目的の本と予想してなかった本を見つけた一同は、場所を無限書庫から管理局の会議室に移動した。
そして、ジークが革表紙の本を開き
「ゼーゲブレヒト及び、シュトゥラ滞在時の記録手記にて残す。エレミア。あるいは、ヴィルフリッド。もしくは、リッド……」
「間違いなく、本物ですわね」
ジークが読み始めた内容でした聞いて、ヴィクターが確信していた。ジークも一度頷き
「その日、夜盗に襲われていた馬車を助けたのが、縁の始まり」
と語り始めた。
「危ないところを、ありがとうございました。そう言って現れたのは、まだ幼い女の子だった……」
それは、出会いと悲しい別れの手記。
「お手数をおかけして、申し訳ございません。もっと早くに私が出れば良かったんですが……侍女達が居ましたので」
まずは、奇妙なことを言う子だと思った。
「僕は構いませんが……夜道は危ないですよ」
それから、彼女の紅と翠の瞳に気付き、彼女の袖に気付いた。そこから僕は、彼女が王族。あるいは、貴族筋の娘が何故こんな場所に居るのか、どういった子なのか、その僅かな困惑の合間に狙われていた。
「姫様」
だがそこに、赤い髪の変わった服装の剣士が現れ、飛来してきた矢を弾いて、それに呼応するように彼女が素早く反転し、足下の石を蹴り上げてから、それを蹴り飛ばして、弩を持っていた相手に命中させた。
「失礼しました……それで、お手間ついでといってはなんですが……賊の捕縛を手伝ってはいただけませんか? 腕を城に置いてきてしまったもので、少し不便で……あ、申し遅れました! 私は、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトと申します。こちらは、私の護衛役の緋村剣次」
彼女は自己紹介すると、先ほどの剣士を紹介してきて、その剣士も軽く頭を下げてきた。
「エレミアです。旅をしながら、
この出会いが、その後に当分続く縁になるとは、この時は夢にも思っていなかった。
かの聖王家の王女に、夜の小道で出会い、領土すら持てる予定のない血族の末裔にすぎない、と彼女は笑ったがともあれ僕は、オリヴィエに乞われて彼女の居城にしばし滞在することになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジークの読む手記の内容を聞いて、リオ達が
「エレミアさんとオリヴィエ王女の運命の出会い!」
「のっけから、クライマックスですねぇ~!」
「つかみはオッケーだな!」
と話していた。ジークはパラパラと手記をめくり
「ゼーゲブレヒト家に滞在している間は、異国の話や技術を伝えたり……重宝されてたみたいやね。学士として食客扱いで城内に滞在を許されてたって書いてある」
と説明した。
「しょっかく……?」
「古いしきたりですよ。臣下とお客の中間位……居候みたいなカンジですね」
ハリーが首を傾げると、エルスが教えた。すると、ジークの右側から手記を見ていたヴィヴィオが
「あ……最初の義腕を作ってあげたのも、この頃なんですね」
と気付いた。すると、アインハルトも
「聞いたことがあります。リッドと出会う前は、壊れやすい飾り腕か、力加減の出来ない鎧籠手しかなくて……繊細な動きと力加減のできる《エレミアの腕》はとても嬉しかったと」
と語った。それを聞いて、ヴィクターが
「オリヴィエ王女の《腕》については……?」
とアインハルトを見た。
「幼い頃に、魔導事故で失ったそうです。物心ついた時には、もう……と」
「えっと……ご先祖様も書いてる……『不自由はあったろうが、少なくとも人前ではそのことを憂える様子もなく、様々なものを失って、生きる道を閉ざされていてもおかしくなかった。なのにこうして命を長らえて、自由な暮らしをさせてもらっている。いつも世話を焼いてくれる侍女達がいて、友達もできて、自分の命は皆のおかげで繋がっている。そんな言葉を、口癖のように言っていた』って」
アインハルトが辛そうに語ると、ページをめくっていたジークがそのことが書かれたページを見つけて、語った。
「クラウス殿下が出てくるのは、何時頃?」
「えーと……あ、結構前の方やね」
ヴィクターに問われて、ジークは二三ページめくると、クラウスの名前が出てきたようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オリヴィエがシュトゥラに《留学》に出掛けてから、ふた月と少し。予定通り、僕もシュトゥラに赴くことになった。
クラウス殿下は若いがよくできた人物で、オリヴィエや緋村にも優しくしてくれていたし、僕のことも歓迎してくれた。
「オリヴィエに聞いたんだが、君も徒手の武術をやるんだよな?」
「ひとり旅をしていますと、身に危険もございますゆえ……少しばかり」
「実はオリヴィエに聞いてから、ずっと興味を持っていたんだ。どうだろう? 少し手合わせをお願い出来ないか?」
(ヴィヴィ様……いいのかな?)
(大丈夫ですよ! クラウス殿下は強いですし……あなたもきっと気に入ります♪)
「では……」
「応ッ!」
(へえ……)
「では、まずは殿下から……」
「ああ! 行くぞ!!」
大地から足先へ、下半身から上半身へ螺旋を描いて力を伝える。その一撃は強力で、僕は思わず全力でクラウス殿下の技の威力を後ろに逃がした。
僕の背後にはお城の一つの塔があったのだが、クラウス殿下の技の威力はそこまで届き、壁に穴を穿った。
「二人とも、すごいですー! 並の武芸者なら、あの塔まで飛んでいってましたよねー」
「そう思います。殿下の打撃は、素晴らし……」
「もう少し、
「いえ、その……」
「立ち合いで手を抜かれたり、芝居をされる方が興醒めさ。そうだろう? 緋村」
「ああ……それは同意する」
「君は強い……その細い体に、どれだけの力と技を隠してる? 本気できてくれ! 君の強さを見てみたい!」
「心得ました」
呆れるほどにまっすぐで、面白いくらいに情熱的。
「鉄腕、解放……エレミアの技、ご覧にいれましょう」
当時、僕はまだ血統伝承のすべてを身につけてはいなかったとはいえ、曲がりなりにもエレミアの末裔。局所破壊技を封じ手にしてなお戦力は僕の方が上だったはずだけれど、彼の頑強さと打撃力には目を見張るものがあった。
全力で打ち込み、全力で避け、威力を殺す。
物心ついてから、呼吸するように行ってきたはずのことが、楽しいと思えたのは、あの時が初めてだった。