アルドノア・ゼロ 忠義は主君と共にあり   作:砂岩改(やや復活)

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第五十五星 目覚め -Awakening-

 

 

 

「三十七家門の皆さんに私たちの掲げる新たな政策を告げます。地球に新たな領地と資源を得た私たちは、いつまでもヴァース本星に頼る必要はありません」

 

月面基地、謁見の間にてアセイラムに扮したレムリナは全周波に向けて放送を行っていた。

 

「子はいずれ育ち、母の加護を離れ自ら道を切り開くもの。私アセイラム・ヴァース・アリューシアは…」

 

ほぼ中破状態のシナンジュが帰投し整備班が右往左往する。

 

「くそっ…」

 

汗だくになったフィアは耳に着けていた無線でレムリナの放送を聞いていた。

 

「スレイン・ザーツバルム・トロイヤード伯爵を夫に迎え。この地球圏に新たなる王国を築くことを、ここに宣言します」

 

レムリナのその一言は疲弊していたフィアを再度動かすには十分だった。

 

「どう言う事だこれはぁ!!」

 

カタフラクトハンガーに響く怒号にその場に居たもの全てが彼女に注目する。フィアを迎えに行っていた親衛隊の連中は思わず息を飲むのだった。

 

ーーーー

 

その放送をデューカリオンで聞いていた伊奈帆は神妙な面持ちで画面に映っていた映像を見やる。

 

「無茶は駄目だよ…。フィア……」

 

伊奈帆は彼女が取るであろう行動に対し心配するが自身には何も出来ない、それが一番歯がゆかった。

 

ーーーー

 

「貴様!何をしたのか分かっているのかぁ!!」

 

スレインの執務室、そこに訪れたフィアは彼のえりを掴み上げ壁にぶつける。鬼神のような形相に流石に冷や汗をかくスレインだが決して眼を逸らさない。

 

「スレインさま!」

 

「ハークライト、これでいい!」

 

どうにかしようとしていたハークライトも親衛隊達に抑えられ藻掻くがスレインが止める。

相変わらず掴み上げているフィアのその表情はどんどん萎れていき明らかに悲しんでいた。

 

「スレイン!こんな事をしては駄目だ…。姫様が姫様じゃなくなってしまう!姫様と言う偶像にしてしまうことだぞ!」

 

アセイラムの生死など関係ない、ただの地位としての道具になってしまう。それは最も禁忌すべき事態だ。

レムリナもアセイラムもただの道具、政治の駒としてしか扱えない事になってしまう。

 

「……」

 

「答えてくれ!レムリナ姫のお気持ち、お前は知っていながら!」

 

「それでも"私"はこれを選びました。」

 

「スレイン…」

 

懇願するように言葉を発するフィアに対しスレインは対照的で冷たい声だった。

 

「姫様の望む世界を創る。それが私の願いであり、そのために多くの犠牲を産み出してきました」

 

揚陸城の兵士、ザーツバルム卿、顔も知らない多くの人達…。一度血で塗れた手はもう二度と清めることは出来ない、なら突き進むこれからも"どんな犠牲を得ようとも"。

 

「たとえどんな手段を使おうとも私はアセイラム姫の世界を創造する」

 

「それは…。自己破滅で得られるものなどなにもないぞ」

 

「……」

 

「自分すら新世界の生け贄か…。望まれていないのを知りながらこうも……」

 

「"僕"にはこうする意外、分からないのです」

 

「……」

 

スレインの言葉にフィアは一歩、力無く下がると手を離す。支えを失ったスレインはその場でへたり込む、流石にフィアの怒号は堪えたようだ。

フィアは乱れた自身の衣服を正すと部屋の扉の前に立つ。

 

「今は良い、だが姫様がお前と対立するなら…。私はお前と戦う……」

 

「隊長!」

 

一度も振り返らずそう言い放ったフィアはスレインの執務室を後にする。それを見てリア達も慌ててその部屋を後にするのだった。

 

「貴方はまだ姫様が目を覚まされるのを信じているんですね……」

 

「スレインさま…」

 

フィアが去った扉を眺めながらスレインが呟いた言葉にハークライトは同情の眼差しを向けるのだった。

 

ーー

 

「隊長…」

 

「……」

 

