剣士郎が先祖の手記を置くと、最後にコロナがゆっくりと本を開き
「……これは、私……雪代綾の一人の剣士……人斬り抜刀斎に関する手記になります」
ゆっくりと語り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私、雪代綾は人斬り抜刀斎に殺された婚約者の復讐の為に内通者と連絡を取り、次に人斬り抜刀斎が任務で向かうという場所に向かった。
寒い日だったために、体を温める目的で飲んだお酒が原因で、人斬り抜刀斎に会った直後に酔い潰れてしまったのは予想外でしたが……。
しかし、人斬り抜刀斎に回収されて、人斬り抜刀斎。緋村剣次の隠れ家に運ばれたのは幸運でした。
最初は隙有らば寝首でも掻こうと考えてましたが、彼は寝ていても殺気等に敏感に反応し、近くに置いてある刀に手を伸ばして反撃してくる。
死線を潜り抜けてきただけあり、凄まじい反応に私は驚きながらも情報収集に努めることにした。
彼は基本的に単独で戦うことが多く、任務内容は暗殺から撤退支援と多岐に渡るらしい。そして、彼の力量は本物らしい。その殆どの任務で、彼は手傷を負うことなく帰還した。私は長期になるのを覚悟し、確実に復讐の時を待つことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから少し間が空いてしまったが、また記すことにする。あれからだが、色々と変化が起きた。
まず、戦況が各地で変わった。特に私たちが居た地域では、聖王家側か不利に変わり、私たちは身を隠すことにした。夫婦という形を取って。
最も大きい変化は、私にあった。私は、人斬り抜刀斎……剣次さんに、復讐する気が無くなった処か、憎しみが無くなり、気付けば愛していた。
その最たる理由が、剣次さんもこの戦争の被害者だと分かってしまったからだ。
情報収集していくうちに、剣次さんが元々孤児で剣の師匠から剣の手解きを受けた後に、聖王家側にある姫の護衛として雇われたと知った。
そして、ある日。私は料理を失敗して、塩気が濃い料理を出してしまったのだが、彼は何の反応もなく食べていた。そこから、剣次さんが味覚に異常が有ることを知り、更にはある日の夜に剣次さんが魘されていることに気付いた。
起こしてみたら、剣次さんは泣きそうな表情で荒く呼吸をしながら私に抱き着いてきた。最初は驚いたが、引き離すことはしなかった。いや、出来なかった。剣次さんが震えていたからだ。
あれ程の強者たる剣次さんが、何に震えているのか気になった私は愚かにも聞いてしまった。
剣次さんは夢で、兵士に数人の女性が殺される場面を見るそうだ。恐らく、その女性達は剣次さんの家族で、兵士というのは脱走兵か何かだろう。聞いた兵士の部隊から、今の反聖王連合側の兵士の装いと一致する。
今の反聖王連合は、昔から聖王家側とは小競り合いが続いていて、特に国境付近では脱走兵による盗賊化が深刻だと聞く。
つまり剣次さんは、戦災孤児で、反聖王連合の被害者。それも、子供の頃に家族を失ってしまい、生きるには剣に頼るしかなくなってしまった。
家族のことを詳しく覚えてないのは、殺されたショックで記憶に障害が起きてしまったのか、もしくは本当に小さい頃だからか……。
その事実に私は衝撃を受けた。
家族を失い、恐らくは愛をろくに知らない剣次さん。その原因が、反聖王連合に有る……。私には、もうどうしていいか分からなくなってしまった。
そして、改めて剣次さんを観察してみた。
普段は無愛想だが、私達が身を寄せている村の手伝いは積極的にこなし、困っている人が居たら手を貸している。私にも、買い物で買った物を積極的に持ってくれる。
不器用だけど、優しいことに気付いた。
不器用で優しく、無愛想だけど私を大事にしてくれている。それが分かると、私は充足感を得られていることに気付いた。
私を間諜としか扱わない反聖王連合には、はっきり言って良い思いはしていなかった。
しかし剣次さんは、私を一人の女として扱ってくれている。
そう分かったら、意識するまでに時間は掛からなかった。最初は偽りの夫婦を演じていたが、まるで本物の夫婦のように過ごしていた。
そんな時、反聖王連合から接触があった。剣次さんを殺すために、協力せよ、と。
この指示が来た時、私の心は決まっていた。
剣次さんを生かす為に、特務部隊の隊長をこの手で葬る。
十中八九、私は死ぬだろう。
念のために、手紙も記しておきますが、もし手紙かこの日記が見つかった時、私は生きてはいないでしょう。
ですが、生きてください。
自身の幸せのために。
剣次さんには、幸せになる資格があるのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
読み終わったコロナは、手記を閉じると取り出したハンカチで涙を拭った。剣次と綾の物語は、悲恋の一言に尽きるものだった。
最初は復讐の為に近付き、そこから意識してしまい、最後は好きになって死に別れた。
そうして剣次は、誰かを助ける為に終わり無き旅に出て、幸せを見つけた筈である。でなければ、剣士郎が産まれていないのだから。
「……緒王戦乱期は……いえ、戦争は悲劇の連鎖だったんですね……」
全員の気持ちを代表してか、ヴィクターがそう呟いた。
オリヴィエとクラウス。剣次と綾。この二組は、戦争が理由で悲劇に満ちた人生を送った。
「せやな……ウチにはその記憶は無いけど……無関係やない……むしろ、その両方に関わっていた……最後は立ち合えなかったけど……最後まで気にしてた筈や……」
ジークがそう言うと、全員が頷いた。
こうして、一行の無限書庫の探索は幕を下ろした。