アルドノア・ゼロ 忠義は主君と共にあり   作:砂岩改(やや復活)

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第四十七星 終焉への始まり ―final to beginning―

 

月面基地に設置された謁見の間にはスレイン・トロイヤードの姿があった。彼の後ろには今は亡きザーツバルム卿の遺影が大きく映し出されていた。

 

「私はこの日、二人目の父を失った…共にヴァース帝国の繁栄に尽くした偉大な人物だった」

 

「ザーツバルム卿…」

 

「……」

 

月面基地の留守を任されていたマリーンはショックのあまり寝込んでしまい一言で言えば最悪の状態だ。そんな彼女の傍らにはフィアの姿があった。

彼女の主君は目覚めぬ身、気持ちは痛いほど分かったかるだ。

 

「私は今ここに、父たちの意志を継ぎ…ヴァース帝国の更なる隆興のため戦う事を決意する」

 

ザーツバルム家は養子であるスレイン・トロイヤードではなくスレイン・ザーツバルム・トロイヤード伯爵が継ぐこととなった。

 

「ヴァース軌道騎士の諸侯よ、今はお互いに争っている時ではない…崇高なるヴァース帝国の騎士として手を取り合い地球の反抗勢力を殲滅しようではないか!」

 

それと同時にスレインに月面基地の所有権とアセイラム姫に関する全権が移動しフィアたち親衛隊もトロイヤード伯爵の配下として位置付けられた。

 

ーーーー

 

「アセイラム・ヴァース・アリューシア姫殿下の名の下に、我らヴァース帝国に歯向かう地球」

 

「隊長…」

 

その様子をデューカリオンの独房で聞いていたジュリは敬愛するフィアを心配するのだった。

 

「アセイラム姫殿下は月面基地にて時を待っておられる!」

 

「やっぱり、生きているんだ…」

 

デューカリオンの食堂でスレインの演説を聞いていた伊奈帆は静かに呟く。確信が真実へと変わった瞬間、少し…ほんの少しだけ伊奈帆の顔が険しくなる。それは幼馴染みの韻子たちにも分からない僅かな物だった。

 

ーーーー

 

「ん…」

 

「気が付いたか…」

 

目を覚ましたマリーンはフィアをしっかり見つめるとゆっくり体を起こす。

 

「あぁ、最悪な気分だ…お前も、こんな気持ちだったんだな」

 

「あぁ、だが私はまだ希望がある」

 

死んだわけではない、目を覚まさないだけだ。1年半も待ち続けている。それは死と変わらないのではないか、そんな言葉をマリーンは飲み込む。

 

「まさか、スレインがザーツバルム卿を継ぐとはな…私は子爵としての家柄かあるから無理だったが…」

 

「そうだな…」

 

マリーンの言葉に思い起こされるのはスレインの狂った笑顔。何も守れない…力を手にしても何も出来なかった。主君を救うことさえも尊敬してくれた後輩を見守るのこさえも。

フィアは無意識に腰に吊した拳銃を触る。記憶にはないが伊奈帆のくれたこの銃は彼女にとって御守り以上の物だ。

 

「私は失礼する…」

 

マリーンが目を覚ました以上、フィアがここに居る必要も無い。それに一人になりたいだろうから…。

静かに去っていたフィアを見届けたマリーンは一拍おいて視界が滲むのを感じた。頬を伝わり手の甲に落ちる雫を彼女は理解できなかった。

 

「何故先に行かれたのですか…ザーツバルム卿」

 

覚悟はしていた、泣かない自身はあった。だが今流れる物はなに?幼い頃から自身を極限まで律してきたマリーンは涙など流したことはなかった。否、流さなかった。

 

「うぅ…」

 

今日、マリーン・クウェルは人生で初めて涙を流したのだった。

 

ーーーー

 

「では捕虜は我々が移送すると…」

 

「そうだ、君たちに向かって貰うアデン港の基地にて捕虜を受け渡し、本部に移送する」

 

デューカリオン、ブリッジでは艦長であるマグバレッジと本部のハッキネン大佐が話をしていた。

子供とはいえ相手はアセイラム姫直属の親衛隊、その価値は計り知れない。

 

「くれぐれも自決などと言う結果にならんようにな」

 

「分かっております…」

 

指示を終えたハッキネンは通信を切る。真っ暗になった画面を見続けるマグバレッジは独房にいるであろう少年のことを考えていた。

 

ーー

 

デューカリオンの仮設独房、親衛隊の一人であるジュリが収監されている部屋に訪れたのは地球軍のエース、界塚伊奈帆だった。

 

「やあ…」

 

「……」

 

伊奈帆の声が虚しく響くが彼は気にせずに言葉を続ける。先程の不見咲による軽い尋問にも黙り込んでいたジュリは伊奈帆を睨みつけていたがある部分に注目した。

 

「これが気になる?」

 

伊奈帆はそれに気づき腰に吊してあった銀色の拳銃を見せ付けるように体を動かす。

 

