無限書庫から帰ってきて、翌日。
ヴィヴィオはなのはに頼んで、対アインハルト戦を想定して特訓を開始。
それとは別に、剣士郎は地上本部の医療区画に居た。悟から受けた傷は、はやてがその場で魔法で治療したが、念のために検査入院したのだ。
そして、担当したのはシャマルだった。
「……うん、問題無いわね。お疲れ様、剣士郎くん」
「ありがとうございます、先生」
一通りの検査が終わって、何ら異常が無いことを確認したシャマルは、剣士郎が入っていた検査ポッドの蓋を解放した。
剣士郎は検査ポッドから出て、シャマルに感謝の言葉を言ってから、部屋から出た。すると、待っていたらしいディエチが来て
「どうだった、剣士郎くん?」
と問い掛けた。
「問題ありませんでした。という訳で、予定通り今日で退院します」
「ん、分かった」
軽く報告してから、剣士郎は自分の病室に向かって私服に着替え、ディエチと一緒に地上本部から出た。
「……それで、彼は……」
「うん……雪代くんは今は、地上本部の独房で大人しくしてるって……少ししたら、海上隔離施設に移動するって……」
剣士郎の質問の意図を察して、ディエチはそう教えた。それを聞いた剣士郎は、神妙な表情を浮かべた。
無理もないだろう。ご先祖が愛した女性の弟の子孫なのだ。感じ入るものがある筈だ。
そして、通りに出た時
「おーい、緋村!」
「あ、四乃森さん」
一台の車が止まっていて、その車体に背中を預ける形で四乃森紫埜が居た。
「あれ、柴埜さん……なんで、ここに……?」
「偶々、地上本部に来る用事があってね? 継いでだから、待ってた」
「旅館は大丈夫なんですか? 女将が居なくて」
柴埜の言葉に、剣士郎が渋面を浮かべていると
「大丈夫大丈夫! 短時間なら、問題無いよ!」
と笑った。
剣士郎がため息を吐いてると、柴埜が
「それより、ケガしたって聞いたけど大丈夫なのかな?」
と問い掛けた。それを聞いて、ディエチが
「ケガは問題ないです……今回は、こちらの対応が遅かった為にケガをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
と頭を下げた。どうやら、管理局員として謝罪したらしい。それを聞いて、柴埜は
「あー……今回は仕方ないさ……過去の因縁ってのは、どうしたってやってくるものだからね……私の家もだけど、緋村もよく知ってるから」
と告げた。
剣士郎もだが、四乃森家も過去の因縁により度々襲撃を受けてきており、どう頑張っても過去の因縁は自分達で解決するしかないと熟知しているのだ。
「それでも……こちらがきちんと警備していれば、未然に防げたかもしれないのに……」
「気にしすぎだよ、ディエチさん……復讐ってのは、どうやったって止められないんだ……緋村が死ななかっただけ、まだマシなんだ」
ディエチが尚も謝罪したが、それを柴埜は許した。
更に言ってしまえば、管理局程大きな組織になれば、対大組織には向いているが、相手が個人。または、少数人数相手にはフットワークの軽さも含め、後手に回らざるをえないのだ。
しかも今回は、クロエという非常に優秀な魔法使いが居た為に気付くのが遅れたのも大きな要因に挙げられる。
それらを考えると、剣士郎が命を失わなかったのはかなり幸運だろう。
「とりあえず、緋村は目的の本は見つかった?」
「ええ……思わぬ副産物も見つけましたが……」
柴埜からの問い掛けに、剣士郎は頷きながら返答した。確かに、ご先祖の手記だけでなく、愛した女性の手記も見つけたのは予想していなかった。
「さてさて、それじゃあ帰るけど……ディエチさんも乗っていく?」
「え、いいんですか?」
実はディエチだが、地上本部に来る要件があったギンガの運転する車に乗ってきいた為に、帰りはバスかタクシーかな、と考えていたのだ。
「大丈夫大丈夫! 知り合いを歩いて帰らせるのも、気が引けるしね」
柴埜が朗らかに言うと、ディエチは少し考えてから
「……ご迷惑でなければ、お願いしてもいいですか?」
「OK、任せて!」
ディエチのお願いに、柴埜は親指を立てた。
そして柴埜は車のドアを開けて、先にディエチと剣士郎を後ろに座らせた。助手席には、何やら大きな袋が置いてある。
恐らく、それが地上本部に来る理由だったのだろう。
「それじゃあ、先に葵屋に寄らせてね」
柴埜はそう言って、車を進ませた。地上本部前から出発した車は、安全運転でミッドチルダの市街区から離れて北部郊外に向かう。
八神家のある南部は海辺に対し、北部は山と湖が特徴の静かな場所になる。
森林の間に作られた道路を走っていくと、先に目的の建物が見えてきた。歴史を感じる木造の大きな建物だ。
実はJS&R事件の時には、臨時の避難所として解放されており、並大抵の攻撃ではビクともしない結界が展開されていたらしい。
話を戻し、ミッドチルダでは非常に珍しい木造建築に、ディエチは目を奪われた。荘厳さすら感じる建物は、静かに佇んでおり、森の中という状況もあって神秘さすらあった。
車は正面に停まり
「ちょっと、待っててね。この荷物を渡してくるから」
柴埜はそう言って、助手席の荷物を持って建物に向かった。ディエチがそれを見送ると、剣士郎が
「ここが葵屋です……一階に食事処と温泉があって、二階と三階が宿泊の部屋です」
と説明を始めた。剣士郎は主に陶器を収入源にしているが、時々葵屋で厨房に立つこともあるのだ。
「食事処と温泉は、宿泊客以外も利用が可能で、週末になると凄い賑わいなんですよ」
「そうなんだ……」
確かに、来たくなるのも分かる。首都圏の騒がしさとは一転し、非常に静かな為に静かに過ごすのに向いているだろう。
初めて見た葵屋に、ディエチは
(一回、お客として来てみたい)
と思った。すると、柴埜が戻ってきて
「お待たせ! それじゃあ、先に緋村を送ってからディエチちゃんを送るね」
「ありがとうございます」
「お願いします」
柴埜の言葉に、剣士郎とディエチがそれぞれ言うと、車は再び動き出し、剣士郎を家に送り、最後に寄ったナカジマ家でディエチが降りると
「それじゃあ、また今度。それと、今後も緋村をよろしくね! じゃあ、またね!」
と柴埜は言って、去っていった。
ディエチはそれを見送ってから、家に入ったのだった。