すごく、難しい……
「よし、今日はこの辺にしておくか」
事務所内でマスタートレーナー略してマストレさんと呼ばれる青木麗は、パンと手を叩きレッスンを止めた。
「ふぅ……やっぱり麗さんのレッスンは楽しいわ。それに、マンツーマンのレッスンも久しぶりだったし」
麗から受け取ったエネドリを飲みつつ、柔軟をするエレーナ。
「ん? あぁ、そういえばそうだったか。エレーナも最近ますます忙しいからな。それでも動きにキレがあるのは流石だが」
「ふふっ、だってそれが私の強みですもの」
エレーナは早々に柔軟を終えると、麗と話を続ける。
「そういえば、《TITANIA》のライブの方はどうだ?」
「上々ですよ。準備自体は華耶さん達の仕事ですし、私達はより良いものを目指すだけですから」
「それこそが難しいのだけどな。エレーナには言うだけ無駄か。しかし、サマーライブにも個人で出るのだろう? 流石に大変じゃないか?」
エレーナは《TITANIA》のライブの他に、346プロのサマーライブにも出る。二つのライブの日程は近いため、非常に厳しいスケジュールである。
「あら、たくさんステージに乗れるのだから楽しいじゃないですか。まぁ、サマーライブでは新曲は歌わないし、体力的にも問題はないから大丈夫です」
「何と言うか、流石だよ」
これには麗も苦笑するしかなかった。
レッスンを終え、部屋から出たエレーナは、別のレッスンルームに向かう。
最近のエレーナの楽しみは、シンデレラプロジェクトメンバーの激励であった。アナスタシア達を皮切りに、次々とデビューしていく彼女達は、エレーナにとって、とても気になる存在なのである。
が、レッスンルームには誰もいない。首を傾げつつプロジェクトルームに向かうと、何故か電話の周りに集まっていた。
「どうしたのみんな?」
「あっ、エレーナさん! その、きらりちゃん達がいなくなってしまったみたいで」
「……詳しく聞かせて?」
美波から話を聞くと、エレーナはすぐに電話をかける。
「……あ、華耶さん。次の仕事まで時間ありますよね?」
『はい。夜景を背景に、というコンセプトですので、時間はありますよ。一度帰りますか?』
「そういう訳ではないけど、少し会社を離れるわ」
きらり達の件を説明すると、華耶は少し考える。
『……分かりました。どうしても間に合わないようでしたら、分かり次第連絡してください』
「ありがとう華耶さん。大好きよ」
そう言って電話を切ると、エレーナは車のキーを取り出した。
「車を出すわ。取り合えず武内Pの方にはちひろさんが行っているから、私達はステージの方に行きましょう。えっと、美波ちゃんと蘭子ちゃん、それと凛ちゃん。一緒に来て。卯月ちゃんは、連絡がきたらいけないから、ここで待機してくれる?」
「は、はいっ!」
三人を連れて駐車場に向かう。
「こ、これはまさしく女帝の馬車ぞ」
「す、すごい車……」
「ふふふ、ありがと。ともかく、すれ違いが起きてるだけみたいだから、事故や事件ではなさそうでよかったわ」
話を聞く内に、エレーナも緊張をほぐす。それに伴い、美波達もホッと肩を落とした。
幸い会場は近く、すぐに到着した。そこには既にちひろが来ており、状況を説明した。
「そうですか……ありがとうございましたエレーナさん。それで、三人にお願いがあるのですけど、もし、三人が間に合わない場合、代役として場を繋いで頂きたいのです」
「代役って……これを着てですか!?」
衣装を指差しながら叫ぶ凛に、ちひろは澄みきった笑みを向ける。
「それ以外に、何が?」
その笑顔の前に、三人は従うしかなかった。
「まぁ、衣装合わせは私も手伝ってあげるわ。大丈夫、みんな可愛いんだから、絶対に似合うわ」
自信満々に腕を捲るエレーナに、凛達三人はヒクリと頬をひきつらせた。
「お、おまたせー!!」
テントに莉嘉達が飛び込んでくる。皆息は切れているが、とても晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
「エレーナさん! 来てくれたんだー」
「えぇ、みりあちゃんの可愛い姿を見たくって。勿論、きらりちゃんと莉嘉ちゃんもね。ふふふ、でも今日はたくさん可愛い姿を見られて幸せだわ」
ちらりとエレーナが視線を向けた先には、見事にドレスアップした凛達の姿。エレーナが手掛けたコーディネートは、《凸れーしょん》とはタイプの違う三人にも良く似合っていた。
「わぁ! とっても可愛いにぃー!」
「蘭子ちゃん、すごい可愛いー!」
「諸星さん、城ヶ崎さん、赤城さん。急いで下さいっ」
目を輝かせている三人に、武内Pは慌てて声をかける。時間がギリギリなことを思い出した《凸れーしょん》の三人は、慌ててステージに走っていった。
そんな三人を見送ったエレーナは、こっそりとテントの外に出た。
「お疲れ様、お姉ちゃん」
「エレーナさんにお姉ちゃんって言われると変な感じです」
そこには美嘉がいた。声をかけられ、困ったように微笑むのを見て、エレーナは傍にあった自販機でコーヒーを買い、それを美嘉に渡す。
「頑張った美嘉ちゃんにご褒美ね。缶コーヒーだから格好つかないけど」
「ありがとうございます。でも、エレーナさんが来てくれて良かったです。もしもの可能性もあったし、それに、莉嘉達も喜んでますし」
「私がきたのは偶々時間が空いてたからだけどね」
チラリとステージの方を見れば、莉嘉達がキラキラ輝いていた。それを見たエレーナと美嘉はとても嬉しそうに微笑み合うのだった。