」
「ええ…」
「至近の2点を掴めたら頼む。ラジアルを割り出す」
「はい…」
「進路は、
「3度のオフセットを2分、後は戻してキープ」
順調に進むかと思えた矢先、デューカリオンがゆっくりと、だが確実に揺れる。
「マズいな、たちの悪い気流に捕まったか…」
「しばらく続きそうです、念のために速度を…」
「分かった!…この位なら前にも…」
「だね、ここから先は経験が役に立ちそうだ。LLGがキャッチできたら伝える」
いつも韻子にくっつき、弱音と涙を何度もこぼしていたニーナが随分と頼もしくなった。
そんな彼女に笑いかけつつ伊奈帆は振り返る。
「ありがとう」
「いえ、先程は。鞠戸大尉が驚いていました、随分と無茶をすると」
「貴方にだけは言われたくない。そう伝えておいてください」
「はい」
マグバレッジの言葉に再び笑みをこぼす伊奈帆、ここ最近、彼は本当に表情が柔らかくなった。成長し続ける周囲に対して伊奈帆が安心している証拠だ。
(もっとこちらを頼って貰えると嬉しいのですが…)
微笑む彼を見てマグバレッジは密かに思うがそれは難しいだろう。それが彼の性分なのだ、ならこちらは彼が無理をしないように頑張るだけだ。
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「そうですか…建国の準備は着々と進んでいるのですね。楽しみにしているのですよ、新たな王国、貴方の故郷に行けることも」
「粗野な者達が住まう世界です。故郷と呼べるような安らげる場所でも…。いえ、元より僕にそう言う場所はありません」
月面基地展望室。そこには、スレインとレムリナ、彼女の護衛担当のケルラが遠くからこの二人の会話を眺めていた。
「それは、私も同じです。ヴァースも王族という地位も私にとって安住の地ではありません。貴方と一緒にいられる場所が私にとっては何よりも…。」
「光栄に…存じます」
レムリナが放った真っ直ぐな言葉にスレインは思わず目を背ける。彼女の純粋すぎる心が彼を大きく揺さぶる。まるで昔の自分を見ているような感覚をスレインは感じ取っていた。
「では、また改めまして」
「スレイン、晩餐の用意は整っているのですよ」
「生憎ですが、まだ所用を控えております。お許しください…」
あまりにも唐突なスレインの退出に驚くレムリナ。その様子を見ていたケルラは悟った。スレインが罪悪感に圧されて逃げだしたがっていると言う事を…。
スレインは静かに退出し展望室の中は静寂に包まれる。
「ケルラ…」
「はい…」
アセイラム親衛隊のケルラ、レムリナがスレインの次に信頼している人物。彼女は決して自身の元から離れない、だからこそ彼女にとっては隊長であるフィアより信頼できた。
「せっかくなので、どうですか?」
「お許し頂けるのなら…」
一人っきりの晩餐など寂しいもの、レムリナはケルラの返事を聞くと静かに微笑むのだった。
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地球、苦労して基地に辿り着いたデューカリオンは大規模な修復作業が行われていた。
久しぶりにゆっくりと休める機会を得たデューカリオンメンバーはそれぞれ思うままに休んでいた。
「ふぁ~」
それは韻子も例外ではない。久しぶりに睡眠をたっぷり取った彼女はあくびをしながら艦内を歩いていた。
「あ、伊奈…」
「く…」
その際、伊奈帆を見つけた彼女は気軽に話し掛けようとするがそれは伊奈帆の苦痛な声によって止める。
「あ、韻子。どうしたの?」
「え、あぁ。ニーナが昨日は凄く助かったって喜んでたよ…」
「うん…」
話しかける韻子に対し笑みをこぼしながら答える伊奈帆。この時、韻子はとてつもない違和感を感じていた。
「どうしたの?」
「なにが?」
韻子は思う。自分は今、本当に"伊奈帆"と話しているのかと…。
―知らない話に無理矢理合わせている?
―彼はこんなに笑う人だったか?
―自分は今、誰と話しているんだ?
