アルドノア・ゼロ 忠義は主君と共にあり 作:砂岩改(やや復活)
アデン基地、地下牢。
剥き出しの電球に錆び付いた鉄格子、決して衛生的とは言えない空間はまさしくっと言った感じであった。
「気分はいかがですか?」
収監されているのは二人、親衛隊員のジュリと伯爵のマズゥールカだ。伊奈帆はジュリを一瞥しながらまず初対面のマズゥールカに話しかけた。
ベッドに寝転がっていたマズゥールカは閉じていた目をゆっくりと開け伊奈帆を見やる。
「あまり良くないようですね、身体検査を受けたと聞きました」
「まさか、ここまで原始的な調べ方だとは思わなかったよ…」
「奥歯に仕込まれた毒を使われては困りますから…」
「時代錯誤な…」
「そのようなお国柄と伺っています…」
マズゥールカの隣に収監されたジュリは無言を貫き通し目もくれない。
対するマズゥールカは当然ながら冷淡な話し方で言外で馴れ合うつもりはないと示している。
(さぁ、どう出る?界塚伊奈帆とやら)
ジュリの話から目の前の男に対していささかの興味は湧いているがやはり自身の目で確かめなければならない。
「地球人からすれば、ヴァースの封建制度など時代遅れも甚だしいだろう…」
「問題があるなら自分たちで変えれば良い…」
「満ち足りた地に生まれた者らしい考え方だな…」
「少なくとも彼女は変えようと行動していました…」
伊奈帆が割り込むように話した内容にマズゥールカは思わず息を飲む。
まだだ、こちらは整然とした態度で臨まなければならない。
「彼女?」
「貴方もよくご存じでしょう?フィア・エルスート、僕の戦友です」
「戦友?ヴァース帝国の餓狼と呼ばれた彼女が?笑わせる」
「一つ質問をよろしいでしょうか?」
バカバカしいと言わんばかりのマズゥールカの態度に伊奈帆は一切動じず話を続ける。
そんな様子にマズゥールカは心を見通されているのではないかと錯覚してしまう。
「私が国を売るほど安い男だと?」
「見えませんね、聞こえもしません…。なおさら好都合です」
ヴァース帝国の指針に消極的ではあるが忠誠心は本物だ。それだけは胸を張って言える。
心から発した言葉に対し伊奈帆は嬉しそうに放った言葉にマズゥールカは疑問を持たざる得なかった。
「恐らくですが僕のことは隣の彼女から聞かれていると思われます」
「…」
「ですのでお二人にお聞きします…貴方たちはアセイラム姫にフィアに忠誠を誓っていますか?」
ーーーー
「僕の予想ではアセイラム姫は身動きが取れない状態で、フィアにも何かしら支障が出ているのではないのかい?」
そう言うと伊奈帆が見たのは冷や汗を流しているジュリだった。
自身…いやそのほとんどが知り得ないものを彼女が持っている…その事を悟っていたマズゥールカは見えはしないが彼女のことを見つめていた。
「確かに姫様は身動きの取れない状態にある…」
様々な葛藤があった。
だがジュリは話した、自身が最も慕う隊長が恐らく心から信頼したこの地球人を…。
彼なら苦しんでいる隊長を救ってくれるかもしれない。
対する伊奈帆もジュリが話し始めたことで息を飲む。真実が分かる。
彼女が本当に記憶障害なのか、それとも自らの意思で殺しに来たのか…。
「隊長も記憶をお失いになり、そのせいで激しい頭痛に悩まされていた…」
「やっぱり…記憶障害なのか……」
心の底で一息ついた伊奈帆は安堵しつつもジュリの話を聞き逃さないように気を張る。
「アセイラム姫はどんな感じだった?」
「姫様は重傷の身で…今だに目を覚まされてはいない…」
「ではこれまでのアセイラム姫は偽物?そんなバカな…」
ジュリの言葉に驚いたのはマズゥールカだ。当然だろう、今まで従っていたのが偽物などとんでもない侮辱だ。
「隊長は悔やみ続け、我々にはどうすることも出来ず見ていることしか出来ないのが辛くて…」
「なぜ重傷の身に…」
泣き崩れそうなジュリに対し独り言のように呟いたマズゥールカの問いに伊奈帆が答えた。
「全ての発端はアセイラム姫暗殺でした…彼女には最後まで話していなかったのでここでお話ししましょう」
前回、伊奈帆が話したのは共闘し襲いかかるヴァース帝国のカタフラクトを撃退したと言うくだりだけだ。
信じて貰うには全てを話さなくてはならない。
ーーーー
アデン基地、食堂。
「あ~ん」
ライエの横で美味しそうにカレーライスを頬張るニーナ。
それに対して隣にいたライエは目の前に置かれた料理に手をつけずに沈黙を保っていた。
「ライエちゃん、食べないの?」
