食事を終え、二人は仁禛に見送られていた。
「はい、ありすちゃん。これ、お母様にも食べてもらって。それと今度はお母様と食べに来てね」
「はい。必ず来ます」
「あら、仁禛さん。私には?」
「今日は早く上がれるから、貴女の家に行くわ。その時お酒持って行ってあげるから、それで我慢なさい」
「うふふ! 仁禛さん大好き! 私もとっておきのワイン用意しておくわね!」
「はいはい、じゃあ、またね」
仁禛と別れ、車に乗る二人。
「さてと、ちょっと遅くなっちゃったわね。住所教えてもらえるかしら?」
カーナビにありすの家の住所を入力すると、その通りに走り出す。
「仁禛さんのお店はどうだった?」
「とっても良かったです! 今度、お母さんと一緒に行きたいです」
「そっか。お母様もきっと喜ぶわ」
とても嬉しそうに語るありすに、エレーナも嬉しそうに頷いていた。
「あ、このマンションです」
「じゃあ、前に停まるわね」
マンションの前に車を停め、ありすと共に車を降りる。
「エレーナさん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「それはこちらのセリフよ。私もとても楽しかったから。今度、一緒にレッスンしましょうね」
「はいっ!」
そうして、ありすはエレーナと別れた。家の鍵を開け家に入ると、部屋の明かりがついていた。
「おかえりなさいありす。今日はごめんなさい」
既に母親が帰ってきており、迎えに行けなかったことを謝った。
「ううん。今日はエレーナさんのお陰でとても楽しめたから。お母さんにもお土産があるんだよ」
「あら、何かしら?」
ありすは仁禛から受け取ったレシピとお土産を母親に渡す。母親は渡されたものの大きさに、内心冷や汗をかいていた。
「あ、ありす。お夕食に連れて行ってくれた先輩って、どなただったかしら?」
「え? えっとね、エレーナさんって綺麗な先輩だよ。銀髪がとっても綺麗なの」
まさかの世界的トップアイドルに娘が招待されていたことに、母親はお返しをどうしようか考え始めたのであった。
そんな母親をよそに、ありすはおずおずと口を開く。
「そ、それでね。今度一緒に料理してくれる?」
心配そうに見つめてくる娘に、ニッコリと笑みを浮かべる。
「もちろんよ。今度一緒に作りましょうね」
その言葉に、ありすは今日一番の笑みを浮かべたのであった。
一方、自宅に戻ったエレーナは、仁禛を招待するために部屋を片付けていた。
「あ、華耶さん。そのお野菜、洗っておいてもらえるかしら?」
そこには同じく仕事を終えていた華耶も来ていた。
「はいはい。でも、私も来てよかったのかしら」
「もちろんよ。仁禛さんも最近華耶さんが来てくれないって言ってたわよ。さっき連絡したら嬉しそうにしてたしね」
「最近は忙しくて行けなかったのよね。楽しみだわ」
華耶も仁禛とは仲が良い。具体的に言えば、エレーナに振り回される側としてである。
そのうちにマンションのベルが鳴る。そのまま招き入れた仁禛は結構な量の荷物を持ってきていた。
「少し遅くなっちゃったかしら。ごめんなさいね」
「そんなことはないわ。それにしてもたくさん持ってきたわね」
「日持ちするものを持ってきたから、冷蔵庫の中に入れておいて。さ、とっておきの陳年紹興酒を持ってきたわよ」
「私は上物のウイスキーを」
「で、私はワインね。ウォッカもあるけどどうする?」
三人が三人とも二日酔いになったことがない枠である。一度も介抱されたことなどなく、介抱する側な三人であった。
次々と酒を開けていく三人。日付も変わりそうになってきた頃。話はありすのこととなる。
「それにしても、ありすちゃん、可愛かったわね」
「そうでしょ? 実は今日が初めましてだったのだけど、仲良くなれてよかったわ」
「……聞いたときはびっくりしましたけど、後でご両親にお礼の連絡をしておいてくださいね。橘さんはまだ12歳なんですから」
ありすは華耶の担当部署ではないが、華耶はしっかりと把握していた。
「今回に関しては許して? アリスちゃん、寂しそうだったんですもの」
「まぁ、それはそうなのですが……」
華耶も事の次第は聞いていたので、これ以上責めることはなかった。
「それなら、今度お母様といらっしゃった時には、最高の家族メニューを用意しておかないとね」
「あ、それ、私も混ぜて。メニュー開発してみたいわ」
橘家をおもてなしするための計画を三人で考えている内に、夜が更けていく。
「あ、それなら今度のコンサート。二人を招待しましょうか。家族の為の歌も歌うし、ちょうどいいんじゃない?」
「そうですね。エレーナが確保しているチケットも余っているし、差し上げましょうか。橘さんもアイドルですから、問題はないでしょう」
「あら、私にはくれないの?」
少し顔を赤らめた仁禛が流し目でアピールする。そんな仁禛にエレーナと華耶は顔を見合わせながら笑いあう。
「ん? どうしたの?」
「仁禛さんには、世界で一番早くチケットをプレゼント。No.00001のチケット。超レアだから転売しないでね」
「ついさっきチケットが刷り上がったの」
まさに出来立てホヤホヤのチケットに、流石の仁禛も驚いていた。
「全く……不意打ちでこられると、どう反応したらいいか分からないじゃない。でも、ありがと」
仁禛は嬉しそうにチケットを受け取った。
「それで、今回は誰を招待するの?」
エレーナは、コンサートを開く際、関係者を招待することが多い。
「今回は私のワンマンライブじゃないから、そんなに招待するつもりはないわ。だけど、後二人だけは決定してるわ」
「二人? あぁ、折角仲良くなれたんだものね。じゃあ、一緒に私のお店の招待券も送ってもらえるかしら?」
名前を聞かずとも、誰を招待するのか分かった仁禛は、エレーナに便乗することにしたのだった。
かくして、憧れの女性達が何事かを画策している頃。ありすは、母親と同じベッドの中で幸せな夢を見ていた。
キラキラと輝くステージに立つ自分。そしてその隣には、何よりも美しく煌めく憧れの女性が満面の笑みで立っていた。
これが夢のままで終わるのか、それとも正夢となるのか、まだまだ不明だが、ありすにとっては既に決定事項となっていたのだった。