彼は本当に私の知っている界塚伊奈帆なのか…。
「なんでも…ないけど…。」
言葉に表せない違和感に韻子は何も言う事が出来なかった。
ーーーー
揚陸城に設置された庭園、若々しい草木の匂いが心を癒やす。その空間に設置された椅子にフィアは静かに座っていた。
「……」
「隊長!」
「なんだ…」
心地よい気分で意識が眠りの淵に立とうとしたとき、リアの声に彼女は目を向ける。
「ジュリが帰還しました!」
「なんだと!?」
失ったはずの部下の名を必死に叫ぶリアの声にフィアは思わず立ち上がる。
「それよりもなんだその恰好は…」
「いえ、所用がありまして…」
「…そうか」
リアの恰好はいつもの紺色の制服だったが問題は頭部だ。ハチマキを巻き、頭とハチマキの間に何本もの草を挟んでいる。明らかに怪しい恰好だ。
「それより、ジュリは今どこに」
「月面基地だそうです」
リアはフィアの関心が逸れて心の中でホッとしていた。流石に言えまい、リアが日課の隊長ウォッチングをしていたなど。
草むらの中でカメラ片手にハァハァ言ってたなんて…。
(通信さえ入らなければ隊長の寝顔を撮影できたのにぃぃ)
フィアの寝顔を
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「此度は私が信におくトロイヤード伯爵につく意思を固められたとの事。誠に欣喜にたえません」
「恐れ多き事でございます」
「誠心誠意、アセイラム姫殿下とトロイヤード伯爵に尽くさせて頂きます」
月面基地、謁見の間。そこにはマズゥールカとバルークルスの2人がアセイラムに扮したレムリナの前で跪いていた。
「1度は幽閉の身となりながらもヴァース帝国の未来のため、今一度立ち上がろうとしたマズゥールカ卿の意思に私も心打たれました。」
「恐れながらも姫殿下。姫も私と同様に同じ辛酸を味わったと聞いておりますが」
「左様なこともありました。地球人はその…粗野な者達ばかり」
辛い記憶を呼び起こすように暗い表情を見せるアセイラムを見てバルークルスはなにを言っていると言った非難の目でマズゥールカを見やるが彼はそれでも止まらない。
「親しくなられた者などは一人もおりませんでしたか?」
「親しくなど、まさか…。地球人の相手は全て侍女に任せていたので…」
アセイラムが言葉を発した瞬間、マズゥールカの表情は一変する。確信したのだ、彼女が偽者だと言う事に。
そして予定していたプランを実行に移すことを決めたのだった。
ーーーー
「ジュリさん!」
「ケルラ…よく頑張ったな」
ジュリの帰還に喜びケルラは目に涙を溜め込みながら彼女に抱きついた。ジュリも抱きしめ返しお互いの生存を喜ぶ。
「ジュリさん…私…。」
「どうした…」
何か言いたげの彼女の様子にジュリは思わず聞く。
「私はレムリナ様を護りたいんです」
「ケルラ…」
ヴァースの制度に苦しめられ光を浴びられなかった少女。その姿は親衛隊に入隊する前の自分たちの姿そのものだった。
でも彼女は光を得た、自分たちが隊長に拾われたように…。だがそれもレムリナは失おうとしている。そんな事実はケルラには耐えられなかった。
「でも、私たちはアセイラム姫殿下の親衛隊で…」
「気にするな…。隊長だって笑って応援してくれるさ」
ジュリはケルラの頭を撫でる。自分がいない間にしっかりと成長していた彼女に思わず笑みを浮かべた。
フィアも同じ行動をとるだろう。心に従いそれを貫き通す、それが我らが隊長の生き様、我らが憧れた背中。
「そう言えば…。ケルラ、隊長に会わせたいお方がいるんだ…」
「はい?」
ーーーー
「どうしてスレインが居ないのですか!?」
「スレインは現在、新たな作戦のために奔走しておりまして」
「それは前にも聞きました。こちらでは出来ないことなのですか?」
「大事な資料もあることかと…」
謁見を終えたレムリナは最近のスレインの行動に不満を抱いていた。それも当然だろう、彼の行動が自身に対して素っ気なくなっているのだから。
「なら、私が移ります。私が揚陸城に移ります!」
「姫様!?」
我慢の限界が来たのだろう、乗っていた車椅子を強引に動かしながら目の前に立つハークライトの横を抜け前進させる。
だが無理な操作をしたせいで車椅子が倒れてしまう。
「姫様!」
あわや地面に叩きつけらようとした瞬間。ジュリと分かれたケルラが飛び込みレムリナの下敷きになる。
「きゃあ!」
「うげ!」
「ケルラ…」
「大丈夫ですか!?」
慌ててレムリナを起こそうとするケルラを見やり彼女は大粒の涙を流す。
「いつに…なったら。ねぇ、いつになったら…」
「……」
そんな彼女の姿にケルラとハークライトはただ、黙ることしか出来なかった。
ーーーー
そして時間は少し経ち、揚陸城。
そこにはジュリの手引きで来訪したマズゥールカの姿があった。
「ジュリ!」
「隊長!」
帰還したジュリを見たフィアは彼女を力いっぱい抱きしめる。彼女の豊満な胸に埋まり大惨事になってしまったジュリが必死に脱出しようと試みるが彼女の腕は一行に動かない。
その様子を凄い目でリアが見ているのは最早お約束だろう。
「タイミングが良かったとはいえ、助けられて良かった」
「本当に感謝いたします。マズゥールカ卿」
先程の喜びようから一転、いつも通りになったフィアはマズゥールカとの会話を進める。
「いえ、地球側にも我々に協力してくれる方がいましたので、それほど苦労はしませんでした」
「地球側に協力者?」
「ええ…そう言えば、エルスート卿のお知り合いだとか…」
「私が?」
マズゥールカの言葉にフィアは考える。地球に知り合いなど居るはずがない。と言う事は相手が嘘をついていることになるがわざわざ噓など言うだろうか。
「それは一体……」
「界塚伊奈帆と言う少年ですよ…」
「……」
マズゥールカはその名を口にしそれを見守っていたジュリも固唾を呑んで彼女を見る。周りのネールやリアたちは誰だと疑問のを浮かべている。
「…なるほど、アイツか……」
その場に居る全員がフィアを見る。
彼女の表情はひどく穏やかなものだった。
トライデント基地攻防戦をきっかけに記憶の修復が行われていた彼女にとって足りないピースが1つあった。
それはとある人物の存在、地球で最も印象に残った少年の存在だった。
「伊奈帆…」
彼女は腰に吊した拳銃を優しく撫でる。
いつもの頭痛は無い、そこにあるのはどこかスッキリとした感情。今、彼女の失われた記憶のピースが復活した瞬間だった。
フィア、ついに復活!
アセイラム姫が庭園の時にフィアがその名を聞いていれば良かったのですがまさかの聞いていないという事件の後のマズゥールカ卿。
マズゥールカ卿って戦闘っていうより内政寄りのお方だったと今更ながら思いますね。
そしてケルラちゃんがついに決心!レムリナ姫大丈夫だよ、味方は居るよ!
さらにもうすぐ伊奈帆たちが宇宙に上がってきますよ!月面基地に来ますよ!その前に3馬…ではなく三騎士どもをやってしまいましょう!