予選会から数十分後。
「よーし、チームナカジマ全員の選考結果だが……全員、スーパーノービスからのスタートだ!」
「てことは、一回勝てばエリートクラス行き!」
「いえーいっ! 凄い凄いッ!!」
ノーヴェの発表を聞いて、ヴィヴィオとリオの二人は両手を挙げて喜んでいた。
「初参加選手が
『わーいっ!』
そんな一行から少し距離を離して、観客席。その一席に、全身を黒を基調色にしたジャージで包んだ人物が座っていた。その後ろに、ヴィクトーリア・ダールグリュンことヴィクターが立ち
「見ーつけた」
と言いながら、フードを軽く引っ張った。
「んあ」
そのフードの下から出たのは、長い黒髪のツインテール。現在、世界最強と呼ばれるジークリンデ・エレミア。通称、ジークだった。
「ヴィクター……?」
「久し振り、ジーク」
この二人は、幼い頃から付き合いがあり、互いに気心が知れていた。ヴィクターは、ジークの隣に座り
「そんなにフードを深く被ってちゃダメよ? 見えづらくないの?」
「目立つの嫌やもん」
ヴィクターの言葉に、ジークは返答しながらフードを被り直そうとした。ヴィクターはその隙に、ジークが食べていたポップコーンの大きな入れ物を持ち上げて
「それに、またこんなジャンクフードを!」
「あー」
「ちゃんとしたごはん、食べてるの?」
「食べてるよー。それは、たまたまなんよー。返して~」
まるで、親元を離れて一人暮らしを始めた娘の家に来てみたら、凄いダラしなかった娘を見てしまった母親と、言い訳する娘のような会話をしつつ、二人は改めて着席し
「でも、良かったわ。予選が始まる前に、あなたと会えて。今年はどう? ちゃんと、最後まで戦えそう?」
とヴィクターは問い掛けた。昨年、ジークは途中で規定時間までに試合会場に現れず、不戦敗になったのだ。
「去年はごめんやった……ヴィクターと当たる前に、欠場してもーて……」
「それはもういいのよ。ちゃんと謝ってもらったし。あなたが元気で、今年も競技に出る気があるなら、それでいいの。あなたは、私の目標なんだもの」
ヴィクターはそう言いながら、ジークの頭を撫でた。しかしジークは、ヴィクターの手を軽く遮り
「前から言ってるやん。私は、目標にしてもらうような選手ちゃうって……ヴィクターや番長たちの方が、ずっと凄い……」
と少し暗い表情を浮かべた。だがヴィクターは、そんなジークの頭を再度撫でて
「それでも、私は好きよ。あなたの戦技も、強いところも」
「んんー」
ヴィクターに撫でられて、ジークはまるで猫のように目を細めた。一頻り撫でると、ヴィクターは
「選考会、見てたんでしょ? 今年の選手達はどう?」
と今も予選が続く会場を見た。
「うん、何人か面白い子が……」
とジークが説明しようとした時
「あー、くそ。すっかり遅刻しちまった!」
「リーダーが遅刻するからッスよー!」
と近くの入り口から、騒がしい声が聞こえてきたので、二人はそちらに視線を向けた。入ってきたのは、ハリー達だった。
「アホのエルスがナマイキに選手宣誓なんぞするって聞いたから、笑ってやろうと思ったのによ」
「自分らは、何度も起こしましたからねー?」
ミアの言葉から察するに、どうやらハリーが盛大に寝坊したために今来たらしい。
「ま、結構面白い選考試合も見れたし、良しとするかーって、お」
その時になり、ハリーはヴィクターとジークに気付いた。
「ポンコツ不良娘! どうして、あなたがここに?」
そう問い掛けるヴィクターの顏は、しかめっ面になっている。なお、ポンコツ不良娘というのは、ハリーのことである。
「ヘンテコお嬢様じゃねーか。あれ? 今年はお前、選考会からスタートだっけ?」
ヴィクターを見てハリーは、はて、なんでこいつはここに居るんだ? という表情を浮かべた。
「違うわよ! シードリストも見てないのっ!? 私は、6組の第1枠っ!!」
「あー、そうだっか?」
そこから、二人の口喧嘩が始まり、一気にヒートアップ。あわや、口喧嘩からケンカに発展しそうになった。
「あー、ヴィクター、番長……」
流石にマズイと思い、ジークが二人を止めようとした。だがそれより先に、ヴィクターとハリーの二人の身体中にチェーンバインドが絡み付いた。
「なんですか。都市本戦常連の
チェーンバインドを発動したのは、ハリー、ヴィクターと同じ上位選手の一人。エルスだった。
「そやけど、リング外での魔法使用も良くないと思うんよ……」
「チャンピオン!?」
まさか間近にジークが居るとは思っていなかったエルスは、ジークが居ることに驚いてエルスは思わず大声を挙げた。もちろん、そんなことになれば人目が集まるのは道理で
「ええ!?」
「チャンピオン!? どこに!?」
と予選会場に居た選手達が、ざわめき始めた。そんな中、コロナが
「あ、あそこ! 二階の客席の手前側!」
とジークが居る場所を指差した。それに釣られて、ヴィヴィオ達だけでなく選手達の視線がジークに集まる。すると勿論、ジークだけではなく、ヴィクターやハリー、エルス達にも集まり
「凄い! トップファイターが集まってる!!」
とヴィヴィオは興奮している。最初はポップコーンの入れ物で顏を隠していたジークだったが、諦めたのか入れ物を下げた。その時、ジークとアインハルトの視線が交わり、ジークは微笑みを浮かべながらピースした。
「でも、なんでハリー選手達はバインドされてるの?」
「……なんでだろ?」
ヴィヴィオ達はハリー達がバインドされてることに首を傾げていたが、アインハルトはジークを見ていた。
(あの方が、一昨年の……予選1組で、きっと私が当たる人……)
これが、二人の運命の出会いだった。
この後、ハリーとヴィクターは容易くエルスのチェーンバインドを引きちぎり、着席。エルスは新しいデバイスに期待しつつ意気込むが、やはりリング外でチェーンバインドを使ったことを注意されたのであった。