「少しでも食べないと出撃の時持たないよ」
「食欲無くて…」
「食べないダイエットは胸から落ちるよ」
「したことないわよ、ダイエットなんて」
「「ええぇ!」」
ライエのまさかの声に2人は周りの目をはばからず声を荒げた。
「ライエちゃん、ダイエットしたことないのぉ!」
「はぁぁぁ!」
「すごぉい!どうやってスタイル維持してるのぉ?」
落胆する韻子、感心するニーナ。
二者二様の反応をする二人に対しライエは相変わらずの無反応だ。
「私にも教えてくれますか?」
「不見咲副長…」
「お食事ですか?」
「寄港した時ぐらい外で食べたいと思いまして」
その騒ぎに気づきやって来たのはデューカリオンの副長、不見咲だった。
「そう言えば、伊奈帆を見ませんでしたか?食事に誘おうと思ってたら見つからなくて…。」
「界塚少尉なら火星兵士の尋問を行っているはずです」
「伊奈帆がですか?」
韻子は思わず疑問を口にする。
地球に降りる前は面会していたとは言え今度は尋問を任されるとは…。
「先、戻ってる」
「ライエ…」
不見咲の言葉に顔色を変えたライエは急に立ち上がるとその場を離れる。
突然の行動に見ていた全員が唖然とする中、ライエはその場を離れるのだった。
ーーーー
「あり得ない!ザーツバルム卿は姫様と隊長を救った英雄だぞ!」
「しかし今までの彼の言動から嘘をつくようなものでもないでしょう」
「マズゥールカ卿…。」
反対の意を示したのはジュリだった。
今まで信じてきた者がひっくり返ろうとしているのだ、無理もないだろう。
それに対しマズゥールカは冷静で伊奈帆の顔を伺っている。
「あいつは英雄なんかじゃない。アイツはアセイラム姫の暗殺計画の首謀者」
「ライエさん…」
そこにやって来たのは伊奈帆の動きを知ったライエだった。
「誰だお前…」
「あいつ等は父を騙して利用するだけ利用して虫けらみたいに殺した」
ジュリの言葉を無視して話すライエの言葉には怒りがにじみ段々と口調が荒くなっていく。
「お前、ヴァースの生まれなのか…」
話を聞いていたマズゥールカは静かに言葉を発するとライエの表情は更に険しくなる。
「そうか…どのみちお前の父親は遅かれ早かれ死んでいた。逆賊としてつるし上げられなかっただけでもマシだ」
「どう言う意味!父は殺されて当然だったというの!?」
「ライエさん、もう行こう…」
「離して!」
今にも殺しそうなライエの様子に伊奈帆は手を引くが彼女は納得できるわけもなく大声でわめく。
「全部、全部無駄だったの!?答えなさいよ!」
「行くよ…」
「ねぇ!!」
伊奈帆は無理矢理ライエを引っ張り外へと連れて行く。
その間にもライエは身をよじり大声で叫び続ける。
「離してよ!」
独房から出る為の階段を上りきった所でライエは手を振りほどくと急に静かになった。
「バカだと思ってるでしょう?いつまでも過去を引きずって、いつまでも捕らわれて…。そうよ、私だって同じ」
真底嫌いな、父を殺した奴らと同じ。
「誰かのせいにして恨んで妬んで!なのに恨みきれないクセに戦う事しか出来ないバカな火星人」
殺したくて殺したくて仕方がないのに、彼女の影が自身を迷わせる。
いい奴も居るんじゃないか?そこまで戦わなくてもいいんじゃないのか?と迷う自分がいる。
「君は違う…」
「違わない!」
「違う…」
「違わない!火星人なんて大っ嫌い!」
大粒の涙を流し立ち尽くすライエ、それを見ることしか出来ない伊奈帆。
「私は私が大っ嫌い…」
隠されてきた感情が噴出し抱え込んでいた言葉が口から溢れてくる。
そんな彼女を見て伊奈帆は何も発することが出来なかった。
ーーーー
その頃、月面基地。
「答えて見ろよぉ!」
そこではマリーンがスレインの額に銃口を向け引き金に指をかけていた。
まさかの事態にハークライトも唖然し親衛隊の面子も銃を取り出しまさかの事態に備える。
「聞かせて貰おうか?ザーツバルム卿の事をな!!」
鬼気迫るマリーンの姿にスレインは黙り込み向けられた拳銃を見つめるのだった。
今回は予告通りマズゥールカ卿とのお話でした。
このシーンはやっぱりしんみりしてしまいますね。ライエの珍しいシーンなので好きなのですが見てると悲しくなってきます。
アニメとは違いジュリのおかげで詳しい事情が明らかに。
そしてライエちゃんの事情を知って黙っちゃうジュリは良い子。そろそろ物語をガッツリ動かしていきたいです。
では最後まで読んで頂きありがとうございました!!