魔法少女リリカルなのは 集う英雄達    作:京勇樹

195 / 220
抜刀斉の手記

剣士郎は本を開くと、一拍置いてから

 

「……俺、緋村剣次はリッドを真似て、手記を記すことにする」

 

静かに語り始めた。それは、戦争の最中を駆け抜け、悲劇を経験した一人の剣士の後悔録だった。

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

俺はある日、オリヴィエ殿下の護衛を外されて戦闘班に編入された。実際は戦闘ではなく、暗殺だったがな……。上からの命令に従って、反聖王連合の要人暗殺を繰り返した。

そんなことを繰り返している内に、食べる料理から血の味しか感じなくなっていた。

そしてある日、俺は敵国の大隊長格三人を始末せよ、という指示が下された。

二人は一撃で仕留めることが出来たが、最後の一人が非常にしぶとく、仕留めるのに時間が掛かってしまった。

そうして、そいつの最後の一撃が左頬に傷を付けていた。

その相手は婚約者が居たらしく、名前を呟いていたが……あやと言っていた。

そして三人を殺した俺は、その場から離れた。その後も指示が下される度に殺し続け、もう何人殺したか分からなくなってきた。

そんな時に彼女に出会った、雪代綾……。最初の印象は、不思議な女だった。酒に酔っていたとはいえ、俺が人を斬り殺してその吹き出した血を浴びたというのに、眉一つ動かさなかった。

その後、酔い潰れた綾を連れて帰還。そこから、不思議な同居が始まった。

上からの指示で、綾の監視を兼ねて同居することになった。最初は警戒していたが、気付けば一緒に居るのが当たり前になっていた。

むしろ、安らぎすら感じていて、安心していた。

そんなある日、俺が居た戦域で聖王家側が一度大敗を喫して、戦線が大きく後退することになってしまい、俺と綾もそこから離れることになった。

そこで、上からの指示で偽装で夫婦を演じて敵地に程近い山中に住むことになった。

正気とは思えない指示だったが、何故か拒否する気にもならず、綾と二人で夫婦を演じることにした。

いつの間にか、当たり前になった日々。

しかし、俺ももう少し考えれば良かった。身内に、裏切り者が居たことに。

俺と綾が夫婦を演じるようになってから、一月が経とうとした時、連絡役の一人が死体で見つかった。

最初は深く考えず、戦時下なのだから仕方ないと思っていた。だがそれから数日後、綾が居なくなり、手紙があった。

綾を取り戻したくば、近くの山の山頂まで一人で来い。その手紙を読んだ俺は、綾を取り戻すために山を登り始めた。その山中には、対俺を想定し編成された特殊部隊が隠れていた。

確かに強かったが、俺は一人ずつ倒して進んだ。だが相手は、自分たちが倒されることも想定していて、自爆攻撃を敢行。

自爆による負傷は最小限に留めたが、最初に聴覚、嗅覚、視角に支障を来した。だがそれでも、綾を取り戻したい一心で、俺は進んだ。

最後の一人は格闘の達人で、俺は積み重なった負傷と奪われた感覚に苦しみしながらも、その達人と戦った。

しかし途中で視界がぼやけ、俺は直前まで見ていた距離から刀を振るい、確かに手応えを得た。

そして戻った視界で見えたのは、俺が斬ったのは……綾だった。

綾はどうやら隠し持っていた短刀で脱出したらしく、敵の達人に一撃入れようとしたらしいが、その短刀は弾かれ、そこを俺が斬ってしまったらしい。

弾かれた短刀は、俺の左頬に新しく傷を残し、そして俺は綾を抱き抱えて後退し、急いで治療しようとしたが、何度も人を斬り殺してきた俺には分かってしまった。

致命傷で、助からない。綾は俺の腕の中で、最後に一言

 

「生きて……」

 

と言って、息を引き取った。

その後俺は、自身の無力さと愚かさから来る怒りで達人を斬り殺し、綾を弔ってから家に帰り、見つけた綾の俺への手紙を読み、自身を呪った。

綾はかつて、俺が斬り殺した三人の隊長格の最後の一人の婚約者だった。

綾は裏切り者に唆され、俺を殺す為の諜報員になった。勿論、隙があれば殺そうともしたようだ。しかし綾は、俺と接し過ごしていくうちに、俺もただ一人の人だと、この戦争で苦しんでいる一人だと気付き、気付いたら愛していたらしい。

そして綾は、気付かれるだろうが偽りの情報を相手に渡し、せめて内通者か相手の達人を殺そうと考えていたらしい。

そんなこと、しなくて良かったんだ……ただ、一緒に居てくれるだけで良かったんだ……。確かに俺は、悩み苦しんでいた。俺だって本当は、出来ることなら殺したくなかった。平和に生きたかった。だが、戦争だから、命令だから仕方ないと自分自身に言い聞かせ、俺は相手を斬り殺し続けた。もう、何人斬ったか分からなくなる位に。

時々、それが理由で悪夢に魘されたこともあった。しかし、綾と居ればそれが減っていたように思えた。

だから、一緒に居てくれるだけで良かったんだ……。

俺は最低限の治療を終えた後、内通者の隠れ家に向かい、命乞いしてきた内通者を斬り殺した。

その後、完治した後は最前線を望み、最前線の戦闘班に編成されて最後まで戦い続けた。

撤退戦、乱戦を戦い抜き、逃げる敵と大事な相手が居る者はなるべく殺さないで、戦争終結まで戦い抜いた。

そして俺は、引き留める聖王家を振り払い、俺は誰かを助ける為の旅に出ることにした。

都合の良いことかもしれない……数多くの人達を斬り殺した俺が、不特定多数の誰かを助ける為に旅に出ることなど……これは、贖罪の旅と決めた。

数えきれない人達を斬り殺した俺が、不特定多数の人達を助け、許されるとは思っていない。もしかしたら、旅の途中で復讐者が現れて俺は死ぬかもしれない。

だが許されるならば、死ぬ最後の瞬間まで誰かを助け続けたい。

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

「…………もし、この手記を読んでいる者が居るならば、後世に語ってほしい。戦争の悲惨さを……戦争は、多くの悲しみを、多くの血を、多くの涙を、多くの怨みを生み出すだけだ……だから、もう二度と戦争を引き起こさないでほしい……」

 

読み終わったのか、剣士郎は本を閉じて、周囲を見回した。見てみれば、殆どのメンバーが涙を流していた。

すると、ヴィヴィオが涙を流しながら

 

「緋村先輩が居るってことは、ご先祖様はお相手を見つけて、子供を残したってことですよね?」

 

と剣士郎に問い掛けた。剣士郎は、左頬の十字傷を触りながら

 

「そうなるな……」

 

肯定した。初めて、傷の由来を知ったからだろう。

戦争に身を投じ、幾多の悲劇を乗り越えた剣士の後悔の手記。それを読み終えると、剣士郎は本を丁寧に机に置いた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。