「これは僕の戦友が貸してくれたものなんだ、でも僕はまだ返せずにいる…」

 

「……」

 

「名前はフィア、フィア・エルスート」

 

「ッ!!」

 

自身の敬愛する者の名前を知らないはずの地球人から発せられジュリは思わず動揺した。それは端から見ても明らかだった。

 

「何故その名前を…」

 

「やっと話したね…」

 

「ッ!」

 

思わず口にしてしまったのに気づき慌てて口を閉ざすがジュリの疑問は尽きない。まるで隊長を知っているような口ぶりに動揺を抑えられなかった。

ヴァース帝国への忠義を忘れてジュリは質問を続けた。

 

「なぜ隊長の名を!隊長の名はごく一部しか知らぬはず!!」

 

「話の始まりは二年前、セラムさ…アセイラム姫が暗殺されたことから始まった…」

 

ーー

 

「そんな事が…」

 

伊奈帆の話に思わず聞き惚れていたジュリは素直な感想を漏らした。実に現実味に溢れた話だった、自身が知る隊長と全くずれない行動だ。

 

「………」

 

「もうすぐこの船は地球に降りる…それまでゆっくり考えて…」

 

「……」

 

伊奈帆はそう言うと静かにその場を立ち去る。それを見届けたジュリは思案する。界塚伊奈帆と名乗る人物が行った質問はただ一つ。"フィアとアセイラム姫の置かれている状況が知りたい"明らかに個人的な質問。

 

「奴の話は本当に隊長のことを思っていた…」

 

話の中で隊長であるフィアの名は多く出てきた。だがそのたびに彼はどことなく苦しそうな顔をする。

 

「気のせいか、あるいは…」

 

奴の話が本当か…。今は亡きザーツバルム卿が暗殺の犯人であるというのはどうでもいい。姫様には希望が残り隊長はご健在なのだから。だからこそ警戒する、暗殺者を受け継いだスレイン・トロイヤードを…。

 

ーーーー

 

デューカリオンカタフラクトハンガー、そこには鹵獲されたベルガ・ギロスが固定され解体されていた。

 

「これはすげぇな…」

 

次々と上がってくる報告を見てカームは感嘆の声を漏らす。基本設計は地球のカタフラクトと同じだが何より注目すべきはこの関節部だろう。

 

「強固かつ柔軟に動かせるようにすげぇ工夫が施されてる、それに整備も完璧に仕上げてるなぁ」

 

相手の整備主任の腕を認めざるを得ないこの出来に尊敬すら覚える。

 

「フィアの機体もこいつが仕上げてるんだろうな…」

 

ーーーー

 

「クショイ!」

 

「機付き長、どうしました?」

 

「なんか褒められた気がする!」

 

「はいはい…」

 

「流さないで~」

 

シナンジュの機付き長であるフェイン・クラウスはマニピュレータの交換作業中に大きなくしゃみをするが誰も気にとめてくれない。これが人望か、なんてバカな考えを抱きつつ作業を進める。

 

「たった2戦でこんなにやられるなんて…相手も必死だねぇ」

 

手元にあったドリンクを飲みつつ並ぶベルガ・ギロスの列を見やる。機体の間に開くスペースはやけに広く感じるのは自分だけではないだろう。

 

「馴れないよねぇ、こう言うのはさ…」

 

フェインは手元のドリンクを掲げて献杯する。自身の悔やみも悲しみも全てが押し殺して再びドリンクを飲む。そんなフェインの行動を見て他の者達もそれに習い献杯するのだった。

 

ーーーー

 

月面基地の廊下をフィアはゆっくりと歩いていた。やけに長く、静かに感じる廊下の向こう側から伯爵服を纏ったスレインが一人で歩いてきた。

 

「スレイン…いや、トロイヤード伯爵」

 

「……」

 

やけに冷たくなった彼の視線に悲しさを感じながらもフィアはスレインと向かい合いお互いは止まらずにすれ違う。

 

「……」

 

「はい…」

 

スレインはその鉄仮面をほんの少しだけ崩すと静かに、誰にも聞かれないであろう声で返事をする。そんな様子をフィアは少し微笑んで立ち去るのだった。

 

(辛かったら、いつでも来い…)

 

なにも変わらない、いつだって優しい彼女にスレインは思わず声を張り上げたくなるが必死に抑える。

フィアはあの時のスレインの姿が頭から離れなかった、だからこそ彼を助けなければと思った。

人を、ましては心を支える方法なんて彼女は知らない。だからこそ彼女はその言葉を残した。

 

自分を救った主君がそうしてくれたように…。

 

 

 




どうも砂岩でございます!
地球軍に掴まったジュリがどのような影響をもたらすのか?フィア含め親衛隊がどう動くのか?伊奈帆はフィアと会えるのか?
大きなターニングポイントを終えてついに物語は最終章へ…。
個人的にはフィアとスレインの絡みをもう少ししていきたいですね。伊奈帆含めスレインも大好きなキャラなので。
では最後まで読んでいただきありがとうございました!


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