剣士郎と悟の死闘は、激しさを増していく。全身の柔軟性を活かし、まるで獣のように戦う悟。そして、純粋な剣術で刃を交わす。
激しく散る火花と血。その時、剣士郎が走り出した。
「抜刀斉イイィィィィィ!!」
「飛天御剣流……龍鳴閃!!」
交差した直後、剣士郎の背中から激しく出血した。
痛みから片膝を突く剣士郎を見て、ユミナは泣きそうになった。だが、すぐに悟も耳を抑えてフラつき
「貴様……何をした……!?」
と剣士郎を睨んだ。よく見れば、耳から出血しているようだ。そして、眼の良いヴィヴィオは見ていた。剣士郎がすれ違い様に、悟の耳元で刀を納刀していたのを。そこから
「……まさか、刀を納刀する際に出る音で、聴覚を攻撃した!?」
と推測し、それは当たっていた。剣士郎も、戦いながら悟の異常なまでの神経に気付いていた。そこから考えたのは、直接神経に影響を与えることだった。
しかし、痛みには強いのは確認済み。
そこで剣士郎は、今まで余り使った事が無いが、聴覚を攻撃する技。龍鳴閃を思い出した。
そして、効果はあった。悟は龍鳴閃
普段の技が神速の抜刀術ならば、龍鳴閃は神速の納刀によって起こされた音で聴覚にダメージを受けて、平衡感覚に大打撃を受けていたのだ。
「もう、諦めろ……これで、お前はまともには……」
「諦めるものか!!」
剣士郎が説得しようとした時、悟は驚くべき行動に出た。なんと、指を耳に突っ込んで
「ガァァァァアァァァ!!」
獣のような雄叫びを挙げながら、鼓膜を破ったのだ。それに最初に気付いたユミナは
「なんてことを……!? 聞こえにくくなった鼓膜を破って平衡感覚を強制的に取り戻すなんて!?」
「だが、そんなことしたら、痛みで……あっ!?」
ハリーは途中まで言って、すぐに気づいた。悟は、精神力が痛みを超越していたことに。
「しかし、長く動けないのは確かです……それは、彼も同じです」
アインハルトはそう言いながら、剣士郎を見た。はっきり言って、満身創痍も過言ではない。動けているのが不思議な位に負傷している。
「殺す! ここで……次で殺す!!」
悟はそう宣言すると、刀を背中側に回して、逆手持ちに構えた。それを見て、リオが
「緋村先輩! 彼は、奥義を放つつもりです!
と剣士郎に教えた。それを聞きながら、剣士郎も
「ああ、終わらせよう……ここで」
そう言って、納刀した状態の刀を腰に差して深く構えた。その見た目は、よくミカヤが取る抜刀術の構えだ。しかし、剣士郎から放たれる気迫が尋常ではない。そこから導いたのか、アインハルトが
「まさか……彼も、奥義を放つつもりですか……?」
と呟いた。
「緋村君!!」
「止めてはいけません……恐らく、緋村くんはその技でないと止められないと判断したのでしょう……彼を、信じましょう……」
ユミナは止めようとしたのか一歩踏み出したが、それはヴィクターに止められた。二人の凄まじい気迫に、見守っていた一同にも緊張感が漂う。そして、誰かが喉を鳴らしたと同時に、悟が先に動いた。
一歩踏み出しながら、姿勢を一気に低くした。そして、技名の通りに、まるで虎を彷彿させる動きで
「倭刀術奥義! 虎伏絶刀勢!!」
その一閃を放つ。
その悟にほんの僅か、本当に0.1秒差で剣士郎も動いた。そして、普通の抜刀術との違いに気付いたのは、同じ抜刀術の使い手たるミカヤだった。
(左足で、一歩踏み込んだ!?)
普通は、抜刀術を放つ際には右足を滑らせるように前にするのみだ。でなければ、最悪は抜刀した自身の刀で自分の足を斬ってしまう可能性が非常に高いからだ。
しかし、剣士郎は左足を強く踏み出した。
それが、飛天御剣流奥義の秘訣。
「飛天御剣流……奥義!
二人の奥義がぶつかり、空気が激しく震えた。拮抗する二人の技、全員が固唾を飲んで見守る中、二人の技は同時に弾かれた。
「まだだ! このまま……なっ!?」
悟は弾かれた勢いも利用し、更に一回転しようとした。だがその時、強く引かれる感覚がしたのだ。
(何故……そうか! 俺達の技の激突で弾かれた空気が、戻ろうとしている!?)
悟のその考えの通り、二人の技の激突で弾き飛ばされた空気が元々の位置に戻ろうとしているのだ。
(だが、ここで負ける訳にはいかん!!)
しかし悟は、崩れた体勢を強引に立て直して、再度回転しようとした。だがそのタイミングで、今までの無理のツケが来た。悟の全身に、激痛が走った。耳もだが、実は悟はここに至るまでに剣士郎の技を最低でも20は全身に受けているのだ。
だがここまでは、その精神力が痛みを感じさせずにいた。しかし、何事にも限界は訪れる。そのタイミングが、ここだったのだ。
悟は全身に走った激痛で動きが止まり
(何故だ!? 動け!!)
と命ずるが、間に合わなかった。その間に、剣士郎も空気に引かれながら一回転し
「アアアアアアァァァァァァァァ!!」
喉が張り裂けんばかりの雄叫びを挙げながら、強烈極まりないその一撃を叩き込み、悟を天井付近まで打ち上げた。
天井付近まで打ち上げられた悟は、口から血の塊を吐きながら地面に落ちた。誰がどう見ても、剣士郎の勝ちだった。