怒りではない、明らかに悲しんでいるフィアの姿に思わず言葉を失うリア、そんな時にエデルリッゾが廊下の先から走って来た。

 

「フィア!姫様が!姫様が!」

 

「どうした、エデルリッゾ!」

 

エデルリッゾの発した言葉にフィアは驚きを隠せずにいるのだった。

 

ーーーー

 

「現状の旗艦の働きに関しては充分に満足している。しばらくは各隊の支援として遊撃隊に勤めて欲しい。」

 

地球、地球連合軍のとある基地の会議室に呼ばれたデューカリオン艦長ダルザナ・マグバレッジとその護衛鞠戸孝一郎は上官であるエリース・ハッキネンと話していた。

 

「それに関して異存はありません。ただ、アセイラム姫の宣言に関してですが…。」

 

「地球圏に新王朝を築くというあれか…。」

 

「単に火星騎士を鼓舞するための大風呂敷、そう言う類だろう」

 

ハッキネンのうんさんくさい言葉に対してマグバレッジはあくまでも冷静に話を進める。

 

「そうかもしれません、ですが敵の攻撃が次の段階に入るという可能性も考慮に入れるべきです」

 

「こちらが黙って手をこまねいている。そう言いたいのか、君は?」

 

「いえ、そのようなつもりは」

 

ハッキネンの若干威圧が入っている言葉に対してもマグバレッジは動じないむしろ言いたいことが伝わらず少し不満げだ。

 

「新たな作戦に関しては主要な部隊と調整を行っているところだ。その後に追って君たちにも連絡が届く」

 

「遊撃隊という立場に不満を抱いているのかもしれないが…。敵の力で動いている船をどこまで信用できるか、有り体に言えばそう言うことだ」

 

これ以上は言う事はないといったハッキネンの口ぶりにそれ以上は無理だと判断したマグバレッジは会議室を後にする。

エレベーターを使いデューカリオンへと向かうマグバレッジは後ろで待機していた鞠戸に話しかける。

 

「よく声を上げずに黙っていられましたね」

 

「護衛として来ているだけですからね。流石にそこまで世間知らずじゃない」

 

マグバレッジの皮肉とも取れない言いように鞠戸は静かに答える。

 

「彼らは、なにも分かっていません」

 

「向こうに見る目が無いだけでしょう。やれるだけのことはやっている」

 

「いえ、現在のデューカリオンの扱いに関しては不満を言いたいわけではありません」

 

そう、それが言いたいわけではないのだ。マグバレッジの言葉に鞠戸は理解できずに直立不動の背中を見る。

 

「ただ、舐めている」

 

「我々を?」

 

「火星を…」

 

その言葉に鞠戸は思わず息を飲む。その言葉で自身も失念していた事を思い出す。

圧倒的なテクノロジーを持つ火星のカタフラクトは1機だけで地球軍の大部隊に匹敵する戦力を保有している。それにまだ地球に降りてきていない軌道騎士は沢山いるのだ。

 

「戦況が好転しているからと言って、いたずらに事態を読み誤ったりしないか…それが恐ろしい」

 

そう言った時、タイミング良くエレベーターは目的地にたどり着くのだった。

 

ーーーー

 

月面基地、アセイラム姫が眠るアイソレーションタンクの前にはフィアとスレインが立っていた。

事態が事態なため同じ場にいるが先程の件も相まって二人とも気まずそうだった。

 

「治療液を抜いてアセイラム姫を僕の城に運びます。この事は内密に、もちろんレムリナ姫にも」

 

「でもなぜ…」

 

「なぜでもだ!」

 

「ひっ!」

 

「……」

 

突然のスレインの怒声にエデルリッゾは驚き隣に立っていたフィアにしがみつき、影に隠れる。

明らかに余裕がないスレインの言動にフィアは悲しい顔をする。

親しくなった間柄だ、こうやって追い詰められているのをみるのは悲しい。

 

「すいません、怯えさせるつもりは…。すいません…」

 

怯えるエデルリッゾに気づき謝るスレインはとても小さな存在に見えた。

 

ーーーー

 

「面会謝絶!?」

 

月面基地、展望室。

実質レムリナの部屋と化している空間に彼女の声が響き渡った。

 

「そこまで悪いのですか、お姉様の状態が…?」

 

「ここまで、良く持ちこたえたと言うべきかもしれません」

 

「今日明日と言う事になるのでしょうか…」

 

スレインの言葉に対して大きな衝撃を受けるレムリナは動揺する。憎いと目障りだと思っていた存在の危機にどうしてこんなに悲しいのだろう。

 

「それはまだ分からないそうです。あるいはこのままの状態で長引く可能性も」

 

「お気持ちお察しいたします。複雑なお気持ちもお有りでしょう。やはり唯一血を分けた御姉妹」

 

「本当に悲しいのは貴方でしょう、スレイン」

 

「……失礼します」

 

自身もショックを受けていると言うのに心配されていることに心に残っている僅かな良心が痛む。

その痛みから逃れようとその場を後にしようとするがレムリナが袖を引っ張り背中に頭を添える。

 

「許します、スレイン。今日は私の前で涙を見せても、あの人のために泣いてあげても…。もう私は、貴方のものだから」

 

レムリナの言葉にスレインはその顔に大きく動揺するのだった。

 

「……」

 

その二人の様子を見ていたレムリナの護衛を仰せつかっていたケルラは黙って見守るのだった。

 

ーーーー

 

月面基地、皇室専用の浴場。

 

「貴方に憧れていた、自分にないものを全て持っていて。だから憎かった、でも心配しないでお姉様」

 

一人で呟く言葉は広い浴場に虚しく響き渡る。

 

「これからは本当に私が貴方の代わり、これからは私がスレインの支えになるの……どうして」

 

空っぽの気力で強がるレムリナの視界は歪み、大粒の涙を流していた。

 

(こんなのおかしい、絶対におかしい……)

 

レムリナの嗚咽を聞きながらケルラは手を握りしめる。

なぜ彼女がここまで悲しまなければならないのだ、彼女はただ心の支えが欲しいだけなのに…。

 

疑問は決意に、決意は覚悟に変わる。フィア達のことは尊敬している、未熟だった自分をここまで育ててくれた。

 

《自分が後悔することはするな、やるだけやってみろ》

 

昔、フィアに言われた言葉だ。

 

(隊長、私は私なりに後悔しない道を進んでみます)

 

ここで一人の騎士が動き出す、誰かのためではなく自身の心のために…。

 

ーーーー

 

スレインの保有する事となった揚陸城の一室では回復の兆候を見せたアセイラムがベッドで眠っていた。

 

「……」

 

その横ではフィアが静かに執務を執り行っている、揚陸城に移ってからはレムリナの護衛を親衛隊に任せアセイラムの側を離れていなかった。

 

「姫様にお変わりは?」

 

「はい、しばらくはこの状態が続くのではないかと」

 

「いくらでも待ちます。待つことには馴れています」

 

エデルリッゾはアセイラムの様子を見に来ていたスレインと話をする。

相変わらずフィアとスレインの会話がない、と言うよりスレインが彼女を避けていると言った方が正しいのかもしれない。

 

「さぞや驚かれるでしょうね。お目覚めになられたら何もかもが変わっていて」

 

「僕も、変わって見えるでしょうか」

 

「今は目覚められることを祈るしかない」

 

二人の会話に入ってきたフィアはアセイラムの顔を覗く。悲しみに満ちた彼女の表情はスレインの心を締め付ける。

 

「また来ます…」

 

「フィア…」

 

そう言ってスレインがその場を去ろうとした瞬間、小さな声が部屋に微かに響いた。

 

「「「姫様!!」」」

 

「わ…た……し………」

 

「姫様…」

 

微かだが目を開け言葉を発している。夢までに見た光景にフィアの眼から涙が溢れる。

喜び、驚き、無念等の様々な感情が溢れ出し感情が制御できなくなる。

 

「ずっとお待ちしておりました…」

 

 

 





どうも砂岩でございます!
今回は火星サイドを中心にアセイラム姫の目覚めまで一気に駆けました。地球サイドの細かいところは次回やります。
何度見てもレムリナ姫が不憫でならない(;´д⊂)
可哀想すぎる、そして健気すぎる…。頭がニンニクって言った奴はシナンジュでミンチな。

そして悲しみが止まらないフィアでありました。同じくらいアセイラム姫を敬愛する者同士、変わっていくスレインは彼女にとってとても悲しいんでしょうね…。

では最後まで読んで頂きありがとうございます!


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